7.出逢い
予定が詰まっており、投稿時間が遅くなりました!!
「で、殿下!」
ラシェルの手にべっとりと付着した赤色を見て、騎士の1人が顔を真っ青にしてラシェルへ駆け寄る。
同時に、潜んでいた数人の騎士たちが、先ほどぶつかった相手を追いかけ路地裏へと姿を消した。
「今すぐに医者を呼べ!殿下の身にもしものことがあってはならん!」
「いいから落ち着いて、グレゴール卿!大丈夫よ、私の血じゃないわ!」
ラシェルは汚れた手をさっと羽織っていたローブで拭う。
ローブが紺色だったこともあり、肩に付着した血痕や、今しがた拭った血液は幸い目立つことなく済んでいる。
騎士たちも安心したような姿を見せ、ラシェルに駆け寄った騎士は自らの胸ポケットからハンカチを抜くと、それをラシェルに手渡した。
「先ほどのぶつかった奴の血液でしょうか……?一体何が……」
騎士は顎にそっと手を当て、考え込む動きをする。
「あそこの角から飛び出して来たわよね。」
ラシェルが指を刺す先は、壁沿いの店と通路にできた細い隙間で、人1人がギリギリ通れそうなほどの大きさだった。
ラシェルがその隙間を覗き込もうと身を乗り出せば、先ほどの騎士……グレゴールが、ラシェルの前に手を伸ばしてラシェルを静止する。
「危険です。」
グレゴールは、空いている方の手で腰に下げられた剣に手を添える。
どうやら、ラシェルの替わりにそこを調べようとしているらしい。
ラシェルは邪魔にならないようにと、グレゴールから距離をとって数歩後ろへ下がった。
「………………特に変わったところは無さそうですが……」
警戒を解いたのか、剣の鞘に添えていた手の力を緩める。
しかし、すぐに再び剣を握ると、今度は後ろに控えていたラシェルの前へと移動をする。
「……グレゴール卿…?」
「誰かが来ます。……それも複数人。先ほどの人物の仲間の可能性があります。」
気配に気付いたのはグレゴールだけではないらしく、その場に残っていた騎士たちは全員警戒態勢に入っている。
「殿下、自分が合図をしたら、そこの店に入ってください。事情を説明すれば、反対側の裏口から外に出られるはず……」
「……?誰だ?」
グレゴールの声を遮るように、別の男の声が響く。
ラシェルの前に立っているグレゴールの身体で、相手の姿を目視することはできないが、ラシェルとそれほど変わりない歳の青年の声に思える。
「……別に俺たちは貴殿たちを攻撃しようとは思っていない……。ただ、不審な男を見かけていないか?」
ラシェルはフードを深くかぶり直し、耳を澄ませる。
「見かけていたら、どこへ向かったかを教えてほしい。訳あって、我々はそいつを追っている。」
「……」
グレゴールを始め、配置された騎士たちは問いに答えず黙り込んでいる。
目の前の相手の目的がわからない以上、下手に答えることは憚られるらしい。
「……武器を持っている以上、信頼できない。」
グレゴールがようやく口を開いた。
どうやら、対峙している相手は武器を所有しているようだ。
「こちらとしても、貴殿らが我々の追っている人物の仲間である可能性を考えれば、不用意に武器を下げられない。」
「ならば、こちらの情報を教えることはできない。」
ピリついた雰囲気が流れる。
グレゴールの口ぶりから、相手はラシェルたちが対象を目撃したと気付いたらしい。
情報を欲しているのだから、必然的にラシェル側が優位な立ち位置だということが理解できたようだ。
「……武器を下ろせ。」
「ですが団長!!」
「命令だ。下ろせ。」
相手は手に持っていた剣を次々に腰へと戻していく。
ラシェル側の騎士たちも警戒を少し解いたのか、グレゴールを除く騎士たちも構えた剣を下ろした。
「……グレゴール卿。失礼するわ。」
「殿……お嬢様!」
ラシェルはグレゴールの後ろを退き、相手の方へ数歩近づく。
そこで初めて確認する限り、相手はローブで顔を隠した4.5人の男で、前に立つ青年もやはりラシェルと近い歳のような印象を受けた。
「情報を渡す替わりに、身分を明かして頂戴。」
ラシェルが発言すれば、団長と呼ばれた青年の隣に立っていた男が反論する。
「こちらは既に武器を下ろすという要求を呑んだ!追加の条件は受け入れ難い!」
団長である青年もその意見に同意しているのか、諫める様子を見せない。
「私の騎士の数名が、その人物を捕らえに向かったわ。今頃拘束されているでしょうし、明かしてくれれば、身柄を引き渡すことを約束するわ。」
ラシェルの提案に、相手が少しざわめく。
しばらくの沈黙の後、団長の青年がローブのフードを取り素性を露わにした。
「……黒髪……。まさか、ラ=フォンテーヌの血族?」
ラシェルが思わず呟く。
フードを外した青年の容姿は、儚さを思わせるほどに端正で、薄紫の瞳もさながら、光を浴びてもなお艶めく黒髪が目を引いた。
黒髪を持つのは、南部の支配者・ラ=フォンテーヌ家の証。
最も、軍部の中枢を担っているラ=フォンテーヌ家は、騎士として早すぎる一生を終えることが多いと有名であり、一族が絶滅すると危惧されているほどだ。
今では、直系の一族はわずか4人。分家や傘下を含めてもなお、10人程度しか存在していないと言われている。
「残念ながら、直系ではないがな。末端の分家の生まれで、本家にいいように使われているだけだ。」
確かに、直系の若い男性といえば、後継者のシルヴェスト・ラ=フォンテーヌただ1人しかいない。
嘘を言っているようには思えない。
「俺は……リュカ・バルニエ。休暇中の後継者に代わって、黒の騎士団の臨時団長をやっている。こいつらは団員の一部だ。」
「……」
「俺は条件を呑んだ。次は貴殿らが約束を守る番だ。」
こんなにあっさりと進むとは思わず、ラシェルは黙り込む。
「……グレゴール卿。……連れて来て頂戴。」
グレゴールに指示をすれば、グレゴールは少し躊躇しつつも路地裏へと向かった。
グレゴールが去っても、この場には複数の騎士が残っている。
仮に攻撃を仕掛けられても、防ぐ手段はある。
「……俺の推測だと、君も四大家門の関係者なんだろう……?……例えば、ル=シャトリエ、とか。」