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6.噂話


ラシェルは自らの銀髪を隠すように、深くフードを被って歩いている。

深く被り過ぎて前が見えないのか、何度か人にぶつかってさえいるのだが……。


結果、ラシェルが領地へと移ることになったのは、あの日から2日後。

つい数刻前には皇宮にいたものの、領地へ向かう馬車の方向をこっそりと変えさせて、帝都の中でも最も華やかな街通り……俗にいう、市場へと向かった。


ル=シャトリエ家の特徴的な銀髪を隠しさえすれば、ラシェルは少し綺麗なお嬢さんに見えるだろう。

こっそり騎士を後ろに配置させているが、ここまで人通りが激しいと、見失ってしまう可能性も大きいだろう。

ラシェルがあえてゆっくりと歩いているのは、その騎士たちへのささやかな配慮といったところか。


特段、買いたいものがあるわけではなかったが、不意に買い物に出たくなった。

少し御者にわがままを言ってしまったが、フードを深く被ったラシェルの顔には満面の笑みが広がっていた。


あまり騒がしいのや大勢の人がいる場所は苦手なラシェルだが、鼻にツンとくるお酒の匂いや、思わず田舎娘のように挙動不審に辺りを見回してしまうほどに美しい装飾品が立ち並ぶ様子は、どこか知らない世界に来たみたいで楽しかった。


「お嬢ちゃん、これ買っていかない?」


店先の中年男性から声をかけられる。

おそらく、ラシェルにというか、止まってくれる人がいれば良いとでも思って適当に声をかけたのだろうが、ラシェルは自分が呼ばれた気になり、思わず店へと近づいた。


「どれのこと?」


「お嬢ちゃんなら何でも似合いそうだけど、こんなのどう?かわいいだろ?」


店主が進めてきたブローチは、確かに可愛らしいデザインだったが、ラシェルの趣味ではなくラシェルはうーんと顔をしかめる。


さすが商人というのか、フードを深く被り表情が伺えにくいだろうが、ラシェルがあまり満足していないことに気づいたらしい。


「でもまあ、お嬢ちゃんにはこっちのほうがいいかもな」


と、先ほどのブローチとは違ったタイプの指輪を薦めてきた。


「指輪にしてはシンプルじゃない?ちょっと私には大きそうだし。」


指輪を装飾品として使用する場合、宝石や複雑なデザインが織り込まれているのがほとんどだ。

しかし、この指輪は結婚指輪にしては少し派手なものの、なかなか装飾品として利用するのは(はばか)られるほど、シンプルな作りだった。


銀で作られた土台に、優しい紫色の宝石が小さく切り取られて嵌め込まれている。

宝石はそれだけで、他は土台自体を彫って模様を作っているだけだ。


「シンプルだけど、かなり繊細な彫りでオススメだぞ。あと、宝石が大きくないから普段付けていても邪魔にならないだろうし。サイズはどうしようもないだろうから、サービスでチェーン付けてネックレスにしてやるよ。」


使用用途やサイズはともかく、デザインはラシェルの好みだった。

それに気づいた店主は、ここぞとばかりに商品を押してくる。

ラシェルは結局、勢いと流れで購入すると言ってしまった。


「金貨2枚ね!」


「かなり高いわね……もし払えなかったらどうするのよ」


「俺だって客を選んでるからね。お嬢ちゃんの歩き方とかから見るに、結構良いところの子なんだろ?」


「結構どころか、かなり良いところの子よ。」


店主に金貨を支払いつつ、金色のチェーンに通された指輪を首元へと運ぶ。

「どう?」と店主に感想を求めようとすれば、あえて反らし続けていた目が合ってしまい、思わず目をそらす。


瞳の色を見られていないかと不安になりつつ、フードを更に深く被った。


「お嬢ちゃん…………お前の目……。だから隠してたのか……」


ラシェルの期待は空しく、店主はラシェルの瞳の色をはっきりと見てしまったらしい。

見られてまずいものではないが、皇后とその娘の瞳の色は大々的に知られている。


念を入れないに越したことはないため、わざわざ深くフードを被っていたと言うのに……

商人とあれば、金貨を数十枚握らせれば口封じができるかもしれないと焦るラシェルに、店主は声をかけた。


「〈傾国の悪女〉と同じ目の色だなんて、そりゃ隠したいよな……悪かった、偶然とはいえ勝手に見ちまってよ。」


気まずそうに頭をかく店主を見ながら、ラシェルは見当違いな意見に追い付いていけない。


「〈傾国の悪女〉っていうのは……?」


「お嬢ちゃんも知ってんだろ?第二皇女様の噂だよ。その噂のせいでお前みたいに瞳の色で苦労する人もいるんだから、迷惑だよなあ」


つい2日前に耳にした言葉に思わず顔が強張る。

まさか本当に城下まで広がっているとは……ラシェルは軽く頭を押さえる。


「私、地方から来たばっかりでその噂についてよく知らないの。詳しく教えてもらえない?」


今度は髪の色を見られないように気を配りながら、店主に顔を近づける。


「……あんまり喋りすぎるのも誉められたもんじゃないんだけどな……。第二皇女様は、どうやら弟の第一皇子様を殺して、自分が皇帝になろうとしてるんだとよ……」


「まさか!!」


ラシェルは思わず声を上げる。

幸い、騒がしい場所であるため、店主以外の人は気にも止めなかったらしい。

また、店主は急な大声に少し戸惑っているようだった。


「あ、いえごめんなさい。ビックリしちゃったの。」


「んー。まあ仕方ねえよな。それだから、皇女が皇帝になる前に大量の国民が海外に移住を始めてるらしいし……。俺もいつまでやっていけるかわかんねえな」


声を潜めながら店主はラシェルに囁く。

一方のラシェルは、予想以上の情報に頭が痛くなっている。

噂程度ならまだしも、最早国外移住という実害が出ている以上、ラシェルの噂は事実として広まっているらしい。

アルバートとマルグリットが隠そうとするわけだ。


「……お嬢ちゃんもおんなじ目の色なんだし、変に言われることもあるだろう。辛いけど、どうしようもできねえし……」


ラシェルは後ろに騎士がきちんと配置されていることを確認する。


「教えてくれてありがとう。私、家族を待たせてるからこれで。」


「んあ?おう、気をつけてな。また買っていってくれよなー」


店主の店を離れてから、あえて人通りが穏やかな場所へと位置を変える。


さすがにここまで大きくなった騒動は、ル=シャトリエ公爵の耳にも入っているだろう。

ラシェルが籍を移すのを急かしてきたのは、この件に危機感を覚えたからに違いない。


頭のなかで、色々なピースが合わさっていく中で、ラシェルに勢いよくぶつかる人影があった。


「あ、ごめんなさい……」


ラシェルが謝罪するより早く、相手は走って去っていってしまう。

周囲に配置する騎士たちも一度は構えたものの、特に害の無さそうな様子を確認し、剣から手を離した。


「大丈夫ですか?殿下」


「ええ、問題ないわ。……そろそろ向かわないと日が暮れちゃう。肩も凝ってきたし……?」


そっと自分の肩へ手を伸ばしたラシェルは、なにか生暖かいものに手が浸るのが分かった。

手を見れば、血で真っ赤に染まっていた。


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