57.判明
「ラシェル~!!!!!!」
凍りついた空気を溶かしたのは、ラシェルに飛び付いたアリスだった。
数ヵ月ぶりに会えたことが嬉しいのか、花束は持ったまま、アルバートを差し置いてラシェルに抱きついた。
「ご令嬢は……皇女殿下と面識がおありだったのですか。」
貴族のひとりが尋ねると、アリスが激しく肯定した。
「ええ。ラシェルは私の大親友ですの。」
「はは、どうにも妬いてしまうね。」
余裕のある表情で二人を眺めるアルバートだが、瞳の奥は嫉妬で燃え盛っている。
ラシェルとしても、ここまで喜ばれるとは思っていなかったのだから仕方がない。
「……!まあ、あの方はジェレミーではなくって?!ジェレミーーー!!!」
注目の的になり慣れていないラシェルは、あまりの気まずさに思わず視界に入ったジェレミーに手を振る。
その一瞬、ラシェルへの注目は全てジェレミーに向いた。
ジェレミーもまさかここで身分を公表すると思っていなかったのか、ぽかんとした表情だ。
「ジェレミー様。お越しいただきありがとうございます。」
「いえ、ご招待頂いたのですから勿論駆けつけさせて頂きました。ご挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げます。」
ジェレミーとアリスが会話しているのを見て、東西間の関係が和らいだのかと誰もが驚きを隠せないようだ。
とはいえ、参加しているのはジェレミー一人らしく、ジュスティーヌの姿はない。
「ラシェルも……なんていうか。その、綺麗だよ。すごく。」
「あら?本当?ジェレミーもとっても素敵ね。ありがとう」
いつもと違うヘアセットが慣れないのか、少し背伸びをしてジェレミーの赤毛をそっと触る。
勿論、ジェレミーは赤面した。
「姉さん……。プライベートはともかく、未婚の紳士と淑女が……」
「あら、貴方がそれを仰るの?」
始めて見たアリスに惚れ込み、それこそ未婚の淑女のもとを何度も何度も訪ね歩いたアルバートにそれを会う資格はないだろう。
姉の圧……というか、ル=シャトリエ家の女たる圧を醸し出しながら、ラシェルは弟を黙らせた。
「公子殿も姫君と面識がおありなのですね……」
〈引きこもり姫〉のラシェルが、アリスやジェレミーといった並々ならない面子と顔見知っているのだから、ラシェルの影響力を甘く見ていた人々は青くなっている。
「ジェレミーは幼い頃にわたくしのお話し相手でしたから。信頼できる友人ですのよ。」
モンフォール後継者の名前を利用するようで気が引けるが、ここでマルタンやモンフォールと親密であることを示せば、以降のラシェルの社交界での立ち位置は明確になるだろう。
あくまで社交界のトップは、婦人でいえば皇后のマルグリットで、令嬢の中では次期皇后のアリスだろう。
けれど、皇族とル=シャトリエに連なるものとして、かなりの待遇は期待できるはずだ。
「こ、皇女殿下。……私、西部所属の……」
「ル=シャトリエ公爵とは祖母が親しく……」
「我が息子は次期侯爵で……」
案の定、というか、予想以上だった。
アルバートやアリスでしか見たことないほどの大量の人の壁が、ラシェルを取り囲んだ。
「うぉ……っとと…」
「ほら、言わんこっちゃない。」
ジェレミーが片眉を潜めて、ラシェルに一瞥した。
どこか愛おしさのこもるそれに、勿論ラシェルが感づくはずもない。
「もしかして……殿下は、水面下で誰かと婚姻を進めていらっしゃるのでしょうか……?」
「婚姻?」
皇族として結婚は義務と思っているが、今まで話が進んだことはない。
けれど、悪評も晴れて、こうした名家との繋がりも明らかになった今、ラシェルは婚姻を急ぐ子息や四大家門との繋がりを強めたい貴族たちの良い結婚相手だろう。
対応に焦りおぼつかない回答をしているラシェルに、ジェレミーは少し覚悟を決めたように口を開いた。
「……ラシェルは……私と、ジェレミー・モンフォールと、近いうちに婚約を……」
それが社交界に広まって、ラシェルに言い寄る者がいなくなっても、そしてそれが本当となって婚姻を結んでも、ジェレミーにとっては良いこと尽くしだ。
四大家門直系には婚姻や相続に特別な法律が存在する。
大きく振り分けてしまうと、
・皇帝と四大家門当主との婚姻は認められない
・当主となるのは直系の血を引く嫡子であること
・四大家門直系血族の婚姻において、同じ世代で四大家門2つ以上と関係を結んではならない
などだが、ラシェルとジェレミーが婚姻できない法は存在しない。
(当人の同意はまだだが)、障害のない婚約宣言をふと遮ったのは、ある男の声だった。
「お話を遮ってしまい、失礼致しました。けれど、皇室たるル=シャトリエと、マルタン、モンフォールが会する場に私がご挨拶しないのも、礼儀に欠けると判断しました。」
人混みから表れたのは、すらりと背の高い青年だ。
漆黒のタキシードに、不釣り合いなほど立派な剣が腰に下げられている。
舞踏会での帯刀が許されている貴族家門は、帝国ではラ=フォンテーヌしか存在していなかった。
「お久しぶり……いえ、初めましてでしょうか。ラシェル第二皇女殿下。」
その男の顔にラシェルは見覚えがあった。
一度見て、忘れられない類いまれなるその美貌……。
闇夜の紫紺の瞳、光を吸い込む純黒の短髪。
「四大家門がラ=フォンテーヌ後継者、シルヴェスト・ラ=フォンテーヌでございます。」
リュカ・バルニエ、と彼は名乗っていたはずだ。
ラシェルは混乱したようにアリスとジェレミーを交互に見るが、2人は礼儀正しくシルヴェストに挨拶している。
「えっと……?バルニエ卿……ですよ、ね?」
「?バルニエですか?本日はご招待に預かっていないはずですが。」
「そうじゃなくて、あの。私、ベアトリスです。だから、貴方バルニエ卿ですよね?」
「貴女はラシェル皇女では?」
淡々と答えるシルヴェストの表情は変わらないが、数ヶ月彼と接してきた経験から、ラシェルは分かる。
彼はかなり拗ねている!!!
「ラ=フォンテーヌ……様?」
「どうぞ、シルヴェストと。貴女様は高貴なる皇女殿下なのですから。」
「ええ、はい……シルヴェスト様。」
話は終わったとばかりに場を離れるシルヴェストを名残惜しそうに目でおうラシェルに、ジェレミーは不安そうに尋ねる。
「……えっと……大丈夫?ラシェル」
「私……彼ともっと話さないと……」
「は?え?!ちょっとどこ行くんだよラシェル!おい!……皇太子殿下も止めないで良いんですか?!」
ジェレミーの静止を振りきって、ラシェルはシルヴェストを追いかけた。
勿論、アルバートは慣れているのか、頭を抱えるだけだった。




