54.西部の天使
顔色が悪かったフランシスのために、会合の開始は少し遅らせた。
そして現在、部屋にはラシェル、シルヴェスト、アリス、フランシス、ジェレミーの5人が揃っている。
長方形の長机の一辺にシルヴェストが座り、アリスとフランシス、ジェレミーがその両端に座る。
部外者であるラシェルはどこに座るべきか少し迷ったが、アリスとフランシスが二人並んでおり、ジェレミーがその向かいに座ってニ対一の並びになっていたので、特段深く考えずジェレミーの隣に腰を下ろした。
結果として、左から時計回りに、アリス、フランシス、シルヴェスト、ジェレミー、ラシェルの順になった。
机の上には、シルヴェストが用意した花が花瓶に活けられている。
「ベアトリス嬢、なぜ……その席に?」
急にシルヴェストがラシェルに問いかけたので、ラシェルは不思議そうに目を細めた。
子供のようだが、ラシェルかジェレミーの隣に座ったのが気にくわないらしい。
「なぜって……席が空いていましたので。」
ラシェルの前で、ジェレミーが少しご機嫌な表情を浮かべた。
とはいえ、ラシェルにしてみればジェレミーの隣に座りたくてこの席を選んだわけではないため、シルヴェストの質問の意図は分からない。
他人もいるなかで何を言っているのかと恥ずかしくなったのか、シルヴェストは大袈裟に咳払いをした。
「今日は私がこの場を取り仕切らせて頂きます。自己紹介は……するほどの者ではありません。ラ=フォンテーヌの代表として参席させて頂きます。」
シルヴェストは自身の名前を名乗ろうとして、ちらりとラシェルに目をやり名乗るのをやめた。
続いて、フランシスが口を開いた。
「マルタン後継者のフランシス・マルタンです。こちらは妹のアリス。」
「始めまして。」
金髪碧眼の兄妹が頭を下げ、次はジェレミーの番だ。
「ジェレミー・モンフォールです。失礼だとは存じますが、妹のジュスティーヌは欠席させて頂いています。よろしくお願いいたします。」
最後に残ったのはラシェルだ。
「……ベアトリス・ル=シャトリエです。ル=シャトリエとはいえ、まだ仮縁組をしている分家筋の者ですので、あまり畏まらずとも結構です。今回はル=シャトリエの代表として失礼しております。」
嘘をついていることさえ周りに隠しているシルヴェストとは違い、ラシェルの本当の身分を知らないのはシルヴェストのみだ。
ラシェルがベアトリスを名乗っても、事情を察してか三人は何も言わなかった。
自己紹介が終わるなり、開始の宣言も待たずにジェレミーが謝罪をした。
「……早々に失礼します。アリス嬢、並びにマルタンの皆様に、妹に代わりまして謝罪申し上げます。……この度は、本当に申し訳ございませんでした。」
ジェレミーが席を立ち深々と頭を下げた。
「モンフォール一同、この事案は大変重く受け止め、ジュスティーヌには帝都の別邸での謹慎、生活の監視、予算の減額を行わせています。……他家の者に暗殺者を差し向けるなど、モンフォールの恥。本当に、申し訳ございません。」
再三の謝罪をするものの、謝って済むことではない。
帝国貴族の模範たる四大家門の直系血族が、他家の……それも四大家門直系血族を殺そうとするなんて、テロと言っても過言はない。
事件があった際、アルバートの立太子式を控えていたためこの事件は伏せられたが、本来ならばマルタンがモンフォールに宣戦布告をしてもおかしくはなかったのだ。
しかも、モンフォールとマルタンは対立しているとはいえ、関係は密接である。
モンフォールは定期的にマルタンに多額の寄付金を受け取っているし、マルタンもモンフォールと独占貿易の契約を結んでいる。
その関係が、危うく崩れてしまうところだったのだ。
両家のその損害は、計り知れない。
「……お父様からこの事をお聞きして、思わず震えてしまいました。」
アリスが静かに話し出した。
ジェレミーはおもむろに顔を上げる。
「面識のなかった方から……しかも年の近いご令嬢から、まさか命を狙われるなんて、思ってもなかったので。」
「……」
「私個人としては、二度とこのようなことをしないと誓ってくだされば、満足です。けれど、それで許してしまっては、家門の立てる顔が無いのです。ご理解頂けますか?」
「……仰る通りです。」
ラシェルのすぐ横で、ジェレミーか拳を強く握った。
苛立ちや悔しさからではなく、理解ができてしまう苦しみからだろう。
謝罪でこれを許してしまうと、周囲からマルタンが軽んじられてしまうだろうし、示しがつかない。
ジェレミーもモンフォールの後継者なのだ。
その理解ができてしまう。
「モンフォールも、謝って済むとは考えておりません。……シルヴェ……、コホン、……卿。」
ジェレミーがシルヴェストに向き直り、名前を呼び掛けたがどうにか飲み込む。
指名されたシルヴェストは頷いて、アリスとフランシスの前に様々な書類を並べた。
「右から、モンフォールの関税自主権の利権書、所有する鉱山とその契約書、周辺国からの紹介状など、モンフォールの所持している数々の利権書です。お目通しください。」
フランシスが書類を手に取り、それをアリスも覗き込む。
ラシェルからは中身は見ることができないが、話を聞くだけでも価値の高さが伺える。
「……この書類一枚で、領地ひとつが買えるほどの価値ですね。……これは?」
フランシスの問いかけに、ジェレミーが少し詰まったように答える。
「賠償金といいますか、謝罪の品です。それらの中にご希望がなければ、我々が保有するものからお好きなものをお譲りしたいと思っています。」
そうは言うものの、それがモンフォールにとってどれほどの損失なのかは、ラシェルには容易に想像できない。
しかし、フランシスは小さく溜め息を吐くと、黙って書類をジェレミーに突き返した。
「……お兄様」
「モンフォールの誠意は理解できました。……けれど、これら全ては言ってしまえば資金源の数々。この中のものは、我々マルタンには不要なものです。」
外交の東部、資源の西部、軍事の南部、政界の北部というのは有名な話。
それぞれが、外務大臣、財務大臣、軍部大臣、宰相と各々が台頭する分野の長を勤めているのもまた広く知られているだろう。
その中で、帝国で唯一海に面し、海洋資源を始め豊富な鉱山保有量、温泉資源に農作物に至るまで、帝国の資本の7割をマルタンが所蔵しているとさえ言われている。
そんなマルタンにとっては、私財を投げ打つと言われても心惹かれる内容ではないのは確かだ。
「……マルタンは、何をご所望なのでしょうか。」
ラシェルが初めて声を発した。
「先ほどフランシス様は『この中には』と仰いました。ということは、この項目以外でなにかお求めのものがあると言うこと……。繰り返しますが、何をご所望なのでしょうか。」
その問いに答えたのはアリスだった。
「外交のモンフォール、私たちが必要としているのはまさにその分野です。」
終始一貫して表情を崩さなかったシルヴェストさえ、それを聞いた途端何かを考える仕草をした。
「……モンフォールがお力になれるのなら、何でも提供いたします。」
ジェレミーの宣言に偽りは無いようで、彼の金色の瞳がしっかりと二人を見据えた。
アリスがそれに応えるように、大きく頷いた。
「私たちマルタンは、海路貿易に乗り出したいと思っています。」
「「海路貿易?」」
ジェレミーとラシェルの声が思わず重なった。
「聞いたことがあります。海の遥か向こうに、まだ見ぬ国々や島が存在すると。……貿易船とモンフォールの外交の力を用いて、諸国と新しい関係を結ぼうとされているのでしょうか。」
シルヴェストが問いかけると、今度はフランシスが答えた。
話が長くなると判断したのか、ジェレミーは椅子に腰を下ろした。
「少し異なります。……勿論、新たな同盟の締結や資源の確保を大前提としていますが……。想定としては、軍事支配もあり得ると考えています。」
「……ラ=フォンテーヌである私の前でその発言をすると言うことは、私たちも引きずるおつもりですね。」
シルヴェストの紫紺の瞳が冷たく射抜く。
軍事支配……。仮に発見した国が帝国よりも劣っていた場合、力ずくで合併すると言うことだ。
何も、軍事支配というのはタブー視されているものではない。
現在だって、ラ=フォンテーヌは自身の軍事力を用いて南に南にと領地を拡大させているし、モンフォールも同盟により国土を増やしている。
ル=シャトリエは対抗する力は持たないが、帝国国土の4割を占めているとあり、未だに四大家門最大の領地を持つ。
反面、領地拡大においてはデメリットとなる『海に面した領地』であるマルタンは、他三家門に対抗するために領地を広げなければならない。
それを望んではいなくとも、四大家門の役割は『互いの権力を拮抗し合うこと』であるので、マルタンもどうにか他と合わせなければならない。
そこで、考えたのが海路開拓というわけなのだろう。
「僕たちが成そうとしていることは、四大家門の義務であると共に、他三家門の協力なしにはなし得ないことです。
外交の力をモンフォールにお借りし、ル=シャトリエには海路貿易に関する新たな法の制定、そしてラ=フォンテーヌの強大な軍事があってこそ、実現することです。」
今日の本来な目的が『被害者』であるマルタンへの謝罪の会であったはずなのに、今ではマルタンがこの会のマイクを握っていた。
これではまるで、年に4回行われている『四大家門会議』と何ら変わらない。
けれど、ラシェルを含め全員がこの話に聞き入ってしまっているのは、各々の愛国心から来る結果だろう。
「……モンフォールの協力に拒否権はありません。よって、この件には肯定的な姿勢を取ります。」
ジェレミーがモンフォールとしての意見を述べる。
モンフォールは肯定だ。
「……持ち帰って、公爵や皇后陛下……皇太子殿下と相談させてください。私の一存では決められません。」
ラシェルが至極全うな受け答えをする。
この場においてラシェルはル=シャトリエの養子というだけの存在であるし、皇女としての身分を用いても政には関われない。
けれど、ラシェルは最後に数言付け足した。
「しかし、皇太子殿下の恋人たるアリス嬢の生家マルタンからの申し出とあらば、恐らく殿下は二つ返事で了承されるでしょう。……公爵閣下も引退が近いとあり、宰相として有終の美を飾りたがっています。この大きな計画は、まさに渡りに船です。……よって、推測ですが、ル=シャトリエも賛成させて頂くでしょう。」
最後に残ったのは、ラ=フォンテーヌだ。
ラ=フォンテーヌは公正と正義の象徴。簡単には折れない。
「魅力的なお話ですが、特段賛成する理由もありません。ラ=フォンテーヌは保留ということで……」
「中立。」
アリスが突然シルヴェストを遮った。
「ラ=フォンテーヌは中立の家門。決して、自らの利益を最優先させない。ですよね。」
シルヴェストが渋々と首を縦に降った。
「それなら、二家門が肯定だという中で、ラ=フォンテーヌのみが反対をするのは中立といえるのでしょうか。本当の中立なら、意見が同じ方に傾いていればそちらに合わせるのが正しいのでは?
最も、私たちマルタンが海路開拓に乗り出すのは、四大家門の義務としてです。それを否定するラ=フォンテーヌだとは思いませんが……」
反論しようとシルヴェストが口を開いたが、どうしても『中立』という単語が矛盾を孕ませてしまうと気づいたのか、口を閉じた。
アリスが勝ち誇ったようにフランシスと笑い合っている。
「……《西部の天使》だとお聞きしていましたが、噂とは違うみたいですね。」
負け惜しみなのか、シルヴェストが皮肉を込めて呟いた。
「光栄ですわ。ね、お兄様。」
妖艶な微笑みを浮かべる今のアリスは、確かに《西部の天使》に相応しいとは言えないだろう。
シルヴェストは何か言いたげな表情のまま、席を立ち上がった。
「これにて、会合を終了させて頂きます。…………どうにも、『和解』よりも先の話が弾んでしまったようですが。」
シルヴェストは大きな溜め息を吐いて、漆黒の髪をかきあげた。
「帰りの道中はお気をつけて。馬車酔いが心配ですから。」
アリスへの反論は不可能だと判断したのか、唐突にフランシスに向けて皮肉を吐き出した。
なんとも大人げない青年だろうか。
長らく更新が滞っており申し訳ありません!
ストックが尽きてしまって、書きためる時間もなく全く執筆できておりません!
申し訳ありません!
11月には更新のほうさせて頂きます。
理想としては、週に2~4話出したいのですが……。
完結までのプロットはあるので面白くなるよう手足をつけていきたいところです(-_-;)
もうしばらくお待ち下さい。
Pasta




