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4.邪魔者


マルグリットの執務室のある後宮からラシェルの住む皇女宮までの距離は比較的近いものの、立ち入りの制限されていない中庭(皇宮庭園)に面する通路を通る必要がある。

危険が伴う場所を通過するが、中庭は基本的に誰も立ち入ることがないため、人と出くわすリスクは皆無……だったはずなのだが。



「あら!そちらにいらっしゃるのはアルバート殿下ではなくて?」


無理矢理に出したのかというくらい甲高い声と、パチンと扇子を閉じる音が響く。

中庭に勝手に持ち込んだであろう茶会用の机と椅子と、ここが皇宮だということを忘れているのか疑うほどの量の菓子が広がっている。


偶然会ったのを装っているが、アルバートがここを通るのを待っていたようにしか思えなかった。


「おほほほほ、こんなところでお会いできるなんて思ってもみませんでしたわあ!!

皇帝陛下の第三皇妃である叔母様にお会いしようと偶然皇宮に来たら、偶然アルバート殿下にお会いできるなんて!!」


緩やかに巻かれた赤髪に、ヒョウやトラをイメージさせる金色のつり目。

自信満々の笑みを浮かべた少女は、ツカツカとアルバートの方へ足を進める。


「四大家門がモンフォール家の長女、ジュスティーヌ・モンフォールが、アルバート皇子殿下にご挨拶致しますわ」


一瞥いちべつさえされなかったラシェルは、隣の弟の顔を覗き込む。

アルバートは、徹底的に母親に指導された優雅な微笑みを浮かべているものの、目の奥は笑っていないし、眉や口角がひくついている。

察しのいい者からすれば、彼がジュスティーヌを苦手に思っていることは一目瞭然だろうが、それに気づかないのが目の前の令嬢だ。

むしろ、笑顔を浮かべられて満足そうにしている。


「……久しぶりだね、モンフォール令嬢。お父上はお元気かい?」


先ほど息を切らしていた無害そうな青年と同一人物とは思えないほど、依然とした態度で語りかける。

自分のことではなく、父親の話をすることでジュスティーヌの自分語りを防ごうとしたのだろう。

ただ、ラシェルの中でのジュスティーヌは自分語りもさることながら、自分の家柄の自慢も止まらない。

逆効果だろうと思えば、案の定彼女は機嫌を良くして話し始める。


「お父様ですの?……まあ、最近疲れていらっしゃるようで……なぜかと申しますと、我がモンフォールに新しい関所を作ることになりましたの。ほら、モンフォールといえば、外交が盛んでしょう?もっと新しいルートを開こうと……」


アルバートの笑顔に限界が来る前に、ラシェルは軽く助け舟を出すことにした。


「お久しぶりね、ジュスティーヌさん」


話を遮られて機嫌を悪くしたのか、ジュスティーヌは仮にも皇女であるラシェルを睨みつけた。

外との交流がないラシェルだが、以前友人候補として2人きりで茶会を開いた際に顔は合わせている。


「あら、いらっしゃったんですか姫さま。さすが国の壁華と呼ばれるお方ですね、気づきませんでしたわ」


ジュスティーヌはアルバートと話していたときとは比べものにならないほど低い声で返事をする。

勿論、もう自信げな笑みは消え、明らかに不機嫌な態度である。


「……その関所の話、もっと詳しく教えてくださらない?例えば、そこの関税はいくらになるか、とか。今モンフォールにある5つの関所の全ての関税が金貨8枚以上でしょう?旧貨幣制度が廃れてきた今、新硬貨制度でどのように取り組んでいくのかしら?」


「……は?知らないわよそんなこと。何でわたくしが知ってるとでも?」


「それじゃあ、よく知らない情報を我が物顔で語ってたの?私、あれだけ余裕のありそうな様子だから、計画に携わっているのかと思ったのだけど。」


ラシェルが大袈裟に驚いた演技をすれば、ジュスティーヌは髪と同じ色に顔を染める。

恥ずかしさから来るのか、悔しさから来るのかわからないが、彼女が持つ扇子がミシリと軋む音を立てた。

横を見れば、アルバートも面白そうに微笑んでいた。


「……ふん、さすが傾国の悪女様だこと。人を貶す腕は一丁前なのね。」


「傾国の悪女ですって?」


ラシェルは思わず眉をひそめる。

聞いたことのない呼び名だ。ジュスティーヌが適当に呼んでいるあだ名なのかもしれない。


「モンフォール令嬢、それくらいにしろ」


「引きこもり姫はご存知なかったかしら?帝都だけじゃなく地方や一般市民の間でも広まっている話ですのに。」


再び自信に溢れた笑みを浮かべる。

反して、アルバートはジュスティーヌに言わせまいとするような焦りを見せていた。


「第二皇女、ラシェル・アヴォット・レ=プロヴァンヌは、最凶最悪の〈()()()()()〉ですってね!」


「モンフォール令嬢!!!」


アルバートが声を上げる。

ジュスティーヌは驚いた表情でアルバートを見上げた。ラシェルも同様だ。


「いい加減にしろ。お前に姉上を……皇女を侮辱する権限などない。不愉快だ」


怒りを露わにした弟に驚きつつ、ラシェルはジュスティーヌに軽く目をやる。

ジュスティーヌは金色の瞳に涙を浮かべて、唇を噛んでいる。声を上げて泣き出すのも時間の問題だろう。


「お前はもう皇女の友人候補でさえない。調子に乗るな。」


「……わ、わたくし……だ、って……」


「今、皇女の友人候補に上がっているのは、アリス・マルタン嬢だ。お前ではない。」


ジュスティーヌがマルタン家の末娘を激しく敵対視していると知った上での発言だろう。

皇室の皇女たちは、皇女という肩書はあるものの、母親の生家が無名であるため社交界での影響力はほとんどない。

母親が皇后のラシェルは例外だが、そのラシェルが21歳にもなって表舞台に現れないというのだから、現在の貴族令嬢たちの頂点にいるのはジュスティーヌだ。


ただ、同じ四大家門のアリスがもうすぐ社交界に現れることになり、ジュスティーヌの立ち位置は揺らいでいる。

その地盤を盤石にするために、アルバートに近づいているのだろう。



「帰りの馬車は手配させるから今すぐここから立ち去れ。良いな」


アルバートに手を引かれてその場を後にしたラシェルの耳に、扇子がぐしゃりと折れる音がした。



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