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37.新事業計画(不正)


「新しい事業。」


「ええ。そして新しい分野で。」


色々な面には既に手を出してきたアリスは新しい分野と言う単語に反応する。


「アリスは理工学部と言ったわよね、」


マルグリットが身をのりだし、アリスは頷く。


「父は数学科の大学教授でしたけれど、私は理工学部に進みました。」


「だから、文学にはあまり関わっていないのね。」


マルグリットの発言は的を得ていて、アリスは童話程度なら出していたものの文学作品に関してはあまり興味を持っていなかった。


「文学作品を作るのには、どうにも文才がなくて。」


「……でも、劇作品なら?作れるはずじゃない?」


マルグリットが不適に微笑み、アリスはなるほどと相槌を打つ。


「シェイクスピアとか、ですか?」


「ええ。その方面にもまだ改良の余地があるはずよ。」


「確かに、プロヴァンヌは芸術面に代表できるものはありませんね。……劇台本なら、文才があまりなくともト書きで書けると思います。」


既にアリスの中ではビジョンが完成しているらしく、うんうんと頷きながらシュミレーションをしている。


「こう見えて、私は前世企業メールを幾多も打ってきたお陰でそこそこの語彙はあるわ。私が原稿を書くから、アリスはその発行を私との合作名義で出発してほしいの。マルタン所属の出版社があるでしょう?」


マルタン所属の出版社というのは、アリスが書いた論文や新定説、そして昔書いた童話を発行するために作られた大きな会社だ。

今では帝国一の媒体企業になっている。


「分かりました。けれど、マルグリットさんには何かリターンが必要ですね。必要経費を差し引いて……売上高の4割ほどの手取りになると思います。」


「2割で構わないわ。その代わり、残りの代金でお抱えの劇団を作りたいの。いずれは、その団の独占講演としましょう。」


アリスは素早い頭の回転で何かを察したのか、懐疑的な目線でマルグリットを眺めた。


「……それで終わりではないはず。損失分の2割がその程度で補完できる訳がないんです。マルグリットさんはそれ以上の目的があるんですよね?」


「素晴らしいわね。経営にも携わっているの?」


「発明品は博士学会を通して兄に経営を任せていますので私はからきし。」


慣れたように話題を外していくマルグリットは、真意が取れずアリスにとって対談は苦戦する相手だった。

とはいえ、マルグリットが意図してやっているわけではないのだから、会談の多い身分故の一種の職業病だろう。


「アリスの発明品の利権の5%を私に。」


マルグリットが平然というものの、この条件は素人でも分かるほどに不平等だ。


アリスの作る製品がもたらす経済効果は並大抵ではなく、1日で国家予算相当の金額が動いていると言っても過言ではない。

1割にも満たない利権といえど、それだけで損失分の2割どころか総利益の2倍以上の価値があるだろう。


「現在の利権は、アリス個人が過半数の6割、博士学会が3割、そしてその他が合計1割を所持しているのよね。」


製作者のアリスに帰属する利権が大きすぎるようにも感じるが、実際は帝国法により『総利権の過半数を、所持する人物へ帰属する』とあり、アリスが過半数を所持するのは何らおかしいことではない。


「ル=シャトリエ家にしろ皇室にしろ、既に利権は持っているはずですが。」


「総合したって合計は0.1%にも満たない量だもの。無いに等しいわ。」


0.1%といえども、日頃恐ろしい桁の数字が動いているのには違いはない。

0.1%の投資で確実に利益が出るのだから軽視できないものでもあるのだが。


「何も、全て利権で渡すように言っているわけじゃないわ。投資形態を取っても構わない。」


そこでアリスはようやくマルグリットが何を伝えたく、何をやりたかったのかの察しがついた。

分かってしまえは何ともないことだ。


「株式を流通させようとしているんですね。」


「ええ。影響力のあるアリスが株式を始めれば、帝国中に広まるのも時間の問題よ。」


マルグリットは結局、株式としての利権を1割要求していたのだ。

株式と利権の大きな違いといえば、損害を被った時に株主も激しい損をするということだろう。

それでも、経済難に陥る起業家たちを救済できる措置であるのは確かだ。


「元よりマルグリットさんは私の利権で稼ぐことを目的にしていないんですね。実際の目的は、知名度のある私の発明品の株式を保有しているという肩書で、新しい投資を始める気だと。」


その通りだと言うように頷く。

アリスの株式1割は広告塔としての力のために使うのだろう。


「新しく劇台本の制作をマルタン傘下の出版社で行うこと。利益の2割を私に入れること。そして、株式の形で私に1割を譲渡すること。これが今回の『新しい方面の事業』よ。」


確かに、工学や数学の方面で頭角を現したアリスにとって、今回の文学や経済面という分野での先進化は考えもしなかったことだ。


「けれど、マルグリットさん。アリス・マルタンの株式の10%をそれだけの対価でお渡しできませんわ。」


アリスが肩を竦めるが、それは当たり前のこと。

それほどまでにアリス・マルタンが動かす金額は目を瞑れないのだ。


それを理解しているマルグリットは、用意していたように追加の条件を用意した。


「アルバートの立太子式で、最前列をご用意しましょう。」


「契約成立ですね。」


愛する人の晴れ舞台を間近で見られるなんて、株式1割では安すぎるくらいだ。


「……そう言えば、シャスローネの伯爵令嬢が新しい侍女になったんですって?なんて言う方だったかしら。」


マルグリットが目を細めて尋ねる。

株式の1割といえばどれくらいなのかを計算していたアリスは、一旦それを置いて話に集中をする。


「アトリス・ブランツェッタさん、ですか?」


「そう。アトリスさん。」


「とても良い方ですよ?仕事も早くて有難いです。」


良かった、とマルグリットが笑みを浮かべる。

とは言いつつ、その笑みも実際は目の奥は笑っていないのだが。


「使用人の真似事なんか初めて、何をする気なのかしらね。」


マルグリットの呟きに対し、アリスが首を捻る。

「気にしないで」と言葉を濁すが、マルグリットはどうしたものかと考えていた。


一人娘ラシェルが侍女として働いていることくらい、母親たるマルグリットが知らないはずがないのだ。

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