2.似たもの同士
「長くなったわね。呼び出しておいて申し訳ないけれど、そろそろ戻りなさい。第四皇子の最後の足掻きなのか、アルバート周辺を嗅ぎ回っている人間が多いと報告が入っているわ。」
先述のように、ラシェルにはいつ何時危険が迫ってもおかしくはない。
長時間の外出は決して褒められたことではないのだ。
「ありがとうございました、お母様。ご政務、頑張ってください」
マルグリットは苦虫を噛み潰したように微笑む。
大方、長らく会えなくなる娘の見送りができないことが気がかりなのだろう。
マルグリットは昔から、我が子の顔より机に向かう時間が多いことを申し訳なく思っているようだった。
それでも、乳母をつけることなく、自らの手で2人の子供を育て上げているのだから、十分に子供に向き合ってくるだろう。
加えて、マルグリットは皇后という身分でありながら、仕事については誰もが舌を巻くほどである。
それが政界の重鎮を多く輩出する、かのル=シャトリエ家の生まれだからというわけではなく、彼女自身の才能であると、昔からラシェルの祖父……ル=シャトリエ公爵は口うるさく言っていた。
日付順ではなく、データを元に資料を分ける、子供に義務として教育を受けさせる、女性の政治的差別廃止への運動……革新的な行動から多くの敵を持つのは当然だが、マルグリットはそれ以上の支持を受けている。
廃れた皇室が成り立っているのは十中八九皇后の手柄であると言わしめ、影ではマルグリットを『女帝』と呼ぶ貴族も多くいるほどに。
部屋を出ようと、執務室の扉へ向かうラシェルの鼻先に、何かが思い切り空中を切った。
何があったか確認するのに、2人とも一拍ほど要したのだが、結論から言えばその物体というのは、目にも留まらぬ速さで開かれたドアだった。
もしあと一歩手前にいたら、彼女の鼻が勢いよく開かれた扉に殴打されていたことだろう。
セキュリティの問題上、内側からの引き戸となっているのは仕方がないとして、こうも勢いよく扉が開かれれば誰かしら負傷する可能性は大いにあると、ラシェルは軽く現実逃避をした。
扉が開かれたということは、扉を開いた人物が勿論いるわけで、皇后の執務室にノックなしに入って来れる人物はかなり限られている。
「……アルバート。お願いだから、扉はゆっくり開けて頂戴。」
目の前で息を切らし肩を大きく上下させる青年に、ラシェルはため息混じりに声をかけた。
光を浴びて輝く銀髪に、澄んだ深海のような群青の瞳を持つ青年の容姿は、まるで晴天の銀世界を彷彿とさせる。
銀髪紅眼のマルグリットの色をそのまま受け継いだラシェルに対し、父親である皇帝の瞳の色を遺伝したアルバートは、あまり2人に似ていない。
それは性格にも反映しているのか、落ち着いた雰囲気の2人に反してアルバートは、皇子とは思えない破天荒さというか無邪気というか、もうすぐ18歳を迎える少年の年相応の姿である。
最も、表向きは完璧な皇子として信頼を多く集めているのだが。
「ハァ、ハァ…久しぶり……姉さん……えっと…ハァ、なんだっけな……あ〜」
「皇太子の内定が決まったんでしょう?今ちょうど聞いたところよ。」
息が整ったのか、呼吸のペースが一定に戻ってきたアルバートは、ラシェルの発言に目を丸くした。
「もう知ってるんだね。」
彼は時々、母親の情報伝達能力を甘く見ているところがある。