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18.罪悪感


翌日の昼前に、ラ=フォンテーヌから書簡が届いた。

内容は勿論言わずもがなだが、養子縁組の認可だった。


「ラシェル!!良かった!!まさか南部から許可がもらえるとは!!これでお前もル=シャトリエの一員だ!!」


中でも、ル=シャトリエ公爵の喜びようと言ったら凄いもので、ラシェルはどうにも後に引けなくなってしまった。


祖父母が孫の笑顔に弱いのなら、孫も祖父母の笑顔に弱いというものだ。




また、ル=シャトリエに向けた正式な書簡とは別に、ラシェル個人へと向けられた手紙が2通届いていた。

1通は弟のアルバートから。もう1通はシルヴェストから。


まずアルバートからの手紙だが、タイムリーなことにアリス・マルタンのパーティについての簡単な報告書のようなものだった。


形式通りの文章やささいな世間話を除けば、内容は案外短いもので、要約すれば


《ラシェル姉さんへ。アリス・マルタン嬢との接触に成功しました。対象は悪意ある行動をしているようには感じられませんでしたが、まだ気が抜けない状況ではあるので、もう少し接触を図ってみます。アルバートより》


弟を完全に信頼する訳ではないが、アリス・マルタンがラシェルと対立する存在ではないようで少し安堵する。

アルバートにも、ラシェルがマルタン家へ潜入することは話さないほうがいいだろう。



また、もう1通のシルヴェストからだが……。

これは作戦についての設定や前置についての情報で、急ぎで内容を覚えるようにと記されていた。


《アトリス・ブランツェッタ、20歳。同盟国シャスローネの伯爵令嬢で、礼儀見習いのためマルタン本邸で女官として短期勤務。ラ=フォンテーヌの令嬢と友好関係があり、その伝手で2つの家門からの推薦状を受ける。


※設定のリアリティを出すために、ひと月でシャスローネ語を覚えること。教師は手配する。

ル=シャトリエ公爵には、偽りの情報を流してあるため安心してほしい。髪色についてもこちらで対処する》


「ひと月でシャスローネ語を覚えろって……?」


シャスローネ語は、プロヴァンヌの同盟国の中でも難しい言語として有名だ。

プロヴァンヌと文法上の順番が違うのは勿論、独特の訛りやクセのある発音が難易度をより高めている。

そんな言語を、リアリティを出すためという理由で習得させようとは……


「ラ=フォンテーヌは武術だけじゃなく知力も人間離れしてるわけ……?」


「ラ=フォンテーヌがどうかしたのか?」


「ひっっ!!」


思わず漏れた呟きを聞き返され、思わずラシェルは小さく声を上げる。

振り返れば、立っていたのは従弟のドミニク。


「ど、ドミニク……。屋敷にいるなんて珍しいわね。」


「まあ、屋敷中こんな騒ぎだからな。ラシェルの本家入りが決まって俺も嬉しいよ。」


あまりそうは思っていないのか、そう言いながらくわぁと大きな欠伸をした。

確かに、ドミニクにとっては、ラシェルが本家だろうが皇室だろうが、親しい親戚には変わりない訳だ。


「それで、ラ=フォンテーヌが何?」


四大家門の会議でラ=フォンテーヌ公爵に斬りかかられてから、ドミニクはラ=フォンテーヌに異様に神経を尖らせている。

特に、公爵やルシエラの姿を遠巻きに見ただけでも泡を吐いてしまうほどに。


『世の中の女の子たちは皆平等に愛する』と常々言っている博愛主義の彼だが、どうやらラ=フォンテーヌに至ってはそうはいかないようだ。


「あ〜……何でもないわ。別に。」


上手い誤魔化しが思いつかなかったのか、ラシェルは曖昧な返事をする。

その返事がドミニクの好奇心に触れたのか、ドミニクはほう、と相槌を打つ。


「何でもない、ねぇ。……なあ、シェリー。俺たち信頼しあってる従姉弟同士だろ?話してみろよ。」


ラシェルの肩に手を回し、秘密の話をするように耳元で囁く。

ラシェルは煩わしそうにするものの、手を振りほどく様子はない。


「だから何でもないってば。二度寝でもしててよ。」


「そんなことしたら厳しい祖父さんに叩き起こされて仕事させられる……いや、今はそんなことはいいから」


差し障りのないように話を切り上げようとするラシェルだが、それが余計にドミニクの関心を誘っていた。


「いいか?俺論で言うところの、人間がされたら嫌なことランキングの2位である『途中で言いかけて切り上げる』を実践しようってのか?」


「別に貴方に言いかけてはないし……。ちなみに1位は?」


「馬鹿みたいな名前を皇女につけられること。」


気づいた時には既にドミニクを振り解いて殴っていた。


「……こほん。……いいわ、教えてあげる。でも、誰にもいわないで頂戴。勿論アルバートにも。」


「わーってるよ。ダニエルにも祖父さんにも言わない。」


ドミニクと言えば、どっち付かずで遊び人だと知られているが、実際は誠実で真面目な面がある。

20年来の付き合いであるラシェルは、ドミニクに事情を話した。


「かくかくしかじかで……。私の本家入りと、私がスパイになるのとを交換条件に契約したの。」


ラシェルの話を聞くにつれ、ドミニクの顔が段々と苦くなっていく。


「言い方悪いけど、自分を売ったってこと?祖父さんや伯母さん(マルグリット)が知ったら何て言うか……。祖父さんも、事情を知ったら許可証を送り返すだろうし。」


「だから黙っててって言ってるのよ。分かって、ドミニク。」


「別に反対はしてないけど。」


あっけらかんとした従弟に、ラシェルは目を丸くする。


「止めるかと思った。」


「だって戦争が起きるかもしれないんだろ?別に仕方ねえじゃん。」


一を聞いて十を知るというのか何というか、ドミニクにはそこまで話していないものの、わずかな内容で最悪の事態まで見越していた。

流石は宰相補佐官だ。

ドミニクの才能に思わず驚く。


「勿論黙っておくけどさ、祖父さんや伯母さんたちにはどう説明すんの?」


「そこはラ=フォンテーヌにお願いしてあるわ。お祖父様たちには、最近ル=シャトリエも物騒だから、100日間、私をラ=フォンテーヌ領で匿ってくれるって説明してあるわ。」


実際はマルタンに行くのだけれど。と、肩を竦める。


「ふうん。でも、アルバートは大丈夫な訳?」


「大丈夫って?」


「いや、帝都……どころか国中で話題だよ。マルタン令嬢と第一皇子が恋仲……」


「ラシェル!!!」


ドミニクの声を遮るように、ラシェルを呼ぶ声が響いた。

声の主は、ル=シャトリエ公爵。


「もう行かないと。それじゃ、ドミニク。くれぐれもよろしく。」


「あ、ちょっと……」


ドミニクの呼び止めも虚しく、ラシェルは銀髪を振り乱しながら公爵の元へ戻っていく。

ほとんど無意識に、ラシェルと同じ自分の銀髪をかきむしりながら「ま、あいつだって知ってるか。かなり話題だし。」と、話を終わらせる。


アリス・マルタン令嬢と、アルバート第一皇子。

2人は10日に一回は一緒に茶会を開いて、歓談しているという事実はかなり知られていて、恋仲だという噂も流れているのだが……。

ラシェルがマルタン邸で働くのなら、いつかアルバートと顔を合わせてしまうと危惧したドミニクだが、なんとかなるだろとぐいっと背伸びをする。





ラシェルがその噂を知ることなく、1ヶ月が経った。

ラシェルがマルタンへと向かう日である。

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