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16.突然


婚約者を家に待たせているからと早々に立ち去ったダニエルに対して、住所不定といっても差し支えのないドミニクはしばらくル=シャトリエに滞在するようだ。


公爵も渋い顔をしているが、孫の滞在に満更でもないらしい。

その証拠として、多忙によりなかなか顔の出せない夕食の席に公爵は出席していた。











「起きてください!お嬢様!」


鼻先に冷たい風がくすぐった。

寝起きの悪いラシェルだが、寒さに弱いため窓を開けられればすぐに目が覚める。

そこまでして自分を起こそうとする侍女に違和感を覚え、嫌々体を起こした。


「おはようございます、ラシェルお嬢様!失礼ですが、急ぎ湯浴みの準備を!」


「なに……アルバートでも来たの……?」


そろそろマルタン家の夜会を終えたアルバートから連絡が来る頃だろう。

手紙で来ると思っていたラシェルは、突然の弟の訪問に大きなあくびを放った。


「違うんです、お嬢様!その……ラ=フォンテーヌからの使者がいらっしゃって……!」


「ラ=フォンテーヌですって?!」


夢うつつだったラシェルの眠気が吹き飛ぶ。

ラ=フォンテーヌからの使者……十中八九、リュカのことだろう。


「それって分家のリュカ・バルニエ?」


ラシェルの湯浴みの準備をしながら、侍女がこくりと頷く。

分家とはいえ、四大家門の血を引く人物の突然の来訪に、周囲は慌ただしく動いていた。


「3日前には来訪の書簡を送るのがルールなんじゃないの?!」


ラシェルは束ねていた銀髪をハラリとほどく。

同時に、別の侍女が髪を丁寧にといた。


「それが……ドミニク坊っちゃまが書簡を保有していたらしく……。ご主人様に渡すのを忘れていたと」


湯浴みをしながら、ラシェルは大きく溜め息を吐いた。

ドミニク…………あの奔放で礼儀を弁えない性格は誰に似たんだか。

父親のガブリエルでさえここまで分別のつかない人物ではないのだが……


「今はご主人様とお話ししていただいております。丁度、お嬢様の養子縁組についてお話しされています。」


軽く聞き流していたラシェルだが、思わずハッとする。


彼の前ではベアトリスと名乗ったんだった……。

養子縁組について話すのなら、ラシェルの名前が出るのは避けられない。

ラシェルは浴槽の湯に顔を沈めた。


「最悪だわ。」


「お嬢様、お髪を洗っておりますので動きませんよう。」


名前が分かれば必然的に身分もバレるだろう。

身分が分かれば、皇室の恥である、あの悪名高い『傾国の悪女』を四大家門に迎え入れるなんて許可するとは考えられない。


「……ねえ、ノエラ。」


「何でしょう、お嬢様」


「傾国の悪女って知ってる?」


侍女のノエラを始め、私の支度を手伝っていた侍女全員が動きを止めた。

こんな辺境の地まで広がっているとは。

やはり知らなかったのはラシェルだけらしい。











「……お待たせ、致しました。お祖父さま、そしてリュカ・バルニエ卿。」


応接間では話が盛り上がったのか、笑顔を浮かべた公爵とリュカ・バルニエ……もとい、ラシェルと同じく身分を隠したシルヴェスト・ラ=フォンテーヌが待っていた。


「よく来たな、()()()()()。」


ラシェルは公爵の言葉に驚く。


「バルニエ卿。ご存知でしょうが、こちらは分家のベアトリスと言います。先ほどお話ししたように、養孫としたいと思っております。」


ラシェルと同じ赤い瞳が小さくウインクを飛ばした。

どうやら公爵は、シルヴェストとの会話でラシェルの嘘を察したらしく、ベアトリスとして話を進めてくれたらしい。


さすが四大家門がル=シャトリエの当主。

相手とのわずかな時間で状況を全て悟るとは……。

ラシェルは祖父への尊敬の念を強めた。


「バルニエ卿。ベアトリスも来たようですし、老いぼれはお暇いたします。ベアトリスの件、ラ=フォンテーヌ当主にお口添えをお願いします。」


ソファから腰を起こし、ラシェルの立つ扉の方へ足を進める。


「ラシェル。この話は後できちんとしてもらうぞ。…………まあ、お前だけに言えた話ではないが。」


すれ違いざまにラシェルの耳元でそっと囁く。

ラ=フォンテーヌの後継者であるシルヴェストと面識のある公爵は、一目でシルヴェストの嘘も見破ったようだ。

その、身分を伏せたシルヴェストのこともひっそりと含めて言ったのだが、『リュカ・バルニエ』の正体を疑いもしていないラシェルにとってはよく理解できないひと言だった。


「……お久しぶりですね、ベアトリス嬢」


初対面のときとはうってかわり、敬語を用いてラシェル(ベアトリス)に話しかける。

敬語を用いているとはいえ、上からの威圧感は隠せないようだ。


「準備が遅れてしまい申し訳ありません。……その、とある人物がが書簡を持ったままにしていて。」


「ああ……ドミニク卿ですか?」


「ご存知なのですか?」


直系のドミニクと分家のリュカ。

どちらも四大家門だが、直系と顔を合わせる機会はとても希なことだ。

ラシェルが驚いた表情を浮かべる。


「ええ、昔、四大家門の会議で……」


共に討論した仲で……と言いかけたシルヴェストは、ふと口を閉ざす。

分家のリュカ・バルニエが、四大家門の直系のみが出席できる会議で討論したとなれば、話の食い違いが起こる。

少し黙った後、なんでもないような顔をして言葉を繋げた。


「ルシエラお嬢様を口説いたと聞きまして。」


ルシエラ・ラ=フォンテーヌは、ラ=フォンテーヌの4人しかいない直系血族の1人で、シルヴェストの妹にあたる。

今はわずか9歳の少女だが、10歳以上歳の離れたドミニクがルシエラを口説いた場面は今でも鮮明に覚えている。


「……ああ、それは私も聞き及んでいます…………。


娘を溺愛しているラ=フォンテーヌの女公爵が、真剣を持ってル=シャトリエのドミニクに切り掛かった場面をラシェルは思い出す。

そのトラウマから、ドミニクはラ=フォンテーヌに激しい恐怖心を抱えるようになったんだったか……。



「……コホン。それはともかく、何かご用でしょうか?」


わざわざラシェルが渡した指輪を手に嵌めたシルヴェストに尋ねる。

この指輪のお陰でラシェルとの面会が叶ったのだろう。


「ああ、あの騒動に巻き込まれた貴女にも、あの事件についてお話しすべきかと思い、押しかけた次第です。」


「押しかけただなんて。そんな」


お互いが相手の身分を疑いもしていないため、どちらも相手が自分より下の身分だと思っており、心身的に余裕ができていた。

最も、実の正体で言えば、ただの皇女であるラシェルと四大家門の後継者であるシルヴェストの身分は同じくらいであるのだが。


四大家門の直系は、皇帝と皇后を除く皇族と同じくらいの権威を有しているため、皇帝さえも四大家門の直系の扱いには意識を注がねばならない。


「……それで、あの男ですが」


シルヴェストが続ける。


「モンフォール家のジュスティーヌ嬢個人が内密に差し向けた暗殺者でした。」


ジュスティーヌの名前に眉を潜めるラシェル。

ジュスティーヌといえば、ラシェルの噂を広めた張本人ではないか。

恨みがましい思いでジュスティーヌを脳裏に浮かべる。


「暗殺者って、誰に向けての?」


「これはあくまで推測なのですが、…………アリス・マルタン嬢へと思われます。」


ジュスティーヌ・モンフォールとアリス・マルタン。

どこまで逃げても2人は、ラシェルの頭を抱えさせる要因のようだ。

全員はさすがに登場しませんが、直系血族の人数は



モンフォール 11人(分家含め約30人)

マルタン 13人(分家含め約40人)

ラ=フォンテーヌ 4人(分家含め約10人)

ル=シャトリエ 7人(分家含め約20人)      です。


分家は中級貴族くらいの立場です。直系は本当に偉い。

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