第4話 レベルアップ!
この迷宮で目覚めて約一ヶ月。
遂にその日は訪れた。
「お? うおおおおおおおおおお! 何か来たああああああああああああああ!!」
オークの首が斬り飛ぶと同時にそれは訪れた。
身体からものすごい力が溢れ出てくる感覚!!
俺は待ちに待った瞬間が来た事を確信した!
一ヶ月、ここに来て一ヶ月だ。
薄暗い迷宮内でオークを毎日サーチアンドデストロイ。
今の俺は自信をもって「俺がオークスレイヤーです」と言えてしまいそうなほどにオークを狩ってきた。
その努力が、遂に報われたのだ。
魔物蔓延る迷宮内で奇声を上げて狂喜するぐらいは許して欲しい。
俺は指を震わせながらスマホでステータスを確認する。
◆ステータス◆
名前:マギ サトル
種族:ネトゲヲタク
性別:♂
肉体レベル:2(レベルアップまでの進捗率:0%)
アビリティ:剣修練(LV1)、大器晩成(LV1)、スラッシュ(LV3)
アクティブスキル:忍び足(LV5)、鍔迫り合い(LV5)、受け身(LV2)、観察(LV3)、追跡(LV1)、隠密(LV1)
パッシブスキル:逃走(LV5)、回避(LV5)、首狩り(LV6)、直感(LV3)、危険察知(LV1)、
ギフト:なし
◆スキル詳細◆
・観察 注意深く観察する事ができる
・追跡 あらゆる痕跡を辿って目標を追跡できる
・隠密 隠れ潜むことができる
・直感 直感力が向上する
・危険察知 危険を察知する力が向上する
上がってる……!
確かに肉体レベルが上がっている!!
じゃあアビリティツリーは?
◆アビリティツリー(クラス:1)◆
現在のAP:5
・剣修練(1/1)┳物理攻撃ブースト(0/10)
┗アタックレインフォース(0/5)
・スラッシュ(3/5)┳アイススラッシュ(0/10)
┗ディバインクロス(0/10)
・ガード(0/5)┳マジックガード(0/10)
┗パリィ(0/10)
・クソゲ耐性(0/10)
・寝逃げ(0/10)
・大器晩成(1/1)
よしよしよしよし!!
APが5獲得されている!
これでやっと念願の属性攻撃が取得できるぞ!
どのポイントに振り分けるか?
それはもうずっと前から決めている。
俺は迷わずアビリティを振り分けた。
◆アビリティツリー(クラス:1)◆
現在のAP:4
・剣修練(1/1)┳物理攻撃ブースト(0/10)
┗アタックレインフォース(0/5)
・スラッシュ(3/5)┳アイススラッシュ(0/10)
┗ディバインクロス(1/10)
・ガード(0/5)┳マジックガード(0/10)
┗パリィ(0/10)
・クソゲ耐性(0/10)
・寝逃げ(0/10)
・大器晩成(1/1)
まず振るべきはディバインクロス!!
これ以外ありえない!!
目的はもちろん無数の目が全身に生えた巨狼。
初日からちょくちょく見かけたあの魔物を狩れる様になる為だ。
最初はしばらく狩れそうに無い魔物だと思っていた。
そう、「直感」スキルを手に入れるまでは。
直感スキルにより強化された俺の感覚が囁くのだ。
あいつ、案外大した事無いぞと。
もちろんレベル1だった頃の自分から見ればどう見ても格上だった。
だが、その差は覆せないほど絶望的ではない……気がした。
あのおぞましい姿から見てどう考えても聖属性が通るだろう。
弱点を(多分)つける「ディバインクロス」のアビリティを入手したら何とか倒せそうだ。
恐らくこれは偶然ではない。
「仮想敵に応じてアビリティを入手して迷宮探索をしよう!」という神からのメッセージである。つまり、この階層自体がチュートリアルみたいなものっていうこと。ちょっとチュートリアルが長すぎるんじゃないか?
今の俺はオーク相手ならいくらでも瞬殺が可能だ。
つまり奴らは最早俺の敵ではなくて、いろいろ物足りなくなってきていた。
そして次は狩れる魔物の種類を増やしたかったのでこういう選択をしたという事。
レベル1でさえレベリングが苦行だったからなあ……
レベル2から3までオークとか何ヶ月掛かるのか分からないしやりたくない。
とりあえず様子見の1振りだ。
本来は全ポイントをこのアビリティに振ろうとも考えたのだが……このAPの貴重さを一ヶ月の時を経て存分に教え込まれたので正直チキっている。もし万が一はずれアビだったら一生後悔する事間違いなしだ。有用なアビリティだと確信したら更なるポイント投入も視野に入れるつもり。
何はともあれまずは新アビの試し打ちがしたい。
使用感が分からないアビリティをいきなり実戦投入するのは危険過ぎる。
どんなアビリティかきちんと理解してから実戦に挑むべきだろう。
俺はスマホをしまってオークを探す。
以前は探すのに時間が掛かったが、もはやこの階層は俺の庭。
すぐに見つける事が出来た。
今日も元気にふごふご歌いながら歩いていた。
足元に落ちていた石片を軽く手に取る。
そして大きく振りかぶって、投げた!
石片はオークの後頭部に当たり……オークの頭が爆散した!
は?
想定外の事態に思わず呆然としてしまう。
俺が何故石片を投げたのかといえば、オークの気を引きたかっただけだ。
不意打ちで一方的に倒すと経験値が減ってしまう。
だから、石片を投げてこちらに気付かせる必要があったんですね。
うーん、これは認識を改める必要がありそうだな。
たった1レベルでもここまで変わっちゃうのかあ。
この世界において、レベルひとつの差というのは思っていた以上に重いみたいだ。
レベルアップ時の能力上昇に補正が入る《大器晩成》アビリティの影響もあるんだろうね。
まあ、それにしたって急激に強くなり過ぎだと思うけど。
(これはディバインクロス以外のスキルやアビリティも検証した方が良さそうだな)
俺は溜息を吐きつつ次のオークを探し始めた。
◾️◇◾️◇◾️◇◾️◇◾️◇◾️◇
仄暗い迷宮の通路を進んでいく。
息を潜め、足音を立てず、気配を消し、決して魔物に見つからないように。
辺りは静寂に包まれている。
だが、よくよく耳に意識を集中してみると聞こえてくるのだ。
小賢しい狼が気配を消しつつ、獲物を探し回るその足音が。
近い。
より意識して気配を消す。
猫よりも静かに。
猫よりも速く。
こそこそと音のする方へ忍び寄る。
すると、こちらに背を向ける大きな魔物が目に映った。
でかい。
体高だけで3メートルはありそうだ。
毛はまったく無い。
赤黒い血肉が表出し、そこに無数の目玉が生えている異形。
身体には無数の目が生えていて、本来目があるべき眼窩には眼球がついていない。
俺が目をつけていた魔物。
無数の目を持つ大狼がそこに居た。
大狼はしきりに床へ鼻をこすりつけながらゆっくり歩いている。
身体に多くの目が生えているが視力はあまりよくないのだろうか?
そろりそろりと近くに歩み寄るが、こちらに気付く様子が無い。
いけるか?
分からない。
でも、行くしか無いだろう。
俺は軽く呼吸を整えた後、剣を両手でぎゅっと握り締める。
薄明かりに照らされた剣身には緊張した顔が映り込んでいる。
よし、行くか!
ゆっくりとした歩みから一気にトップスピードへ。
以前の自分ではありえないほどの加速感。
だが、決して振り回される事は無い。
事前に感覚は掴んでいる。
実際には数秒にも満たない時間が永遠に引き延ばされる。
大狼の耳がピクンと揺れた。
気付かれた、だがもう遅い!
既にここは剣の間合い。
狙うは後ろ足、その不気味に蠢く柱のような肉塊を断つ!
剣を掲げ心の中でその名を叫んだ!
その叫びに応えるように剣身が青白い光を纏う。
━━ディバインクロス!!
迷宮の暗闇をその光が一瞬で塗り替えていく!
剣から放たれた、太陽の光すら凌駕するほどの凄まじい光が周囲を照らす。
光の軌跡は十字を描き、大狼はもちろん迷宮の壁をも切り裂き大きな傷跡を描いた。
「GYAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!」
大狼の怒声が周囲に鳴り響く。
眼球の無い、眼窩のみが存在する醜悪な顔が振り返り、じっと俺を見据える。
纏う雰囲気から空気を通じて激しい憎悪が伝わってくる。
奴は毛の無い不気味な身体を揺らしながらこちらへずるりずるりと這いよってきた。
どうやら先の一撃のおかげで脚が上手く動かないようだ。
左足は完全に断ち切られ、腰にも大きな傷を負っている。
好機だと思えたが勢い任せに突っ込む気にはなれなかった。
この大狼と戦うのは今回が初めて。
臆病に立ち回るぐらいが丁度良いだろう。
剣を正眼に構えじっと様子を窺う。
「GRUUUUUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!」
咆哮と共に凄まじい勢いでこちらへ突っ込んでくる。
足が飛び腰が効いていないとは思えないほどの速さだ!
巨躯の獣が死に物狂いで突っ込んでくる様はまさしく壁が高速で迫ってくるかのよう。
前足二本だけで石床を削り飛ばし、大きく跳躍、全てを丸呑みにせんと食らいついてきた。
俺は後ろに大きく跳んでそれを避ける。
目の前の魔物も化物だが、レベルアップを経た俺の身体能力も大概だった。
……いける!
大技を放ち生まれた隙にこちらも再び必殺の一撃を繰り出す。
光を纏った十字の剣撃が異形の魔物の首を切り飛ばした。
うん、まあいけなくも無さそうかな。
それが俺の正直な感想。
不意を突いて最初に決定的な一撃を決めたあとの討伐だから、まだ敵の真の実力を把握したわけではないんだけど……逆に言えば不意をつけば仕留める事は不可能じゃない事は分かった。
今回、新しく手に入れたアビリティ「ディバインクロス」は狙い通り活躍してくれた。
今まで使っていたアビリティ「スラッシュ」では一撃であそこまでの痛打を与えることは不可能だっただろう。
……効率を上げる為に5まで上げちゃっても大丈夫そうだ。
あとで折を見て5に上げておこう。
で、俺はこいつをこれから解体しなきゃならないのか。
現実逃避を辞め、その巨体を見上げてウンザリする。
でかい、でかすぎる。
解体用の器具なんていう便利なものも無く、手伝ってくれる便利で頼れる仲間もいない。
索敵。
討伐。
解体。
全部やらなきゃいけないのがソロの辛いところだ。
こんなリアルさいらないんだよなあ……。
「はぁ……やるかあ……」
俺はあえて声に出し意識を切り替えた。
その後の解体作業は案の定討伐より大変だった。
無事大狼の巨大な魔石を発掘した頃には全身が奴の血で塗れていた。