第3話 この迷宮クソだよ!
目覚めた部屋から出てみると、先の見通せない通路が続いていた。
通路の幅や高さは学校の廊下ぐらい、剣を振るには微妙に狭い。
床や壁は目覚めた部屋と同じく石壁だ、そして仄かな光を放っている。
カツカツカツカツと俺の靴音だけが通路に響く。
もうちょっと足音とか抑えた方がいいのだろうか?
途中から少しだけ足音を鳴らさないように意識しながら歩き始めた。
とりあえずの方針としてはレベル上げだ。
無理せず倒せる魔物を探して強くなっていく。
そして物足りなくなったら探索範囲を広げていこう。
寝ていた部屋を中心に探索を続けていく。
あそこにはベッドがあった、他にもベッドが存在する部屋があるかは分からない。
つまり、寝る際にはあの部屋に戻る必要がある。
俺は目覚めた部屋を便宜上「拠点」と呼ぶ事にした。
……倒せる魔物を探して探索中だ。
あれから何度か魔物に遭遇した。
遭遇自体は……した。
だけど、どう見ても勝てない相手だったから逃げてきた!
何なんだよアレ!!無数の目が全身にびっしりとついてる大きな狼、四つの腕が生えた三メートルぐらいある不気味な鬼!!どう考えてもゲームのラスダンに出てきそうな醜悪な化物の数々!
ご都合主義をやるんだったらちゃんと最後まできっちりとご都合主義にしておけ……!
ここに来て俺は振るべきアビリティを間違ってしまったんだと気付く。
いちばん最初に振るべきは「クソゲ耐性」のアビリティだったわ!
とりあえず、なんとしても安定して狩れそうな魔物を探さないと。
拠点から大分離れてしまったがあの部屋の周辺に安寧はない!
凶悪そうな魔物から逃げつつだったのであまり綺麗に埋まっていないマップを見ながら俺は迷宮を彷徨い続けた。
ミツケタ……。
迷宮を彷徨い続けて幾星霜、ようやく常識的な見た目の魔物を見つけた。
ピンク色の肌、屈強な肉体、ぶほっぶほっとまぬけな鳴き声をあげている。
服は無し!デカ過ぎて「ヤバいですね☆」ナニがとは言わないけれど。
オーク。
数多くのゲームや小説で雑魚扱いされている魔物がそこにいた。
ただし、R-18作品でだけは無双の強さを誇っている。
正直、いちばん最初に見つけたのがこいつだったら他を探していたと思う。
だって、筋肉とかバッキバキだしかなり強そうだ。
こいつ、絶対ノクタ○ン産だよ!!
だが悲しいかな、この迷宮はクソゲーだ。
屈強オークがカースト最底辺疑惑のある理不尽迷宮。
これ以上の選り好みは出来ない……俺はこっそりと後ろから忍び寄った。
一歩、二歩とゆっくり歩み寄る。
オークは何か良い事でもあったのか?
棍棒を振り振りしながらご機嫌そうに歩いている。
俺も一緒に歌いだしたい気分だった。
ついに狩れそうな獲物が目の前に現れたんだからなあああああ!!
ご機嫌オークはまだ気付いていない。
間合いに入った……!!
俺は大きく剣を振りかぶる。
━━スラッシュ!!!
心の中でそう叫びながら剣を振る。
すると目にも留まらぬ剣速で剣がオークを切り裂いた!
(ちっ、肩に当たったか!!)
俺は一撃でオークの首を狩るつもりでスラッシュを放った。
だが、剣はオークの分厚い肩に阻まれ、首には達しなかったようだ。
強力な一撃によってオークの肩から鮮血が舞う。
ぎょっとした様子でオークが振り返り俺を認識した。
━━スラッシュ!!
オークがこちらへ反撃する前に、俺はもう一度スラッシュを放った。
アビリティによる強力な一撃。
咄嗟に斬撃を防ごうとした奴の右手もろともその分厚い首を切り飛ばした。
「はあっ、はあっ、はあ……やったぞ」
オークの巨体が迷宮に倒れ、大きな音を響かせる。
初めての本格的な戦闘。
戦闘中には気付かなかった疲労感と勝った事による安堵感が一気に押し寄せる。
乱れる呼吸を整える間も無く俺は思わず床に座り込んだ。
少し落ち着くのを待ってから、俺はオークを解体し始める。
目的はもちろん魔石だ、魔石を使って買い物が出来るみたいだからね。にしても聞いていた話とは違う。俺の知る限りではダンジョン内で魔物を倒した際にはその肉体は塵と化し特定のアイテムや素材がその場に残ると聞いていた。やはり、このダンジョンは俺の知るダンジョンとは違う理が働いているみたいだ。
ともあれ、ずっと歩き続けていてお腹がすいた。
そしてそれ以上に喉が渇いた。
極限状況下で俺の倫理観は壊れてしまったみたいだ。普段なら生き物に危害を与えることに抵抗を覚えていたはずだが今はそんな些事などまったく気にならなかった。
黄色い脂肪やピンク色の血肉を剣で乱暴に引き裂きながら魔石を探す。
これかな……?
紫紺の角張った謎の石。
これが魔石だろうか?
俺は今まで魔石なんてネットやテレビでしか見た事が無い。
だから、これが本当に魔石なのかどうか判断がつかない。
とりあえず試してみよう……俺はアプリを起動した。
ふむふむ、なるほどね。
売却>魔石とタップしていくとカメラが起動した。
俺は予感に従って魔石を撮影した。
『オークの魔石を売却しますか? YES/NO』
当然YESを選択。
スッと冗談みたいに魔石が消失した。
スマホの画面に目を戻すと「オークの魔石 31580EN」と表示されている。
ふむ。
オークっぽいなとは思っていたが本当にオークだったか。当たり前と言えば当たり前だが魔物たちは名札なんてつけていないしネトゲのように頭の上に名前が表示されたりはしない。これからは魔石の売却時にその名前を間接的に知ることが出来るみたいだ。
ENはおそらく通貨単位のようなものかな?
だろうというのはさっきまではお金がなくショップタブ自体が一切押せなかったので分からないのだ。
俺は[ショップ]を開き、次に[購入]をタップしてみる。
すると魅力的なラインナップが目に飛び込んできた。
◆ショップ◆
・水 500ml 100EN
・おにぎり(鮭) 80EN
・カルボナーラ 280EN
etc……
ショップには無数の食料が並んでいた。
あまりにも数が多かったので途中からは飛ばし飛ばしだったが目を通す。
見た限り1ENは1円よりちょびっと価値が高いぐらい?そう思えるぐらいの価格設定だ。
俺はとりあえず水とカルボナーラを購入してみた。
「何処に置きますか?」という表示と共にカメラが起動した。
俺は迷宮の石床にカメラを向けた後撮影する、するとそこに注文した品が現れた。
水500mlは小さなピッチャーとコップ。
カルボナーラは大きめの皿に盛られて出てきた。
もちろん、銀製と思われるフォークも一緒に置かれている。
出来立てなのかホカホカと湯気を放つカルボナーラを見た瞬間、俺は手も洗わずにフォークを掴み夢中で口に詰め込んだ。……うまい!チーズとベーコンの暴力的な旨味が口の中ではじけた。もちっとしたパスタの触感も絶妙で気付けば皿が空になっていた。
思い出したように水へ手を伸ばす。
ピッチャーの水をコップ注ぎ、口をつける。
スーッと身体に水分が染み渡っていく。
一度水を飲むと自分がどれだけ危険な状態だったのかが分かる。
おそらく極度の緊張状態で喉の渇きがある程度誤魔化されていたのだろう。
ごくごくと砂漠の砂が水を飲み込むように底知れず身体が水を求めてくる。
結局水を追加で2回購入した。
ピッチャーとコップ、そして皿とフォーク。
これらの購入品に付属しているものはどうなるのか?
そう考えてダンジョンの床に置きじーっと観察していると、突然それらが輝きだした。
青い燐光に包まれながらしばらく光った後に、それらはスッと消えていった。
なるほどね。
そうなるわけね?
それならゴミ問題みたいな事は起こり得ないってことだな。
あ、そういえばレベルはどうなったんだろう?
もしかして上がっちゃってるんだろうか?
スマホを操作しアプリを起動する。
すると……
◆ステータス◆
名前:マギ サトル
種族:ネトゲヲタク
性別:♂
肉体レベル:1(レベルアップまでの進捗率:0.03%)
アビリティ:剣修練(LV1)、大器晩成(LV1)、スラッシュ(LV3)
アクティブスキル:忍び足(LV1)
パッシブスキル:逃走(LV1)
ギフト:なし
は?正気か?
レベル1からかっ飛ばし過ぎだろう……
◾️◇◾️◇◾️◇◾️◇◾️◇◾️◇◾️◇◾️◇
いや待て、いや待て。
このステータスを見て注目すべき点はふたつある。
まずひとつめ、オーク一匹を討伐して経験値が0.03%しか貯まらなかった事。
これについては3つの推測が生まれる。
①単純にこの世界がクソゲー、経験値テーブルがおかしい
②オークくんの経験値がゴミ
③不意打ちで倒したので戦闘の経験をあんまり積めていない
①の場合は何の解決策も無い。
諦めて無心でオークくんスレイヤーに転職するしかない。
②の場合は速やかにより効率の良い敵を探すべき。
この迷宮をまた当て所なく彷徨い続ける必要性が生まれる。
③の場合は行動次第で経験値が変わるタイプだ。
そういうゲームは実際存在する。
この世界はゲームじゃない?
こんだけゲームっぽいシステムが採用されているのにそんな事考えるのは無粋だ。
オークと戦い方を変えてみて経験値量が変わればこの推測が正しい事になる。
そしてふたつめ。
知らぬうちにふたつのスキルを獲得している事だ。
アクティブスキル:忍び足(LV1)
パッシブスキル:逃走(LV1)
忍び足は足音を立てないようにこっそり歩いていたから獲得したのだと思われる。
逃走は強い魔物から逃げてばかりいたからだ。
つまりスキルの説明通り経験から技術を取得したという事。熟練度を上げスキルが解放されていく俺の知っているステータスとはやはり違うみたいだ。
◆スキル詳細◆
・忍び足 足音を立てずにこっそり歩行する、魔物に捕捉され辛くなる
・逃走 敵からの逃走時に逃走速度アップ
どうやらスキル獲得時にアナウンスとか通知は一切無いようだ。
いつどのタイミングで手に入ったか完全に謎。
まあ、それはいい。
ここで重要なのはスキルを獲得する速度だ。
今は拠点を出て大体半日程度。
その間にふたつものスキルを獲得してしまった。
つまり……
スキルの獲得はそこまで難易度が高くない。
レベルアップよりもスキルの獲得の方が容易であり、多くのスキルで地力を上げて強くなっていくタイプのゲームバランス(?)の可能性があるという事だ。
その場合少なくとも序盤はレベリングに固執すると効率が悪いのかも?
スキル数を揃えて高い回転率の狩りをした方が最終的にレベルも上がりやすい?
どれもこれも推測の域を出ない。
まだオークを一体しか討伐していないので仕方ない。
これらの推測を確かめる為にはより多くのオークとの戦闘経験が必要。
小さく溜息を吐きつつ重い腰を上げた。
まずはオークをもう一匹見つけて狩りをする。
思いつく限りのスキルを獲得出来そうな動きをする。
やるべきことの方向性は何となく定まったので俺は再び気合を入れて迷宮探索を再開した。
「ぷぎょおおおおおおおおおお!!」
オークが渾身の力を込めて棍棒を振る。
それを俺は剣を横に寝かせて全力で受け止めた。
「……ッ」
重い。
ズシンッと以前の自分ならまず耐え切れないような重撃を受け止める。
オークと何度か戦闘して気付いたのだが、レベル1でも以前に比べて筋力が増しているね。
レベルアップしないと元の筋力から変化が無いと思っていたんだけど……
謎だ。
何もかもが謎。
まだまだ検証が必要だ。
オークとしばらく鍔迫り合い。
やがて埒が明かないと判断したのか何度も乱暴に振り下ろしてくる。
その乱撃を必死に避けていく。
何度か戦ってオークと戦うコツは大体掴めてきた。
実は棍棒の振り下ろしはそこまで脅威ではない。
それより注意すべきは……
「あっぶな」
掴み掛かり、そして蹴りだ。
オークはでかい、掴まれて押し潰されたら一方的に殴られてしまう。
そのままほとんど抵抗出来ずに殺されて終わりだ。
オークは案外小賢しい。
棍棒を受け止めるような相手の場合がら空きの鳩尾に蹴りを繰り出してくる。
数回食らっているが本当に死にそうなほど痛かった。
今も蹴りを繰り出して来たがぎりぎり回避が間に合った、経験が生きたな。
剣を思い切り振り抜いて距離を空ける。
オークをしっかり見据えつつ剣を正眼に構える。
オークは棍棒を肩に担ぎつつゆっくりと距離を詰めてきた。
オークが棍棒を振り下ろす。
それを剣で受けつつ蹴りと掴みを警戒する。
パターン化された行動を何度か繰り返した後に頃合を見て首を飛ばす。
戦闘終了。
さてさて、スキルは増えたかな?
今回の戦闘の成果を確認する。
◆ステータス◆
名前:マギ サトル
種族:ネトゲヲタク
性別:♂
肉体レベル:1(レベルアップまでの進捗率:2.32%)
アビリティ:剣修練(LV1)、大器晩成(LV1)、スラッシュ(LV3)
アクティブスキル:忍び足(LV2)、鍔迫り合い(LV2)、受け身(LV1)
パッシブスキル:逃走(LV2)、回避(LV1)、首狩り(LV2)
ギフト:なし
オークを不意打ちで一体。
きちんと打ち合って四十九体討伐した結果だ。
不意打ちで一方的に倒した場合は0.03%レベルアップに近付く。
それがきちんと打ち合えば一度の戦闘で0.04から0.05%も増加する!
効率が全然違う、どっちもゴミ効率だけど……
オーク以外にも狩れればいろいろ考察が進みそうなんだけど、やばい奴しかいない。
下手に手を出して死にましたなんていうのはゲームでだけ許される事象だ。
控えめ性能の敵、どこかにいないだろうか……?
スキルはあっと言う間に忍び足と逃走は2になった。
でもそこからなかなか上がらないんだよねぇ……
スキルレベルはどれだけ経験を積んだのか把握出来ない。
だからもしかしたら2までは簡単に上がって3以降のレベルアップが難しいタイプかもしれない。
あとオークとの戦闘を繰り返して以下のスキルを獲得した。
◆スキル詳細◆
・鍔迫り合い 相手の武器と自分の武器を撃ち合わせ停滞を生む事が出来る
・受け身 何らかの要因で吹き飛ばされた際に受け身を取り被害を軽減出来る
・回避 敵の攻撃を避けようとした際に回避動作に補正
・首狩り 敵の首を攻撃する際にクリティカル補正
いずれもオークとの戦闘後に入手したものだ。
自分が試行した行動がそのままスキルになっている感じ。
で、効果の程だけど。
うーん、着実に変化しているけど割と地味というのが本音。
スキル集めただけでオーク以外の化物に挑めるかって言われると……難しそうなんだよね。
スキルレベルを上げつつ地道にレベルアップを目指すしかないかなってところ。
毎日地道にこつこつと。
着実に強くなっていこう。