第2話 冒険のはじまり
どこだ、ここは?
目を覚ますと、薄暗い部屋の中にいた。
天井や壁は石壁、照明の類は無いが真っ暗闇ではない。
よくよく見てみると壁自体が仄かに発光しているようだ。
俺は今見覚えの無いベッドの上に横たわっていた。
たしか俺はクラスメイト達と一緒に居て、ダンジョンに繋がるという門をくぐり抜けた筈だ。ベッドに横たわっている今の状況はおかしい。
それに東京ダンジョンの第一階層は「緑の階層」という別名を持つ数多の蔦で床や壁が形成された階層だったはずだ。床や壁が頑強な石で作られたこの部屋はその名とは程遠い景色だった。
身を起こし改めて周囲を見渡すと椅子に座った女性と目が合った。
「あら、お目覚めかしら?」
俺は思わず息を呑んだ。
目の前の女性があまりにも美しかったからだ。
いや、美しいなんてものじゃない。
正直、俺の貧弱な語彙力では表現しようがないほどの壮絶な美。
この世の全ての美しいものを掻き集めて、濃縮しても至らないのではないかと思えるほどの超上の美がそこにあった。
艶やかなホワイトブロンドの長髪。
優しげな瞳にむしゃぶりつきたくなるような厚い唇。
神話に出てくる神々の様な布の服を着ている。
えーっと、確かキトンとかいう奴だっけ?
頭上には金の輪。
ゲームに出てくる魔法のような不思議な光を放つわっかが浮かんでる。
そして何より目を引くのは烏のような漆黒の大きな羽だ。
背中から生えていて時折ふぁさっと揺れている。
まるで天使のような……
いや、天使としか思えない見た目の女性がそこには居た。
「……ふふっ、いろいろ気になる事はあるだろうけれど手短に説明させて貰うわね?」
天使様(仮)はゆっくりと歩み寄り、俺の傍に腰を下ろした。
彼女から発している甘い匂いが鼻を犯す。
肩と肩がぴったりと触れ合って、俺は気恥ずかしくなり思わず視線を床に向けた。
彼女の手が、おもむろに俺の腰へ伸びていく。
陶器のように白い指が俺のふとももをそっと撫でた。
その甘い感触にぞくりっと身体が震えた。
これから何をされてしまうんだろうという下品な期待を抱いてしまう。
だが、そんな期待を裏切るかのように……彼女が手にしたのは──俺のスマホだった。
リンゴな会社の普通のスマホ。
無難に選んだホワイトカラーの奴だ。
何の変哲も無いスマホなのに、彼女が持つと何故か絵になるから不思議だ。
彼女は手馴れた様子でロックを解除するとひとつのアプリを起動した。
「DDN」……?
まるで見た事の無いアプリだ。
インストールした記憶が全く無い。
表示されているのは随分簡素な文字や数字だ。
「ステータス」「ショップ」「マップ」など、いくつかのタブが存在している。
彼女が「ステータス」をタップすると、ゲームのような文字列が画面に並んだ。
◆ステータス◆
名前:マギ サトル
種族:ネトゲヲタク
性別:♂
肉体レベル:1(レベルアップまでの進捗率:0%)
アビリティ:なし
アクティブスキル:なし
パッシブスキル:なし
ギフト:なし
間木悟……俺の名前だ。
つい先程教室で見たステータスに似たモノが表示されている。ただ、フォーマットが少し違うような……?能力欄もジョブも表記されていないしファイアボールをはじめとした所持していたはずのスキルが書かれていなかった。
「勝手で申し訳ないけれど、あなたのおもちゃは少々弄らせてもらいました。この迷宮で生きていくのに最低限の情報はこの本に載せてあります」
「…………はい」
「この迷宮の最深層を踏破すれば地上へ帰還する事が出来るけれど……出来るだけ時間を掛けてこの迷宮を探索することをおすすめしておくわ。ここ以上に強くなるのに適した場所は存在しないもの」
天使様が耳元で優しくささやく。
話している内容に反して、どこか甘い声音のそれが耳に響いて、正直話が頭に入ってこない。
「……ごめんなさいね、私はもう行くわ。頑張ってね」
そう言って天使様は俺の頬にやさしく口付けると夢幻の様に消えていった。
……
…………
………………
それからしばらくぼーっとしていたが、唐突に頭の中の靄が晴れる。
それと同時に血の気が引いた、受け入れ難い現実を理解し始めたからだ。
あの女!なんて言ってた?
ここが迷宮?踏破しろ?
なんのこってすかって感じだ!
その全てを全力で否定したかったが、視界に映る不気味な石壁がふざけた幻想を肯定する。
……どう見ても人工的なソレではない神秘的な光を放つ石壁が「ここはダンジョンなんだぜ?」と俺の都合の良い解釈を否定する。
っていうか、さっき踏破したら地上に帰れるって言ってたよな?つまり《マナの泉》は無いってことか?!
《マナの泉》とは東京ダンジョンをはじめとしたダンジョンにある便利なダンジョンギミックのことだ。
同階層はもちろんのこと階層間さえ問わずに立ち寄ったことのある《泉》に転移することが出来る。
また、どの泉からでもダンジョンの入り口にある《泉》へは例外的に転移が可能だ。
もしこの正体不明のダンジョンにも《泉》があったとしたら先程の女はあのような言い方をしなかっただろう。
ていうか説明無さすぎだろ!今時、ネトゲだってもうちょっと説明多いぞ!
とりあえず、スマホから確認してみるか。
「DDN」だっけ?俺はそのアプリから調べてみる事にする。
……それから謎アプリについていろいろ調べてみた。
ヘルプ機能がついていたので知りたい事は大体分かった。
・このダンジョンには魔物が居て魔物を倒すとレベルアップする事が出来る
・魔物を倒して手に入れた魔石を消費して食事やマジックアイテムを購入出来る
・アビリティはアビリティツリー……普通のゲームでいうところのスキルツリー的な奴でAPを消費し手に入れられる能力の事を指す
・APは肉体レベル上昇時などに入手可能
・スキルは体験を通して入手した技術を指す、スキル入手後も経験を積む事でスキルレベルを上昇させることが出来る
・DDNにはオートマッピング機能が存在する、つまり歩いた場所はアプリ内のマップに表記される。マップはいつでもアプリで閲覧可。
魔物倒す、スキルを得る、そして強くなる。
非常にシンプルだ。そういうのは嫌いじゃない。
俺はネットゲームが大好きだ。
近頃のVRMMOとかはいまいち興味を持てなかったが、古き良きクリックゲーはいまだに続けている。
そういったゲームはシナリオが希薄で、大抵のプレイ時間は狩り──モンスターを倒してのレベル上げやアイテム収集に費やされる。
シナリオとかクエストとかはどうでもいいのだ。
感動的なシナリオよりもモンスターを三時間狩り倒して0.01%レベルアップに向けて経験値を蓄積させる事の方が興奮する。少しずつ、着実に自分の愛したキャラが目指した姿に変わっていく事が何よりの快感なのだ。難解なクエストとか、面倒なことを押し付けられてもまったく楽しめない(ただし、必要なら嫌でもこなす)。
そんな自分から見ればこのシステム?は歓迎できるものだった。
ともあれ、このアプリを調べた限り魔物を狩らなければ始まらない。
そうなるとまずは武器が必要だな……。
俺は自分が居る部屋を軽く探索してみることにした。
割とがっつり調べてみた結果、ベッドの下に剣があった!
ゲームじゃないし《鑑定》のスキルも持ってないから素材とかはよく分からないけど、金属製の剣だ。
長さは1メートルぐらい。
大きさ的には片手でも振れそうだったんだけど、俺の筋力だと両手持ちじゃないと正直満足に振れないみたいだ。
レベルが上がったりスキルやアビリティを手に入れたら違うのだろうか?
あ、そうだ。
アビリティといえばアビリティツリーは最初期でも5ポイントのポイントがあるんだった。
いろいろ調べたあとに振ろうと思ってたから忘れていた。
俺はDDNを起動してアビリティツリーを表示させる。
◆アビリティツリー(クラス:1)◆
現在のAP:5
・剣修練(0/1)┳物理攻撃ブースト(0/10)
┗アタックレインフォース(0/5)
・スラッシュ(0/5)┳アイススラッシュ(0/10)
┗ディバインクロス(0/10)
・ガード(0/5)┳マジックガード(0/10)
┗パリィ(0/10)
・クソゲ耐性(0/10)
・寝逃げ(0/10)
・大器晩成(0/1)
◆アビリティ詳細◆
・剣修練 剣の扱いが上手くなる、剣での攻撃時にダメージ補正
・物理攻撃ブースト 物理攻撃のダメージが上昇
・アタックレインフォース 物理攻撃力を一定時間飛躍的に向上させる
・スラッシュ 強力な斬撃を放つ
・アイススラッシュ 氷属性の斬撃波を放つ
・ディバインクロス 聖属性のニ連撃を放つ
・ガード 強力な攻撃も受け止められるようになる
・マジックガード 魔法から身を守ることが可能
・パリィ 攻撃を弾く高度な技術を身につける
・クソゲ耐性 理不尽なバランス調整にも屈しない強い心を得る
・寝逃げ どんな嫌な事が起きても寝て起きたら元気になる
・大器晩成 晩成する。肉体レベルが上がり辛くなるが能力上昇値に補正。
ゲームで言うなら剣士っぽいアビリティがいくつか並んでいる。
俺は魔術師のジョブを得ていたはずなんだが……。もしかしたらこのダンジョンでは学校で見たステータスは反映されずこのアプリに表示されている能力だけで戦わないといけないのか?謎が多過ぎるぞ……。
ちなみに俺は剣なんて使った事が無い。
高校だったら授業で剣道をする学校もあるみたいだけど。俺はまだ入学直後だったしどちらにせよジョブが《魔術師》だったから剣を振ることはなかっただろうなあ。
うーーーん。
これは俺のアビリティツリー自体にそういう傾向があるのか?
それともすぐ近くに剣があったからこういうアビリティが並んでいるのか?
まだ不明な部分が多いのでちょくちょく覗いてみる必要がありそうだ。
とりあえず今ある5ポイントを割り振ってみることにした。
剣修練に1、大器晩成に1、スラッシュに3だ。
しばらくは今手にしている剣を使って戦うだろうからまず剣修練に1。
大器晩成はどう考えても神アビリティーなのでノータイムで取得した。
肉体レベルに限界値があるかは分からないが能力上昇値に補正が掛かるなら1レベル上がる毎に未取得者と能力値的な開きが生まれてくるわけで、開幕から取得するのがマストだと判断した感じ。
迷ったのが物理攻撃ブーストとスラッシュについてだ。
残るポイントは3、説明を見る限り物理攻撃ブーストはパッシブ。
つまり常時発動型のアビリティだ。まず取って損は無いやつ。
一方スラッシュはアクティブ型だろう。
より上位のアビリティがある場合は意味を成さなくなる。
この説明だけだと物理攻撃ブーストを選ぶのが正解っぽく思える。
もしくは物理攻撃ブースト2、スラッシュ1のように配分するのが良さそうに見える。
だが、俺はそのアビリティツリーの先。
アイススラッシュとディバインクロスのふたつを見据えてスラッシュに3を振った。
実はこのふたつの見るからに強そうなアビリティの前提条件が「スラッシュLV3」だったのだ。
どうやらそういう部分もゲームのようなシステムが採用されているらしい。
次にスキルやアビリティの発動について確認した。
結論から言うと魔法の発動は無理だった。
そもそも魔法系のスキルは特殊なスキル《ロッドレスマジック》などを所持していない場合は「杖」に類する武器を用いなければ使用出来ないハズなので「生徒証で見たステータスに表記されたスキルはこのダンジョンでは使用出来ない」と結論づけるにはまだ検証材料が足りない状態だ。
次にアビリティ《スラッシュ》については簡単に発動出来た。
心の中で《スラッシュ》と囁くと真剣とは無縁な生活を送ってきた人間が放てるとは思えない鋭い斬劇が放たれた。
斬撃の軌道も自由自在で非常に汎用性が高い能力のように思える。
これには思わず表情が緩んだ。
この理不尽な状況下で頼れる力を得た意味は大きい。これなら最低限、自分の想像し得る魔物とはある程度戦えそうだ。
ともあれ、アビリティの方針はぼんやり定まった。
とりあえず属性攻撃を目指す、そのためにも魔物を倒しに行かなくては。
俺はスマホをポケットにしまい、迷宮踏破への第一歩を踏み出した。
◆ステータス◆
名前:マギ サトル
種族:ネトゲヲタク
性別:♂
肉体レベル:1(レベルアップまでの進捗率:0%)
アビリティ:剣修練(LV1)、大器晩成(LV1)、スラッシュ(LV3)
アクティブスキル:なし
パッシブスキル:なし
ギフト:なし