表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

第11話 おいでよ!ドラゴンの巣!



冷や汗が止まらない。

ドクンドクンと、初めて女の子に告白した時のように胸がうるさいほどの心音を響かせていた。

もっとも、理由は甘酸っぱいなど恋ではなく、自身の実力では抗う事すら出来ない化け物の巣窟を歩み、新たな知識を得る興奮と身に迫る恐怖によるものだったが。


「……大丈夫ですか? もう間もなく野営する予定の部屋につくので、頑張ってください」


私達を先導している少年は振り返りもせずにそう声を掛けてきた。

目の前にいるドレイク達を淡々と殺戮しながらだ。


彼が強いことは事前に知ってはいた。

竜の素材を単身で複数持ち帰ってきたのだから誰にでも分かることだ。


ただ、それでも私達は彼の実力を見誤っていたと言わざるを得ない。


一撃。

そう、たった一撃だ。


杖先からほとばしった光が、薄暗い迷宮を横一文字に駆け抜けたかと思えば、その光を境界線としてドレイク達の身体が真っ二つに切り裂かれ素材の山に変じた。


狂っている。


ドレイクは……決して弱い魔物ではない。

むしろ、理不尽なほどに凶悪な魔物だ。

最強格の冒険者達が複数で囲んで、なお数人が犠牲にならざるを得ないような正真正銘の怪物。


そんな魔物が湯水の様に湧いてくる、このネストは理不尽の極みと言える。

だが、その理不尽達は更なる理不尽に現在進行形で蹂躙されつつあった。


「……やべぇな」

「どうすんだよ?話が違うぞ?」


私達調査隊を護衛しているラビリンスのメンバーも困惑気味だ。

本来護衛である彼らは常に周囲を警戒しなければならないはずだが、間木が全ての仕事をこなしてしまうので手持ち無沙汰な様子だ。


「いいなぁ〜、僕も一度でいいからあんな風に活躍してみたいっすね」


私と同じく、錬金術師ギルドから派遣された助手の足立がのんびりとした様子で少年を賞賛する。

度胸の据わった大物なのか?

それとも現状を把握出来ていない大馬鹿モノなのか?

私は内心呆れつつも延々と続くドレイク解体ショーを眺め続けた。



「は?彼に不寝番をすべて任せるのですか?」

「当然だろ?彼以外は竜を倒せないのだから」

「それはそうですが……先導する彼が一番消耗しているはずですし、彼の調子が我々の命運を分けるのですよ?!このまま10日間、一睡もさせないつもりですか?!!」

「大丈夫ですよ、何の問題もないです」

「ほら、本人もこう言ってるのだ。君は心配し過ぎなのだよ」



今日の野営予定地に着いて早々、私達はモメていた。

というのも、事前の話し合いでは夜番は護衛としてついてきているラビリンスと間木を主軸に、彼らの消耗具合に応じて臨機応変に我々も参加する予定だった。

普通なら護衛対象である私達が夜番に加わるなど有り得ないことなのだが……今回は竜種の蔓延るネストの探索というイレギュラーなシチュエーションだ。

護衛も護衛対象も単独では竜種を倒せない。

せいぜい間木を起こすか、彼が起きるまでの時間稼ぎ。私達に出来るのはそのくらいだ。

程度の差はあれ、やれる事が大して変わらないのなら協力すべき。そういう話だったのだが……


(何故彼らは突然間木に夜番を押しつけた?彼が消耗してしまえば我々も危ういというのに!)


私は当然猛反対したのだが、私以外のほぼ全員がそれに賛同してしまうのだから思わず天を仰いだ。

当たり前の話だが空など見えず、高い天井にぼんやりとした光が見えるだけだったが。


ちなみに、大多数の人間が賛成の意を唱えた中、助手の足立だけは中立的な立場を示した。

消極的というかなんというか……

自分の命にも関わる問題なのだからしっかりしてほしいものだ。


そのように気を揉んでいた私の苦労など何処吹く風と言わんばかりに、夜番を押しつけられた間木は瞬く間に焚き火と柔らかそうなクッションが敷かれたロッキングチェアを設置してまったり寛いでいた。


「焚き火など焚いて大丈夫なのかね?」

「これは特殊な木材を使っているので大丈夫です。俺達以外には焚き火の光は見えないですし、煙に悩まされることもありません」


焚き火の光が魔物を呼び寄せるのでは?と心配になり問い掛けると、特殊な木材を使っているから問題はないと笑われた。

確かに。

よくよく見てみれば、薪は燃えているはずなのに煙が発生していない。更に言えば、燃えているにも関わらず、燃える前と同様の形状を保持していて、まるで炭化していなかったのだった。

光が我々にしか見えない……魔物の目に映らない?という効果については肉眼での観察では確かめられなかったし、何より——私の鑑定が()()()()のだ。今まで鍛え抜いてきて、最近は物品が対象なら、その価値を理不尽なほどに丸裸にし続けてきたスキルの力が、この、どこにでもありそうな薪には通らなかったのだった。


「これはマジックアイテムかね?」

「ふふっ、さあ?どうでしょう?」


私が疑問を投げかけると、間木は少し面白そうにとぼけた態度だ。


うーーむ。

目の前でパチパチと音を立てて燃える木材は一見ただのありふれた薪にしか見えない。

この、今私達が潜っているネストすらも内包する東京ダンジョンにも、木材をドロップする魔物は何種類か存在する。

だが、いずれも表層階層である緑の階層に出現する魔物たちで、そこから産出される木材など腐るほど見てきたが、目の前の摩訶不思議な効果を発揮しているそれに該当するようなモノは見た事も聞いた事もない。

一種のレアドロップ。

極々低確率で魔物が落とす宝物かという考えが脳裏をよぎるが、数々の物品を見てきた経験が即座にその愚かな考えを否定する。

私は、少なくともこのネストで産出されたドレイク産の品々を鑑定する際には何の問題も無かった。

高位の魔物であるドレイクの素材を視ることが出来るにも関わらず、多少レアリティが違うとはいえ表層階層の魔物のドロップに鑑定が通らないのは不自然だ。

何より、私は今までレアドロップの鑑定だって少なからず経験してきた。

レアドロップの中には鑑定が通り辛いモノが確かに存在するが、ここまではっきりと弾かれるほど理不尽なモノではない。

であるならば、やはり目の前のこれはマジックアイテムなのだろうか?

煙を立てず、燃え尽きず、燃やせば自分達以外には見えない光を放つ薪……確かにマジックアイテムっぽいと言えば、その通りなのだが何かが引っかかる。

マジックアイテムには様々な形状、様々な効果を発揮するものが存在するが、目の前のそれはあまりにも機能的であまりにもシンプルなデザインだ。

マジックアイテムと言えば、見た目はそれなりに派手なモノが多いのだが……いや、あくまでそういう傾向があるというだけであって、マジックアイテム=装飾過多というわけではないのだがな。


焚き火が、室内の闇を泳ぐヘビのようにニョロニョロと黄色い尾を揺らす様を眺めながら熟考する。

疲れと緊張感で鈍重になっていた頭が、段階的にクリアになっていく。

集中している。

頭の片隅でその覚醒感を認識しながらも思考は本筋に注がれていく。


…………分からん。

こういう時は一度基本に帰るべきだ。

手札。

自分がここまで得た情報を改めて確認すべきで……


そこで、ふと私の脳に天啓が降りてきた。

ビシッと背筋に予感が走り、握り締めていた手と紅潮した頰にじわっと汗が浮いた。


間木は。

私に対してどのような態度をとっていた?


面白そうな。

どこか、試すような視線を向けていたのだ。

この、錬金術師ギルドのサブマスターである私に対してだ。


あくまで憶測に過ぎない。

ただ、それが確かであるとすれば驚愕の事実だ。


通常、1人につきジョブはひとつのみ。

信じがたいほどの幸運があれば、他のジョブのスキルを習得する可能性は0じゃない。

0ではないが……

私達錬金術師をはじめとした生産系のジョブは単一のスキルですべてを代替出来るほど単純ではないし、何より創意工夫の余地が多く、果てが無いほど奥深いジョブだ。


もし、これが。

私すらも見た事も聞いた事もないこれが。

彼の作品。

しかも、錬金術の産物だとするならば……


今までの常識を打ち砕くような衝撃的な事実だ。

竜の蔓延るネストをビクビクと進む時とは別の意味で心臓が痛いくらいのビートを刻む。


そこでふと、思考の海から頭をあげて、彼に目線を戻す。彼は春の日の湖面を思わせるような穏やかな表情で焚き火を眺めていた。ただ、ダンジョンに潜る前とは打って変わり、私にはその様が。表情と同期せず、感情を一切伺わせない、深い深い海の底を連想させるようなダークブラウンの瞳が、とても恐ろしく感じたのだった。


◆◆◆◆◆◆



その後の旅路も恐ろしく順調に進んでいった。

先導する間木は、私達に合わせて適宜休憩を挟んでいるとはいえ不眠のはずだがまったく歩幅を変える事なく淡々と迷宮を進んでいく。

むしろ、ゆっくりと睡眠を取っている我々が足を引っ張る始末だ。屈強なラビリンスの面々でさえ、初日に比べれば疲労を滲ませた表情をしている。

当たり前の話だが、ダンジョン内での睡眠はせいぜい寝袋に包まってのもの。ここには快適に眠れるベッドもゆったりと寛げるソファーも無い。

風呂も無いので水に濡らしたタオルで汗や泥を拭う程度、自宅のシャワーや湯船が恋しい。不快指数は日を追うごとに急上昇。間木以外の全員が少なからず消耗し、イライラした様子であった。


とはいえ、実際問題探索は順調。

しかもかなりの成果を挙げている。

今まで見た事の無い鉱石が複数発見され、配布されていた魔法袋の中にたっぷりと収まっている。

その中には錬金術スキルが反応する物も存在していて、地上に帰還し研究するのが今から待ち遠しく、私を浮き足立った心持ちにさせた。


ネストへ深く進行するにつれて、その道を阻む魔物も凶悪になっていく。


今まで出現していたドレイク系統に加え、翼が大きく発達した亜竜。いわゆるワイバーンが上空から襲い掛かってくる。

ワイバーンといえば、イングランドをはじめとした西洋のダンジョンが有名であり、東洋では出現しないというのが通説だった。

東洋のダンジョンでは東洋竜。

いわゆる翼が無く、蛇のように長い胴体に短い手足のついた竜が空の支配者(厳密に言えば空ではなく、天井から図上にかけての空間である)として君臨することはあれど、それ以外の竜種は良くて一般的な西洋竜が迷宮の奥底にいるかもしれないと推測されていた程度で、ワイバーンは居ないものとされていた。

何故そのように言われていたかと言えば、単純に経験的な推測だった。

中国、朝鮮、インドネシア。

それなりに探索の進んでいる迷宮でそうだったので、日本にある東京迷宮も同様なのでは?と考えられていたのだった。

なんとも根拠が乏しい、穴だらけの推論であるが、これは仕方のないことだった。

ダンジョンが生まれて早半世紀。

人間個人からすれば長大な期間と言えるが、学問の歴史と考えればあまりにも短く、分からない事だらけなのだ。ダンジョンに対する研究は地球の内部、マグマやプレートを見通すのと同等、若しくはそれ以上に難しい分野だ。魔物、魔力、マジックアイテム、不思議な力を持った泉、破壊しても復元される謎の床……

そもそも何故ダンジョンが現れたのか?

何の為に存在するのかすら不明。

何もかもが手つかずで、碌な足掛かりがない始末。

ダンジョンを調べることは地球とは別の異世界をまるごと調べるに等しいとまで言われるほどなのだ。

出現する魔物のパターンを間違えるなど失態でもなんでもない。これを機に再び新しい知識が迷宮学に刻まれ、新たな頼りにならない推測の根拠にされるのだろう。


閑話休題。


魔物達のラインナップが増えようが間木の様子は変わらない。


鎧袖一触。


後ろでビクつく調査隊へ一匹も通す事なく無双している。

あれこれ試行錯誤する事すらない。

単一の魔法で魔物を消し炭にしていた。


遂に、いつか現れるだろうと推測されていたソレが現れても、頼れる魔法使いは一切変わらなかった。


ドラゴン。

今までの亜竜種とは違う。

ちょっとした校舎ほどもある巨体の化け物だ。


ダンジョンがこの世に現れてから半世紀以上。

それだけの期間のうちに討伐された竜種はたった2匹だけだ。どちらも国を代表するような冒険者パーティーがほぼ壊滅するほどの死闘の末に撃ち倒し、討伐後に更に奥に進んで見れば迷宮の果て。

つまり、迷宮の主人として君臨するような……

正真正銘、迷宮の王であり魔物の王である。

討伐し、迷宮攻略者として地上に帰還した冒険者達は、迷宮入口付近に攻略成功と共に出現する石碑に名を刻まれ、未来永劫英雄として語り継がれていく。


それに相応しいだけの種族としてのスペックをもった魔物なのだ。

当然ながら馬鹿みたいに強い。

その強さは、あの有名な『カンタベリーの悲劇』で示されている。

かつて、ダンジョン攻略のメッカと言えばイングランドと叫ばれていた時代があった。

彼の国には『迷宮騎士』という制度があり、古くから脈々と受け継がれてきた青い血を持つ貴族達が優良な迷宮を占有し、外国の冒険者とは比べ物にならない実力を身につけ、その実力と探索で得た産物を世界中に喧伝していたのだった。



しかし、盛者必衰と言うべきか?

どれだけの隆盛を極めても、いつかは衰退し滅んでいく。イングランドのそれは他の国々に比べ、かなり劇的なものであった。


結論から言えば、彼らは引き際を間違えた。

それも、最悪と言える形で。


国の威信をかけて竜討伐に赴いた『迷宮騎士』が、広報の為に引き連れた、現地メディアの取材班と共に迷宮の奥底に進んでいく。

その様子はリアルタイムで世界中に配信されていた。世界中の人々が見守る中、敗北知らずの選りすぐりの300人を揃えて討伐に向かい——誰一人として生還する事なく虐殺された。

暗闇の中、ビルにも迫る巨体が縦横無尽に暴れ回る。

その爪は、当時のイングランドの隆盛を象徴するような世界最強クラスの魔法鎧を紙切れでも裂く様に容易く貫き、分断する。

その口から吐き出される業火は、料理に無関心なイギリス国民よりも加減を知らない超火力で、信じ難いことにエリート騎士達を丸ごと蒸発させる始末だった。

防げず、逃げられず、こちらの攻撃にはまるで何の疼痛も感じた様子がない……パニック映画のクリーチャーが可愛らしく感じる程の理不尽な存在。

それまで、冒険者の戦いはどこか夢見心地で語られる事が多かった。

ネットやテレビで配信される映像は、魔物と相対する冒険者がある程度余裕をもって戦える存在がほとんどであり、最前線の死闘が公開される事は皆無だったのだ。

当然と言えば当然だろう。

魔物と戦うパーティーは自分達だけではなく、撮影者の身も守る必要があるのだから。

必然的に映像化される探索行はある程度実力にバッファを利かせたものとなる。

ある意味、この事件ではじめて迷宮のリアルが公開されたようなものだ。

当事者達からすれば不本意極まりない話だとは思うが。


最低最悪の、悪夢にも思える事件は15年以上の歳月を経てもなお、私の記憶に深く焼きついている。


そんな竜が。

見上げるほどの巨体である竜が、だ。

魔法一発で断末魔をあげながら死んでいく光景は中々の非現実感だった。

もちろん、同じ『竜』というカテゴリーに分類されているとはいえ、厳密に言えば別種だとは思うのだが。

サイズ感だってそうだ。

あの映像で見た竜は今、消滅しつつある竜より大きかった気がして……


ハッ!


私の網膜に、それが映り込む!

ドラゴンが、塵へと変じると共に出現したそれはっ!


私は、思わず駆け出した!

後ろからの、静止を求める声を無視して!

はっはっはっ!今の私は誰にも止められはしないぞ!


「……何やってるんですか」

「ぎょえっ」


あっさり捕まった。

首根っこを掴まれ、脱走したハムスターのように情けない姿を晒している。


だが!

今日の私は!

うちの妻よりも凶暴だ!


私は例のブツを指差しながら叫んだ!


「あれを見ろ!『ドラゴンブラッド』かもしれない!調べさせてくれ!」

「……はあ、まあ良いですけど。あんまりはぐれないで下さいよ?」


真後ろに立っている為表情は伺えないが、呆れた声音だった。だが、無意味だ。私の尊厳は妻と娘に破壊され尽くしている。


私を……舐めるなよ?


地面に下ろして貰うと同時に、私はそれに飛びついた!後ろから部下が「なんか、父親と息子みたいっすね……逆転してるっすけど」とか好き放題言ってるが気にしない。いや、気にする。あいつは減給だな。おとなげない?良いんだ。だって、私は、器の小さな男だからな……


まあ、そんな些細な事はどうでもいい。

妻のへそくりで素材を買い漁って義父に殴られたこと並みにどうでもいい。


それよりも!

これだよっっ!!


一見すると、ただのバレーボールサイズのロードライトガーネットに見えるが……鑑定スキルなどなくとも、錬金術に造詣が深くなくとも、これを知らないモノはいないだろう!


ドラゴンブラッド。

竜の血を内包した薔薇色の宝石。

世界最高の秘薬である『エリクサー』をはじめとした至高の品々を作る際に要求される最高の素材!


私は泣いた。

止め処なく泣いた。

涙腺が緩んで、涙が自然と溢れてくる。


手はプルプルと震えている。

震度7ぐらいの激しい揺れだ。

私の掌が地盤なら、歴史的な震災として歴史に名を残していただろう。

だが、それも仕方がないことだった。

掌に乗る、至高の宝石!

その価値を知る故に。

その価値を知る故にだ!!


「……先に進みますよ」

「ちょっ!待てよ!!」

「もう10分ぐらい待ってますよ。いい加減にして下さい」

「オネガイ!マッテ!イマ!イイトコロダカラ!」

「……ダメです、没収」

「アッーーーー!!!」



こ、この野郎!!

ぶっ殺してやる!!

私は思わず拳を握り締めたが、足立に羽交締めにされて動けない!!


「やめろー!放せ!!私のドラゴンブラッドが!」

「いや、飯田さんのじゃないっすからね。彼のですからね?」


知るかー!!

ちくしょうめ!!!

私は顔を真っ赤にしながら、思わず壁に八つ当たりをした。



◆◆◆◆◆◆



探索を開始してから8日目。

遂に私達はそこに辿り着いた。

この、竜種の蔓延るネストの最奥部。

その一歩手前の扉までだ。


ダンジョンもネストも最奥部の構造は似通っていると言われている。

巨大な扉で隔てられた先に迷宮の主人が待ち構えていて、それを打倒する事によって宝物庫への進入が可能となる。

宝物庫には地上へ出る為のポータルが存在する。

なので、帰りは竜種の蔓延る迷宮を彷徨う必要はない。


それに、このネストは先週に間木が主人を倒している為、今日は何の障害も無く通り過ぎるだけのはずだった。


「……あれ?」


間木がボソッと呟く。

それはどこか、困惑するような声音だった。


私は、何故か物凄く嫌な予感がしていた。

ここまで、あまりにも順調過ぎた。

だから最後には、とんでもない罠が待ち受けている気がして……


「居ますね」


間木が、扉に目線を向けながら足を止めた。

自然と、それに続く私達もそれにならう。


「居る」というのは、つまり、そういう事なのだろう。


「倒したのではなかったのか?」

「間違いなく倒しました、けど、もしかしたら思った以上に復活が早いのかもしれません」

「ふむ、どうしたものか」


ダンジョンやネストの魔物は、一定周期で復活する。

その法則は最奥に座す迷宮の主であっても変わらない。

ただ、一般的には強力な力を持つ迷宮の主は数ヶ月から半年ほどのスパンで復活するというのが定説で、今回のように短いスパンでの復活は、完全に想定外の事態だった。


「すこしここで待って頂いても良いですか?倒してくるので」

「私達を置いて行く気か?!」


間木の提案にダンジョン調査部の2人が噛み付く。


……正直な話、自分も同じ気持ちだった。

何せ、護衛について来たラビリンスの奴らと来たら本当に頼りないのだ。

竜種が迫ってきたら倒すとか、盾になるどころか、逆に盾にされそうな気配すらあった。

この調査探索に赴く前は、荒い気性ながら頼り甲斐があると考えていたのだが、一週間で完全にメッキが剥がされ、その無能さを全員に悟られていた。


……こいつらと残され、脇道からドレイクやらワイバーンが一匹でも流れて来たら壊滅する。

わざわざ言葉にせずとも共有している考えだった。

凶悪な迷宮の主が居るにしても、彼についていくのが一番安全なのは確実だった。


「……分かりました。その代わり、絶対に前に出ないで下さいね?」


一瞬困った顔をした後に、間木は苦笑いしつつ了承した。私は、その表情を見て、とても申し訳ない気持ちになった。


調査隊の面々はもちろん、ラビリンスのメンバーもホッと息を吐いていた……



先導している間木が、そっと大扉を押す。

扉の高さは図上数メートルまで続くふざけた大きさで、とてもではないが人力で動かせる重さとは思えない代物であったが、まるで暖簾でも押すかのような手応えの無さでスッと扉は開け放たれていき……私達の視界を真っ白な光が貫いた。


耳を塞ぎたくなる様な爆音が響き渡る。

それは、巣穴の主の、不躾な侵入者に対する最大限の敬意を込めた、ブレスと言う名の挨拶と、当然のようにそれに対応した間木の防御魔法がぶつかる音だった。


私は改めてその攻防を注視する。

真っ白な、迷宮の主のブレスはよくよく見てみると雷属性のものであるのが分かった。青白い、スパークのようなものが時々見えるのだ。


肝心の竜の姿は私には見えなかった。

迷宮の主が潜む部屋は我々が今まで歩んできた最深階層に比べてかなり暗い。その身姿はもちろん、2メートル先さえ見通せないほどの闇だった。


さて、竜のブレスに対抗する事にこそ成功したものの、このままでは千日手、いったいどのように討伐するんだ……?と私が疑問に思っていると、その解答を示すかのように突然、迷宮の主が潜む部屋が明るくなり始め、それと同時に絶えず吐き出され続いていた雷撃のブレスが唐突に止まったのだ。


何事かと後ろから見ていると——そこにはとんでもない巨躯の竜が居た。それこそビルに匹敵するような、今まで道中で見てきた竜とは生き物としてのスケール感がまるで違うバケモノ竜だ。


殺意に満ちた四つの紫色の瞳。

牛のような……いや、どちらかと言えばステレオタイプな悪魔のツノのように、捻れた灰色の大角。

口は今まで目にしてきた一般的な竜種に比べて不細工なほどに大きい、まるでカエルやナマズのようだ。

そんな一種の「キモかわ」な頭部のイメージに反比例するかのように手脚や胴体は屈強な筋肉と象牙の様に美しいパールホワイトの竜鱗。

尻尾は末端が赤黒く、先が分かれていて、出来の悪いエビフライのようだった。


そんなバケモノ竜は今、地面に身体を擦り付けながら切なげな声で泣き喚いていた。

手脚をジタバタと動かし、必死に何かに抵抗するように。

やがて、自ら首を掻き毟りだしたかと思えば……ザーーッと塵にかえってしまった。


私達はそんな様子をポケーッと眺めていた。

いったい、どのような攻防を経て、この結果に至ったのか?まるで理解が及ばなかったのだ。


そんな我々に何も告げず、間木はいつも通り、ドロップした品々を魔法袋に詰めようと腰を下ろして——


その瞬間に、いくつものことが同時に起こった。


真後ろから、何本もの炎の矢が間木の背中に襲い掛かったのだ。

その動きに呼応するかのように、何本もの矢が、スキル光を纏いながら飛来する。


「うおおおおおっ!!死にやがれええ!!!!」


ラビリンスのリーダー。

竜崎がトドメとばかりに剣を片手に突っ込んでいく。


爆炎。

そして、それに伴う煙が周囲を覆う。

不愉快な熱気が頰を打ち、冷や水を浴びたかのような戦慄が背を伝う。


「なっ」


震え過ぎて、言葉にならない。


「何を」


戦慄から立ち直った私の脳裏を駆け巡るのは、狂いそうなほどの怒りだった。


「何を、何を!!何をやってるんだキサマらはああああ?!!」


私の絶叫が室内に木霊する。

私以外の全員は不思議なほどに口を噤んでいる。


なぜ。


なぜ、何も言わない?


これほどの無法が許されるのか?


私の疑問が晴れるよりも早く。

間木を包み隠していた砂煙がサーッと晴れていく。


間木は……

平然とそこに立っていた。

足元には、竜崎が、大の字になって倒れている。


「ひっ」と息を飲む声が聞こえた。

ラビリンスの魔法使い、火の矢を射った女だ。

ラビリンスの他のメンバーたちは絶望の表情。

調査隊の面々も困惑した様子だ。


その反応を見て……私の中で疑念が生じる。



こいつら、最初から……



それはともかく、間木とラビリンスだ。

こんな不義理。

不意打ちによる暗殺を許すような奴は、この世にいないだろう。


まず間違いなく、ラビリンスのメンバーは皆殺しにされる。


日本は法治国家だが、ダンジョン内ではその戒めは軽視される傾向がある。


間木は賢い。

とても15歳の少年とは思えないほど理性的だ。

とはいえ、彼がいくら寛容だとしても限度というモノがある。まず、間違いなく処刑は行なわれるだろう。


問題は、調査隊の裏切りを認識しているか?

していたとして、どれだけ殺すのか?が焦点となる。

今回編成された調査隊の中に間木を暗殺しようと企てたクズが居るのは察せられるが、何人がそうであるか今ようやくそのような状況に至っていると察した私には皆目見当がつかない。



私の思考をよそに、彼はいつものように少し困った笑顔を浮かべながら、何事も無かったかのように提案した。


「……帰りましょうか」


私は。

私には、まるで理解出来なかった。

竜を、あのバケモノをひとりで倒せるほどの英雄が。

なぜ、この罪を。

理不尽な裏切りに報復することもなく、流してしまうのか?


なんで……?


私は。

心の中で思わずそう呟いてしまったのだった。



◆◆◆◆◆◆



あの調査探索から数日。

私は彼、間木悟と話す機会を得ていた。


呼び出した先は、私にとって馴染みの店。

店内は薄暗く、そのほとんどが個室であり、内緒話にはうってつけの店であった。


「今日呼び出したのは、先日の件がどうしても気になっていたからだ。なぜ、ラビリンスに手を出さなかったのだ?キミなら簡単に殺せただろう」

「えらい直球ですね」

「私は面倒が嫌いなんだ。私が頭を悩ませるのは錬金術と家族の事だけでいい。こんな面倒な悩みは早急に解決しておきたい」


私は挨拶もそこそこに本題を切り出した。

もう、あの日からずーっと気になっていて何事にも身が入らない状態だった。


間木は顎に手を当て少し考えを巡らす仕草をしつつも語り始めた。


「もし、飯田さん達が居ない状況であのような襲撃があった場合、俺はまず間違いなく彼等を皆殺しにしていたでしょうね」

「意外だな。殺人に対して忌避感があるわけではないと?」

「……意欲的に人殺しをするつもりは無いですけど、自分に対して明確な殺意を向けてくる人間に、何の抵抗もしないほど平和ボケしてもいないですよ」

「ならば、何故、あの日はそうしなかったんだ?」

「そんな難しい話でも無いです。皆殺しにして後顧の憂いを断つよりも、その方がマシだったからそうしたまでです」

「……どういうことかな?」

「思うに、あの襲撃は二段構えの罠だったんですよ。ラビリンスのメンバーが俺を殺せればそれで良し。もし、失敗して俺が彼らを皆殺しにした時は……全員で口裏を合わせて俺を糾弾すれば良い。冒険者に成り立ての新人と、この都市の各勢力でそれなりに立場のある大人達の意見。どちらが尊重されるかなんて小学生にでも分かる話です」

「……私はそんな話に乗らないぞ」

「本当に?——あなたが執着していた、ドラゴンブラッドを報酬として提案されても?」

「それは……」

「飯田さんに話がいかなかったのも、ある意味保険だったんでしょうね。万が一、策が暴かれて他の7人も始末された時の為に。それに飯田さんなら最悪、竜の素材を餌に買収出来ると考えられていたのでは?ああ、気を悪くしないで下さいね?あくまで、黒幕がそう考えていたのでは?という推測ですから」

「……」

「迷宮内での殺人を罪に問うなら、どうしても証言が重要になってきます。そもそも事情があれど、私刑は本来犯罪ですからね。調査隊の方々が証言し、実際にラビリンスのメンバーが残らず帰って来なければ、警察も裁判所も状況証拠から俺が犯人であると判断するでしょう」

「動機は……いや、言うまでもないか」

「言うまでもないですね。新人冒険者をひとり騙すだけで、みんなで分けても数億円!手を挙げない理由が無いですね」


つまりは、こういうことか。


「殺した場合は有罪、無罪の選択権が私達のご機嫌次第。だから、すべて無かったことにしてしまったということか……」

「ですね」


納得はした。

あの緊迫とした状況で、そこまで考えを巡らす頭脳に恐ろしさを感じ……いや、違うな。


最初から。

最初からそうであろうと察していたのだ。


竜種から身を守るには頼りない護衛をつける意味。

夜番を彼に押し付け、意図的に消耗させようとした理由。


他にも……私では気付けないような予兆が、きっとたくさんあったのだ。

それに気付きつつも、我々に背を向けながら竜種と戦い続けた彼は、いったいどれほどの怒り、憎しみ、悲しみを感じていたのだろうか?


私は……聞けなかった。

大人の悪意を不躾にぶつけられた少年に。

それを問えるほど、無神経になりきれなかった。


心の靄を晴らす為に、彼を呼びつけたというのに。

私の心は晴れるどころか、雷雨の夜の路面ように、ぐちゃぐちゃになってしまった。


思わず天を仰ぐ。

憎たらしいほどの春晴れだった。

本当に憎たらしい……

でも、迷宮の天井が見えるよりは幾分マシに思えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ