第1話 プロローグ
ダンジョン。
それはかつて創作物の中でのみ存在した概念だった。
薄暗く地下深くまで伸びる洞穴。
行く手を阻む巨躯の怪物達、悪辣な罠の数々。
それらの試練を乗り越えた先に在る人間の常識では再現不可能な宝物の数々。
冒険譚の舞台になる為に設えられたご都合主義的なアトラクション。
それがかつて語られたダンジョンだった。
そんな妄想の産物だったダンジョンが現出したのはとある災厄の直後だった。
──1999年7の月、人類は滅亡する。
その予言との関連性はともかく、世界は1988年のある日フランスに突如現われた怪物たちにより蹂躙される事となる。もし何処かでボタンの掛け違えがあれば本当に1999年7月には世界が滅びていたかもしれない。そう思えてしまうほどの絶望と恐怖が世界を覆う。暗黒期の到来だ。10m以上の巨躯を誇る巨人や多頭の大狼、ごわごわとした深い毛の奥で爛々と真っ赤な瞳をギラつかせる大猿の化物。あまりにもバラエティー豊かな怪物の見本市がヨーロッパを中心に開催された。宴で饗される豪華な料理たちに出席者は歓喜に震え競うように口へ放り込んでいく。
フランス人・ドイツ人・イギリス人。
黒人・白人・黄色人種。
女・男・老人・大人・子供・幼児。
一切の訳隔てなく骨のひとかけらまでしゃぶり尽くすかのごとく勢いで食らわれていった。
大地は血で染まり、常に何者かの絶叫が絶えることがなく。
必死で抵抗する人々の抵抗する姿さえもご馳走を彩るスパイスだとでも言いたげに人々は蹂躙されていく。弄び、嘲笑し、食らい、犯す。この星を支配すべきはお前らではないのだと言いたげなほどの勝手気まま、やりたい放題の蹂躙劇。世界中の人々は命懸けで撮影された駆逐されつつあるヨーロッパの人々の様子をテレビ越しに見つめ、いつ何時その魔手が自分の手に及ぶかもしれないと恐怖に震える毎日だ。
一方、各国は軍が出動し、この礼儀知らずな化物どもを駆逐しようと試みた。
怪物達も無敵ではなく、それらは一定の効果をあげたものの抜本的な解決には至らなかった。
怪物を倒す数より湧き出してくる数の方が圧倒的に多かったのだ。
遂には非人道的な兵器である為使用を躊躇われていた核兵器まで投入された。
しかし、それでもなお生き延びる怪物達に最早これまでと諦めかけたその時、思わぬ形で人類は救済されることとなる。
最初に手が挙がったのはイギリスのデヴォン州に広がる肥沃な森からだった。
大きなツバのついた尖がり帽子。
手には先端に宝石のようなものが取り付けられた棒のようなものを構えている。
服装はまるでファンタジーの世界からそのまま飛び出してきたかのようなローブ姿だった。
彼らを皮切りに世界各地から奇怪な装いの人々が戦地へ詰め掛けてくる。
杖を持つ者、ナイフを持つ者、巫女のような装束の者から民族衣装のような人々まで。
多種多様な人種の変人が彼の地へ集い、肩を並べた。
彼らは何者かと誰何する各国の記者や軍人を完全に無視して好き勝手戦い始めた。
突如現われた第三勢力は瞬く間に戦況を変化させていく。
彼らが杖を振るえばどんな兵器でも容易に外傷を与えられなかった怪物達の手や足が瞬く間に切り飛ばされた。
雑魚狩り専門のイキりクリーチャー達が次々と屠られていく。
あるモノは焼かれ、あるモノは凍らされ、ある者は石と化し、あるモノは夢幻の様に消失していく。
彼らの足は止まらない。
歩くような速さでゆっくりと、しかし確実に害獣たちを屠っていく。
そして気付けば怪物達は追い込まれていた。
かつてのフランス、シャラント県──怪物達が湧き出した地にまで。
数々の現代兵器により更地となった周囲から浮くように存在した不思議な穴、その周囲にまでだ。
怪物達も総力を結集するかのように怒涛の勢いで地上へ進出しようと試みるが正体不明のコスプレ集団は更に強力な奇術でそれらを押し込んでいった。
そして、最後に複雑な光と模様を描いたかと思えば怪物達も謎の穴も全てが消失していた。
ローブ姿の集団も時を同じくして消えていった。
そうして世界は小康状態へと移行していく。
奇しくも時は1999年7の月、夏の足音が聞こえ始めたカラッと晴れた日の出来事であった。
それと時を同じくして、世界中に今まで見た事も無い不思議な建造物や洞穴が発見されるようになる。
まるで最初からそこにあり、災厄をきっかけに秘匿が解かれたかのようにそれらは現出した。
薄暗く地下深くまで伸びる洞穴。
行く手を阻む巨躯の怪物達、悪辣な罠の数々。
それらの試練を乗り越えた先に在る人間の常識では再現不可能な宝物の数々。
──ダンジョン。
それはかつて創作物の中でのみ存在した概念のはずだった。
しかし、災厄から半世紀以上の歳月を経た現在。
それらは確かに存在し世界で欠かす事の出来ない一種の資源庫と化している。
地上では見られない不思議な金属。
万病を癒す霊薬。
未知の技術体系で創作された不思議な工芸品の数々。
ダンジョンは怪物(現代では魔物と称される)や悪辣な罠の数々が存在し、その探索行には危険が伴なう。にも拘らず、ダンジョンへ潜り挑もうとする人々は後を絶たない。
そこへ挑む恩恵があまりにも魅力的過ぎるからだ。
命をBETした大きな賭けの成功者は巨万の富を得て成功者となる。
世界中の人々が彼らを賞賛し、それに憧れた少年少女たちが僕も私もと未知への冒険譚へと誘引されていく。
人は見たいモノしか見ない。
また、他人の人生の都合の良い一部分だけを覗き憧れてしまう。
人の身で化生と殺し合う恐怖や理不尽な罠に怯え地の底を彷徨う恐怖を想像出来ない。
キラキラと輝く宝物の輝きはダンジョンの危険性を忘却させるのに十分な魔法的効果を発揮する。
火に惹かれ無防備に近付く蛾の末路は決まっているものだ。
この本にはそんな顛末へ至らぬための様々な技・術・知識を記しておいた。
本書を通じてひとりでも多くの若者が生還し冒険者として成功する事を心より願っている。
~~~~~~
「はぁ……」
俺はまえがきの時点で読む気が失せた教科書を嘆息しつつ閉じて放った。
それは重力に導かれポスっと力無くナップザックの上に着地する。
無駄にその過程を注視していた俺は外の風景に目線を転じる。
海だ。
すっごい海。
空はどんより曇り空。
俺の憂鬱な心境を写し取ったかのような曇天だ。
眼下に広がる海は濃い蒼に染まっている。
変化といえばかつての首都の残滓がところどころに散見される所ぐらいだろうか?
朽ちた高層ビルやタワーマンションが水上から突き出す姿には不思議な魅力があった。
廃墟マニア?と呼ばれる人種が居るらしいが、そんなフリークが居ても不思議では無いと思える程度には映える光景が広がっていた。
……とはいえ、流石に何十分も食い入るように見ていられるほどではない。
既に充分堪能した結果、俺は暇を持て余し教科書に目を通し始める始末だった。
もっとも、その教科書もすぐに読むのを辞めてしまったのだが。
モノレール内にはゆっくりと穏やかな時間が流れつつあった。
だがしかし、俺はとてもそんな気分に浸れる状況ではなかった。
屠殺場へ送られる家畜の気分を実感させられている。
何故受験してしまったのか?
何故合格してしまったのか?
意味の無い思考の迷路に迷い込む。
それは今に限った話ではなく、ここ最近繰り返されたルーティンだった。
◆◆◆◆◆◆
はじまりがあればおわりもある。
人生も旅も等しく同じだ。
着かないでくれと俺がどれ程願っても、無情にもモノレールは進んでいく。
新東京。
かつての日本の中心地であり世界一大きな都市として名を馳せた首都「東京」
それは紆余曲折の末滅び沈んだ。
その旧首都東京の一部を埋め立て作られた人工島。
日本に4つしかない「ダンジョン」を内包した都市──それが海上迷宮都市「新東京」である。
その「新東京」には数多の学園が存在するがその中でもひときわ異彩を放つのが島の中央部にデカデカとそびえる冗談みたいに目立つ巨大な学園──新東京都立積木学園。
世界でも有数の難易度といまだ果ての見えない深さを誇る「東京ダンジョン」を探索する高等冒険者を養育する目的で創設された学園であり、その意図通りかのダンジョンでの最前線を攻略し有益な資源を回収してくる著名な冒険者の多くを輩出してきたエリート校である。
厳格な実力主義。
深く潜れる奴が偉い。
シンプルすぎて理不尽な校風で世界的に有名な学園だ。
最低限の一般教養科目も存在するがこの学園ではそれらが重視されることはない。
冒険者を養育する為の学園なのだからそれは必然と言える。
歴史?数学?そんな知識がダンジョン探索でどれほどの価値がある?
そんなものに時間を掛けるなら一匹でも多くの魔物を屠り経験を積め。
それがこの学園の流儀であった。
そんな学園に無謀にも挑む馬鹿がひとり。
もちろん俺のことである。
世界で有数の冒険者向けの学園でありダンジョンに関する最先端の技術や情報を学ぶ事が出来る場所。当然そんな学園である為日本中から受験者が殺到しその受験倍率は最早ギャグの領域に達しつつあるレベルなのだが──何故か一般人世界代表みたいな自分はそこに受かってしまったのだった。
(友達と悪ノリして記念受験しただけだったのに……)
ホントは受かる筈ないけどダメ元でという話だったのだ。
ちょちょいと最寄りの試験場で学力検査。
その後近くの運動場で体力検査みたいなのもやったけど、別に跳びぬけて優秀な結果ではなかったと思うのだが。
(どうしよう。冒険者なんてやっていけるのか?)
1999年7月の終戦と共に世界中に出現したダンジョンを探索する冒険者は高収入であり、結婚したい男性の職業ランキングでも常に1位を取り続けるほどの人気職ではあるのだが……ダンジョンに生息する魔物たちや悪辣な罠との戦いで富を求めてダンジョンに潜った才無き多くの冒険者達は魔物のご機嫌なディナーの一品と化してしまっている。
ハイリスクハイリターン。
栄光を掴むか死んで朽ちるかの理不尽な二択を迫られる職。
それが現代の冒険者の実情なわけだ。
大好きなネトゲに浸りつつ社会から後ろ指を刺されない程度に適当に働こうという堅実で偉大な将来設計をしていた俺には無縁な仕事と言える。
見て憧れる分には魅力的に映るものの「じゃあ、やってみる?」と言われたらノーセンキューだ。
俺も当然合格通知を受け取った際、別に合格していた高校に入学しようと考えていた訳だが……両親や親戚筋の大反対を受け、今ここに居るというわけだ。
何せダンジョンで大活躍すればちょっとしたアイドルや芸能人が霞むほどの富を得る事が可能な時代なのだ。周囲はそのおこぼれを得ようとこぞって俺を学園に送り出す始末だった──当然ながら自立し、万が一その立場に立つ事が叶ったのなら彼らとは絶対に絶縁してやるというのが今の俺の密かな野望だった。
(うわあ、都会ってマジでこんな感じなのか……)
モノレールから降り街を一望すると共に心の中で思わずつぶやいた。
見渡す限り人!人!人!
ビル群の隙間を埋めるように膨大な人の波がざあああっと流れていく。オープンしたばかりのネトゲばりの人口密度だ。
地元では見られない光景に思わず唖然とする。
祭りの日だってここまで込み合わないだろう。
コレが都会か……と以前の環境との落差に不安を感じつつもスマホのナビゲーションを頼りに学園を目指す。とは言っても駅からバカみたいに大きな学園は既に目視出来ており、念のためという要素が強かったが。
人波に揉まれながらぎゅうぎゅうと流されること30分弱。
ようやく学園に辿り着いた。
見上げるような高層の校舎に呆然としつつも校門の守衛さんに入学式の会場を教えて貰い会場で案内役の上級生さんに促されてパイプ椅子にどかっと座り込んだ。
しばらくすると徐々に人が増えてきて席が埋まっていく。
そして学園長やら在校生代表やら来賓のお偉方などが超長文詠唱魔法並みのクッソ長い話をあれこれしだして俺の中の眠気が限界を突破しうつらうつらし始めた頃合に式が終わった。
(ねっむ、校長とかの話がすっげぇ長いのは田舎も都会も変わらないのな)
教室へと移動する最中自販機でエナドリを買い一口含む。
大量のカフェインが脳みそを覚醒させ視界が一気に広がった気がした。
正気を取り戻した俺は事前に伝えられていた教室を探し当て黒板に書かれた自分の席に腰を下ろす。
ようやく一息ついたって感じ。
周囲を見回してみるとみんな周囲をきょろきょろと見回し恐る恐るといった感じで挨拶や世間話、自己紹介などをしていた。
入学したての新入生特有のあの探り探りな雰囲気だ。中には我関せずと手元のスマホをポチポチ触っている者やヘッドホンでノリノリに音楽を聴いている女子。既に意気投合したのか輪になってニコニコ笑顔で談笑している男子数名なども居た。
あれが伝説の「リア充」属性の者か……と希少な光や闇属性よりも更に稀有な才能の持ち主たちをぼんやり眺めながらボーっとしていると細身ながらどこか只者じゃない雰囲気を醸し出す男性教師がガラっと教室に入ってきて教室内を見渡す。
ピタッと私語が止んだ。
教室内の空気がピリピリとしたものに変じた。
「よし、それではホームルームをはじめる」
俺が所属する事になった一年A組の担任教師荒川雄二は淡々と説明を始めた。
意味不明な事にこのクラスも含むABCの3つのクラスは受験時に最も優れた才能を見せた者達のクラスらしい。
最優秀……?自分の今までの半生を振り返る限り縁の無い言葉に思わず心の中で首を傾げる。
俺はそんなクラスに選抜されるほど優秀だっただろうか?と。
で、これらのクラスの生徒は他の一年生の模範となるような行動、成績が求められるんだとか。
この学園では通常の高校より圧倒的に授業数が少なく試験による評価もほぼ無い。
なんと驚くべき事に午前中しか座学の授業がないほどだ。
午後は丸々ダンジョンへ潜る、まあ冒険者を育成する学園なのでダンジョンに潜らなくてどうする?という話ではあるがとても大変そうだ。他人事ではないわけだが。
そのあと無事卒業できればどのようなメリットがあるのかという話を延々と聞かされたが正直いまいち実感が沸かず担任の話が右耳を通ってそのまま左耳から流れ出ていった。説明が長過ぎる。
話は校則にまで及び俺の意識も高速で遠のいていったがエナドリのおかげで何とか現世に意識を留める事に成功していた。やはりエナドリは神。そんな俺の意識が再び覚醒したのはやっぱり「アレ」の話題になってからだった。
「次に、当学園のダンジョンについてだ」
ざわ……ざわ……
ここに来て生徒が一斉に佇まいを整えた風に思えた。
担任である荒川の話を一言一句聞き逃すまいと気合を入れ直した様子が見て取れる。
担任はそんな教え子達の様子にフッと軽く唇の端を釣り上げながら説明を始めた。
学園の敷地外縁にも接しているでかでかと空いた大穴「東京ダンジョン」。
内部には地上では見られない貴重な資源が溢れており冒険者はそれを発掘し地上へ持ち帰るのが仕事だ。
現在の最前線は第45階層であり、いまだ最深部へは至っていない。
これだけ深い迷宮は世界でも数少ない。
一年生に課されたノルマは一年以内に第3階層の最深部に到達する事。
もしくは一定数の迷宮資源を地上へ持ち帰る事だそうだが到達階層を更新する方が学園からの評価は高くなる傾向がある為到達階層の更新に注力するのがベターだそうだ。
「そもそも、第3階層すら碌に探索出来ないような生徒は結局翌年以降につまずくことになるがな」
担任の荒川は嘆息まじりにそう補足した。
毎年一定数の生徒が第3階層までの探索課題を達成できずに留年するのだという。
たった3つの階層。
そう考えるような生徒はここにはいない。
ダンジョンはひとつの階層がとても広い為、そう簡単に下へ降りられない事ぐらいは学園に入学する前から各メディアを通じて既に知っているからだ。
探索に関する大まかな概要を話したのちダンジョンに関する説明は終った。
その後はありふれた自己紹介の時間がはじまりクラスメイトが順々にこなしていく。
ひと通りそれらが済んだわけだが──俺は人の名前を覚えるのが苦手だ。
正直クラスの十分の一も名前を覚えられた気がしない。
まあ、初日はこんなものか。
「それでは最後に生徒証を配った後解散となる。受け取った者から退室するように」
そう言って担任が名前順で──どう見てもただのネックレスにしか見えない生徒証を手渡していく。
不思議に思いながらもその「生徒証」とやらを受け取って首から吊り下げた。
コレは一体なんなのだろう……
まあいいか、明日の授業などで説明があるだろうし。
色々疑問は残るものの、俺は退室し自分の寮を見つけるまでにまた小一時間迷うのだった。
◆◆◆◆◆◆
キンコンカンコンとチャイムが鳴る。
登校初日。
午前の授業は本当に普通の学校みたいな数学や国語の一般的な内容だった。
今日は触りという事で担当教師の紹介と軽い内容の確認程度で終わる。
「午後はダンジョンでの実習ですが集合は教室なので間違わないように」
そう短く告げて英語の担当教師が退室していく。
午後はいよいよダンジョンでの実習という事でクラスにはざわめきが広がる。
気持ちは分かる。その為にこの学園に進学したのだろうしね。
俺は頬杖をついたままボーっとながらそんな様子を眺めていた。クラスメイトは購買で買ってきたパンやら弁当やらを広げ始めるが、興奮しているからだろうか?俺はまったく食欲が沸かず、ボーっとしながらいつも以上に鈍重な動きを見せる壁掛け時計を眺め続けていた。
◆◆◆◆◆◆
「よし、全員揃ってるな?それではダンジョン実習の講義を始める」
昼食後、1-Aの教室。
手早く出席確認を終えた後担任の荒川による説明が始まった。
「まず全員昨日配った生徒証を身につけているな?それを握り締めながら『ステータス』と呟いてみろ」
言われたとおり生徒証……というかシンプルなクロスを握り締めながら呟いてみる。
するとどうだろう?頭の中に文字と数字が浮かび上がった。
◆ステータス◆
名前:間木悟
種族:人間(Lv.1)
職業:魔術師(Lv.1)
○能力○
生命:10
魔力:50
筋力:8
耐久:5
魔技:32
器用:13
敏捷:11
○スキル○
・魔術(Lv.1)
火球術(Lv.1)
閃光術(Lv.1)
・読解(Lv.1)
初級魔術書読解(Lv.1)
・詠唱(Lv.1)
通常詠唱(Lv.1)
おおぅ……
これが噂のステータスという奴か。
ダンジョンから産出した未知のテクノロジーの極一部は解析され人の手で再現されている。
この「人が本来持つ力を可視化する技術」もそのうちのひとつだ。
まるでゲームのように見えるが、これは「分かりやすさ」という面で非常に優れている為意図的にゲーム等で用いられる表記を模して作られている。本来はもっと複雑で分かり辛い形で判別されるが使用者が理解しやすい様に再変換されたものだ。
冒険者ギルド(これもまた21世紀初頭の創作物が由来の名称、冒険者を生業とする人たちを管理する組合のようなもの)の冒険者証に使われている技術と同一だろう。この学校に来てからのメランコリックな気分を忘却させる程度には興奮する。まるでゲームの世界に紛れ込んでしまったかのようで柄にも無くちょっとワクワクしてしまった。
職業、通称ジョブは『魔術師』か。
前衛に守ってもらいながら大火力で敵を殲滅するボッチに相応しくないジョブだな。
適性のあるジョブになれたらソロ(単身でダンジョンに潜る人の事。対人能力の欠如した冒険者がなりがち)でダンジョンに潜るつもりだったので当てははずれたが優秀なジョブという噂なので悪くない。むしろ良い感じだ。
能力値も思いっきり魔術師っていう感じの数字だ。
ジョブ毎に能力値に補正が入るそうだからそれが反映されてるってことなんだろう。
魔力(魔力量)と魔技(魔法技術)が高いのはその為だ。
ステータスの優劣、平均的なステータスの基準については不明だ。
何故ならステータスの詳細な数字とは基本的に秘匿されるべきものだからだ。
もちろん、これらの技術を占有している冒険者ギルドや本学の上層部は何らかの形で数字を管理・把握していると思われるが。歴史上、ダンジョンによって身に余る力を手に入れた人間が犯してきた事件の数々を考えれば能力を管理し監視されていない方が不自然だ。
話を戻そう。
ステータスは秘匿されるのが基本だ。
この技術が公開された当初からの伝統で、合理的な手法だと言える。
数字で人の優劣が容易く測れてしまうこのシステムは使い方を誤まれば迫害を助長してしまうものであるからだ。だからこそ基本的にダンジョンの階層毎の推奨基準はレベルという公平な数字を基準に示されている。
「ステータス、そして保持している才能については理解したか? 今から向かうダンジョン実習の際にはスキル・魔法を使用する機会はないだろうが、後日きちんと自分が保持しているスキルの使用法と活かし方を各自確認しておくように。よし、じゃあ移動するぞ。ついてこい」
担任の後ろをぞろぞろとついていく。
中には小声で仲の良いメンバーでささやきあっている奴らもいた。
聞き耳を立ててみるとステータスやジョブについての話みたいだ。
私は前衛向けのジョブだった!とか俺に回復魔法の才能があっただなんて!みたいな微笑ましい会話が耳に届く。中には俺達相性良さそうだから組もうぜなんて早くもパーティーを想定した話もあった。
冒険者は基本的にはパーティー、要は共同でダンジョン探索するグループを形成する。
ひとりで足りない要素を集団で埋め合い助け合うためだ。
索敵・罠解除などを担うスカウト系。
盾や重厚な鎧を身に纏い仲間を守るタンク系。
剣や槍などの金属武器で敵を殲滅するアタッカー系。
的確な回復魔法で仲間の窮地を救うヒーラー系。
圧倒的な殲滅力で敵集団を屠るマジックユーザー系。
変わり種として特定の迷宮資源への嗅覚を持つ者や仲間のステータスを向上させる不思議な力を持つ者達もいる。それらの稀有な才能の持ち主はその能力の強大さによってはひとつのパーティーのみならず様々なパーティーでシェアされ引っ張りだこになったりもするらしい。
ともあれ、ステータスとジョブは冒険者として活動していく上で要となる要素なのは間違いない。
そんな情報を開示されたばかりの新入生が黙々とついてくるだなんて最初から期待していなかったのか担任の荒川は節度を保ったおしゃべりを続けるクラスメイトに特になにかを言ってくる事はなかった。
学園の敷地内をしばらく歩くと近代的な校舎に比べ随分と古風で巨大な鉄扉が目に入る。
朱色の巨大な扉だ。
おそらく高さで言えば5メートル近くあるだろう。
まだ距離はあるがそれでもその巨大さ、威圧感が感じられクラスメイト達の会話が消える。
近付くとその扉から感じられる威圧感はよりいっそう高まっていく。
最初は外観から来る印象。それによってもたらされる感覚だと誤認していた。
壮大な山や建築物を見た際の感覚と類似するアレだ。
しかし、近付いてみるとその予想が大きく外れていたのだと分からされた。
上手く言語化する事が出来ないが扉からは何らかのエネルギー染みたモノが溢れていてそれを敏感に感じ取った身体が警鐘を鳴らしているような感覚。未知の何かに触れた俺達はそれに対する警戒心を胸に抱えつつも黙々と担任の背を追う。
「ここが当学の生徒がダンジョンに向かう際の《侵入口》となる。これから何度も世話になるだろうから覚えておくように」
担任はそう告げると巨大な扉の中に消えていった。
開けるでもなくただ扉にぶつかるように歩いて忽然と消えたのだ!
1-Aのクラスメイト達は唐突に目にしたファンタジーな光景に呆然としつつも恐る恐る扉へ侵入していく。何名か消えて特に問題も無さそうだと判断し、自分もそのあとに続いて扉へ飛び込んだ。