仕込み⑤
「初めまして、私はシュレン……あなた方の無法をこれ以上見逃すわけにはいきません」
シュレンの言葉に激しいものはない。だが、シルヴィス達に対して限り無い怒りがあった。
「そうか。無法と言うがお前達も無法者なんだからお仲間だと言いたいのか?」
シルヴィスがシュレンに返答する。これは魔族の村人達を虐殺したことを暗に批判しているわけだ。
「我々が無法? あなた方は何を言っているのです?」
シュレンの声に訝しむような響きが含まれた。
(こいつはあのクズ共の蛮行を知らない? いや、その判断は早計か……)
シルヴィスは眼を細めてシュレンを睨みつけた。シュレンに怯む様子は見られないが、それでもやや困惑を引き起こすことが出来たようだ。
「とぼけるなよ。お前らは俺たちをおびき出すために魔族の村々を襲い虐殺した。戦う術を持っていないような幼児すら殺していたくせに何を言ってるんだ?」
「虐殺?」
「はっ、惚けるのが上手いな。お前は自分が正義を振りかざしているが、自分達のやった下衆行為を正義というお題目で隠すのが神のやり方というわけか」
「何だと?」
「おいおい、図星を衝かれたからといってそこまで恥じることはないだろう。俺のやった行為も倫理観に基づけば唾棄すべき行為だろうな。でも、お前達のような『正義のため』とか言って自分の行為を美しく飾り立てるような行為はしないぜ。むしろ、『その勝利のために手段を選ばないのはさすがだ』と称賛した方がこちらとしては、よほど警戒したというものだ」
シルヴィスの言い分は多くの人に決して受け入れられない類いのものであることはシルヴィス自身、百も承知というものだ。だが、シルヴィスとすればシュレンの情報を集めるためには必須の事だと考えているために敢えて行っているのだ。
「なるほど……天界にも悪逆非道な者がいるのは事実だ。だがそれと君達の無法には何の因果関係もない。また私が魔族の虐殺に関わっていない以上、そこを衝かれたところで私が動揺はしないよ。それとも同種族という理由で全てが悪いというのは短慮というものではないかな?」
シュレンは冷静な声でシルヴィスに返答する。
(ち……揺らがないな。あのクズ共なら激高するところなんだがな)
シルヴィスはシュレンがきちんとした返答をしたことで、シュレンが八戦神のような他種族を見下すような傲慢さを持っていない事を察した。
「さて……君が舌戦に持ち込み私を激高させようとしている理由に対して私見を述べて良いかな?」
「ああ、いいぜ」
「まず、君達から生命力を感じないとこを見るとその体はどこかで遠隔操作している」
シュレンはニヤリと嗤って言い放った。さきほどまでの聖者然とした雰囲気はなりを潜め油断できない雰囲気が放たれている。
(ち……見誤ったな。聖者然とした雰囲気だったから正義感を利用しようとしたんだが……)
「まぁ、返答があるとは思ってないから勝手に続けるよ。分身体は基本本体よりも遙かに実力が劣る。それは確実だ。さて、今のが前提条件だ。君達は神の実力を探るために天界に来た。別の言い方をすれば情報収集だ」
「その通りだ」
「おや? 簡単に認めたね。てっきり惚けると思ったのだけどね。揺さぶり……とみるべきかな?」
「どうとでも、それよりも続きを話せよ」
「ああ、そうだね。本体ならばともかくその分身体と私では天と地ほどに強さに差がある。そんな相手に情報を少しでも引き出すために舌戦に持ち込んで情報を得ようとしてるというのが私の私見だよ」
「大方当たりだよ」
シルヴィスの声には称賛の響きがある。
「もちろん、それだけでない。だが、少なくともこの段階でお前のような油断できない神がいることがわかっただけでも収穫があったよ。あのクズ共や天使共を基準で神族を考えたらいかんよな」
「まぁ私も八戦神のやり方は嫌いだからな。一緒にされるのは不快だよ」
「聞いて良いか?」
「どうぞ」
「お前の言ったことはほぼ正解だ。なぜそこまで正解を導き出せた?」
「ああ、君達が操作している姿と本来の姿は一致していない。君達の会話を聞いた時にそう確信した。そこで思った。君は俺と思考基準が似てるとな。だから、俺だったらこうするという思考のもとに結論をだしたというわけだ」
「なるほどな……すると俺たちが次にどうするかわかるだろ?」
「ああ、君達は今から私と戦うことで情報を得ようとしている」
シュレンはそう言うと空間から一本の真っ黒な刀身をしている片刃の剣を取り出した。
「見せても良いのか?」
「構わないよ……見れるならな」
ドパァァァン!!
突如、シュレンの背後にいた魔力で作った怪物が両断され崩れ落ちた。
「なっ……」
シルヴィス達の視線がそちらに向かった瞬間にシュレンは瞬間移動したかのような速度でシルヴィス達の間合いに入り込むとディアーネとユリを両断した。ディアーネとユリが驚きの表情を浮かべたまま地面に転がった。
「すごいですね。まさかここまでの差があるとは思ってもいませんでしたね」
「ああ」
「ええ、やっかいですねぇ」
「しょうがない。俺がやるからお前はきちんと見ておいてくれ」
「わかりました!! さぁシルヴィス思う存分戦ってください!!」
シルヴィスは虎の爪を掲げるとシュレンを観察する。どのような斬撃が来ても対応するためだ。
だが……ここで誰も思いも寄らない行動を取った者がいた。
もちろん……その者の名はヴェルティアであった。




