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決別①

「お、お前……な、なぜ?」


 ギエルの困惑した声が周囲に響く。他の二人も混乱しているようで、何事もなく立つシルヴィスと息絶えているシルヴィスを交互に見ている。


「ん? 何の事だ? まさかと思うがお前らごときが俺を殺れるなんて本気で思っているのか?」


 シルヴィスの言葉に嘲りの感情はこもっていない。ただ、心から不思議に思っているという感情だけがある。


 実際にシルヴィスとすれば三人が自分を殺そうとしていることはわかりきっていたので油断などするはずがないという気持ちだった。


「お前はそっちのアホ二人よりはマシ(・・)と思ってたがそんなことはなかったな」

「何を言っている?」

「アホ二人よりかは殺気を消すのが上手かったから、それなりの手練れと思ってたが、実力差がわからんようだから大した事はないという結論に至ったということだ」

「何だと……」

「うーむ、これ以上わかりやすく伝えることは出来ないな。少しは理解出来るように賢くなってもらわんとな。それよりもアウゼルって何の事だ?」


 シルヴィスは先ほどの質問をもう一度三人に投げかけた。シルヴィスが使用している神の翻訳者(ジーンリング)では、固有名詞はそのままの音として認識するため翻訳されないのだ。

 そのための問いかけであったのだが、三人にはその意図が伝わっていないので、『なぜ自分を殺そうとしているのか?』などという問いではなく、廃棄物(アウゼル)という名称が気になっているのかが理解出来ないのだ。


「まったく……」


 シルヴィスがそう呆れたように呟くとフッと煙のように消えた。


「え?……がぁぁぁぁ!!」


 ギエルの呆けた声は、すぐに苦痛の込められたものに変わった。


 一瞬で間合いを詰めたシルヴィスがギエルの左目を二本の指で貫いて眼窩の内側に指を引っかけていたのだ。


「え? ギエル様!!」

「な……そ、そんな」


 二人の騎士の声に明らかな恐怖が含まれた。自分達よりも遙かな強者であるギエルがシルヴィスの動きに全く反応できなかったのだ。そのような相手に自分達がかなうわけがないと考えるのは自然のことだろう。


「なぁ、だからアウゼルって何の事だ?」


 シルヴィスはギエルに再び問いかける。


(一体何者なんだ? こいつは廃棄物(アウゼル)のはずだ。俺は八つ足(アラスベイム)だぞ。祝福(ギフト)だってちゃんと持っている。なのにこんな奴に)


 ギエルは苦痛に歯を食いしばりながら、シルヴィスに剣を突き立てる。ギエルの剣はシルヴィス左脇腹から右脇腹にまっすぐに貫いた。


「やった!!」


 ギエルの剣がシルヴィスを貫いた事に気づいた騎士の一人が歓喜の声をあげた。ギエルはシルヴィスの体から剣を引き抜くとシルヴィスの体が崩れ落ちた。


「くそ、廃棄物(アウゼル)の分際で」

「ギエル様、すぐに治癒術士を!!」

「しかし、この廃棄物(アウゼル)の先ほどの動きはただ者ではなかったですね」


 痛みに蹲るギエルに騎士二人が駆け寄った。


「おい。だからアウゼルって何だよ」


 そこにシルヴィスから三人に向けて声がかかると三人はビクリと肩をふるわせた。おそるおそる声のした方向を見やるとシルヴィスが立っている。


「な、な……」


 ギエルは恐怖に染まった視線で倒れ込むシルヴィスと交互に視線を向ける。


「あぁ、それ(・・)な。俺の作った人形だよ」

「人形?」

「ああ、身代わり用のやつでな。魔力で作った人形と入れ替わったんだよ。お前の剣は俺と入れ替わった人形を斬っただけだ」

「な……」

「どうした? 手品がそんなに珍しいか? お前らの文明レベルは低すぎるな」


 シルヴィスの嘲りの言葉にギエル達は言葉を発することができない。廃棄物(アウゼル)と蔑むシルヴィスに嘲笑われて反論できないのはギエル達の価値観ではあり得ない事であった。


「お前の剣は遅すぎるからな。転移と人形形成を組み合わせて入れ替わるくらい簡単だよ」

「……」

「でさ、どうして俺がこんな話をしていると思う?」

「え?」

「はぁ……お前、暗殺稼業が本当の仕事だろ。殺し合いの真っ最中になんでこんな話をする? 何かの意図があるとは思わないのか?」

「がぁ!!」

「はがぁ!!」


 シルヴィスが意味深な事を言い終えた瞬間に、二人の騎士から苦痛の声が上がった。


「なっ!!」

「こういう事だよ。その人形は俺の意思で動くわけだ」


 ギエルの目に倒れ込んでいたシルヴィスの人形が二人の騎士の胸を貫手で貫いていたのだ。

 ギエルの意識が二人の騎士に向いた瞬間にシルヴィスは動く。再びギエルの左目に指を突っ込むと眼窩に引っかけてギエルを地面に叩きつけた。


「が!!」


 地面に叩きつけられたギエルは次の瞬間にボキンという何かが砕ける音が伝わって(・・・・)きた。

 シルヴィスが間髪入れずにギエルの右肘を踏み抜き破壊したのだ。


「が、ぐがぁぁぁ!!」


 ギエルの絶叫が響く。


「ギャーギャー喚くな」


 シルヴィスは吐き捨てるようにギエルの顔面を蹴りつけた。ギエルの口から血と歯が飛び散った。

 シルヴィスとすれば十分に加減したものであったが、ギエルにしてみれば何の慰めにもならないし、むしろこれからどのような目に遭うのかを考えれば恐ろしさしかないだろう。


「さて、お前には大切な役目があるから殺さない。俺のこの言葉の意図がわかるな?」

「は、はい」

「よろしい」


 シルヴィスはニヤリと嗤うとギエルの顔面をガシッと鷲づかみにすると一瞬だけ光る。シルヴィスは手を離すとギエルはそのままへたり込んだ。


「さて、お前の役目は簡単だ。俺を殺せと命じた奴を殺せ」

「な」

「ああ、わかりやすく具体的に言わないとお前の頭では理解出来なかったな。ラフィーヌを殺せと言ったんだよ」

「あ、あ……なんで」

「その問いは、ラフィーヌを殺す理由か? なぜ自分でやらないのかという事か? なぜラフィーヌが俺を殺せと命じたことを知っているということか?」


 シルヴィスの言葉にギエルはガタガタと震え始めた。一国の皇女をあっさりと殺害することを選択したシルヴィスの異常さが理解出来ないのだ。


「一つ敵対者は潰す。一つラフィーヌの護衛にどれほどの手練れがいるかわからないからお前を使う。一つ俺を殺そうとしているお前を指名したのがラフィーヌだから。以上だ」


 シルヴィスは脳裏に浮かんだ一人の少女に対しては嫌悪感はまったく浮かんでいない事に内心首を傾げたが、頭に浮かんだ疑問は後回しにすることにした。

 矢継ぎ早に答えを浴びせられたギエルは何も返答できない。端的な言葉に込められたシルヴィスの自信を思い知らされた気持ちだ。


「さて、そのケガではラフィーヌを殺せないかも知れないが、大した問題ではないな」


 シルヴィスはそう言って嗤うとフッと煙のように消え去った。


 周囲から人がこちらに向かってくるのをギエルは失われる意識の中で聞いていた。


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