八戦神⑤
八柱が地面に降り立つとシルヴィスが不敵な表情で迎えた。まるで八戦神など格下と言わんばかりである。
勿論、シルヴィスとすれば神である八戦神を侮っているわけではない。自尊心が病的に肥大化しているアルゼス達には、見下すという行為が逆上させるためには、手っ取り早いし、失敗してもまったくシルヴィス達に悪影響はない。
「さて……八戦神のみなさん。いちいち個別の名前を覚えるのは面倒だからさっさと始めようか」
「貴様、アグナガイスを斃したくらいでいい気になるなよ」
「みなさんと言葉を交わすとこちらの品性が下がるからあまり語りたくはないんだよな」
シルヴィスの侮蔑の言葉にヴェルティア達もうんうんと頷いた。
「そうですねぇ~この方達には残念ですけど知性と品性というものが感じられませんねぇ~」
「仕方ないさ。この世界の神ごときに知性とか、品性とか求めてやるなよ。酷なことを言うなって、可哀想だろ」
「あっ……すみませんでした」
ヴェルティアはそう言ってペコリと頭を下げて謝罪した。
それを見たアルゼス達はピシリと表情を引きつらせた。ヴェルティアが頭を下げたというあからさまに見せた隙を衝こうとしたのだが、シルヴィスだけでなくディアーネ、ユリが警戒していたため踏み込めない。
「みなさんは、神という存在に生まれた事が本当に重荷なんですね。わかります。わかります。でも!! でもですね!! 知性と品性というものは本人の努力によりある程度……あ、無理ですね」
ヴェルティアはそこでハッとしたような表情を浮かべた。
「これからみなさんは……その経験を活かすことはできないんでしたね」
「なんだと?」
「だって……」
ヴェルティアは話の途中で八戦神へと襲いかかった。初動をまったく読ませず、一瞬で最高速度に到達したヴェルティアの技量は、単なる身体能力などではなく、弛まぬ修練により培ったものだ。
ただ、ヴェルティアは強くなろうとして磨いたのではなく、“こうしたら面白いのでは?"という完全に興味本位から来るものであった。
「でぇい!!」
ヴェルティアは右手に魔力を込めて一柱に叩きつけた。
ガシャァァァァァン!!
ヴェルティアの拳が防御陣を打ち砕くと神の表情が驚愕のものへと変わる。ヴェルティアの拳により自分の防御陣を打ち抜かれたことを察することが出来たのは、実力の高さ故なのは間違いない。だが、それはヴェルティアの拳を躱すことが出来ることを意味するものではなかった。
ゴゴォ!!
ヴェルティアの拳をまともに胸部に受けた神が弾かれたかのように高速で吹っ飛んでいった。
「あらら~あっさりと吹っ飛びましたねぇ~」
「貴様ぁぁぁ!!」
「あら?いいんですか?」
ヴェルティアは首を傾げながら言うと激高した神が怪訝な表情を浮かべた。
「だって」
続いてヴェルティアが口を開いたところで、言葉をかけられた神の姿がヴェルティアの視界から消えた。シルヴィスが蹴飛ばしたからだ。
「な……」
「シルヴィスがそんな隙を見逃すわけないじゃないですか。ってどこいったんでしょうね?」
シルヴィスの攻撃が入ったことに残りの神達の意識がシルヴィスに向かった。それはほんの一瞬、いや、一瞬と称するのも憚れるような時間であった。だが、ヴェルティアとシルヴィスにはその一瞬で十分すぎたのだ。シルヴィスとヴェルティアの拳が高速で放たれ神達を次々と殴り飛ばした。
八戦神は地上に降りてから三分も経たずに全員が殴り飛ばされてしまったのだ。
「う~ん、こんなに上手くいくなんて思ってもみませんでした。神様って意外と隙だらけなんですね~」
「まぁ、自分達を強いと思い込んでいる惨めな連中だからな」
「そうですねぇ~。何というか一つ一つの技術が拙いんですよね」
「おっと」
シルヴィスがヴェルティアの襟首を掴み後ろに跳びキラト達の元に戻った。その一瞬後に二人のいた空間を斬撃が通り過ぎる。
「普通、襟首じゃなく抱きしめるものだと思うんですけど」
「そうだな。次はそうすることにするよ」
ヴェルティアの抗議にシルヴィスは苦笑しながら斬撃を放った相手を見やった。そこには顔面を腫らしたフォルスがいた。ヴェルティアの拳に殴り飛ばされたフォルスであったが立ち上がることが出来たのはさすがは神というべきだろう。
「下等生物がよくも……」
フォルスが怒りに満ちた視線をシルヴィス達に突き刺してくるが、シルヴィスとヴェルティアの二人はまったく気にしていないようだ。
「何だか怒ってますね? 顔も腫れてますし、どうかしたんですかね?」
「多分だが、何もないところでこけた事が恥ずかしかったんだろうな」
「え?じゃあ八つ当たりってやつですか?」
「そういうことだろうな」
「何というか神様って器が小さいですよね」
シルヴィスとヴェルティアは過剰なほどフォルスをいや八戦神を煽っている。これは戦いを有利に進めようというのもあるのだが、フォルスの怒りをシルヴィスとヴェルティアに向けるためだ。
(シルヴィスのことだから何か考えがあるんでしょうねぇ。具体的には分かりませんが、乗っておくことにしましょう)
ヴェルティアはシルヴィスが何らかの狙いをもって八戦神を煽っているのを察しているのだ。シルヴィスは戦いにおいて無駄なことはしない事を理解している。ある意味、シルヴィスのことを最も理解しているのはヴェルティアなのかもしれない。
「殺してやる」
「下等生物が……」
他の八戦神達も立ち上がり怒りの視線をシルヴィス達に向けている。
「さて、仕込みは終わったから始末するとしよう」
シルヴィスはヴェルティアにだけ聞こえるように呟いた。
「何の事か分かりませんが有利な状況を作ったというわけですね」
「まぁな」
「さて、俺とヴェルティア、キラトであっちの四柱をやろう」
「あっちですか? まぁいいですよ」
「じゃあ、残りはディアーネ達とリネアさん達にやらせるというわけですか?」
「まぁそういうことだ。キラトそれでいいか?」
シルヴィスがキラトに声をかける。
「ああ、構わん。しかし……あいつらは流石に神だぞ。お前らの二人の攻撃で死ななかった。それなのに俺たち三人で四柱、舐めない方が良くないか?」
「大丈夫だ。俺たちは絶対に負けないからな。……で頼めるか?」
「ああ、わかった。みんな、俺たち三人であっちの四柱をやるから、みんなは残りの四柱を頼む」
「わかったわ。みんなやるわよ」
「はい!!」
リネアの檄にリューベ達は力強く答えた。
「ディアーネもユリもリネアさん達と一緒に戦ってくださいね」
「承知しました」
「お嬢、まかせてくれ!! あのクソヤロウ共をギッタンギッタンにしてやるぜ!!」
ディアーネ達も同様にやる気を見せる。やはり表面上の態度はともかく内心、この八戦神の虐殺に対して憤りを感じているのだ。
「さて、作戦は決まった。神様達、殺してやるからかかってこい」
シルヴィスの煽りに八戦神達は再び憤った。すでにシルヴィスとヴェルティアに地面を舐めさせられ、そこにこの煽りである。神のプライドから考えて到底許せるものではない。
(さて……まずはあの四柱共に消えてもらうか)
シルヴィスは自分が殴り飛ばした四柱を見て心の中で毒づいた。




