魔族との邂逅⑬
「ヴェルティア様とシルヴィス様はお下がりください」
「だな。流石に全く働かないと給金が減らされるかもしれないから、こいつは私達がやるわ」
ディアーネとユリが狒々に視線を向けて言う。その声にはまったく恐怖感は含まれておらず、二人の実力の高さを察するには十分すぎるものであった。
仲間をいきなり殺されたエリックともう一人はガタガタと震えているのとは対照的であった。むしろこちらの方が一般的な反応なのだろう。
「おい、こいつがエミュルグか?」
シルヴィスの問いかけにエリック達はコクコクと頷いた。
「ふむ……俺なら眼をつぶして動きを止めてから口内に魔槍だな。ヴェルティアならどうする?」
「え? シルヴィスはどうしてそんな面倒な事をするんです? ぶん殴った方が早いですよ」
「いや、そうなんだがな」
「まったくシルヴィスは時々非合理的なことをしますねぇ~」
「お前に非合理的とかいわれるとは……」
シルヴィスのテンションが一気に下がった。どうやらヴェルティアに非合理的と言われたのがかなりショックだったらしい。
ヴェルティアの言う通り、シルヴィスの打撃力ならば殴った方が遙かに早い。だが、それはシルヴィスが超人的な打撃力を有している事を漣に知られてしまう事になってしまい。漣の狙いが分かっていない段階でそこまで知られるというのはよろしくないと考えたからだ。
シルヴィスはチラリと漣ともう一体のエミュルグとの戦いに視線を向けると眼を細めた。
(なるほど……そういうことか)
シルヴィスの視線に気づいたヴェルティア達もチラリと視線を漣達の戦いに向けた。
「あ~そういうことですか。しかし、あっさりと答え合わせが終わっちゃいましたね」
「まぁな」
「私は超人的な打撃をシルヴィスが有している事が、漣のみなさんにバレる方が遙かに得策と思ってましたが、確信へと変わりましたよ」
「……お前、本当にヴェルティアか?」
「失礼ですよ。私はバカじゃないんですよ」
「なんだ、ヴェルティア……お前バカじゃなかったのか?」
「当然です!! この前も言いましたが私のキラリと光る知性を見て、どうしてそんな印象を持つのか本当に不思議ですね」
「お前の日頃の言動からの印象だ」
「シルヴィスは本当に不思議な事を言いますね」
「お前だよ」
シルヴィスとヴェルティアのやりとりにディアーネ達二人は満足そうに頷いた。
「あの二人、良い感じじゃないか」
「喜ばしいことです。個人的には二人の仲をさらにすすめるためには、協力しあうというシチュエーションが必要なんですけど……この魔物では無理ですね」
「ああ、お嬢ならワンパンで終わりだし、シルヴィス様も同様だよな」
「ええ、となるとさっさと片付けるとしましょう。しかし、この程度の魔物に私とユリがやるというのも何か釈然としないんですよね」
「ああ、まぁこいつは私がやるから、ディアーネはお嬢を守っておいてくれ」
「ヴェルティア様を守る……これほどやりがいのない仕事もないですけどね」
「まぁ、私も意味が無いとは思ってるさ」
ユリが空間に手を突っ込むと一振りの剣を取り出した。ユリは剣を鞘から抜き放つと片刃の剣が姿を現した。
「さて……やろうか」
ユリはまったく恐れを感じさせない歩みでエミュルグとの間合いを詰める。エミュルグは威嚇するように吼えた。
しかし、ユリはエミュルグの威嚇を意に介すること無く間合いをさらに詰める。
そして、エミュルグが動いた瞬間、ユリはエミュルグの背後にいた。
ユリは剣を一振りして血脂を落とすと、剣を鞘に収めた。その直後、エミュルグの左腕が、右足がゴトリと落ち、右腕をついた時に肘が切り離され、最後に地面に落ちた衝撃で首が落ちた。
エミュルグは自分の身に何が起こったかこの段階でも理解していないのか、落ちた首の眼を左右に動かしていたが、すぐにその動きも止まった。
「さすがユリの剣技は美しいですね~」
「ああ、無駄が一切ない。一見無駄と思われる仕草も終わってみれば意味あるものになってる。すごいな」
「ええ、魔物に先に動かせておきながら左腕、右腕、右足、回転して首を斬るという、あの一瞬で四連斬ですよ」
「圧巻だな。相手に先に動かせるためにわざと上半身に隙を作り出してた。魔物の攻撃の意識を察知していたんだろうな」
「そうですね~あれができる使い手なんて、竜皇国でも珍しいですよ」
「ああ、さすがは第一皇女の護衛に選ばれるだけのことはあるな」
「そうでしょう!! ユリはすごいんですよ!! ちなみにディアーネもユリと互角の実力者なんですよ」
「お前、自分のことのように話すな」
「えへへ、ディアーネもユリも私の大切な友人ですからね~」
ヴェルティアとシルヴィスがユリの技量に惜しみない称賛を送っていた。
(二人ともあのユリの剣技を的確に解説できるなんてどれほどの偉業かわかってないのよね。まぁ、大切な友人というのは正直……うれ……じゃない。きちんと主従の区別はつけないと)
ディアーネは口元が緩みそうになるのをキュッと引き締めた。
「しかし、キラトさんがねぇ」
「ええ、びっくりしましたよ。まさか人間じゃなかったとは思いませんでしたよ」
「これで漣が何者かはわかったけどさ、どうしたものかな」
「まぁ、とりあえずこれで事態が動くと言うことでいいじゃないですか」
「そうだな」
シルヴィスとヴェルティアが漣へ視線をチラリと向けて言葉を交わしていた。
「とりあえず、動くとするか」
シルヴィスはそう言うと漣に向かって歩き出した。ヴェルティア、ディアーネ、ユリの順番で続いていく。エリック達は呆然として座り込んでおり、シルヴィス達は慰めるでもなく放っておいた。
「お疲れ様でした」
シルヴィスがキラトへ声をかける。その足下にはもう一体のエミュルグの死体が転がっていた。
「いえ、それよりももう一体いたなんて、何も出来ずに申し訳ありません」
キラトは申し訳なさそうに頭を下げた。他のメンバーも同様に頭を下げる。
「いえいえ、ユリさんがいましたのでエミュルグでは脅威になりませんよ。ところで」
「はい」
「キラトさんの本来の実力って人間の姿では発揮できないのですか?」
シルヴィスの言葉にキラト達は表情が固まったが、キラトが頭を掻きながらバツが悪そうに口を開く。
「そうですね。大体二割ぐらいしか発揮できないんですよね」
「ちょっと!!」
「いや、もうバレてるんだからごまかしたって無駄だよ」
キラトはリネアにそういうとシルヴィスに向かってニヤリと笑った。




