魔族との邂逅⑧
「あなた方を?」
「ええ、俺たちはミスリルクラスです。大抵の依頼は成し遂げるだけの自信はあります」
「なるほど……ここに来たのは我々に売り込みに来たというわけですか」
「まぁ、そうなりますね」
キラトの返答にシルヴィスは考え込むふりをした。
「あなた方がミスリルであり、社会的地位もあるのはわかります」
シルヴィスの言葉にキラト達は少しばかり顔を綻ばせた。褒められて悪い気がする人はそうはいない。キラト達もその点において例外ではないだろう。
(まぁ、手放しで喜んでいる感じじゃないな。嘗めてかかると確実に流れを握られそうだ)
シルヴィスとすればこういう油断の出来ない人に好感を持ってしまう。それはぬるま湯のような環境になじめないシルヴィスの性というもので、良い悪いということではない。
「しかし、だからこそギルドを通して受注した方が良いのではないですか?」
「ええ、おっしゃるとおりです」
「それならどうしてです?」
「簡単に言えばあなた達に興味がわいたということです」
「興味?」
シルヴィスはついオウム返ししてしまう。キラトの言葉はそれだけ意外なものであった。
「あの白金貨の入った革袋に一体どんな術を仕込んだんですか?」
「……」
キラトの言葉に一瞬、不覚にもシルヴィスは言葉につまる。一瞬の言葉に詰まった様子を見てキラトは少し口角を上げた。
(しまった……)
シルヴィスは失敗を悟った。革袋に施していたディアーネがかけた術は一流の魔術師であっても見抜くことが出来ないレベルのものだ。それをキラト達は見抜いたというのだから、実力の高さはこの段階でわかるというものだ。
(惚けて認めないという選択もある……だが、この相手の意表を衝くには……)
シルヴィスがもう一つの選択肢をキラトに告げようとしたとき。となりの爆走娘が先に口を開いた。
「お~~~よくわかりましたねぇ!! あの術すごいでしょう!! だってディアーネが組んだ術式なんですよ!! それを見抜いたキラトさんは偉いです!! それともそちらの賢者さん風のムルバイズさんですか? さすがは賢者様です!! それともリネアさんですか? 美人なのに能力も高いなんてまさしく才女ですね!! それともリューベさん!? う~む、筋骨逞しい前線で仲間を守るために体を張る方が頭脳派も兼ねてる!! すばらしいですね!! はっ、まさかジュリナさん!! かわいらしい容姿、しかしディアーネの術式を見破ることが出来るという実力の持ち主!! 将来有望すぎますねぇ~うんうん。みなさん、すばらしいです!!」
ヴェルティアの称賛に場のピリピリとした雰囲気が一気に吹き飛んでしまった。
「あ、はい。ありがとう……ございます?」
キラトも突然のヴェルティアからの賛辞に困惑を隠せない。その様子にシルヴィスはついつい笑ってしまう。シルヴィスもヴェルティアと同じ様に術をほどこしていることをあっさりと認めることで、少しでも流れを取り戻すつもりだったのだが、ヴェルティアの言葉は盤面をひっくり返してしまったのだ。
「シルヴィス、こんなすごい人達なら信頼できますよ!! 早く雇いましょう!!」
「ちょっと待てって」
「え~だって雇ってくれと言ってきてるのですから、“はい”の一択でしょう!! こんな実力者達がここまで来てくれたんですよ。こんな幸運を逃すなんてバカのすることじゃないですか!!」
「それはそうなんだがな」
「腹の探り合いなんて、この段階でやっても意味ないですよ。それよりも能力の高さを認めた方が絶対有意義です」
ヴェルティアの言葉は単純であり、中々核心をついたものだ。
(こいつって、単純だからこそ事態を破壊できるよな……だが、ヴェルティアの言うことには一理あるな)
シルヴィスはそう考えるとキラトに視線を向けた。
「まぁ、何というか。こいつが全部バラしましたが、あの袋には魔術が施されています。一定時間いれておいた白金貨が足りなくなったら白金貨がすべて石ころと入れ替わります」
「え? あ、そうなんですか」
「当然ですが、持ち逃げされないための自衛手段です。敢えて隙をつくることで冒険者のモラルを確認しようとしてます。こちらの命を預ける相手です。当然の措置だとこちらは考えてます」
シルヴィスの声にはまったく悪びれたところはない。ヴェルティアがバラしてしまった以上、その流れを突き進むしかないのだ。
「まぁ、当然の事ですね。そこにこちらも不満はないです……はい」
「お~~やはりとても器の大きな方々ですねぇ~偉いです!!」
「お前ちょっと黙ってて」
シルヴィスがヴェルティアを窘める姿にキラト達の表情が明るいものになる。キラト達にとってもヴェルティアの反応は新鮮なのだろう。
「こちらとしても、みなさんのような出来る方々が力を貸してくれると助かります」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
「それでは契約締結ということで」
「はい!! あの……それで……」
「なんでしょう? 報酬の件ですね。白金貨五十枚は前金です。成功報酬は白金貨五十枚をさらに追加させてもらいます」
「いえ……その……」
「ん? なんですか?」
シルヴィスは首を傾げながらキラトに尋ねた。キラトはバツの悪そうな表情を浮かべながら口を開いた。
「依頼内容を……実は確認してなくて……」
「は?」
「実は依頼内容を確認してなくてですね。依頼内容を教えていただけませんか?」
「えっと……正気ですか?」
「すみません……うちの人は興味が出ると考えなしにつっこむところがあるんです」
リネアはため息混じりに言うが、そこにはキラトへの好意が含まれていることをシルヴィスは察した。
(逆に言えばそれが許されるほどの実力の持ち主ということか)
シルヴィスはキラト達を嘲るつもりは一切ない。
「みなさんの依頼内容は、私達はこれから魔族の領域へと行きますのでその護衛です」
「魔族の領域ですって!?」
シルヴィスの言葉にキラト達から警戒の雰囲気が発せられた。
「誤解しないで欲しいのですが、魔族の方々と交渉したいことがあるんです。ですから戦闘をしにいくわけではないんです。みなさんには魔族の領域に出てくる魔物達の対処をお願いしたいのです」
「魔族と交渉?」
「はい。別に私達は魔族に偏見などありませんので、交渉するのは当然です」
「でも魔族ですよ」
「魔族が魔物と同じで理性も知性も無い存在というわけではないと思ってます。そんな相手なら交渉するのは当然では?」
「……それは」
「むしろ、人間の方にも話が通じないという事が多々ありますよ。みなさんも経験はあるのでは?」
「それは否定できないですね」
「でしょう? さて、そこを踏まえてみなさんはどうされます?」
シルヴィスの言葉にキラト達は視線を交わして互いに頷いた。
「ぜひ、みなさんに協力させてください」
「はい、それではよろしくお願いします」
シルヴィスは立ち上がるとヴェルティアも慌てて立ち上がると二人で一礼した。
シルヴィス達一行とキラト達漣の契約は無事締結された。シルヴィスの考えていた流れとは大分異なったが、ヴェルティアのおかげで、非常にスムーズにまとまったと言える。
(ヴェルティアのやり方は俺の足りないところを補ってくれるのかな……)
シルヴィスはそう考えてヴェルティアを見ると、ヴェルティアはシルヴィスの心を知ってか知らずかニカッと無邪気な笑顔を浮かべた。




