八つ足戦⑥
「とぼけるな!! 貴様が魔王よりもらった力だ」
サリューズの怒りの籠もった言葉にシルヴィスは首を傾げた。その反応が気に障ったのかサリューズの怒りはさらに上がった。
「黒呪なんざ知らんぞ。俺はこの世界の魔王に会ったことすらないからな」
「ウソをつくな!!」
「そもそも黒呪を俺がどうして持ってるということになったんだ?」
シルヴィスはまったく乱れることの無い調子で、本当に不思議そうに尋ねた。実はこれは演技では無く本心であった。
「だからとぼけるなと言っている!! お前に祝福がないのは黒呪を持っているからだ!!」
「はぁ……話が通じんな」
シルヴィスはため息をつき、それが消える前に動く。まるで瞬間移動したかのような恐るべきスピードに八つ足達は動くことが出来ない。それはサリューズも例外では無かった。
シルヴィスはサリューズの顔面を鷲づかみにするとそのまま持ち上げたのだ。
あまりに現実離れした光景に八つ足達は動くことが出来なかった。もし、シルヴィスが殺すつもりであったならば多くの人生が終わっていたのは間違いない。
「さて、もう一度聞くぞ。俺の言うことを一言一句聞き漏らす事無いように」
「が、は、離せ」
「あ?」
「ぐぁぁ……」
サリューズが苦しみだしたのは、シルヴィスが手に力を込めたためだ。サリューズの発した苦痛の声に、我に返った八つ足達が救うために動こうとした瞬間にシルヴィスの冷たい声が発せられた。
「動くな。この男の顔面を握りつぶすぞ」
シルヴィスの言葉に八つ足達の動きが止まった。シルヴィスの言葉が脅しで無いことは、放たれる殺気から真実である事を理解してしまったのだ。
「さて、最後の機会をやろう。黒呪とやらを俺が持っているといったのは誰だ?」
「ディ……アンリ……ア様……だ」
「ディアンリア? 祝福とやらを押しつける神のことか。そいつが俺に黒呪があると言ったのか?」
シルヴィスはサリューズを掴んでいた手を離すとサリューズは地面に落ちる。
「ククク、ハッハッハ、ハァーハッハッハッハ! 結局は神も俺達と何も変わらんというわけだ!!」
シルヴィスの三段嗤いにサリューズ達は動くことができなかった。
「な、何が……おかしい?」
サリューズの問いかけにシルヴィスは哀れむような視線を向けた。
「いやいや、お前らが本当に哀れでな」
「何だと……?」
「お前達が信じる高潔なディアンリア様とやらも俺たち人間と全く変わらないなと思ってな。そんな奴をありがたく崇めているお前らが哀れでならないよ」
「ふ、ふざけるな!!」
「ふざけてなどないさ。ディアンリアはウソをついている」
「な、ディアンリア様がウソなどつくはずは無い!!」
「神はウソなどつけないのか? それが本当ならディアンリアは生物として明らかに欠陥品だ」
「な……」
シルヴィスの不敬きわまる言葉にサリューズはパクパクと口を動かすがそれが音声化することはなかった。それだけシルヴィスの言葉に対する怒りが大きかったのだろう。シルヴィスはそれに構わず話を続けた。
「俺はウソをつくのは人間として当たり前の事だと思っている。知能を持つものとして当然に備わっているべきものだからだ。ところがディアンリアにはそれが無いとは、ひょっとしてディアンリアは人間などより余程下等な生物なのかもな」
「き、きさ……」
「まぁ、そんなことはないがな。ディアンリアはウソをつけるから安心しろよ」
シルヴィスの嫌味たっぷりな言葉にサリューズ達は反論できない。
「まず、そもそも黒呪はディアンリアの作り話だ」
「ふざ……」
「まぁ、聞けよ。俺は召喚されてこの世界に来た。それは事実だ。ディアンリアはよほどプライドが傷ついたのだな」
「何?」
「よほど俺に祝福を拒否されたのが悔しかったのだな」
「拒否……だと?」
「ああ、祝福を拒否されてプライドを傷つけられたディアンリアは、自分の権威が傷つくことを恐れたディアンリアは無い知恵をしぼって考えたのが黒呪というわけだ」
シルヴィスの自信たっぷりな物言いにサリューズはまたも反論できない。
「さっきも言ったがウソをつくこと自体は生物として当然のことだ。問題はどのような意図でそのウソがつかれたかが問題だ。俺の推測ではディアンリアは自分のプライドを守るために黒呪などという作り話をしたのさ。そのウソを信じた間抜けがお前達というわけだ」
「だ、だまれ!! 貴様の言うことが真実である証拠がどこにある!!」
「証拠か、そんなものはない」
「なら!!」
「だが同時にディアンリアがウソを言ってないという証拠もないだろう? まさかディアンリアがウソを言ってないという根拠が神だからというものではないよな?」
「……」
「なんだ、本当に根拠が神だからというものなのか? お前らの奴隷根性は惨めすぎるだろ」
「な、ど、奴隷だと」
「ああ、何の疑問も持たず神に盲従する。これを奴隷と言わずに……いや、どんな奴隷でも隙あれば主人の寝首を掻こうと思った事は一度くらいある。それすら思わないお前らは奴隷以下だ」
「きさ」
激高したサリューズがシルヴィスに敵意を向けた瞬間にシルヴィスの高速の前蹴りがサリューズの胸に直撃する。胸骨の砕けたサリューズが血を吐くとその場に蹲った。
「エルガルド帝国の上層部にとっても黒呪などという与太話の方が遙かに都合が良かったのだな。まぁ奴隷頭としては、それにすがるしか無いからな」
「ふ、ふざけるな!! 皇帝陛下を奴隷頭だと!! 不敬にも程がある!! ぐっ……」
「おいおい、胸骨が砕けてるのにそんな大声出すなよ」
「うるさい」
「この世界では祝福を持たないのは異質なのだろうな。俺が持ってないという理由だけで始末しようとしたくらいだ。だが考えてみろ、なぜ祝福がないことがそこまで悪い事なんだ? 誰が言い始めたことだ? そしてなぜお前らはそれを頭から信じてる? 魔王が悪という根拠は? 自分達の価値観が最も正しくて、他は誤っているのという根拠は? それらを借り物の言葉では無くお前自身の言葉で答えてみてくれ」
シルヴィスの矢継ぎ早の詰問にサリューズは答えることは出来ない。もちろん一つ一つ吟味すれば返答も可能なのだが、矢継ぎ早に詰問することで、それは中々困難であった。
「どうした? さっさと答えろよ。論破してやるからな」
「……」
「まぁ認めたくないというお前の気持ちもわからんでもない。それに常識過ぎて深く考えたことなどないだろう。これを機会に少しは考えてみるんだな。さて、お前達は皆殺しにするつもりだったのだが気が変わった」
「何?」
「今からラフィーヌ達の元に送り返すことにしたというわけだ」
「な、何故……そんなことを……?」
「お前達はギエルと同じ立場になったということだ」
「どういうこと……だ?」
「俺はギエルを遠隔操作してラフィーヌを襲わせた。当然そのことは認識してるよな?」
シルヴィスの言葉の意図するところを察したサリューズは顔を青くした。サリューズの表情の変化にシルヴィスはニヤリと嗤う。その嗤いがサリューズ達に限りなく憎らしい。
「その顔は理解したようだな。実際にギエルを操った術はお前達には施さない。だがラフィーヌは信じないだろうな。お前達は一人の祝福を持たぬ異世界人に返り討ちに遭っただけでなく、ラフィーヌの暗殺要員として監視の対象になるわけだ。いや、命惜しさに俺と取引したとみられるだろうな」
「あ……あ……」
「別に何もして無くても犯罪者の仲間入りだ。頑張って無実を証明してみてくれ」
「き、きさ……」
サリューズは顔を青くしつつも怒りの籠もった視線をシルヴィスに突き刺してきた。ここでシルヴィスに殺されれば『魔王の手下に挑んだが返り討ちにあってしまった。異世界の救世主達に後を託して散った悲運の殉職者』として美談にされ、まだサリューズ達の名誉は保たれるだろう。だがこのまま送り返されればシルヴィスに命惜しさにエルガルド帝国を裏切った唾棄すべき背信者達という事になる。それはサリューズ達にとって耐えられるものではない。
「あぁ、そうそう。エルガルド帝国の皇帝に会えたら言っておけ、許して欲しければラフィーヌを処刑しろ。それでエルガルド帝国は見逃してやるとな」
「ふざける……」
「それじゃあな」
シルヴィスはサリューズの言葉を遮ると魔法陣を展開した。
「な、なんだ……これは?」
サリューズは自分の見た光景が信じられなかった。シルヴィスが展開した魔法陣は凄まじい広範囲にわたっており、サリューズ達の常識を大きく逸脱していたからだ。
サリューズ達はこの時、自分達を一蹴したシルヴィスの力など余技でしかなかった事を完全に理解した。
「周辺の八つ足はまとめて送り返してやる。これから大変だろうがまぁ頑張ってくれ。大丈夫だ。お前達なら出来る」
無駄に良い嗤顔をサリューズ達に向ける。自分達を苦境にまとめて放り込んだ者から言われる筋合いでは無いというものだ。
「ん?」
その時、頭上から数条の光が降り注いだ。
「あ……」
死を実感した諦めの言葉が誰かの口から漏れる。
ガシィィィィン!!
しかし、降り注いだ数条の光は地上から十メートルほどの高さで壁に当たった水のように飛散していく。
「新手というわけか。ディアンリアが恥を隠すために天使を送り込んできたか。この前の奴より遙かに強いな」
「へ? え?」
「ああ、新しいお客さんが来たからお前達とはこれまでだ。お前達を送り込んだのは俺の戦い方を観察するためだったのかもな」
「な……」
「どうやらお前らディアンリアにとって使い捨てのコマだったみたいだな」
「ま、待て!!」
シルヴィスはそう言うと転移陣を起動させるとサリューズ達の姿が消え始め、三秒後にはサリューズ達の姿は消えている。
シルヴィスは上空に眼を向けると、そこには十体の天使達が向かってくるのが見えた。




