竜皇女と神は出逢った③
レティシアとシュレンの間に緊張感の高まりは戦闘が不可避であることを示している。
(強いわね……私と互角? いえ向こうが少しばかり上と見るべきね)
レティシアは一瞬たりともシュレンから意識を外さない。もし一瞬でも意識を逸らしたら流れを全て持っていかれる確信があった。
(隙が全く無い……これほどの実力者がまだいたのか……レティシアか一体何者だ?)
一方でシュレンもレティシアの構えに実力の高さを感じ取り、動くことができない。
時間にしたらほんの数秒であったが、二人にとっては一時間もの間、互いに隙を窺っている状況だ。その消耗度合いは両者とも経験したことのないものである。
この膠着状態に対してヴィリス達も動くことができなかった。ヴィリス達が動くことが出来ないのはシュレンの実力が並外れて高く、動くことで即斬り捨てられる心配をしたというよりも、自分達が斬られる事により、レティシアの邪魔になることを恐れているのである。
「あなたほどの方が……」
「君は……」
そして両者はほぼ同時に言葉を発した。両者とも会話を糸口に膠着した状況を変えようとしたのだ。
互いの意図を察した両者は口元を綻ばせた。
「お先にどうぞ」
レティシアが微笑みながらシュレンへ先を促した。
(ち……先手を取られたか……どうする? 受けるか……それともレティシアへ投げ返すか?)
シュレンは心の中で早速二者択一を迫られた事に心の中で舌打ちをした。もちろん表面上に出すことはしない。
「ああ、それじゃあ……お言葉に甘えて……君はそこの四柱を不当に害したわけだけどどういうつもりなのかな?」
シュレンの問いかけはレティシアを不快にさせるために発したものだ。戦時下において敵勢力を斃すなど不当でもなんでもない。
「あら……私はあなたのためにそのクズどもを斃してあげたんですよ? お礼を言われても良いと思うのですけど?」
「俺のため?」
レティシアの返答にシュレンはつい訝しがってしまった。てっきり「戦時下である以上不当も何もない」という類の反論がくると思っていたのに、実際はシュレンのためであったという理由に戸惑わざるを得なくなった。
「ええ、こいつらは偉大なるヴォルゼイス様の……」
レティシアは言葉の途中で分銅を投擲する。先ほどの四柱を葬ったものよりも遥かに速く、読みづらいものである。
「ち……」
シュレンは放たれた分銅を舌打ちをしつつ躱した。レティシアの話術に引っかかり先手を取られてしまったことに気づいたからだ。
ガシャァァァン!!
シュレンの背後で砕ける音が響き渡る。レティシアの分銅が珠を破壊したのだ。
(よし……これで……え?)
しかし、レティシアが今度はシュレンの行動に驚かされた。レティシアが珠を破壊したのはシュレンが珠を守りきれなかったとして動揺を誘うためであったのだ。
だが、シュレンのとった行動は破壊された珠など目もくれずにレティシアの間合いに飛び込んできたのだ。
間合いに入ったシュレンは抜剣と同時にレティシアへの斬撃を繰り出した。
キィィィィン!!
凄まじい速度で放たれたシュレンの斬撃であったが、レティシアは小剣で受け止めた。
「く……」
レティシアの口からしてやられたという思いが発せられた。
「ぬん!!」
シュレンは受け止められた剣を引くのではなく逆に押し込んできた。
(剣ごと断つつもりね)
シュレンの意図を察したレティシアは力の流れに逆らう事なく後ろに跳んだ。シュレンはこの動きに追撃を行わずにレティシアが離れるのを見ていた。
その一瞬後にレティシアとシュレンの間に分銅が横切った。レティシアが鎖を操り、シュレンへの攻撃を行なっていたのだ。もし、シュレンが追撃をおこなっていれば分銅はシュレンの背中を打ち、その生じた隙をレティシアは衝くつもりであったのだ。
(今ので決めるつもりだったけど……かからなかったわね。勘かしら……それとも私のクセを見抜かれたのかしら)
レティシアはシュレンの実力に感嘆しつつ、戦いで隙を見抜かれた危険性を考えざるは得ない。
(仕方ないわね……)
レティシアは覚悟を決めて分銅を回し始めた。
(来るか……!!)
シュレンはレティシアの放つ雰囲気がより強力なものになるのを感じるとシュレンもまた剣を構え直した。
そして、二人は互いに動く。
レティシアの鎖が放たれる。シュレンは分銅の軌道を読み剣を構えた。シュレンの狙いは鎖を叩き落とし間合いに踏み込むつもりであったのだ。
しかし、レティシアは放たれた鎖を握りしめ、分銅の動きを止めた。
シュレンは剣に生じるはずの衝撃が来ないことに一瞬であるが感覚が狂う。レティシアはその感覚の狂いを衝く。
小剣を逆手に持ちシュレンへ斬撃を放つ。
キィィィン!!
シュレンはレティシアの小剣を受け止める事に成功する。しかし、次の瞬間にレティシアは小剣から手を離した。
(意識は……小剣に向かう)
レティシアは小剣を離すと同時にさらに踏み込んだ。
レティシアは拳の間合いにはり凄まじい速度で右拳を放った。
(もらった!!)
レティシアは確実にシュレンに拳が入ることを確信していた。
レティシアは斬撃によりシュレンの意識を小剣に集中させた。そこで小剣をあえて手放すことで、小剣に意識を集中させているシュレンの目線は小剣を追うと考えたのだ。
しかし、シュレンはレティシアの放った右拳を躱したのだ。しかも躱しつつレティシアの胴に斬撃を放ってきた。
「くっ!!」
レティシアは驚異的な速度で鎖を左腕に絡ませると魔力を込めて思い切り引っ張った。これによりレティシアはシュレンの斬撃を躱す事に何とか成功した。
「く……危なかったわ。しかし、よく今の一撃を躱したわね。剣に意識を集中させたと思ったのにね」
レティシアの賛辞にシュレンはニヤリと笑う。
「そっちこそ……今の斬撃で終わると思ったんだけどよく躱せたな。どうやったんだ?」
「あら、言うと思ったのかしら?」
「ああ、口を滑らせてくれるかなと思ったんだ」
「残念だったわね」
「さて……それではこの辺でお開きにしよう」
「そうね……残念だけどそうなるわよね」
シュレンの言葉にレティシアも同意する。二人が戦いを終える決断をしたのはこの場所に強力な者達が向かってきている気配を察したからだ。
「またな」
「ええ、再戦を楽しみにしているわ」
「俺もだ」
シュレンはそう答えるとフッと煙のように消えた。
「ふぅ……強かったわね」
完全にシュレンの気配が消えたところでレティシアは息を吐き出した。
「申し訳ございません……」
シーラが消え入りそうな声でレティシアへ謝罪を行う。護衛という立場であるにもかかわらず、レティシアとシュレンの戦いに対して何も出来なかった自分を恥じているのだ。
「ふふ……そうね。あなた達の今回の落ち度に対しては魔都で美味しいスイーツを出している店を探すことで許してあげるわ」
「ありがとうございます」
レティシアの言葉にシーラ達は頭を下げた。このまま不問とするのは簡単であるが、全くお咎めがないとなれば護衛達の面目は丸潰れのままだ。そこで店を探すという埋め合わせを与えることで、シーラ達は今回の不手際を決着させることができるのだ。
「レティシア!!無事ですか!!」
遠くからヴェルティアの声が聞こえてきた。それを耳にした一行は口元を綻ばせた。




