女神降臨②
「伝えたいこと? それは一体」
ディアンリアの言葉にルドルフ達の緊張が走る。
神の存在は、この世界で常識である。しかし、余程のことでない限り、人界に姿を見せると言うことはないのだ。
すなわち、ここに現れたということはそれだけ重大な事であるということを意味しているのだ。
「救世主の召喚に魔王の手の者が潜り込んだことです」
「やはり……」
ディアンリアの言葉にルドルフ達は納得の表情を浮かべた。
シルヴィスの存在は、正直な話エルガルド帝国上層部にとって頭の痛すぎる問題だった。祝福のない救世主など長い歴史の中で初めてのことだ。
シルヴィスを放置すれば、神の失態ということになり、神の権威が権力の源泉であるエルガルド帝国にとって大きな痛手になりかねない。
そのためラフィーヌは、即座に処分することを決定したのだ。
しかし、シルヴィスはその企みをあっさりと撃破すると、報復を即座に行い結果、八つ足の幹部であるノルトマイヤーを失ってしまったのだ。
レンヤ達三人にはシルヴィスは、騎士達を殺害して逃亡した。その理由は仮定の話として魔族の手の者という可能性もにおわせていたが、真偽は不明ということにしていた。
「しかし、魔王の手の者がどのようにして……召喚の儀式に送り込んだのです?」
ラフィーヌの言葉にディアンリアは顔を曇らせた。
「かつて、私が召喚した者達のうち、かつて魔王ルキナへ挑んだ者達の中に裏切り者がいたのでしょう」
「裏切り者が!?」
ディアンリアからもたらされた情報に、ラフィーヌは驚きの声を上げた。
「ええ、魔王ルキナへ情報を流し、召喚術を解析し、手の者を送り込んだのでしょう。私が今回召喚した者は三人でした」
「三人……」
「はい。しかし、祝福が無いことを隠し通せるはずはありませんので、そこで露見したというわけです」
「そうでしたか……我々が彼の者を逃したばかりに……」
ラフィーヌは唇を噛みながら答える。
「仕方ありません。ルキナの奸計が上手であったということ。私の目をもってしても、ルキナの全てを把握することは困難なのですから」
「……ディアンリア様、発言をお許しいただけますでしょうか?」
そこにルドルフ4世が恭しくディアンリアへ問いかけた。ルドルフの言葉にディアンリアは慈愛の表情を浮かべながら頷いた。
「あの男にも祝福と同じものがあるのでしょうか?」
「ルドルフの言っているのは黒呪のことですね」
「黒呪?」
「はい。黒呪は魔王が配下のものに与える刻印です。刻印の数によりその者は恐るべき力を身に宿すことができるという話です。そして、祝福と黒呪を同時に宿すことはできません」
「それは……相殺するということですか?」
「いえ、反発するのです。祝福と黒呪は光と闇……交わることはありません」
「……それでは、黒呪は魔王の祝福ということですか?」
「はい。祝福が全くないものなどこの世界に存在しません。私が例外なく与えているからです。しかし、魔族は別なのです。魔族は私の祝福を拒絶した者、その血を受け継ぎし呪われし者達……」
ルドルフ達はディアンリアの言葉に静かに聞き入っている。ディアンリアの様子は呪われた者達にすら哀れむ尊さを感じるものであった。
「あの者を放置するわけにはいきません。救世主達に仇なす者であることは間違いないからです」
ディアンリアの言葉に全員が息を呑む。
シルヴィスの特異さは、ディアンリアの言葉を真実と思わせるものだ。
祝福のない存在でありながら、祝福を持つ実力者を倒し、ギエルを使って皇女暗殺未遂を起こし、阻止しようとした伯爵を殺害するとどれ一つとして彼らの常識ではありえないことばかりだ。
エルガルド帝国にとって、シルヴィスは単に皇女暗殺未遂犯、殺人犯という位置づけではない。
この世界の理を踏みにじる世界の敵という認識なのだ。
「あの者は今、ラクシャース森林地帯に潜んでいます」
ディアンリアの言葉にルドルフ達の間に衝撃が走った。ディアンリアの告げたラクシャース森林地帯は自分達が敷いた捜査線の遙か外だ。また広大な森林地帯であり、その捜索は困難を極めることが容易に想像できるというものだ。
「あの者はそこに身を潜め救世主達を襲うつもりでしょう。広大な森林地帯ではありますが既に拠点をみつけてあります。あの者を逃がしては後の大きな禍根となるのは間違いありません。確実に鉄槌をくだしなさい」
「はっ!!」
ディアンリアは一同の返答に満足気に微笑むと姿を消した。
「ザリュース、聞いた通りです。直ちに八つ足の総力を挙げてあの廃棄物を……いえ、魔の者を討ち果たしなさい」
「はっ!!」
ラフィーヌの命令にザリュースは簡潔に答えると部下達を引き連れて退出していく。
「ラフィーヌ」
そこにルドルフ4世から声がかかる。
「はい」
「八つ足にあの者が討てると思うか?」
「え?」
ルドルフ4世の言葉にラフィーヌは怪訝な表情を浮かべた。皇帝である父が八つ足の実力を知らないわけではない。
八つ足は任務を遂行するための手段など選ぶことはない。実際に村一つ焼き払い命令を遂行したこともあるほどで任務達成率は完璧と言っても過言ではない。
「どういうことです? お父様も八つ足の実力はご理解なさっておられるはず」
「もちろんだ。八つ足の抹殺対象となり生き残れる者など存在はせぬ」
「でしたら」
「だが、あの者は特異すぎる。何故ディアンリア様がわざわざあの者を討ち果たすことを命ずるのだ?」
「……」
「何かが始まろうとしてるのではないかと考えてしまうのだ」
ルドルフ4世の言葉にラフィーヌも心にある違和感を意識せざるを得ない。それが何なのかラフィーヌは答えることができなかった。




