宣戦布告②
「おい、ヴェルティア。お前また弱いものいじめをしたのか? あんまりイジメるなよ。可哀想だろ」
シルヴィスのため息まじりの言葉にヴェルティアが口を尖らせて反論する。人によってはこういう表情はあざといと思われる場合があるのだが、ヴェルティアのような美少女が様になってしまうのは、容姿というスペックを軽視すべきではない事の証明であるように思える。
「な、なんということを言うんですか!! 私はこの特使の方々が神族であることだけで他種族を見下すような恥ずかしいことを言っているのが気に食わなかっただけですよ!!」
「あのな……神がそういう恥ずかしい主張するのは当たり前じゃないか。神の器が小さいのはもはや世界常識だ。今更驚くようなことじゃないだろ」
「そ、それはそうですけど……」
シルヴィスとヴェルティアの会話は神のプライドを限りなく傷付けるものだがシルヴィスは完全に意図的であり、ヴェルティアは意図したものではない。
「貴様らぁ!」
特使の神がついに激昂したがそこにキラトがズイとシルヴィス達の前に入った。
「特使……君達はこの私の前でまさかこの私の客人を害しようと言うのかな?」
キラトの言葉に特使はゴクリと喉を鳴らした。それを見たキラトはさらに続ける。
「もし、彼らを害すると言うのならば特使という身分は君達を守る鎧というには脆すぎることを知ることになるぞ?」
キラトの言葉は凄まじいばかりの威圧感に特使たちは押しつぶされそうになる。キラトの言葉が脅しでないのを特使達は理屈抜きに察してしまう。特使達の体が本人達の意思とは無関係に震え出したからだ。
「さて、もはや魔族を蔑み、私の客人に害を及ぼそうとしている特使殿達を歓待する気はない。国書を見せよ」
「う……」
「早くしろ。お前達の首を晒して宣戦布告を宣言しても良いのだぞ?」
「く……」
特使は震える手でキラトに国書を差し出した。それをキラトはふんだくるように受け取るとその場で開いた。
国書を読み進めるキラトの表情がだんだんと険しいものへとなっていく。
それに伴い特使達の顔も緊張の度合いを高めていく。
「宣戦布告はよい……だがもう少しお前達は品性と言うものを真剣に考えるべきだぞ」
キラトの言葉に特使達はゴクリと喉を鳴らした。
「私だけでなく……王妃、そして死者である先王陛下への侮辱……か」
キラトの言葉に特使達に怪訝な表情が浮かんだ。
「これほどの侮辱のこもった文面を見たのは初めてだ。いいだろう。ヴォルゼイスへ伝えろ。我らは逃げも隠れもせぬとな……いけ!!」
「ヒィ!!」
キラトの剣幕に特使達は悲鳴をあげた。
特使達はすぐさま転移魔術を起動すると転移していく。それは逃走と呼ぶに相応しいほどのものである。
「国書には何が書いてあるんだ?」
「さっきも言ったろ。宣戦布告だ。そこにリネア、親父殿を口汚く罵ってあった。そして魔族という種族を殲滅すると命乞いもなくとな」
「安い挑発だな。だがそれゆえに効果は高いな」
シルヴィスの言葉にキラトは頷く。
「しかし、何を目的としての侮辱かな?」
「そこが問題だ」
「お前がどんな思考か探ってるのかもな」
「ありえるな。親父殿とヴォルゼイスは長く戦ってきたからある程度の思考を読めるだろうが、俺のことはほとんど知らないだろうからな」
「ここにきて、お前が冒険者としてラディンガルドで活動していたのが活きたというわけか」
「ああ、侮辱の意味が俺を激昂させるというのなら確かに成功だ。だが、それで俺が無茶な行動に出るかどうかは別問題だ」
「俺もそう思う。お前が激怒しているのは確かだが、冷静さを失ってはいない。そうなると国書による侮辱は明らかに悪手だな」
シルヴィスの言葉にキラトだけでなく全員が神妙な顔をした。ここにきてヴォルゼイス、いや天界の意図が中々読めないのだ。今回の国書の件はどうとでも取れるからだ。
「二人とも気にする必要はありません!!」
そこにヴェルティアの能天気な声が響き渡った。
「いや、結構大事なポイントだと思うぞ」
「ふふっ、シルヴィスは本当におバカさんですねぇ〜。良いでしょう!! このアインゼス竜皇国の至宝であり、皆の憧れである私が説明してあげましょう!!」
ヴェルティアは腰に手を当てて得意満面の笑みで高らかに言う。魔族達の中でヴェルティアのことをよく知らない者達も知っている者達も興味津々という感じである。
ただ、興味の方向がかなり違ってはいる。知らない者達はどれほどの深い考察が行われたかを知っている者達はどれほど脳筋的な結論に至ったかである。
「お前、ちょっと黙ろうな」
「それはですね!! そもそもヴォルゼイスさん達がどのような意図でキラトさんを煽ったかなど考えるだけ無駄なのです!!」
「うん、話を聞こうな」
「いいですか!! そもそも宣戦布告をしてきた。それだけで十分です。ヴォルゼイスさんの意図が怒らせよう、惑わせようとしててもこちらがやることは軍備を整え、どこが戦場となるか、どのように補給を整えるか、 先手を打つのか? 迎え撃つのか? 勝利条件は何か? どうなったら降伏すべきか?考えることは山ほどあります!!」
「お前、時々すごいな……」
「当然です!! アインゼス竜皇国の皇女ですから!! はっはっはっ!!」
シルヴィスの言葉にヴェルティアは得意気に高笑いを始めた。
「そうだな。ヴェルティアさんが正しい」
「そうでしょう!!そうでしょう!! もっと褒めてくれて良いのですよ!!」
ヴェルティアの得意満面の笑顔は曇ることはない。
「だから、お前ちょっと黙れって」
「ふふふ……シルヴィスは私が褒められることに不安を覚えているようですね。大丈夫ですよ。シルヴィスならすぐに追いつくことも可能でしょう!!」
「誰がそんな心配しとるか。キラトの言葉を聞こうって言ってるんだ」
「おおっ!! それは失礼しました!! さぁキラトさん!!」
ヴェルティアはキラトに話を振るとキラトは苦笑を浮かべながら重鎮達に視線を向けた。
「ふ……天界との戦い。気負うことなくこの余裕だ。我らも負けてはおられぬな」
キラトの言葉に重鎮達はニヤリと笑いつつ頷いた。
「天界との大戦の前に少々私も気負っていたようだ。天界の思惑がどうあれ、我らのやることは単純なものであった」
ここでキラトは一度言葉を切った。
「我らがやるべきは勝つこと……それ以外にない」
キラトの言葉に重鎮達の心が湧き立つのをシルヴィス達は察した。
「さて……者共、戦だ。備えよ!!」
『はっ!!』
キラトの言葉に重鎮達は一斉に答えた。キラトはそれを見てニヤリと笑った。
「シルヴィス……お前達の力も当てにさせてもらうぞ」
「任せておけ」
シルヴィスの返答にキラトは凄みのある笑いを浮かべた。
二人の様子を見てヴェルティア達も力強く頷いた。




