閑話 ~師弟の思い~
「お師匠様、お聞きになられましたか?」
シオルを訪ねたシュレンが早速切り出した。
「何をだね?」
シオルは剣を振りながらシュレンへと問い返した。シオルはこの二ヶ月片腕で戦うための修練を積んでいる。現在も確認するように剣を振っているのだ。
「魔族との決戦が行われると、私が総大将、お師匠様が副将とのことです」
シュレンの言葉にシオルは修練を中断した。
「そうか、総大将がシュレン様、私が副将か」
「あの……やはりご不満なのでしょうか?」
シュレンの声にやや不安が含まれたものになった。自分ごとき若輩者の風下に立たねばならぬことが面白くないとシオルが思ったのではと不安になったのだ。
もちろん、シュレンはシオルがそんな狭量でないとは思っているが、片腕となったことで侮られていると感じるかもしれないと言う不安であった。
「あの幼児であったシュレン様が天界の軍を率いての魔族との決戦をするようになったのだと思うと感慨深くてな」
シオルは優しく微笑みながらシュレンへと語る。その微笑みも声もシオルの本心であることを察したシュレンはホッとすると同時に嬉しくなる。
「お師匠様、確かに私は若輩者です。でも幼児はひどいですよ」
「すまんすまん」
シュレンが口を尖らせるとシオルは優しい微笑みを崩すことなく謝った。
(何だろう?……お師匠様の雰囲気が違うな。何というか張り詰めたものがなくなった)
シュレンがそう思ったのは、シオルには何かを探し続けているような雰囲気をいつも持っていた。その探しているものが自分の子であることを知ってから、シュレンも自分で探していたのだがこの日まで見つけることはできていない。
(まさか……見つかったのか? それとも手がかりが?)
シュレンはシオルの張り詰めた雰囲気がなくなった理由をそう推測した。だが、それならばシュレンに伝えてくれるはずだ。シュレンもシオルの子を探していることを知っているからだ。
「お師匠様、何やら雰囲気が違いますね? 何と言うか柔らかくなったような……でも緩んでいるのとは違います」
「そうか……シュレン様ならば気づくのも当然だな」
シオルは微笑みを絶やすことなく答える。そして、そのままの落ち着いた声で続けた。
「シュレン様、もう我が子の捜索はしなくても大丈夫です」
「……それは御子息が見つかったと言うことですか?」
「いえ、子孫が見つかったと言うことです。我が子は私と違って限りある寿命だったのでしょう」
「お師匠様……何と言えば良いのか」
シュレンの言葉に苦いものが混じる。シオルがどれだけ我が子を探していたかを知っているシュレンとすれば無念でしかない結果である。
「心配には及びません。どのような生き方をしたかはわかりませんが……子孫を残せたと言うのは愛する者と一緒になれたということ。それが例え一時のものであろうとも……幸福であった事実は消えない」
「お師匠様……」
「ひょっとしたら、私よりもはるかに満ち足りた命の使い方をできたのかもしれません」
シオルの言葉にシュレンは何も言えなかった。千年もの間我が子を探し続けてきたシオルにとってもはや我が子がいないと言うことは身を引き裂かれるような心情であろう。だが、それでも子孫がいたことに大いに慰められている。
(お師匠様は……自分のやるべきことが終わったと思っているのではないか……)
シュレンは突然シオルを見てそのような想いが脳裏に浮かんだ。
「……それは何よりです」
「ふふ、シュレン様も愛する者と結ばれればこの気持ちも理解してもらえると思います」
「そこでそうきますか……私が色恋に無縁なのはご存知でしょう?」
「ふ、そういうところは変わりませんな。口を尖らせるところなどは昔のままだ」
シオルはそう言ってまた柔らかく微笑んだ。
「はは、お師匠様、何だか爺様っぽいですよ」
「これは失礼」
「今度の戦いは厳しいものになるでしょうがお師匠様と共に戦えることを嬉しく思います」
「ああ、シュレン様がどれほど成長したかを確認させていただきます」
「ご期待は裏切りませんよ」
「それは楽しみです」
「それではこれ以上はお師匠様の修練の邪魔になりますので、これで失礼いたします。今度は私の剣のご指導をよろしくお願いいたします」
「ええ、ほぼ復調いたしましたのでいつでもお相手させていただきます」
「ありがとうございます。それでは今日はこれで失礼いたします」
シュレンは一礼するとクルリと身を翻してシオルの前から歩き去った。その姿をシオルは静かに見送った。
(シュレン様、魔族との戦いが終わったとき、天界を統べるのは間違いなくあなただ……あなたならばヴォルゼイスや私などでは成し遂げられなかったことをきっと成し遂げることができるでしょう)
シオルはシュレンの後ろ姿に心の中で語りかけた。




