閑話 ~異世界人達は強くなった~
レンヤ達が魔族の領域へと連れてこられて約一ヶ月が経過した。
その間にディアーネ、ユリにしごかれ、途中からヴィリス、ラルスン一家という教師陣が加わり、レンヤ達の訓練は苛烈を極めるものとなっていた。
祝福の影響であろうか、教官達の指導が良いのかあるいは相乗効果を生み出したからなのか三人はメキメキと実力を上げていき一月前とは比べ物にならないくらいの実力を有するに至ったのである。
シルヴィスの見たところ、既にミラスゼントと三人で戦えば勝利することも可能なレベルに達したと思えた。一月前はミラスゼントに三人で挑んで一蹴されたことを考えればその成長速度は特筆するべきものであろう。
三人は自分達よりもはるかに強い相手がいることを受け入れ、連携して戦うことを選択したことで、チームとしての実力を一気に増したのだ。
同時に斬魔の指揮についても取り掛かった。
訓練を受け始めた時の斬魔の人数は総勢百十一人であったのだが、その数は九十七名となっていた。人数が減ったのは別に虐待でも何でもなく、野外訓練で魔獣の群れと遭遇したためである。
人数は減ったのだが命の危機を乗り越えた斬魔の面々は第四軍団の訓練を無事終え、レンヤ達の元に引き渡された。
「九十七人か……」
「とりあえず元オリハルコンの五人の実力を見てみよう」
「そうだな」
「あ、模擬戦やるのはいいとして、ヴィリス師匠にもいてもらわないといけないわね」
エルナの意見にレンヤとヴィルガルドは即座に頷いた。エルナはヴィリスに弟子入りしたことで魔術師としての実力をはるかに向上させたのである。ちなみにヴィリスはジュリナとも友情を育み今では親友と呼んでも良い状況なのだ。
「ヴィリスさんがいてくれれば多少やり過ぎたところで命を失うようなことはないよな」
「そうね。呼んでみるわ」
エルナは転移魔術で姿を消した。転移魔術を起動する時間が明らかに早くなっているのは実力の高さを示している。
元オリハルコンの斬魔はゴクリと喉を鳴らした。エルナが転移魔術を起動するまでの時間があまりにも規格外であったためだ。それに対してレンヤとヴィルガルドも驚いた様子を見せていないのは、実力の高さを物語っているように思われたのだ。
程なくしてエルナが戻ってくるとエルナの横にはヴィリスがいた。
「エルナ、まさかこの五人と三人で戦うつもり?」
ヴィリスの声にはやや呆れたかのような響きがあった。
「はい。そのつもりですが……」
エルナは首を傾げながら師匠に返答する。
「それはダメよ。この五人の実力を測るのが目的なんでしょう? それならあなた達のうち一人がやらないと」
「え?一人ですか?」
「当然じゃない。レンヤさんかヴィルガルドさんがやる場合は素手でやってね。エルナがやるときは魔術による攻撃は禁止よ」
ヴィリスの指示にレンヤ達は流石に面食らう。元とはいえオリハルコンにまで登った実力者を相手に素手、もしくは魔術による攻撃は禁止というのは両手を拘束された状態で泳げと言われているようなものだ。
「いい、それぐらいじゃないと私は認めないわよ。もし三人でやりたいというのなら全員相手にしたほうがいいと思うわよ。どうする?」
ヴィリスの続けての指示に三人は頷いた。
「それじゃあ決まりね。それじゃあ、あなた達は全員でこの三人と戦いなさい。もし、三人に勝つことができたら解放してあげる」
「え?」
「それぐらいのご褒美がないとあなた達も本気になれないでしょう?」
「わ、わかりました」
ヴィリスの提案に斬魔達の目が変わる。斬魔達にしてみれば神達と戦うなどごめん被りたいという意思の表れであった。
「さて、レンヤさんとヴィルガルドさんは素手ね。剣を抜いた段階で負けよ」
「え?」
「逆に言えばあなた達はこの二人を倒す必要はないわ。剣を抜かせても勝ちというわけよ。それからエルナは使う魔術は魔矢だけよ」
「え? 魔矢だけですか?」
「ええ、そうよ。あなたは触れられたら負けね」
「それは厳しくないですか?」
「そうかしら? 私としては随分と優しい条件と思うんだけどね」
ヴィリスの言葉にレンヤ達は顔を見合わせ、ほぼ同時に頷いた。
「わかりました。やります。それでは合図をお願いします」
「そうこなくちゃ。さぁあなた達も準備しなさい。この二人に抜剣させるかエルナに触れることができればあなた達の勝ちよ。ダメだった時は大人しくこの三人の命令に従うこと。もし、負けてグダグダというようならそんな卑怯者に用はないわ。この言葉の意味はわかってくれるくらいの知性はあると期待させてもらうわよ」
ヴィリスの言葉に斬魔達は頷いた。レティシア達一行に蹴散らされた経験からヴィリスが決して脅しで言っているわけでないことを理解していたのだ。
「それじゃあ。模擬戦開始!!」
ヴィリスは何のタメもなく。模擬戦の開始を告げた。斬魔達はこれに虚を突かれた形となる。
しかし、レンヤ達三人は違った。
レンヤとヴィルガルドは開始と同時に斬魔達の間合いに踏み込むとたちまち数人の男達を殴り飛ばした。
そしてエルナも魔矢を立て続けに放った。高速で放たれた魔矢が直撃した斬魔は吹き飛び地面に転がった。
「な、なんだこいつら!!」
「がはっ!!」
斬魔達の口から戸惑いの声が上がる。レンヤとヴィルガルドの強さはとても対抗できるようなものではないし、エルナが立て続けに放つ魔矢は途切れることなく放たれ続けとても近づけるものではない。
元オリハルコンの五人も何ら抵抗をすることもできずに地面に転がされた。
わずか五分ほどで斬魔のメンバー達は敗北したのである。
この結果に驚いたのはレンヤ達三人であった。ここまで一方的に百人を蹴散らすことができるとは思っていなかったのだ。
「そこまで!! 三人とも十分よ」
「は、はい。俺達いつの間にこんなに強くなっていたんだ?」
「まぁこれくらいはやってもらわないとね。明日からいつもの訓練が終わったら、この連中を指揮する練習も始めるわよ」
「はい!!」
ヴィリスの言葉に三人は力強く返事をする。自分の成長を自覚できた時、人はさらに成長したくなるものなのだ。
レンヤ達はこれからの一ヶ月の訓練でさらに実力をつけることになるのである。そして、レンヤ達に率いられることになった斬魔も部隊としての実力を着実に上げることになったのである。




