女神降臨①
「まだ見つからないの?」
ラフィーヌのいらだつ声に部下達は恐縮した様子を見せる。
ラフィーヌが命令を飛ばしているのは八つ足の構成員である。
エルガルド帝国を陰から支える諜報機関である八つ足には、八人の幹部がいる。
その幹部の一人であるノルトマイヤー伯爵がシルヴィスに操られたギエルにより殺害され、すぐに捜査線をはったのだが、シルヴィスの行方を掴むことは出来ないでいた。
それもそのはずで、既にシルヴィスはその捜査線の外に出ていたので見つけることは出来ないのは当然だった。
「ラフィーヌ、落ち着け」
「お父、いえ陛下!! ことは急ぐ事は」
「それでも落ち着けと言っているのだ」
「は、はい……申し訳ございません」
エルガルド帝国皇帝であるルドルフ4世の言葉にラフィーヌは小さくなる。
エルガルド帝国皇帝ルドルフ4世は44歳、獅子のたてがみのような波打つ髪と豊かな髭を持つ偉丈夫で鍛え抜かれた肉体は44歳という年齢において些かの衰えも見られない。
その威厳は才気あふれるラフィーヌであっても抗する事は容易ではない。
「すでに対外的な発表は済ませておる。八つ足ならば遠からず行方を掴むことであろう……のう?」
ルドルフ4世の視線を受けた壮年の男が恭しく一礼する。
男の名はサリューズ。ノイル侯爵であり、八つ足の頭領である。
「はっ、遠からず、彼の者の死をご報告にあげさせていただきます」
「頼もしいことだ」
「しかしノイル侯、あの者は祝福もないのにギエルを一蹴したのよ。油断できる相手ではないと思うわ」
「確かに皇女殿下のおっしゃるとおりではございます。ギエルが祝福を持たない者に敗れたのはひとえに油断があったため」
サリューズの言葉には妙な力があった。八つ足の頭領としての絶対的な自信の表れ故であろう。
ラフィーヌもサリューズの実力を知っている。それ故にそれがハッタリでないことは十分に理解している。だが、ラフィーヌはシルヴィスの実力を過小評価すべきではないという思いがあるのも事実である。
ノルトマイヤーが殺されたことは不意を衝かれたというのは間違いない。だが、その不意をシルヴィスは衝くことが出来たのだ。
もし、シルヴィスがギエルを操った術を使って、皇城の中に暗殺者とした者を潜り込ませればと思うと恐怖を感じずにはいられない。
「ノイル侯、あの者を確実に仕留めるには必ず全身全霊で臨んでください」
「もちろん、そのつもりでございます」
ラフィーヌの言葉にサリューズは恭しく答える。
(大丈夫かしら……サリューズの腕は確かだけど、あの男は底が知れない)
ラフィーヌはシルヴィスの異常さを感じていた。敵対者へ容赦なく報復を行う姿勢。それは対象が何者でも関係ないとラフィーヌはとらえていた。
そして、手段を選ばないという姿勢も不気味だった。ギエルを操り、ラフィーヌを襲わせる、それに失敗すれば即座にターゲットを変え、ノルトマイヤーの殺害に切り替えたのは恐るべき手腕だ。
「ん?」
ザリュースが警戒の声を発すると同時にルドルフ4世とラフィーヌを庇う。一拍遅れて周囲の八つ足達もそれに倣う。
ザリュース達の視線の先に光りが集まるとそれは徐々に人型へと形成されていく。
「ディ、ディアンリア様!!」
ラフィーヌの言葉に全員が顔を見合わせた。エルガルド帝国においてディアンリアは祝福を与える女神として信仰を集めている特別な女神だ。
その女神が姿を現した事で跪かない者などエルガルド帝国には存在しない。
「みな、面を上げなさい」
慈愛に満ちた声に従ってルドルフ4世以下全員が顔を上げた。
「ディアンリア様、ご尊顔を拝することが叶いまして光栄の至りでございます」
「ルドルフ、そしてエルガルド帝国の皆に伝えることがあります」




