来訪者②
男達は駆け出していき十分ほどで息を切らせて戻ってきた。
「お、お待たせいたしました!! 投降の準備が済みましたのでご足労いただけますでしょうか?」
「わかった。その前に……」
「は?」
「念の為だ」
シルヴィスの指先に魔法陣を描き出すとそのまま男の額に触れた。男の額に見慣れない青い紋様が浮かんだ。
「こ、これは? 我々は貴方様に」
「ヒィ!! お、お許しください!! ほ、本当に我々はただ投降するつもりです!! 逃げ出した者たちもおりません!!」
「な、なのとぞお慈悲を!!
男達は一斉に命乞いを始めた。恐怖の権化であるシルヴィスが自分に何かをしようとしているということだけで恐怖が臨界点を超えてしまったのだ。
「安心しろ。質問するだけだ」
「し、質問?」
「ああ、お前の額に浮かんでいる紋様はお前が嘘をついたら赤くなる」
「え?」
「恐れる必要はないだろう? お前が嘘をつかなければ良いだけだ。もし、赤くなればお前達三人は殺す」
「ひ……」
「お前は俺達を騙してるか?」
「いいえ!!」
男はシルヴィスの問いに即答する。他の二人の男達は祈るように目を閉じた。赤くならないことを咄嗟に祈ったのだ。
男の額の紋様は青いままであった。
「いいだろう。案内しろ」
シルヴィスは紋様が青いのを確認すると鋭く言い放った。シルヴィスの言葉に自分達が助かったということを察した男達はあからさまにホッとした表情を浮かべた。
「は、はい!!」
三人の男は小走りで案内を始めるとシルヴィス達はそれについていく。
五分ほど進んだところで小さな集落があった。
集落の前に武器が堆く積まれており、その後ろに四十人ほどの男が両手をあげて座っている。
「あらら、本当に投降してますね。手間が省けてよかったと考えるべきか、私の活躍の場がなくなったことを嘆くべきか悩みますね」
「手間が省けたと考えよう」
シルヴィスの言葉にヴェルティアは静かに頷いた。既に投降したものを痛めつけようという考えはヴェルティアにはないのである。
「あ、あの我々は敵意はございません!! ど、どうか寛大な処置をお願いいたします!!」
八つ足の首領であるサリューズがシルヴィスの姿を見ると同時に深く頭を下げていう。
「ああ、お前達は今後魔族のために活動してもらう」
「承知いたしました」
シルヴィスの言葉にサリューズは即答した。サリューズの態度はもはやシルヴィスの従順な部下のものである。
「そうか。モノの道理がわかっていると話が早い」
「恐れ入ります」
「現時点でエルガルド帝国へ危害を加えることはないので安心しろ」
シルヴィスの言葉にサリューズ達はホッとした表情を浮かべた。追放されたからといってエルガルド帝国に弓引く行為は抵抗があるのだ。
「お前達はエルガルド帝国の現状をどれほど理解している?」
「は……新魔王の庇護下に入ったということくらいです」
「ルドルフ4世がディアンリアの手のものに暗殺されたということは?」
「え!?」
シルヴィスからもたらされた情報にサリューズ達は明らかに狼狽した。
「現在の皇帝はエルドルフ4世の孫であり、摂政としてラフィーヌが補佐している」
「セ、セラム様が?皇太子殿下が即位されたわけではないのですか?」
「ああ、ラフィーヌは家族が殺されたと言っていたから、ルドルフ4世と一緒に殺されたんだろうな」
「そ、そんな……」
「それだけでなく、帝都が神と天使に襲撃された」
「な、何ということだ……」
「神に見捨てられたエルガルド帝国は間違いなく人族の敵となったわけだ。ラフィーヌはエルガルド帝国を守るために魔王キラトの傘下に入ったというわけだ」
シルヴィスからもたらされた情報にサリューズ達は厳しい表情を浮かべた。
「……神はエルガルド帝国を滅ぼそうとしたわけですね」
「そういうことになるな……」
「魔族のために働くことは戸惑いがないと言えば嘘になりますが……我々ごときが何の役に立つのでしょうか?」
「お前達の実力では戦場では役に立てない。魔族の敵はもはや人ではなく神族だからな。魔族と神族の戦いで活躍できる人間などほとんどいないからな」
「はい」
「だが、情報操作はお手のものだろう?」
シルヴィスの言葉にサリューズは静かに頷いた。
「そういうことだ。エルガルド帝国を離反しようとする貴族達の領地で神の悪名を流布する。そういう面でなら役に立てる」
「あ、あの……お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「情報操作をやれというのならばやりますが、エルガルド帝国の弱体化を防いだところで魔族に利益があるとは思えませんが……?」
「そうでもない。人間というのは個の力では魔族、神には遠く及ばない。だが、人間には数の力がある」
「数の力ですか?」
「そうだ。人間の数の力は力になる。直接の戦闘では役に立てないが、エルガルドで軍隊が出撃準備をするだけで神族達にとって煩わしい。それが魔族の利することになるさ」
「承りました。我々は神の悪評を広めることにします」
サリューズは恭しくシルヴィスに一礼する。
「わかればいい。さて、お前達はまず魔都で枢密使のノイルカース師を訪ねて直接的な指示を仰げ。お前達八つ足は枢密使の配下ということになる」
「承知しました」
「これを魔族の方々に見せろ。ノイルカース師への依頼文書だ」
シルヴィスが空間に手を突っ込み一枚の紙を取り出しサリューズに手渡した。紙は白紙であったことで不安そうにシルヴィスへ視線を移そうとした時、白紙に文字が浮かび上がった。
「承りました。それでは魔都へと向かいます」
「いや、俺が転移で送り込む。そして、もう一つある」
「何でしょうか?」
「エルガルド帝国内で高クラスの冒険者で凶悪犯罪に関わっているものはいないか? もしくは凶悪犯罪をおこなっているような野盗集団だ」
シルヴィスの問いかけにサリューズは少し考え込む。思い至ったようでサリューズはシルヴィスを見て口を開く。
「元オリハルコンクラスの冒険者チームで斬魔というのがいます。斬魔は人身売買、殺人に関わったということでギルドを追放になりました。現在はノスバーン地方で暴虐の限りを尽くしています。斬魔の実力の高さに惹かれて周辺の野盗共を配下に加えることで勢力を拡大しています」
サリューズの言葉にシルヴィスは思案顔を浮かべた。暴虐の限りを尽くしているというのならばどうして討伐されないのか。
「そんな連中がどうして野放しになっているんだ?」
「理由は二つあります。一つは単純に斬魔が強いというため、軍も慎重になっているということ。もう一つは異世界の救世主の方々にもう少ししたところで討伐依頼が出るはずでした」
「なるほどな……レンヤ達の訓練に利用しようとしていたというわけか」
シルヴィスはサリューズの言葉に納得の態度を示す。話の筋とすれば十分に通っているというところだ。
「ノスバーン地方は帝都からどれくらいだ?」
「帝都からだと……徒歩なら十日はかかります」
「そうか。よくわかった。それではお前達は魔都へ送る」
「少々お待ちください。せめてこれを保つ時間をいただけないでしょうか?」
「わかった。急げ」
「あ、ありがとうございます!! おい」
サリューズの言葉に八つ足達は急いで武器を拾い始めた。わずか三分ほどで武器を手にするとシルヴィスは転移陣を起動させると八つ足達は姿を消した。
「意外ですね。シルヴィスのことですから容赦なく潰すと思っていたんですけどね」
「投降した連中を殺すのは少しな……それにあいつらはエルガルド帝国同様に魔族に敵対行為は取らないと判断したんだよ」
「まぁ、この状況で魔族に喧嘩を売る理由はないですものねぇ〜」
「そういうこと……さて、それじゃあ俺たちは斬魔とやらをとらえに行こうじゃないか」
「そこなんですけど……どうして普通に冒険者を雇わないんです?」
「あぁ、高ランクの冒険者と言っても魔族と神との戦いに巻き込まれれば普通に死ぬだろ」
「あ〜それはそうでしょうね」
「真っ当な方々を死地に送り込むのはやはり心苦しい。ところが凶悪犯罪に手を染めたという連中なら死地に送り込んでも心が痛まない」
シルヴィスの理由は人でなしというにふさわしい論法であるのだが、その辺のこだわりはシルヴィスのこだわりと言えるため、仕方がないのだ。シルヴィスは敵対者以外には結構配慮するのだ。
「まぁ、いいでしょう!! さぁ、行きましょう!!」
ヴェルティアはテンションを上げてやる気になっている。
(すまんな……斬魔の諸君……今から諸君達に人生最大の災害が襲いかかるが、適度に暴れさせないとヴェルティアが何をしでかすかわからん。俺たちの安寧のために犠牲になってくれ。まぁ今までの自分達の行動の結果なんで……その辺りは受け入れろよ)
シルヴィスは心の中で斬魔へ謝罪を行った。




