社会見学④
「そ、それは……」
キラトの問いかけにレンヤは即答することができない。ヴィルガルドとエルナも同様で沈黙している。
キラトの問いかけは単純でなく色々と複雑なものである。
魔族の側に立つと発言すればエルガルド帝国と戦うことになるし、エルガルド帝国側に立つと発言すれば魔族と戦うことになる。それは魔族が人間と全く一緒であることを考えれば躊躇せざるを得ない。かといって、両方とは戦わないと判断すれば両陣営が殺し合うことを見ることになる。
「わかりません……判断がつきません」
レンヤの声は苦渋に満ちている。
「ふむ……少しは自分の意思を持ったようだな」
キラトの言葉はレンヤの言葉を肯定するものであった。それが意外であったのだろうレンヤ達三人は困惑の表情を浮かべた。
「どういうことですか?」
レンヤの声に困惑の感情が含められた。てっきり判断が遅いと詰られると思っていたからだ。
「さっきの問いかけは簡単に結論を出せるようなことじゃない。魔族も人間達と同じように泣き、笑うという知性があることを知った以上今まで通りというわけにはいかない。悩むのは当然だ。むしろ、ここで悩まないような奴は一種の狂人だよ」
キラトの言葉にレンヤはシルヴィスの方を見ると口を開いた
「なぁ……あんたはどうして魔族側についたんだ?」
レンヤのシルヴィスへの問いかけをシルヴィスは笑うようなことはしない。
「神が気に入らないからだ」
「は?」
「神が気に入らないからと言ったんだよ」
シルヴィスの返答にレンヤ達は呆気に取られた。対してキラト達は面白そうに見ている。
「俺はディアンリアに勝負の邪魔をされたんだよ」
「ど、どういうことだよ?」
「ヴェルティアとの勝負の途中に召喚されたんだよ」
「あ、そういえば……ケガしてた」
「ああ、勝負の途中で勝手に連れてこられ、何の恨みのない魔族と戦えと言われた。普通に考えてナメてるだろ?」
「……」
「しかも、魔王を斃さないと元の世界に返さないという条件の提示だ。そう言ったのはエルガルド帝国の連中だ。だがそれはディアンリアがそういうような状況を作り出した結果だ。そんなナメたことをする神のために俺がどうして苦労してやらなければならんのだ?」
「そ、それは確かにそうだが……」
シルヴィスの返答にレンヤの返答は小さいものであった。
「だからこそ俺は神達を殴りつけることにしたわけさ。その際に神と敵対関係にある魔族と手を組むのは不思議なことじゃないだろ」
「あんたはそう判断したというわけか……」
「いや、俺は単に決断しただけだ」
「決断……」
レンヤはシルヴィスの言葉を呟いた。シルヴィスの言った決断という言葉がレンヤは妙に耳に残る。
「さて……君達がどのような選択をしようが我々は一向に構わない。自分の意思で我らと戦うというのならば受けて立とう」
「……少し時間をください」
「いいだろう。どのような選択をしてもこの場で我らは君達に危害を加えないことは約束しよう」
「ありがとうございます」
レンヤはキラトに礼をいうと他の二人も頭を下げた。
「リューべ」
「はっ!!」
「この三人を部屋へと案内してやれ」
「承知いたしました」
キラトの命令にリューべが即座に答えた。
「それではご案内いたします」
リューべの案内に従って三人は執務室から退出していった。
扉が閉められたところでシルヴィスがキラトへ声をかける。
「さて、これでエルガルド……いや、神達の手駒は一つ減ったな」
「ああ、これでエルガルドとの開戦時期は大幅に後回しにすることができる。というよりも戦争自体がなくなるかもな」
「あの三人がどんな結論を出そうがこれまでのように道具として扱うことはできない」
「同感だ」
二人はそういうと互いに笑った。
「キラト様、ちょっと気にかかることがあるんですけど」
そこにジュリナが声をかける。
「どうした?」
「私には神やエルガルド帝国が手をこまねいているとは思えません。例えば新しい異世界からの救世主を召喚するとは思えませんか?」
「可能性としてはある。だが……それはエルガルドが主導では行うことはないだろうな」
「俺もそう思う」
「え?」
ジュリナの質問に対するシルヴィスとキラトの返答にジュリナは驚きの声をあげる。声こそ上げなかったが、他の面々も首を傾げた。
「多分だが、エルガルド帝国は用済みになるだろうな」
「用済みですか?」
キラトの返答にジュリナは首を傾げたところ、シルヴィスが補足説明を行う。
「今回の件で俺たちはラフィーヌにディアンリアに対する不信感を与えた。まぁ、ラフィーヌが俺の言うことを完全に無視する可能性もあるけど、当然ながらディアンリアも俺たちがエルガルドで行われたことを知ってることだろう。神は基本的にエルガルド帝国の人間を手駒としか見てないから不信感を持ったかもしれないラフィーヌを切り捨てにかかる可能性が非常に大きいと思う」
「お〜シルヴィスはあの一言でそこまで考えたんですか? 素晴らしいですね!!」
シルヴィスの補足説明にヴェルティアが称えてきたのだがシルヴィスは苦笑を浮かべた。
「いや、あの時はそこまで考えてなかったんだが、後々考えてみるとそうなるかなと思ったんだ」
「なんだ。行き当たりばったりですね。私のように深い思慮に基づいた行動を取ることをオススメしま……いひゃい」
ヴェルティアの言葉の途中でシルヴィスがヴェルティアの両頬をくにゅっと摘み上げたのだ。二人のやりとりを横目にキラトはエルナへと語りかける。
「ジュリナ聞いての通りだ。シルヴィスの一手はたった一言だったかもしれないが、神とエルガルド帝国の離間の可能性をもたらしたわけだ」
「当然ですが……キラト様はこの機会を逃すことはしないと?」
「ああ、もちろんその通りだ。ジュリナとリューべの二人はいつでも動けるように準備をしておいてもらうぞ」
「はい」
「そして、シルヴィス達ももう一働きしてもらうことになる」
キラトの言葉にシルヴィスはヴェルティアの頬を摘みあげながら頷いた。




