再会⑪
「魔族の領域ですって……?」
シルヴィスの言葉に顔を青くしたのはラフィーヌだけでなく周囲の者達もだ。
「そこで魔族から見たエルガルド帝国の本性を見せるつもりだ」
「私達の……?」
「ああ、お前達がこいつらに教え込んだ魔族のイメージと同じことをエルガルド帝国にやってやるつもりだよ」
「どう言うこと?」
ラフィーヌの言葉が困惑を深めていく。
「おいおい、お前達が神と組んでやってる蛮行を教えてやるって言ってんだよ」
「蛮行ですって?」
「とぼけるなよ。八戦神と組んで魔族の村々を焼き払い、皆殺しにしたじゃないか」
「な、何を言って」
シルヴィスの弾劾にラフィーヌは戸惑わざるをえない。もちろん、八戦神の蛮行にエルガルド帝国が関わっていないことは百も承知であるが、そんなことはシルヴィスにしてみれば大した問題ではない。
大切なのはエルガルド帝国とレンヤ達三人の関係に亀裂を入れることである。
「ふ〜ん、じゃあお前の親父がやったんだろうな。俺達は殺された魔族の村人達が吊るされてるのを埋葬した。まったく命を弄ぶエルガルド帝国はやることが下衆すぎてびっくりしたよ」
「何を言ってる!! 我々はそんなことはやっていないわ!!」
「はいはい。お前らが俺たちの言うことを信じなかったようにお前の言葉も俺たちは信じない。お前達エルガルド帝国の連中は戦う術のない魔族達を嬲って殺すという恥ずべき行為をやっておきながらこちらを弾劾したわけだ。いや〜どうやったらそこまで恥知らずなことができるのかご教授いただきたいね」
シルヴィスの嘲りは止まらない。シルヴィスとすればこの場にいないルドルフ4世が秘密裏にやったという事にしてみればラフィーヌ達は完全に否定することが出来ないと考えたのだ。
「それに俺とすればお前がどんなに否定しようが関係ない」
「な……」
「何を驚いている? 俺たちの言うことを正しいと判断するか嘘だと判断するかはこの三人だ」
シルヴィスはそう言ってレンヤ達に視線を向けた。
「ま、まさか……」
「魔族の実態を見せる。それだけでお前達の話が嘘であることがわかるさ」
「……」
「なぁ、お前達も知ってるはずだ。魔族は別に人喰いなどしない。人族の作った国と同じように文化があり、善悪の基準があり、法律があり、秩序があることをな」
「……」
「お前達は魔族が自分達と何ひとつ変わらないことを知っておきながら、ただ彼らが積み上げた成果を掠め取ろうとしている。実に恥ずべき行為だ」
シルヴィスの言葉にラフィーヌは反論できなかった。それは心のどこかでラフィーヌも思っていたことだからだ。
「お前達は何度も何度も異世界から拉致してきた者達を使って侵略行為を行った。異世界人が死んだところで一切心が痛まないよな? 当然だ、お前達は完全に人間として大切なものが欠落した劣等種だからな」
「な……」
「ヴェルティアからもさっき言われたろう? 自分とは知性に大きな隔たりがあるとな、俺も同意見だ。お前達は自分の頭で何が正しいかまったく考えていない。神が言っていることを疑いもせず信じている惨めな奴隷だ」
「ど、奴隷ですって!?」
「逆上するな。俺は事実を言ってるに過ぎない。魔族から見ればお前達エルガルド帝国は魔物と何も変わらない迷惑な存在だよ」
「おのれ……言わせておけば」
「もう一度溺れたいか? それとも火葬の方がご希望か?」
「ひ……」
シルヴィスの言葉にラフィーヌは恐怖の声を発した。
「キラトはお前達のことなど相手にしていない。俺たちをここに派遣したのはエルガルド帝国が軽率な行動に出ないように釘を刺すためだ」
「軽率?」
「ああ、キラトは人間との支配など考えていない。不干渉を望んでいる」
「しかし、国書には……」
「講和は別に人間との交流を意味するものではない。魔族は魔族でやって行くから人族は人族で勝手にやれという意思表示さ」
「ではなぜその三人を連れて行くの?」
「こいつらがいる限り、お前達は魔族の領域への侵略を考える。だから連れて行く」
「……」
「それからな……お前達はキラトと言う男を甘く見過ぎだ」
「え?」
「先代の魔王ルキナはお前達の無礼な侵略を許してあげていた。それをお前達は愚かだから弱腰と見て色々とちょっかいをかけてきたわけだ」
シルヴィスの侮蔑の視線にラフィーヌはゴクリと喉を鳴らした。
「今後、お前達が魔族の領域に侵略行為を行えば容赦ない報復行為を行うと言っているんだよ」
「……」
「キラトはお前達がやった虐殺行為を一度だけは許してやるとのことだ。だが、二度目はない」
もちろん、キラトはそんなことをシルヴィスに告げていない。しかし、ラフィーヌ達にしてみればそれをシルヴィスの妄言であると切り捨てるには情報が足りなさすぎるのだ。
「待ちなさい!! 我々が虐殺行為をやった証拠は!?」
「証拠など必要ない。俺たちは亡骸を埋葬した。その事実だけで十分だ。ああ、それとなお前の家族を殺したのはディアンリアが確実に関係してるぞ」
「な……」
シルヴィスはここで言葉を切ると転移魔術を起動し姿を消した。
後に残されたラフィーヌ達は困惑した表情を浮かべていた。
「ディアンリア様が……?」
* * * * *
「さて、これでエルガルド帝国の動きには釘を刺せたな」
転移から現れた先は魔族の領域にある魔族の村である。
「最後にディアンリアさんへの不信感を植え付けるなんてシルヴィスは本当にあくどいですね」
「そうか? 俺としたら言葉一つで神と人族の離間が叶うかもしれないと思うとやっておいて損はないさ」
「まぁ、すでに切り札であり、勝利の根拠の三人はここにいますからね〜」
「ああ、今回の件でエルガルド帝国は切り札を失った。魔族の領域に攻め込むにはかなりの時間を要するさ」
「そうですねぇ〜しかし、まさかこの三人を拉致するとは思いませんでしたよ」
「いくら何でも勝手に連れてこられて、騙された挙句殺されるというのはかわいそうだと思ってな」
「まさか、シルヴィスがそんな人情的な話をするとは思いませんでしたよ!! やはり私という慈愛の女神のような存在が近くにいたからこそ、シルヴィスの氷のような心を溶かしたのでしょう!! うんうん!! あいた!!」
ヴェルティアがいつものように得意満面の笑顔でいたところをシルヴィスが頭をはたいたのだ。
「蚊がいたぞ。刺されるといけないと思って先に潰しておいた」
「え? そうなんですか? それはありがとうございます!! シルヴィスの優しさが心に沁みますねぇ〜やはり私の慈愛の心に……いひゃい!!」
またもヴェルティアが続けそうだったので、シルヴィスはヴェルティアの両頬を摘んだのだ。
「いや〜何というかお嬢とシルヴィス様のやりとりは心が温まるな」
「そうですねぇ〜微笑ましいですよね」
二人が生暖かい目でシルヴィスとヴェルティアのやりとりを見てるのに気づいたシルヴィスが摘んでいた手を離した。なんだか妙に気恥ずかしい気分である。
「う〜まったくシルヴィスは本当に照れ屋ですね〜。大丈夫です!! シルヴィスは以前よりもはるかに成長してますよ!! 自信を持ってください!!」
「お前は何目線なんだよ?」
「気にしてはいけません!!いいですか……ん?」
ヴェルティアが三人が目覚めたことに気づくと視線を向けた。
「おっ、起きたか」
シルヴィスが三人に話しかけると体を起こし周辺をキョロキョロと見渡した。そして自分達の置かれた状況に気づくとバッと立ち上がるとシルヴィス達から距離を取った。
「お前ら……ここはどこだ?」
レンヤがシルヴィスを睨みつけながら言う。
「ここは魔族の領域だよ。これからお前達にこの世界の魔族がどんな存在なのか見せてやるよ」
シルヴィスの言葉に三人は怪訝な表情を浮かべた。




