暁星となった者
廃墟となった魔煌殿……その瓦礫の中に二つの人影が立っている。
「……ぐ、ごほぉ」
ルキナの口から大量の血がこぼれ落ちた。
「はぁ、はぁ……」
ルキナの口から溢れた血が床に落ちる。
「限界のようだな……」
シオルの声を聞いたルキナは取り乱すことも困惑もしていない。ただ、シオルを倒せなかったことを冷徹に捉えていた。
「そちらも……余裕があるようには思えないがな……」
ルキナの言葉にシオルは自嘲気味に笑う。シオルもまた先ほどのルキナの一撃で大きなダメージを受けていた。特に左半身に大きな損傷があるのは、ルキナの放った一撃が袈裟斬りからであったために左半身のダメージが大きかったのだ。
「確かにな……俺には余裕はない。だが、お前にはもう勝機がない」
シオルの言葉にルキナは即座に否定することができない。それこそがシオルの言葉が事実であることを示していた。
「勝機がない……随分な言い方だな。まだ、俺は敗れたわけではない」
「お前は病に蝕まれている……魔力によって無理に進行を止めていたのだろう。魔力の尽きたお前は病を止めることができない。いや、無理に押しとどめていた反動がきているだろう?」
「……」
シオルの声は勝ち誇るでもなく、高揚もない。それゆえにルキナは否定できなかった。シオルの言葉を根拠なく否定するのは甚だ不誠実であるように思われたのだ。
もちろん、戦いにおいて虚実を織り交ぜるというのは当然であり、そこを否定するつもちはルキナは一切ない。だが、この時はルキナは不誠実である事を行いたくなかったのだ。
「ルキナ……お前が病に……」
「ふ……シオル、情けをかけるのは早いのではないか……ゴホォ」
ルキナの口から血が再び溢れる。
「……そうだな。失礼した」
シオルは静かな声で謝罪した。ルキナほどの強者に病による敗因を告げようとした自らの行為を恥じたのだ。
全身全霊をかけて臨んだこの戦いに病という邪魔が入っていたことは確かに腹立たしい。だが、そのことをルキナは一言も告げていない。にもかかわらずそれを告げようとした自分の行為はルキナの高潔な魂を穢す行為でしかないように思われたのだ。
「謝るなよ……惨めになる」
「ああ、そうだな。まだ決着はついていない。少しばかり気が急いたな」
「せっかちだな」
ルキナはそう言って笑うと魔剣ヴォルシスを構える。先程よりも明らかに刀身の輝きがない。魔力の残滓が辛うじて刃の形をしているにすぎない。
一方でシオルの方も決して余裕があるわけではない。シオル以外のものならとうに意識を失っていることだろう。
(ミティリスナ……あと少しだ。力をくれ)
ルキナは愛する妻の名を胸中に呟くとシオルに向かい踏み込む。ほぼ同時にシオルも踏み込んだ。
互いに必殺の間合いに入ると斬撃を繰り出した。
「オォォォォォォ!!」
「ハァァァァァァ!!」
両者とも現状を考えれば動けることが驚嘆に値する。だが、この戦いの締めくくりである両者の最後の斬撃は、これまでの戦いで繰り出された全ての斬撃を遥かに上回るものであった。
それは欲を捨て、恐怖を捨て、防御を捨て、虚実を捨てた、相手よりも一瞬でも早く相手に到達させるという、ただただ純粋な斬撃であったからかもしれない。
ルキナは横一文字と呼ばれる左側から入る斬撃、シオルは袈裟斬りと呼ばれる左肩からの斬撃。互いに自分が最も得意とする斬撃であった。意識して繰り出したものではない。ただ体がその斬撃を選択したのだ。
ズ……ゴトリ……
ブシャァァァァ!!
ルキナの剣は斬撃の瞬間、刃が魔力を失う前かのような輝きを放ち、シオルの左腕を断ち、左胸の一寸ほど斬り込んだところで止まっていた。
断たれた左腕が床に落ち、血が迸る。
そして……
シオルの刃はルキナの左肩から入り左胸を大きく切り裂き背骨の位置で止まっていた。
ブシュゥゥゥゥゥゥ!!
ルキナの肩から胸にかけて斬り裂かれた傷口から大量の血が噴き出した。
「ふ……決着だな。お前の勝ちのようだな……シオル」
「ああ……」
ルキナは目を閉じてシオルへ告げると膝をついた。
その時、朝日が崩壊した壁から差し込んできた。夜が明けても輝く星を暁星と呼ぶが暁星となったのはシオルであったのだ。
ガシャァァァァァァン!!
結界が砕ける音が戦いの終わりを告げた。




