暁星となるには……
執務室を出たルキナは悠然と魔煌殿へと歩む。
時折、周囲を眺めながらゆっくりと歩む様はまるで何らかの決意をするかのようだ。
「頑張ってるな……」
ルキナは見回りの近衛騎士達や侍女達の様子を窓から見てポツリとつぶやいた。その視線は慈愛に満ちている。
「思えば随分と変わったものだな……」
ルキナは自分の心境の変化についつい苦笑してしまう。魔王となった頃はその重責から常に研ぎ澄まされていたような感覚であり、それこそが魔王として必要不可欠なものであると信じていた。
その考えが変わったのは、今は亡き妻のミティリスナとキラトの存在であった。
ルキナにミティリスナは慈愛の情をキラトは寛容さをルキナへ与えた。両者はルキナの器を広げ、そこに幸福を注いでくれたのだ。両者の注いでくれた幸福はルキナへ余裕を与え、そこから全ての事態が上手く回り始めた気がしていた。
「ミティリスナ……キラトは幸い王の器を持っていた。君のおかげだ」
ルキナは歩きながら亡き妻に語りかける。
数体の近衛騎士がルキナの姿に気づくと直立不動で最敬礼を捧げる。ルキナはすれ違いざまに“ご苦労”と声をかけると近衛騎士はさらに深々と頭を下げる。
魔煌殿に入ったルキナは玉座の間へと向かう。
ギィィィ……
玉座の間の扉を開けるとルキナは玉座へと歩く。
(無駄に広いなと思っていたが……今回のようなことがあると良かったかな)
ルキナは心の中で苦笑いしながら玉座へと座ると空間に手を突っ込み一本の剣を取り出した。
ルキナの愛剣である“魔剣ヴォルシス”である。いかなる戦いにおいても自分と共にあったまさに自分の相棒である。
「さて……まだ始めるわけにはいかんからな。もう少し出てくるのは待ってくれ」
ルキナの他には誰もいない空間に向かって語りかける。まるで親しい友へと語るような親しげな声である。
(ま……返事はないが絶対に聞いてるよな)
ルキナはそう確信している。
しばらくして、ルゼスの指示が伝わったのだろう。魔煌殿から気配が去っていくのを感じた。
完全に魔煌殿から気配がなくなったところでルキナは再び声を発した。
「もういいよ」
バタン!!
扉が開き、金髪碧眼の剣を背負った美丈夫が姿を見せるとコツコツと玉座に向かって歩き出した。
「気を遣わせたかなシオル?」
ルキナの親しげな声にシオルは口端を上げる。
「いや、当然の処置だろう。それよりもいいのか?」
「何が?」
「一人で私と戦うつもりか?」
「仕方ないだろう。シオルガルクほどの相手が務まるのは私くらいだ」
「俺をシオルガルクと呼ぶな。呼んでいいのはヴォルゼイスだけだ」
「それは失礼した……。殺し合うのはいつでも始めることができる。少し話さないか?」
ルキナの問いかけにシオルは小さく頷いた。
「俺に何か聞きたいことがあるのか?」
「ああ、ヴォルゼイスはどうして八戦神を使い捨てにした?」
「どうしてそう思った?」
「シルヴィス君とヴェルティア嬢を見たからだ。あの二人の実力を見れば八戦神ごときでは殺されるだけであることがわかるだろう。お前もそれはわかっているはずだ」
「確かにな……あの二人だけではなく。剣帝キラト達もいた」
「それにディアーネ嬢、ユリ嬢もいる。あの二人もシルヴィス君とヴェルティア嬢には及ばないが、うちの軍団長達に勝るとも劣らないよ」
「そこまでわかっているのなら……ヴォルゼイスが八戦神を始末したということは簡単に察することができるな」
シオルの声にはルキナへの称賛が含まれている。簡単とは言ったが情報のかけらをつなぎ合わせて八戦神を殺させた事に到達するのは至難の業だ。
「正解に達したということで褒美をくれないかな?」
「褒美?」
「ヴォルゼイスの目的だよ。話してくれていいだろう?」
「ふ……その程度では、話してやるにはいかんな」
「そうか……では何を成せば教えてくれるかな?」
ルキナの雰囲気が一気に変わる。放たれる威圧感はシオルをして死を思わせるほど強力なものだ。
「答えはわかっているだろう? 私に勝つことだ」
シオルもまたニヤリと笑うと放たれる威圧感が凶悪なものへと変わる。
「そうか。それもそうだな。お前にかってヴォルゼイスの目的を話してもらうとしよう……では始めるとしようか」
ルキナは立ち上がると術式を展開した。
それが魔煌殿の周囲に結界が張られたものであることをシオルは察した。
「これは……」
「この中にいるのは俺とお前だけ……そして、出られるのはどちらか一人だけだ」
「ルキナ……あの時の決着をつけようか」
「そうだな。お預けになってた勝負だ。この日が来ることを俺は楽しみにしてたぞ」
「俺もだ。言葉が昔に戻ったな」
「ああ、それだけ熱くなっているというわけだ」
「光栄だ」
ルキナとシオルは互いに剣を抜き放つと同時に動いた。




