暗躍⑦
第四軍団長スティルは家路を急いでいた。父親のムルバイズと娘のジュリナが王都に戻っているという報告を受けたのだ。
スティルは王都に居を構えており、いつもは妻と二人暮らしだ。夫婦仲は良好であるが、家族が家を空けているのはやはり寂しいものだ。
スティルは軍の幹部ではあるが、護衛を連れていない。これは決して危機意識が低いということではなく、王都の治安が良いためにほとんどの軍の幹部は護衛をつけずに出退勤をしているのだ。
「親父もジュリナも久しぶりだよな。まったくキラト様も親父はともかくジュリナは連れ回さないで欲しいんだよなぁ」
スティルは腕を組みながらキラトへぼやきを吐き出した。スティルは忠誠心厚い男であるが、娘の事を考えるとぼやきのひとつも言いたくなるというものである。
「しかも、リューべの小僧と一緒に連れ回すなんて……何か間違いが起こったらどうしてくれるんだ!!」
スティルは忌々しげに言い放った。
スティルはリューべの実力と人格に対して否定的な感情は一切持っていないのだが、ジュリナとの交際に対してはまったく別問題と考えている。
「おのれ!! リューべのやつが……偶然を装いジュリナに不埒な事をすれば……」
スティルの体からわずかながら闘気がもれる。その闘気を感じたのだろうか羽根を休めていたカラスが驚いたように飛び立っていく。
スティルは基本温厚な性格であるし、部下に対しても公平公正であるのだが、娘ジュリナに関することだけは奇行を行うのだ。
スティルは一見隙だらけの様子で家路を急いでいた。
「な、何だ?」
スティルは突然、恐ろしいほどの殺気を感じると振り返った。スティルの顔は警戒感が浮かんでいた。軍団長はみな他者を圧倒するほどの実力を持っており、スティルも剛の者として勇名を馳せていた。そのスティルが身を震わせるほどの殺気だったのだ。
振り返った所に黒装束に身を包んだ男達が立ちすくんでいた。
「何だ? お前ら」
スティルは黒装束達の返答を待つ事なく動く。黒装束達の手には剣が握られていることから自分に危害を加えると判断したのだ。
スティルの拳が黒装束の顔面を捉えるとそのまま吹き飛んだ。まるで破城槌のような一撃で吹き飛んだ黒装束は地面に転がった。
「な、何だ。こいつ……」
黒装束の口から恐怖の言葉が漏れた。
だが、黒装束が動揺するのも当然であった。スティルの体が歩いていた時よりも倍以上の大きさになっていたからだ。それも筋肉の鎧に覆われた姿だ。そして、それに伴いスティルの体を纏う魔力も桁違いに上がっている。
「さっき感じた殺気は……お前達じゃないな。僥倖というやつだな」
「何?」
スティルの言葉の意図がわからなかった黒装束達は明らかに困惑していた。
「お前らの腕前では俺の隙を衝くしかなかった……だが、千載一遇の好機を逃した。あの殺気にお前らは竦み上がった。あまりにも間抜けすぎる」
スティルはそういうと一歩進みでた。一拍遅れて黒装束達は押されたかのように後ろに跳んだ。
「俺は弱い者いじめをするのは好きじゃないんだが……背後関係を吐かせないといかんからな。とりあえずぶん殴る」
スティルは言葉を終えると同時に黒装束に襲いかかった。スティルは巨体に似合わない速度で黒装束との間合いを詰めた。あまりの踏み込みに黒装束達はまったく反応することができなかった。
スティルの間合いに入った黒装束達はスティルの拳という凶器により次々と吹き飛ばされていく。
大人と幼児以上の力の差があることは明白であり、僅か十秒ほどで黒装束達は地面に転がされた。ピクピクと痙攣していることがかろうじて黒装束達の命の灯火が消えていない事の証拠であった。
「恐ろしいまでの強さだな」
そこに二体の男が現れる。纏っている雰囲気がスティルがたった今蹴散らした黒装束達とはあきらかに一線を画している。
「大物のようだな。名を聞きたいのだが?」
スティルの問いかけに片方の男が進みでる。
「聞いてどうする? これから死ぬお前には伝える意味がない」
「ほう……無粋なやつだな」
「何とでもほざけ」
男がスティルに襲い掛かろうとしたところで、もう片方の男が口を開く。金色の髪を後ろで縛った端正な顔立ちであるが、どことなく陰のある雰囲気の男だ。
「ふふ、そういうなミルケン。これから死ぬからこそ名くらい知りたいというのだろう」
妙に傲慢さを感じる言葉にミルケンと呼ばれた男は恐縮した様子を見せる。
(あっちがボスというわけか。しかも、ミルケンとやらは完全に従属しているようだ)
スティルは警戒感をさらに高めた。スティルの見たところミルケンの実力は自分と同等のものであることを察したからだ。
「初めまして……私の名はソール。我が主人の命により君の命を貰い受ける」
ソールが言い終わると同時にミルケンがスティルに襲いかかった。




