8. クソゲー と ルール
そんなこんなでこのイカれたゲームの概要が分かった。
次にいきなり現れた女性についてだが、彼女の名前は上代 夜市と言うらしい。
「え?同性同名なの?」
「漢字は違うけど、私は貴方で貴方は私よ。私はパラレルワールドの貴方なの。分岐のスタートは、貴方の性別の逆だった場合からが私の始まりね。一番オリジナルに近い存在なんだけど、性別が真逆な私もドッペルゲンガーって言えば、一応そうなるのかしら?って事で、オリジナルに存在が一番近い私達は”パラレル”って呼ばれているわ。パラレルによっては、名前が違う場合もあるわ」
酷い……
何コレ……
酷すぎる……
唯一の味方が並行世界の自分って、一体どう言う事だよ……
しかも性別が真逆って……
誰得だよ……
俺がこのゲームの最悪さに嘆いている中、夜市は俺の心中を察する事なく淡々と話を続ける。
「このゲームは、全並行世界に存在する自分の存在を賭けた戦いなの」
「え?何そのイカれた戦い……なんの為に自分の存在を賭けてまで死に物狂いで戦う必要があるんだよ……」
「う〜ん。簡単に言えば、このゲームの目的は、増えすぎたリソースの削除よ。この世界には多くの“if”って言う平行世界が存在しているわ。その並行世界の情報は数え切れないほどあるの。これを定期的に削除しなければこの世界はリソース不足によってすぐに崩壊するわ。故に、この自身の存在とその並行世界を賭けた戦い、”イクリプス”があるの。選択時に”No”を選択すれば、オリジナルの世界は残るけど、他の並行世界は消滅するわ。”Yes”を選択すれば、オリジナルと、ソレに連なる並行世界を含めた存在を賭けた戦いに参加する事になるのよ」
夜市が言うイクリプスは、話が壮大すぎてイマイチ俺にはピンと来なかった。
「因みになんだが、”No”を選択したとして、オリジナル以外の並行世界の自分が消えたらどうなるんだ?」
「今後の人生の中で発生していくオリジナルの並行世界は全て消され、残る情報はオリジナルの世界のみになるわ。そして、並行世界の情報を持たないオリジナルが死ねば、全てのリソースが無くなる訳だから、生まれ変わったり、次の生を送る事ができなくなるわ。簡単に言うと、自身の情報が全くないオリジナルが死ねば、そこにあるのは”無”よ。バックアップのないオリジナルデータを消されるのと同じね」
「それで、”イクリプス”って訳か……じゃあ、逆にコインを拾わなかった人たちはどうなるんだよ?」
「え?そんなの考えなくても分かるじゃない。リソースも消されず、無になる事もなく、そのまま転生したり、輪廻の輪に乗り続けるわよ」
「…………」
与一は、「あんなコインなんて拾わなければよかった。俺はなんてモノを拾ってしまったんだ」と酷く後悔した。
「”コイン”を拾うのは本当に運だから、コレばかりはどうしようもないわね。でも、イクリプスは自身の存在を賭けるに値する対価があるわよ」
酷く落ち込んでいる与一へと、夜市は対価と言う甘い響きの報酬を掲げてきた。
「イクリプスをクリアすれば、今の記憶はそのままで、自身の並行世界を好きに行き来できる様になって、気に入った世界の自分とオリジナルの自分を何度でも交換できるようになるわ!」
「あぁ、そう……で?」
「え? 何よその薄ぅぅぅぅぅい反応は? これがどう言う意味か分かってるの?」
「さぁ? スケールがデカすぎて、さっきから俺にはイマイチ、ピンと来ないんだが」
与一は興味なさそうに目を細め、耳をほじりながら夜市へと返答する。
「あのねぇ。 他の並行世界の自分と替われるって事は、不老不死や栄華繁栄、全知全能を手に入れたも同じ事なのよ!」
「あぁ。そうなの? そんなのあんま興味ないわ」
「もし、〇〇だったらとか、〇〇していればって思った事ないの?」
俺は夜市の言葉を聞き、先程の獣との戦いを思い出した。
「いや…あるにはあるが……あ……そうかっ!そう言う感じか!」
「え?」
今まで全く興味がなさそうな与一が急に大声を上げた事で、夜市は驚きと共に与一顔へと視線を向ける。
「俺が今後ずっとこの”イクリプス”に参加しないって並行世界に移ればいいんだよな?」
「まぁ、 それも可能ね…」
「それか、このクソゲーを考えた奴を殴れる世界に行きてぇわ」
「ソレ、本気で言ってるの?」
夜市は顔を引きつらせながら与一へと尋ねる。
「コレは割とマジだな。オマエも、一番オリジナルの俺に近い存在とは言え、こんなクソゲーの為に訳の分からない奴に利用されてるんだぞ?腹立たねぇのかよ?」
「……まぁ、腹が立たないって言えば嘘になるわね……私達”パラレル”の世界は、このイクリプスをサポートする為だけに存在している様な世界なのよ……私の世界の人たちは、常にイクリプスへの参戦を前提に生涯を考えていて、力が絶対の世界なのよね……」
夜市は自分の世界を思い出しているのか、遠くを見つめながら言葉を紡ぐ。
「そんじゃ、このクソゲーを作ったやつを殴った後に、オマエも俺と一緒に他の世界を旅して回ればいい。そうすれば、オマエも存在していた意味ってのを感じるだろ?」
夜市は、与一の言葉に対して驚き、
「うん。それは良いわね。それが叶うのであれば、私も、あの力だけの世界で存在していた意味が見いだせるかも」
少し嬉しそうにしてゆっくりと頷く。
「そんで、イクリプスをクリアする条件ってなんだよ?」
「それは、コインを100枚集めると言うのがイクリプスをクリアする条件よ」
「マジかよ…… 運要素満載の見つけづらいコインを地道に探して周れって事なのか?対価が対価なだけに、なかなか険しそうな道のりだな……」
与一は腕を組んで眉間にシワを寄せる。
「まぁ、それもあるけど、コインを集める為には──」
夜市が言うコインを集める方法は次になるらしい。
1、プレイヤーを殺す
2、プレイヤーの武器を破壊する
3、コインの譲渡
3、未発見のコインを探す
1→コインを所持しているプレイヤーを殺す事で、必然的にパラレルも同時に消え、その場にコインだけが残るのでそれを回収する。
所謂、プレイヤーキル。
上手くいけば、月に1枚のコインが手に入る。
2→プレイヤーの武器を破壊すれば、プレイヤーは無傷の状態でコインを手に入れられる。
武器を破壊され、コインを奪われたプレイヤーは、オリジナル以外の並行世界のリソースとイクリプスの記憶を消され、通常の生活へと戻される。
しかし、武器だけを破壊すると言う事は困難であり、破壊するにはそれ相応の地力が必要となる。
3→プレイヤー同士が合意の元であれば、プレイヤーを殺さず、武器も破壊せずともコインの譲渡が可能。
コインを譲渡したプレイヤーの並行世界のリソースとイクリプスの記憶は消されない。
これにより、ギルド、クラン、チーム、パーティーと言った様々な形で仲間を増やす事ができる。
だが、人数が増えれば増えるほど、集めるコインの数も増える。
仲間を増やすのは死ににくい環境を作れるので効果的ではあるが、如何せん、集めるコインの数が増えてしまうと言う欠点がある。
例えば、3人のチームの場合、1人増える毎に100枚の追加コインが必要となり、そのチームはコイン300枚がクリア枚数となる。
そして、ギルド、クラン、チーム、パーティーでコインを管理できるのは”マスター”と呼ばれる決められた1人の代表だけであり、”マスター”以外のメンバー達は、”マスター”が既定の数のコインを揃えた場合、1つの平行世界に移れる権利を得られる。
コインを譲渡したメンバーは、マスターを攻撃する事ができなくなり、もし、メンバーがマスターより先に死ねば、“1”と同じく全てのリソースが消される。
そして、マスターが死んだり、武器を破壊された場合、そのチームは全員が脱落となり、生き残っているメンバー全員の存在とリソースも消える。
4→未発見のコインを探すことも可能だが、運要素が強いコインは、不特定の場所へ不定期で現れる為、探すのは厳しい。
手っ取り早くコインを集めるなら、1か2の方法が確かなのだが、これは、己の力に絶対の自身がなければ、身を護りながら他のプレイヤーを狩り続けると言うのは厳しいだろう。
「なかなかに最悪でクソみたいなルールだな……」
俺はここを出た後にどうするべきかを早急に考える必用があるな…
まぁ、当分は1人で動く事になると思うが……
「それで、このイクリプスを勝ち抜く為に一番重要になってくるのがコインなのよ。集めるって事も重要だけど、オリジナルが初期で手に入れたコインには、オリジナルのチカラを決める、“ランク”と“異能”、そして“ジョブ”があるのよ」
面倒臭いルールがある上に、その戦いに必用なコインの能力まであるときた。
俺は先ほど以上に面倒臭いというオーラをダダ漏れにして夜市の話へと耳を傾ける。
「コインのランクと異能とジョブは全てがランダムなの。ランクは、”フード”→”ハット”→”ヘルム”→”ティアラ”→”クラウン”っていう順で異能の強さが底上げされるわ。ジョブのレア度みたいなものね。そして、星は1から5まであって、星が増える毎に得られる能力の数が決まるの。それらと合わせてコインに描かれている”ジョブ”で異能の全てが決まるわ」
「え?って事は、俺は1番上のランクなうえに5つの異能があるって事?」
「そうよ。私が貴方にツイてるって言った意味はランクと星の部分ね」
「ランクと星の部分って事は、俺のジョブはどうなんだよ?」
「…貴方の”ジョブ”は”スミス”って言って、戦いには向かない生産職なのよ」
「マジかよ……」
生産職で俺にどう戦えと……
「でも、階位を上げればジョブに関係なく身体能力の強化ができるから、貴方の場合はそこの部分が肝心になってくるわね…」
「そんなの、星もランクもジョブも全く関係ねぇじゃねぇか…って言うか、それじゃ、同じ階位同士で戦えば確実にジョブの良し悪しで差がでてくるだろ」
「そうね……それについては否定できないわね」
おい……
否定してくれよ……
「コインで得た能力は、私たちパラレルを介して発現したり使用する事ができるようになるわ。能力が使えるジョブの武器を発現させる為に、さっきの犬っころを倒した時のように、”転換”で私たちパラレルを武器へと変えるの。貴方の場合、槌だったわよね?」
「あぁ。細くて柄の長い真っ黒な槌だった……」
「武器は”納刀”と”抜刀”っていう2種で能力が分散されるの。例えば、武器が剣の場合の抜刀前、納刀は、鞘に収まっている状態で、それに能力がついていることもあればついていない場合もあるわ。基本、抜刀後に強力な能力がついているわ。抜刀すると、鞘が消えて切れる刀身が現れるって感じで、まぁ、武器の真の力を解放した状態が”抜刀”状態って事よ」
この話を聞いて、俺は何故か嫌な予感がした。
「って事で、転換して、武器を抜刀の状態にしてみて。転換状態になるとカースを介して異能の能力を確認できるようになるわ」
「お、おう……そんじゃ、いく、ぞ?【転換】?」
与一が転換と称えると、夜市の身体が光り輝き、夜市が居た場所へと漆黒の槌が現れた。
『さぁ、次は抜刀よ』
「分かった……【抜刀】」
与一が槌を握って抜刀と唱えた瞬間、目の前にあった漆黒の槌が形を変え──
──扉が2つある電子レンジのようなものが現れた。
『「…………」』
なんだコレ……
俺は目の前に現れた変な電子レンジに我が目を疑った。
何がどうなって鎚がこんなんになるんだ……
「オイ…… なんだよコレ……」
『いや、逆に私が聞きたいわよ……なんてものに私はなっているのよ……』
与一と夜市は、互いに何かしらの答えを捻り出そうと、目の前にある不思議な電子レンジについて思考を巡らせた。