6. チカラ と 女性
”Yes“
俺は、このクソッタレで理不尽な状況から生き延びる為に、目の前に現れ続けていた、同じくクソッタレな選択へと答えた。
俺が選択へと答えた瞬間、俺の身体はオレンジ色に光る沢山の小さな泡で包まれた。
暖かくて落ち着く、心地の良い泡によって俺の全身が包まれると同時に、俺の傷は瞬く間に癒えていく。
泡が消えると同時に、俺の前へと何処かで会った事がある様な女性が現れた。
そして、この光景を見て警戒する様に急に動きを止める獣。
「貴方、酷くボロボロね……」
俺の前に立っている女性は、俺を見つめて呆れた様な顔をしながらも、どこか、安堵している様な優しい視線を向けながらゆっくりと口を開く。
「あ、貴女は……」
「なんでさっさと選択しなかったの?」
「え?」
「選択肢が出ていた筈よね?貴方にはソレがずっと見えていたわよね?」
目の前の女性は、若干怒っているのか、俺への視線がどこか冷たく感じるものへと変わっていた。
「”Yes”を選択すればチカラを、逆に”No”を選択すれば今までの生活へと戻れていたのに…」
「へ?」
女性の言葉によって、俺の思考は完璧にフリーズした。
「でも、貴方、 凄いわね……チカラも武器も持たずに1stステージをクリアし、2ndステージのモンスターにも怪我を負わせるなんて……」
「え?モンスター?」
「そうよ。ここは、資格を手に入れた者へと選択を与える為の場所であり、選択した者へとチカラを授ける場所。私達は”プライベートダンジョン”って呼んでいるわ」
俺は、この女性が言っている意味が全く分からず理解ができない。
「貴方、資格を手に入れて、ドッペルゲンガーに会ったんでしょ?」
「資格?ドッペルゲンガー?」
「そそ。資格とドッペルゲンガー。資格はコレくらいのコインで、ドッペルゲンガーは鏡に写る自分自身みたいな現象よ」
女性は親指と人差し指で輪っかを作って俺へと見せ、その後に俺の顔を指差した。
俺は、公園で拾った玩具の様なコインと、自販機の前で鏡に写った自分に声をかけられた事を思い出した。
「アレ…なの、か?……」
「まぁ、今はそんな事より、アッチを先に片付けるわよ」
俺の前に立っている女性は、白い獣へと顔を向けてキッと鋭く睨みつける。
その所作につられ、俺も女性から獣へと視線を移す。
「アレを片付けるって……倒すって事だよな…一体どうやって…」
「選択をした今、しかも無能で1stステージをクリアした貴方なら、あんな2ndステージのモンスターなんて簡単よ」
女性はそう言うと、後ろ向きで視界の端に俺を捉えた。
「貴方が得た資格……コインを出して」
女性は後ろ向きで俺へと掌を広げながら腕を伸ばす。
「あ、あぁ」
俺は、ゴソゴソとスラックスのポケットからコインを取り出して女性の掌へと乗せる。
コインを受け取った女性は、コインの裏表を確認し、感嘆深く声をあげた。
「ふ〜ん。貴方、ツイてるわね」
「え?どう言う事だよ?こんな状況になっておいて、ツイてる訳ねぇだろ!」
「この状況は、資格を得た代償と思って諦めなさい。そんな事より、星5のクラウンとか、貴方、かなりツイてるわよ」
女性はそう言うと、後ろ手にピンっと親指でコインを弾いて俺へと投げ返す。
俺は慌てる様にコインを受け取り、自身の手の中にあるコインを見る。
「それじゃ、手短に説明するわよ」
女性は俺がコインを受け取ったのを見ると再び口を開いた。
「そのコインをカースへと吸収させて」
「は?カース?なんだソレ?」
「あぁ、カースって言うのは、貴方の腕にあるソレよ」
俺は手首にあるタトゥーの様なモノへと視線を移した。
「え?コレにコインを吸収させる?どうやって?」
「カースにディスプレイがついているでしょ?そこにコインを押し当てればカースが勝手にコインを吸収するわ」
「え?こ、こうか?」
俺は左手でコインを持って、自身の手首にある、女性にカースと呼ばれているモノへとコインを押し当てた。
「ぬおっ!?」
すると、俺の手にあったコインは、ズブズブと俺の手首の中へと入って行き、真っ黒なリストバンドの様な見た目から、2本の交差した槌の様な赤い痣へと見た目が変わった。
「どう?吸収できた?」
「あぁ…吸収できたかは知らんが、俺の手首にコインが入って、リストバンドの見た目が変わった……」
「ちゃんと吸収できたわね。それじゃ、今度はそのカースに手を当てて、【転換】って唱えて」
「え?て、【転換】?」
与一が転換と唱えた瞬間、目の前の女性が盛大に光り輝き始めた。
「!?」
あまりの眩しさに、与一は両腕で目を覆う様に隠して光を遮る。
光が収まると、与一の前に居た女性の姿が消え、代わりに真っ黒な柄の長い槌の様なものが現れていた。
「へ?」
そして、すぐに頭の中から先ほどの女性の声が聞こえて来た。
『転換成功ね。コレで貴方はスキルを使える様になったわ……でも、このコインって星5でクラウンなんだけど、戦闘向きのスキルじゃ無さそうね……でも、まぁ、星5でクラウンで、しかも階位も上がっているし、貴方の身体能力はかなり向上している筈よ。とりあえず、2ndステージくらいならコレでも余裕ね』
頭の中から聞こえて来る、さっきまで目の前に居た女性の言っている事に対し、俺は全く意味が分かっていなかった。
『それじゃ、その槌を使ってあの犬っころを倒すのよ。そうすればここから出られる様になるわ』
「た、倒すってどうやって!?」
『何も考えずに、それで力一杯ぶっ叩きゃいいのよ』
「……マジかよ」
俺は地面に転がっている漆黒の槌と目の前で俺を警戒している獣へと視線を行ったり来たりさせた。
『ほら!さっさと行くのよ!貴方がイクリプスに参戦した以上、色々と説明しなきゃいけないし、やる事が山盛りなのよ!さっさとアレを倒して落ち着くわよ!』
俺は、頭の中で喚き散らす女性に言われるまま、地面に転がっている真っ黒で柄の長い槌を手に取った。
俺が槌を手に取ると、女性が声をあげる。
『流石は星5のクラウンね。”抜刀”前の状態でも良い感じじゃないの』
女性は1人で納得している様だが、俺には全く意味が分からない。
ちゃんと説明しろと言いたくもあったが、先ずは、目の前で怒り狂い、グルグルと喉を鳴らして歯茎を剥き出しにしている獣をなんとかしなければ、落ち着いて話も出来やしない。
『今の貴方は強いわよ!さぁ、思いっきりあの犬っころをぶっ叩きなさい!』
女性は何を根拠にこの様な事を軽々と言い放っているのか俺には全く理解できないが、理不尽なこの状況を打破する為に、そして、さっきやられた腕と脚の痛みを返す為に、俺は柄の長い真っ黒な槌を力強くギュウっと握りながら眼前に構えた。