17. 蜂 と 撤退
新たに現れた穴を抜けながら、俺は手にしている鉈を強化するかどうか迷ったが、武器の素材が同種ではない素材を使った場合の強化効率の悪さを思い出し、強化するのを踏みとどまった。
一回帰って槍と鉈を強化するべきか?
多分、ナニかしらのスキルも手に入るよな?
多分……
背中に壁が現れると、俺は夜市へと声をかける。
「なぁ、質問良いか?」
『どうしたの?』
「階位を上げる為に倒す化け物が出た後、戦って敵わなかったら石板を触ってエントランスに逃げる事ってできるのか?」
『できるわよ。 でも、石板を触ってエントランスに転移されるまでは、モンスターが追って来て攻撃もするから、そこは気をつけてね』
「分かった」
『そんなリスクを負わなくても、基準としては、今戦ったモンスターがかなり手強いって感じたら、次のモンスターと戦うのは避けるのが通常ね。 平均的に階位10のモンスターの強さが誰もがそう感じるところね。 まぁ、あんたは武器の強化やスキルも手に入るんだし、どんどん上の階位にチャレンジできるんじゃないの?』
「他人事だと思って軽く言いやがって…… 実際戦ってるのは俺なんだぞ…… 俺が死んだらお前も消えるんだぞ? ソレでもお前は俺にどんどんチャレンジしろって言うのかよ?」
『私だって消えるのは嫌よ。 って言うか、どうせ、階位が下だと表で誰かに殺されるだろうし、表で死ぬかダンジョン内で死ぬかってだけじゃないの。 ソレだったらモンスターと戦って階位を上げた方がマシでしょ? それに、階位が上がれば、表での生存できる確率も上がるわけだしね』
「俺が死ぬ前提で言うなよ…… 他、言い方ってもんがあるだろ?」
与一は夜市の説明を聞いて肩を窄めゲンナリとした。
『って言うか、普通のプレイヤーだったらパラレルで戦える限界ってものがあるけど、あんたの場合は階位を上げて、あんたのカースで武器を強化して武器にスキルを付ければ、どんどん上の階位に上がれると思うよ』
「そもそも、俺のパラレルが全く武器として役に立ってないってところが問題だろ…」
『ゴチャゴチャ煩いわね! 今更なに言っても、もう遅いのよ! 大器晩成型って思えば良いのよ!』
何故か夜市に怒られた…
「分かったよ… とりあえず、今日は進められるだけ進めるわ……」
俺は背をもたれていた壁を後にして通路の先へと進み、広場へと向かった。
さぁ、次はどんなのが出てくるんだ……
俺が広場へと足を踏み入れると、コレまでと同じ様に広場の中央が赤く光り、赤い光の柱が立った。
光の柱が収まると、そこには人間と同じ大きさを持つ虫みたいなものが居た。
見た目は蜂に見えるが、前足と尻尾の部分がはサソリみたいになっており、緑と紫を基準にした毒々しい色の体表だ。
見るだけで嫌悪感を煽られる存在が、人間大の大きさと言う最悪なサイズだ。
目の前のソレは、大きく赤い目で俺をジ〜っと見つめ、気持ち悪い触覚を頻繁にワシャワシャと動かしながら大きく口を開いた。
大きく開いた口の中は、喉の奥へと向かってギザギザの歯が敷き詰められており、しかも、最悪なことに、上下に開かれた口はさらに左右にも開き、まるで、何処ぞの地球外生命他の様な装いをしていた。
まぁ、化け物だから地球外生命体なんだが……
ソレは、4つに開く口を開けて俺を威嚇するかの様に、開いた口をギチギチと振動させて不快な音を出し始め、まるでカマキリの様に上半身を持ち上げた。
マジで気持ち悪すぎる……
あんな気持ち悪いのへと接近して戦う勇気は俺にはなく、そもそも生理的に無理であり、俺は右手に持っている鉈をナイフに交換する。
距離を取りつつ、ナイフを投げて倒せればソレに越したことはない。
先ずは様子見といった感じで、強化もスキル付与もないナイフを蜂へと向けて投げつける。
俺の投げたナイフは、真っ直ぐに状態を持ち上げている蜂へと向かって飛び、そのまま腹の部分へと刺さると思ったが、キンと言う金属同士がぶつかる様な音をたてて地面へと落ちた。
「マジかよ……」
流石に5層にもなると、ノーマルな武器では歯が立たないって感じか……
階位が4に上がっている身体能力でナイフを投げつけても、ナイフの性能が低い為、ほとんど石を投げているのと同じ感じだった。
流石にこのままではヤバいと思い、次に強化なしのスキルを付与させているナイフを取り出し、スキルを発現させた後に蜂へと向かって投げつける。
激しく振動しているナイフは、そのままサクッと蜂の腹部分へと刺さるが、刃先までしか刺さらなかったのか、すぐにポロリと地面へと落ちた。
コレはヤバい。
俺は直感的にこのままの武器では歯が立たないと思い、蜂へと視線を向けながらジリジリと後ずさる。
俺の行動に気づいた蜂は、ピクッと身体を震わせた後、何か息む様な格好をし始めた。
蜂が息み始めると、背中の方からミチミチと何かが裂ける様な音が鳴り、背中の甲殻左右にバッと開いた。
「やっぱ、 あるよなソレ……」
背中が開いたのを見た俺は、この間に振り返って思いっきり通路へと向けて走ろうかとも思ったが、無防備に背中を晒すのは危険と感じ、襲われても距離を取れる様に右手へと槍を発現させながら一歩ずつ後ずさる。
蜂の背中で開いた甲殻からは、毒々しいビビッドカラーのエメラルドグリーンをベースとした色々な色が混ざり合っている羽が現れた。
現れた羽は、『ブブブブブ』と不快な音を響き渡らせながら、アホみたいに激しく羽ばたき始め、手の巨大なハサミみたいな腕を下へ降ろすと同時に、蜂が機敏にサッと後ろへとジャンプした。
後ろへと跳び上がった蜂は、バタつかせている羽でそのまま対空しながら完全に俺を見下ろす形に高度を上げていき、サソリの尻尾を足の下へと曲げ、先端についている銛の様な巨大な針?を俺へと照準を合わせる様に向ける。
尻尾の先から飛び出ている銛の様な巨大な針には返しがついており、ただ単に刺す為だけの物じゃないと言うのが分かった。
アレで刺した後に獲物が逃げられない様に捕獲するのかどうか分からないが、捕まったらヤバいというのは確かだ。
俺は槍を突き出しながら徐々に後ろへと下がっていき、視界の端に通路の壁が見え始めた。
通路の左側に石板があるのは既に把握しているので、俺はすぐに石板を触れる様に通路の左側へと身体を寄せ、左手を持ち上げて石板を探す為に弄る様に壁をベタベタと触った。
俺が動き出した事で蜂はホバリングしながら前へと進み、尻尾の銛を俺へと向けて照準を合わせ始めた。
瞬間
『ドシュっ』と言う音と共に、尻尾の先の銛が放たれた。
俺は咄嗟に壁に手をついている左手へと力を込めて、自身の身体を右側へと押しやった。
俺がさっきまで立っていた場所には、壁に深々と突き刺さった禍々しい銛が突き刺さっており、その銛には蜘蛛の糸の様な白いものが蜂の尻尾の先端から伸びて繋がっていた。
銛を飛ばした蜂は、ホバリングしながら後ろへと下がり、グッグっと行った様子で銛を引き抜こうとしているが、壁へと突き刺さった返しのついている銛は抜ける様子がなく、白い糸が銛と蜂の間でピンと真っ直ぐに張っていた。
今だ!
俺は左手を伸ばしながら壁にある石板の元へと身体を向かわせるが、不意に張り詰めていた銛の糸がフワっと緩んで地面へと落ちたのが視界に映った。
急にテンションがなくなった糸の様子が気になった衝動に駆られ、俺がホバリングしている蜂へと視線を向けると、蜂の尻尾の先端からは、新たな銛がゆっくりと生え出てきていた。
その光景を見た俺は、急いで石板へと手を伸ばしてエントランスへと転移した。




