16. 猪人間 と 鉈
酔いが治り穴を確認した俺は、散っているナイフを拾って倉庫へと収納しながら穴へと向かって行く。
これで、 階位は3か……
俺は視界の端に映るプライベートダンジョンに居れる時間をチラッと確認すると、犬人間との戦は、俺が酔ってダウンしている時間も含めて15分も経っておらず、良い感じの時間経過に満足しながら穴へと入って行く。
俺の身体が完全に穴の中に入ると、先程と同じ様に背後に壁が現れて退路が塞がれた。
俺は現れた壁に背をもたれさせる様にして座り、槌を抜刀して電子レンジの姿へと変える。
そして、ズボンのポケットに入れていた、さっき倒した犬人間の玉を電子レンジの左扉へと入れ、製造のボタンを押す。
玉を入れた電子レンジは、相変わらずのヴゥゥゥゥゥンと言う音の後にチーンと言う気の抜けた音を発しながら扉が開いた。
俺は開いた扉の中に手を突っ込み、出来上がったモノを電子レンジから引き抜く。
俺の手の中には、こんな小さな電子レンジにどうやってこんな長いモノが入るんだと言うほどの長さのある槍が入っており、電子レンジから長い槍を抜き出している俺は、「一体どこのマジシャンだよ」と自身に対してツッコミたくなった。
電子レンジの中から出てきた槍は、さっき戦った犬人間が持っていたのと同じ様な槍だ。
槍と言えば、さっきの犬人間が最初から持っていた槍はいつの間にか消えており、せっかくの武器を拾えずに少しがっかりした。
俺は槍を倉庫に仕舞い、納刀して電子レンジを槌の姿へと戻す。
次はどんな化け物が出てくるんだ……
俺は次の化け物の事を考えながら右手に槌を握りしめ、通路を通り抜けて広場へと到着した。
これまでと同じ様に俺が広場へと到着すると、広場の中央が赤く光り出し、赤い光の柱が立ち上がる。
俺は、次なる化け物の登場に目を細めながら赤い光の柱を睨みつける。
1分も待たずに光の柱の輝きは徐々に収まっていき、赤い光の中から新たな化け物が姿を現した。
光の中から現れた化け物は、硬そうな茶色い体毛に全身が覆われた服を着た二足歩行の猪であり、下口からは鋭利な2本の牙が禍々しく生えており、手には大きな鉈、所謂、腰鉈と言われる様な刃が四角い形状をしているものを持っていた。
身長は2m程はありそうだが、その分横にも幅があり、デップリとした体格は分厚そうな皮や脂肪で守られてそうな印象がある。
見るからに動きは鈍そうだが、その分力がありそうな見た目であり、あんな太い腕に捕まったら、容易に俺の骨はへし折られそうだ。
猪人間は、「ブフぅ〜、ブフぅ〜」と鼻息を荒くしながら真っ赤な目で俺を睨みつけており、俺は右手にしている槌をスキル付きのナイフへと換装させ、左手へと同じくスキル付きのナイフを発現させた。
俺は、ナイフの刃の長さを見ながら、目の前の太い猪人間をコレで殺れるのかと少し不安になる。
さっき手に入れた槍であれば、距離を取りながらチクチクと突き刺していけば、なんとかあの猪人間を倒せるイメージがつくが、今のところ槍は1本しかない。
もし、槍が壊れたらと言う嫌なイメージが脳裏を過ぎる。
仕方ない……
一度、ナイフで様子を見てから槍は使う事にしよう……
俺は槌をスキル付きの強化されたナイフへと換装し、右手にはスキル付きの強化されていないナイフを出現させる。
さっきの犬人間との戦いを思い出しながら、左のナイフをメインにして、右のナイフはいつでも投げられる様にと言う考えでこの様な形を取った。
俺がナイフを発現させると、目の前の猪人間は鉈を手にしている腕を動かしていつでも振り下ろせる様な格好で上段で構えた。
猪人間は、ブヒブヒ、フゴフゴと鼻息を荒くしながら俺が来るのを待っており、距離がある内は自分から仕掛けて来る様子が全く見れない。
「フゥゥゥゥゥ──」
ナイフを構えている俺は、自身の内側にある恐怖を追い払うかの様に無意識の内に深く息を吐いた。
俺の身体から吐き出された息は若干の熱を帯びており、全身の熱を冷ます様に大きく息を吸う。
「──ゥゥゥゥゥっ!」
そして、俺の肺が吸い込んだ空気で満たされたと同時に息を止め、俺は猪人間へと向かって駆け出した。
猪人間へと向けて駆ける脚は、犬人間と戦う前以上に軽く、まるで、俺のイメージ通りに身体を動かせそうな錯覚を覚えた。
俺は、右の上段で鉈を構えながら両腕を上げて仁王立ちしている猪人間の上体を見て、走りながら一度左へサイドステップでフェイントを入れる。
猪人間はそんな俺の動きを追いかけるかの様に右へと重心を移し、迎撃態勢を取った。
俺は更にサイドステップで左へと移動し、猪人間が更に右側へと体重をかけた瞬間に猪人間の左側へとサイドステップで移動した。
猪人間は、右へと身体を傾かせており、いきなり逆の左側へと移動した俺の動きに反応しようとするも、右へと体重をかけている状態では俺の姿は猪人間の左肩によって視界に捕らえ辛くなっており、俺は屈んで猪人間の脇を駆け抜けながら猪人間の脇腹を左手のナイフで斬り付けた。
「ブギぃ!?」
俺の姿を見失った上に自身の脇腹を斬られた猪人間は、驚く様な鳴き声を上げながら、俺が駆け抜けた後を追う様に背後へと振り返る。
俺は猪人間に捕まらない様に距離をとって離れた後、地面を足の裏で滑らせながら身体を反転させて、猪人間を視界に入れる様に立ち止まった。
猪人間は、俺に斬られた事に怒ったのか鼻息を荒くしており、殺意が籠っている目で俺を睨みつけている。
速さは俺の方が上か?
でも傷は浅そうだな……
俺は猪人間の傷を見ながら両手のナイフを握り直す。
両方準手で握っていたナイフを、左手のナイフ逆手で握り、右手のナイフを準手でギュぅッと握る。
ナイフを握り直した俺は、再度猪人間へと向かって走り出す。
さっきと同じ様にフェイントを入れながら鈍臭い猪人間の横をすり抜け、すり抜けざまに右手のナイフを猪人間へと突き刺した。
俺はコレを繰り返し、猪人間の腹や背中へと5本のナイフを突き刺した。
身体からナイフを生やしている猪人間の動きは、見るからに鈍くなっており、ブヒィブヒィと息を荒げ始めていた。
俺は、明らかに動きが悪くなった猪人間の背後へと回り、両手にしているナイフへとスキルを発現させて、猪人間の首へと2本の手にしているナイフを突き刺した。
ナイフを突き刺した俺は、瞬時にその場から離脱し、手へと槍を発現させる。
離脱しながら槍を手にした俺が背後の猪人間へと振り返ると、猪人間は膝から崩れ落ちて地面へと倒れた。
俺は槍の届く間合いまで警戒しながら近づき、倒れている猪人間の首へと槍を突き刺した。
「ヴぶぅ……」
猪人間は、くぐもった声を上げた後にピクリとも動かなくなった。
俺は猪人間の首に刺さっているナイフを引き抜いて槌へと戻し、抜刀で電子レンジへと変えた。
現れた電子レンジは自動で扉が開き、猪人間を吸い込んだ後に、チーンという気の抜けた音が鳴り響く。
俺は猪人間に刺さっていたナイフを回収して倉庫へと終い、電子レンジの扉を開ける。
そこには猪人間の体色と同じ色の玉が入っており、玉を確認した俺は扉を閉めて製造のボタンを押した。
再度チーンという音を聞いた俺は、扉を開けて中へと手を突っ込む。
中のものを握り、電子レンジから引き抜くと、俺の手の中には猪人間が使っていた鉈が握られていた。
電子レンジの扉を確認すると、そこにはこう記載が増えていた。
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オークの鉈
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「鉈か… マジで猪人間が使っていたのと同じだな…… まぁ、リーチがある分、ナイフよりは扱い易すそうだな」
俺が無防備に鉈を確認していると、いつもの酔いが急に襲って来た。
「グゥ──!?」
俺が酔いに襲われたのは既に4度目とはいえ、慣れるどころか余計酷く感じてしまい、俺は揺れる頭を動かさない様にこめかみを抑えながら地面へと横になって蹲った。
「ハァハァハァハァハァハァ── くそっ…… なんなんだよ…… 余計ひどくなってんじゃねぇか……」
酔いが収まると、俺は酷くなった酔いに愚痴りながら、槍を倉庫へと終い、左手に換装させたナイフ、右手に新しく手に入れた鉈を握って新たに現れた穴へと向かって歩いて行った。




