13. 上 と 下
恐怖という感情が怒りへと書き換えられた俺の口からは、溢れる様に自然とアレを呟いていた。
─パラレル
─と。
そして、俺が呟くと同時に俺の右手の中へと、柄が長い漆黒の槌が現れる。
現れたと同時に、槌を眼前へと移動させ両手で力強く柄を握る。
─正眼の構え
悲痛な顔で硬直していた俺が急に動きだし、徐にパラレルを発現させて構えだした俺を見た女性は、さらに口角を吊り上げながら口を開く。
「アラアラ。 私と戦うつもりなんですかぁ〜? やるだけ無駄ですよぉ〜? あなたがどれだけ頑張っても、 階位が上の私には勝てないですからぁ〜。 ウフフフフフ」
「そんなの知るかっ!生き死にがかかってんだよ!ってか、殺られるくらいなら殺ってやる!こんなクソみたいなゲームで死んでたまるか!」
「ウフフフフフ。 これをゲームと言っている様な覚悟では、 あなたは私に勝てないですよぉ〜。 大人しくさっさと死んでくださいよぉ〜。 フフフフフ」
女性は俺が発現させたパラレルに臆する事なく、一歩、更に一歩と余裕を持ってゆっくりと近づいて来る。
「それにぃ〜。 なんですかソレぇ〜? 柄が長いハンマーですかぁ〜? そんなので殴られても、あなたより階位が上の私には効かないと思いますよぉ〜。 っと言いますかぁ〜、パラレルがハンマーって─ プププププ─ アハハハハハハハ─ 酷いですねぇ〜。 もぉ、そんな弱そうなあなたの為にぃ、 抜刀なしで惨めに殺しちゃいますねぇ〜」
明らかに異常な考えの女性。
まるで、この状況を楽しむかの様に、平然と俺を殺そうとしている女性。
俺の武器を見てマウントを取って来る女性。
階位が自分より下ってだけで俺を舐めきっている女性。
これには─
─マジで頭に来た。
「舐めるなよ!」
俺は狩り場で巨大な狼と戦った時の動きを思い出しながら女性へと意識を向ける。
俺を舐めている今がチャンスだ。
女性は顔をニヤニヤとさせ、本当に“抜刀”する気配が全く無い。
だが、アイツを一撃で殺れるとは思うな。
何があっても慢心するな。
慎重に、そして、生き残る為に泥臭く生にしがみ付け。
俺は、絶対にこのクソゲーで生き残るんだ
自身の気持ち、そして、今やるべき事を確認した俺は、正眼に構えている槌を動かし、先を取るかの様に右から左へと槌の先を薙ぐ。
しかし、俺が動かした槌は、女性の槍先によって巨大な狼を一撃で倒した威力の横薙ぎを軽く往なしてくる。
だが俺は、慢心せずに一打一打注意を払いながら打ち込みを続ける。
俺の打ち込みを受け続けている女性は、細い身体のくせに体幹を崩す事なく、槍を持っている手先だけで俺の槌を軽く遇らう。
階位の差ってのはここまで身体能力に影響するものなのかよ…
あの女、一体どれくらいの階位なんだよ…
ダメだ─
─余計な事を考えるな。
今はこの状況から生き残る事だけを考えろ!
俺は余計な思考を一切遮断し、生き残る事だけを考え、女性へと向かって必死に槌を振い続ける。
「アハハハハハ─ あなた、どれだけ運が悪いんですかぁ〜。 あなたのパラレルもそうですがぁ〜、 いきなりキル日の私に見つかるとか、 餌なんですかぁ〜? 私にコインをあげる為に生まれてきた餌なんですかぁ〜? アハハハハハハハハ─」
女性は完全に慢心しており、まるで、自身の勝ちを微塵も疑っていない様子で、蝿を払うかの様に与一の攻撃を右手に握る槍でもって軽く往なしていく。
「それじゃぁ、 私は仕事の続きがあるのでぇ、 そろそろ─」
女性は、与一の槌を強く上へと弾くと同時に、瞬時に突きの構えを取る。
「─死んでください」
そして、女性から放たれた突きは、槌を弾かれ、無防備に両腕を上げている与一の心臓へと吸い込まれる様に寸分違わず向かって行く。
クソがぁぁぁぁぁぁ!
こんな理不尽なクソゲームでぇぇぇ!
誰が!
「死んでたまるか!ってんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
与一は迫り来る見えない槍先の軌道を無視するかの様に、女性と自身の間へと倉庫に収納していた冷蔵庫を発現させた。
「え?」
いきなり眼前に現れた冷蔵庫に驚きの声を上げながらも女性から放たれた突きは、そのまま与一が発現させた冷蔵庫へと突き刺さる。
瞬間、与一は脚にチカラを込めて冷蔵庫の横へと飛び退く様に移動し、槍が突き刺さっている冷蔵庫を横から思いっきり蹴り飛ばす。
与一の階位はまだ2とは言え、身体能力が常人以上に上がっている与一の蹴りを受けた冷蔵庫は、槍を突き刺したまま横へと飛んで行く。
女性は突如として目の前に現れた冷蔵庫と、冷蔵庫に突き刺さった槍が手から離れた事で、急に訪れた不測の事態に軽く放心したかの様に、突きを放った後の右腕と身体を伸ばした状態で動きを止めていた。
「お前が死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!換装ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
与一は伸びきった女性の身体の内側へと潜り込み、換装によって姿を変えた槌、否、白い刃のナイフを女性の首へと向けて思いっきり突き刺した。
与一が突き刺したナイフは、階位の差によって刃先までしか突き刺す事ができなかったが、それでも与一は、女性の首に走る頸動脈を狙う様に、集中して何度も何度もナイフを首へと突き刺した。
ナイフを突き刺している間に、女性が自身の手で首を覆い隠して与一のナイフを防ごうと抵抗されるも、与一は左手で女性の頭を掴み、ガラ空きの顔面へと膝蹴りを入れる。
幾度となく放たれた与一の膝蹴りにより、女性の鼻は折れ曲がって血が吹き出し、吹き出る血によって息ができなくなった女性は、堪らず首を覆っていた両手を眼前へと持って行く。
ソレを見た与一は、再度、女性の首へと目掛けて何度も何度もナイフを突き刺すが、階位が上がっている女性の身体強化にナイフが耐えきれなかったのか、白い刃のナイフは半ばからバキりと音を立てて折れた。
ナイフが折れたと同時に、与一は女性の髪を掴んでいた手を離して距離を取り、半ばから折れたナイフを槌の姿へと戻した。
ハァハァと息が荒れまくっている与一の視線は、立体駐車場のツルツルとした冷たい地面に横たわる女性へと釘付けになっており、倒れている女性は、自身の首から吹き出している血が作る血溜まりの中でビクんビクんと身体を痙攣させていた。
「ハァハァハァハァハァハァ──」
与一の顔や腕、着ているジーンズとパーカーは、女性の返り血によって酷く真っ赤に染まっているが、与一は自身の今の姿を気にするよりも先に、手にしている槌を大きく袈裟に振り上げる。
そして、そのまま女性へと近づいて行き、倒れている女性の顔面へと向かってチカラいっぱい振り下ろした。
与一が振り下ろした槌は、女性の階位が上な為か、巨大な狼の時の様に女性の頭を吹き飛ばすまでには至ってはおらず、何度も繰り返される与一の渾身の振り下ろしの一撃を受け続けていた女性は、痙攣する事なく、ぐったりと身体の動きを停止させた。
「ハァハァハァハァ── 最悪に胸糞悪すぎだろコレ──」
女性が動かなくなったのを視認した与一は、その場にヘタリと腰を抜かす様に両膝を立てて座り込み、女性が再度動き出す可能性を考慮し、横たわっている女性へと睨む様に視線を固定させながら荒れる息を整え始めた。
与一が女性を睨み続ける事数十秒、突然、女性の身体がモザイクタイルの様に色とりどりに光だし、まるで、バグ画像の様にノイズを走らせながら女性の体が徐々に消えて行った。
女性が消えた後には、綺麗サッパリ血の一滴すらも残っておらず、冷蔵庫に突き刺さっていた槍もいつの間にか消えていた。
同時に、与一の服や身体に付いていた返り血も、まるで何事も無かったかの様に消えており、女性が消えた後の地面には、金色のコインが5枚落ちていた。
「………………」
与一の視線は、そのまま地面に落ちている5枚のコインへと固定されており、ゆっくりと体を起こし、フラつく足取りでコインの側へと近寄って5枚のコインを拾い上げる。
「……なんで5枚も落ちてんだよ…………1人倒したら1枚なんじゃねぇのかよ…………」
与一は、酷く疲れ果てた顔で自身の掌の上にある拾い上げた5枚のコインを見つめる。
死の恐怖に支配された極限状態での防衛と、余り休みを取っていない昨夜の疲れもあり、このままでは倒れてしまいそうな程フラフラとした足取りの与一は、とりあえず、発現させた冷蔵庫とバラバラに飛び散った買った物を倉庫へと仕舞い、槌を杖の様にして駐車している車へと向かって歩きだす。
車のドアを開けて中へと入った与一は、グッタリとシートに背を預けながらも力なくカースへと手を当てる。
「ダンジョンイン……」
瞬間、与一の視界が反転し、プライベートダンジョンへと転移した。
プライベートダンジョンへと転移した与一は、満身創痍と言った身体を動かし、プライベートルームへと向かう。
プライベートルームへと入った与一は、倉庫から仕舞っていたベッドを取り出し、ドサっと身体を投げ出した後に意識を手放した。
覚醒しかけている俺の耳へと誰かの声が聞こえてきた。
その声は、煩いくらいに良く聞こえ、まるで、声に誘導されるか様に俺の意識がハッキリとし始めた。
こ、ここは…
…………
そうか…
あの後、落ちたんだっけ……
意識が覚醒した俺は、うつ伏せの状態からゴロンと仰向けになり、青く光る天井を見上げた。
『ちょっとあんた!大丈夫なの!随分と長い事寝てたわよ』
頭の中に響く声に誘導される様に、俺は視線の端にある数字を眺める。
確認した数字は、夜中を回っているのか、2時となっており、俺はゆっくりとベッドから身体を起こした。
「あぁ。とりあえず、なんとか無事だ」
『ホント、ベッドを取り出したと思ったら急に倒れたから吃驚したわよ』
「すまん…心配をかけたな…」
俺は声の主である夜市へと答える。
『それにしてもあんた……良くアレを倒せたわね……』
俺は、夜市の言葉に、スーパーで対峙した女性の事を思い出し、眉間に皺を寄せて苦々しい顔をした。
「良く覚えて無いが、あの時は生きるのに必死だったからな……」
『って言うか、事前に武器を作っていなかったら、あんた、完璧にアウトだったわよ…』
俺はスーパーでの女性との交戦によって折れたナイフの事を思い出した。
「ホント、ソレな。槌で殴るだけとかマジでなんの戦力にもならなかったわ。しかも階位の差って言うハッキリとしたチカラの差を思い知らされたわ」
『だからちゃんと説明したでしょ?平均的な階位ってヤツを。 階位さえ上がれば、戦い慣れていない女性でも、あんな動きができるのよ』
夜市が俺の頭の中でフぅ〜っと溜め息を吐く。
「だな。階位は優先して上げられるだけ上げるべきだな……」
俺も今回の奇襲で階位の重要性を悟り、同じ様に溜め息を吐く。
『って言うか、あんたもあんたで色々とおかしいけどね』
「アぁあん?どこがだよ?」
『試練の間の事と言い、さっきの女性との戦いと言い、あんたの発想おかしいわよ… あんたには逃げるって考えは全く無いのかしら? チカラもスキルも武器も技術も経験も、 全てが相手より劣っているって言うのに、あんたはなんで逃げずに戦おうとするかな?普通、逃げるよね?』
夜市は与一へと確認する様に疑問を投げつけた。
この質問に対し、夜市は与一が長考する、若しくは答えられ無いと思っていたのだが、与一は夜市の予想に反して即答した。
「そんなの、生きる為に決まってんだろ」
即答した与一の眼には一切の濁りは無く、意思を持った熱い視線を虚空へと向けていた。
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