11. 狩り場 と ATM
結果、あの後、俺は6時間ぶっ通しで巨大な狼を倒し続け、現在の時刻は朝の10時を過ぎていた。
槌で殴れば簡単に倒せるとは言え、何匹倒したのか数えるのを途中でやめた。
最初の頃は、倒しては抜刀して電子レンジで吸い込んで玉に変えていたのだが、倒しては玉に変えると言う効率の悪さを覚え、狼の死体をフロアに溜めて一気に吸収することにした。
しかし、ある程度時間が経った狼は、自然とフロアから消滅してしまい、10体程が消えて無くなり素材を無駄にしてしまった。
実際は、倒した分だけ2,000円は手に入るのだが、今はお金よりも素材が欲しかった。
俺が無駄にした素材の事で少しヘコんでいると、夜市が、倒したモンスターは倉庫に入れておけば良いだろ?と言って来たので、その後からは倒しては倉庫に入れると言う事を繰り返した。
倉庫は抜刀の箇所に記載があったのだが、何故か納刀の時も使えた。
考えてもどうせ解らない事なので、使えるならそれで良いやと言う事でそのまま倒しては倉庫へとしまうと言う事を繰り返した。
流石に疲れた俺は、一旦狩り場から出ることにし、エントランスを通り、倉庫へと向かった。
倉庫は、少しの通路を抜けると、まるでサッカー場の様な広さと、10mはありそうな高さがあり、倉庫の真ん中では、白い狼が山の様に積まれていた。
自分がやった事ではあったが、流石に首がない狼の山を見た俺は、自身の行いに軽くドン引きし、直ぐに槌を抜刀で電子レンジへと変えて全ての首無し狼を吸い込ませた。
電子レンジで精製された玉は全部で110個あり、最初の無駄にした10体を加えると、どうやら6時間で120体の狼を倒した様だ。
取り敢えず、疲れまくった俺は、倉庫で素材を玉へと変えた後に、夜市に2時間後に起こしてくれと言った瞬間、深い眠りへと落ちた。
2時間後、俺は夜市の声で目が覚めた。
流石に、飲まず食わずの状態では喉の渇きが激しく、素材の玉は一旦、倉庫へと置いておき、俺は急いでプライベートダンジョンを出ることにした。
「そんで、プライベートダンジョンへと出入りするにはどうすりゃ良いんだ?」
『カースを触って”ダンジョンイン”で入れて、”ダンジョンアウト”で出れるわよ』
「なんか、普通だな……」
『普通なんだけど、これを聞かずに出たプレイヤーはダンジョンに入る方法が解らずに、相当悲惨な目にあったって言うのを聞いた事があるわ』
「って言うか、出る方法を教えた時点で入る方法も一緒に教えるだろ普通」
『出る方法を教えた瞬間に出てしまった為に、パラレルの意識が休眠し、入る方法を教える事ができなかったのよきっと』
「急いで出たいって気持ちは分からなくもないが、今のお前みたいに入る方法から教えればよかったんだろうなきっと……」
俺は夜市の話を聞きながら、自身の右手首にできた槌の痣へと視線を移した。
「そんじゃ、喉も渇いたし腹も減ったから、一旦地上へと戻るとするか……そんで、お前は地上では休眠?ってのをするんだったよな?」
『そうね。地上では今みたいに会話はできないから。それと、あんたがカースへコインを吸収させた事で私の身体はこの槌になってしまい、このゲームをクリアしなければ元の姿には戻れないわ。まぁ、プライベートダンジョン内では元の身体にも戻れるから、そこんとこはあんたに任せるわ。それと、パラレル、あ、武器の事ね。これは、あんたが倉庫に物をしまうみたいな感じでカースから自由に出し入れできるから、必要な時意外はカースにしまっておくと良いわ。後、カースはパラレルを出現していないと使えないから、その事だけは絶対に忘れないで。いいわね?』
「あぁ。分かった。 ──あ、危ねぇ、忘れてたわ」
『どうしたのよ?』
「ATMで金を下ろさなきゃ」
『早速下ろすの?』
「あぁ。次入る時は、此処にギリギリまで居る予定だ。その為の食料とか飲み物を倉庫に買い貯めておく。ってか、此処でカセットコンロとかで火を起こしても問題ないよな?」
『一度プライベートルームに行って確認してみて。そこで生活もできる様になってるから』
「そうなのか?」
と言う事で俺は倉庫を出て横のプライベートルームへと向かった。
プライベートルームは、20畳程の広さがあり、シャワールームとキッチンが据え置きであった。
キッチンにはIHコンロの様なものがあり、これを使って料理ができそうだ。
しかも、プライベートルームには、どう言う原理かは知らないが、コンセントと電話回線が引かれており、ネットも問題なくできる様だった。
ネット回線を見て思い出した俺は、ケツポケットにしまってあるスマホを取り出して画面を見てみると、何故か電波のアンテナが立っており、ブラウザアプリを立ち上げて、試しに「犬」で検索をかけてみると、問題なくネットが使えていた。
「此処だけは電波入るんだな……ってか、着信履歴がひでぇな……」
着信履歴には、会社の上司からの着信が20件も入っており、俺は取り敢えず折り返しで会社へと電話をかけた。
「上代ですが、お電話いただいていた様で」
『上代っ!おまえ一体、今、何時だと思ってんだ!どうせ今まで寝てたんだろ?こっちは仕事が溜まってんだよ!さっさと来い!社会人としての自覚が足りないんじゃないのか!──』
出たよ、社会人……
俺は、聞く気がないかの様に耳からスマホを離して遠ざけ、上司の話が途切れるのを待った。
「あ、その事なんですけど、俺、今日で仕事辞めますんで」
『は?本気で言ってるのかお前?』
「本気ですよ。社会人としての自覚も責任もクソくらえなんで。って言うか、溜まっている仕事ってあなたのですよね?なんで俺がやらなきゃならないんですか?あなたも、あなたが言う社会人の1人でしたら、自分のケツくらい自分で拭いてください」
『なんだとコラァ!?』
「あ、それと、引継ぐ仕事なんて1つもないですよ。いつもメールにはCC入れていましたし、仕事は全て共有してましたんで。って言うか、俺1人いなくなったところで全然問題ないですよね?まさか、俺1人がいなくて仕事が回らないって言う様な会社な訳ないですよね?まぁ、そうなったとしても、部下に全てを押し付けていたあなたの責任な訳ですし、あなたの言う社会人なら、上司は部下の責任くらい取れますよね?」
『おまえ!ふざけてないでさっさとこっち来い!』
「いや、今、辞めるって言ったじゃないですか。ってか、前々から思ってたんですけど、ちゃんとコミュニケーションって取れてますよね?いや、会話も意見も全部一方通行で取れてなかったですよね?って事で、これからも社会人頑張ってください。では〜」
『ちょっ!?オマ──』
ピっ
いや〜。
良いタイミングで会社を辞める事ができたな。
会社を辞めてスッキリした顔の俺は、軽い足取りでATMの部屋へと向かって行った。
ATMの部屋にはそのまんまの、どこからどう見てもATMな機械があった。
「オイ…まんまATMなんだがどうやって下ろすんだよコレ?カードなんて持ってねぇぞ」
『そこの画面にカースを翳せば認証されるわ。その後は金額を確かめて下せば良いのよ』
夜市に言われるままに、俺は手元の画面へと右手首にあるカースを翳した。
すると、画面へと俺の名前が浮かび上がり、同時に金額が表示され、現在の金額は54万と言う表示があった。
階位の間で倒したゴブリン (10万) とホワイトウルフ (20万) が1体ずつ。
そして、狩り場で倒したホワイトウルフが120体 (1体2,000円) 。
それらを合わせて54万円となっており、俺は一気に1ヶ月分の給料以上を稼いでしまっていた。
取り敢えず30万くらい下ろしておくか……
俺が30万という数字をATMへと入力すると、カシャカシャカシャとお金を数えている様な音が聞こえた後に、手前の蓋が開いて1万円の札束が現れた。
俺は恐る恐ると言った感じで札束を手に取り、手に取った束から1枚抜き出して裏表と調べるが、どう見ても本物の1万円札であった。
「偽札って事、ないよな……」
『残念ながら、本物よ』
「マジかよ……」
ってか、残念ってなんだよ。
取り敢えず、手にした1万円の束を折り曲げてスラックスのポケットへと仕舞い込み、ATMの部屋を後にした。
「そんじゃ、一旦地上に戻るわ」
『外に出ればゲームが開始されるから、くれぐれも他のプレイヤーとのエンカウントには気をつけるのよ。プレイヤーはあんたと同じ様な痣を持っているから、注意深く人を見るのよ。そして、あんたも全力で痣を隠すのよ』
「あぁ。分かった。食料や必要な物を買ったら直ぐに戻るわ」
『ええ。それが賢明ね。気をつけて』
「そんじゃ、行ってくる」
俺は言葉を言い終えると同時にカースへと左手で触れ、”ダンジョンアウト” と唱えた。
俺の視界は、一瞬にして青く光る洞窟の様な場所から、太陽が降り注いでいる昼下がりの公園にある自販機の前へと変わった。




