10. ナイフ と 時間
俺は、ガチャンと自動で扉を閉じた電子レンジの音によって思考が再起動し、吐き出された白い刃のナイフを手に取った。
「本当にナイフだな……」
俺は、手にしているナイフの刃を指の腹で軽くなぞる。
指の腹ではゾリゾリとした感触があり、鋭角な刃は良く斬れそうな感じがした。
「ってか、鞘や入れ物は無ぇのかよ… どうやって持ち歩くんだよこんなの……」
と俺が手にしているナイフを色々と弄っていると、夜市が声を発した。
『アレじゃない?ほら、納刀のカースの、【記憶】と【換装】?』
「そう言えば、そんなのがあったな……」
全く使わなさそうなうえに、イカれた電子レンジと簡単にできたナイフの事ですっかり忘れてたわ……
「んで、どうすりゃこの電子レンジを元の槌に戻すんだ?」
『”納刀”って唱えれば戻るわ』
「刀でもなんでもないのに納刀とか…… 電子レンジだぞコレ……」
と俺は軽く愚痴りながらも納刀と呟く。
「納刀」
すると、地面にあった電子レンジが消え、俺の手元に黒い槌が現れ、俺は手元に現れた槌を反射的に掴んだ。
「そんで、記憶ってどうすりゃ良いんだ?」
『さぁ?』
「”さぁ?”っておまえ……」
どうやって記憶させれば良いのか解らない俺は、とりあえず色々と試した。
結果、槌へと作った武器を記憶させる方法はと言うと、作った武器を槌で叩き壊すだった。
叩き壊すと言っても、そこまで力を使う必要がなく、槌で作った武器を軽く叩くと、作った武器がボロボロと崩れ、黒い霧の様に霧散してなくなり、なくなると同時に頭の中へと無機質なアナウンスが流れて来た。
─新タナ武器ノ 記憶ガ 完了 シマシタ
「『…………』」
せっかく作ったのに、壊して記憶させるってどう言う事だよ……
俺が複雑な気持ちで消えたナイフの位置をボーッと眺めていると、夜市が先を促してきた。
『次よ次。今度は換装よ』
「……あぁ……【換装】」
って事で、槌を握りながら俺が”換装”と唱えた瞬間、握っていた槌が一瞬にして白い両刃のナイフへと姿を変えた。
「槌がナイフに変わった……」
『そう言う事なのね……』
槌がナイフに変わった事で、夜市は何かを悟ったかの様な事を口ずさむ。
「どう言う事だよ?」
『え?見たまんまじゃない。あんたの能力は、槌の状態では多分攻撃能力は低いと思われるわ。けど、電子レンジでこのナイフの様に色々と武器を作ったり、武器にスキルを付与したりして武器の威力を上げていき、それを槌に記憶、換装させて戦うって事よ』
「最悪に面倒くせぇスキルだな……」
『でも、流石に”クラウン”で”★5”なだけはあるわね…… あんたはスキルを獲得し放題よ! しかも、その獲得し放題のスキルを組み合わせて戦えるって事なのよ!』
夜市は与一が得たカースの凄さに驚き、与一の頭の中で騒ぎ始めた。
「煩ぇな……凄いのは分かったから落ち着けよ……俺の頭の中で大声あげるなよ……ってか、今、フと思ったんだけど、コレで★が5より少なかったら、マジで酷かったんじゃねぇか?」
『確かにそうね…… クラウン以外の★5以下とかだったら、ただ武器を作っていただけだったかも。それに、抜刀後の電子レンジの機能も少なかったかもしれないわね』
「って事は、最悪、スキルの抽出も付与もなく、武器を作って終わりって可能性もあったって事かよ……」
夜市の話を聞いた与一は、自身は運が良いのか悪いのか解らない状態になった。
「まぁ、とりあえず、これで戦う為の手段はなんとかなりそうだな……」
『それで、この後はどうするの?』
「この後も何もないだろ……ここを出たらゲーム開始なんだろ?」
『そうだけど……もしかして、ここに居続けるつもりじゃ……』
「いや、無理だろ……食料も飲み物もないし。って言うか、ここに居るのも、どうせ時間制限とかあるんだろ?」
『えぇ。そうね。最長で、72時間しか居られないわ』
「だろうな。ここにずっと居れるんだったら、みんなここから出ないわな。せいぜいが寝る時とかって感じで拠点として使ってんだろ?」
『その通りね。72時間が経つと、プライベートダンジョンに入った場所へと吐き出されるわ。そして、5時間のインターバルがあって、その後またプライベートダンジョンへと入れる様になるわ。それと、72時間はトータルの72時間だから、72時間以内であれば自由に出入りが可能よ』
「マジかよ。 インターバルあるのかよ……ってか、吐き出されるって、表現的にどうなんだよ……って言うか、もし、選択しなかった者が72時間以上此処にいた場合はどうなるんだよ?それも吐き出されるのか?」
『そんなの決まっているじゃない。永遠に出られないわよ』
夜市の表現に対し思うところはあったが、そう上手く行く訳がないと言う考えを先に確認できた事で今後の対策が立てやすくなった。
「そんじゃ、一旦ここから出るか……」
『分かったわ。それじゃ、入って来た壁にある転移装置に触れて』
「なんだそれ?そんなのが此処にあったのか?」
『選択をすれば出現する様になってるのよ』
「選択しなければ、マジで殺す気満々じゃねぇか……」
俺はこのクソみたいなシステムに嫌気がさしながらも、地面に放置されていたスマホを回収しながら、入って来た行き止まりの壁となっていた箇所へと向かって歩きだす。
「……これか……」
俺の目の前の壁には、先ほどはなかった、オレンジ色に光る四角形の石板が現れていた。
『それに触れれば、エントランスへと転移できるわ』
「エントランス?」
『色々な部屋へと移動ができる開けた場所よ』
俺は、全く読めなかった石碑の様なものと一緒に複数の穴があった開けた場所を思い出しながら、オレンジ色に光る石碑へと手を触れる。
「………」
俺がオレンジの石碑を触った瞬間、俺の視界は一転し、そこには俺が今し方思い出していた、複数の読めない石碑と穴がある開けた場所だった。
『此処はエントランスで、穴はそれぞれの部屋に繋がっているわ。右から順に、倉庫、プライベートルーム、ATM、狩り場、階位の間よ。って言うか、真っ先に階位の間に入っていくとか、アンタ、どんだけツイてないのよ』
俺は、夜市が言う様に、色々とある部屋の中で、何故、一番左の階位の間へと進んでしまったのかと言う自分の運の悪さを呪いたくなった。
「俺もそう思うよ……ってか、ATMの部屋ってなんだよ……」
『それは勿論、モンスターを倒した際にそこに入金され、そのお金を下ろす為よ。モンスターを倒す毎にお金がその場に現れたりとかしたら、戦いに集中できないでしょ?』
そんな事、命かけている間に一々考えられるもんなんかよ……
『それで、地上へ戻るんでしょ?』
「いや、まずは狩り場に行く」
『なんで?』
「なんでって、お前…… ナイフを強化する為に決まってんだろ?どうせ、後、二日くらいは此処に居れるんだろ?」
『まぁ、そうだけど、食糧や飲み物はどうするのよ?』
「とりあえず、身体の限界までナイフの素材を集めておいて、それから飯食いに地上へ戻るわ。こんなクソゲーに参加させられたとあっちゃ、真面に仕事にも行けないだろうし、コレを期にあんなクソみたいな老害共がいるクソ会社も辞めてやるわ」
『あんた、案外潔いのね?』
「まぁな。生きる為の金もここで手に入るし、命を狙われている中、あんな病む様な場所に好き好んで行くってのも馬鹿な話だからな」
俺は夜市と喋りながらも狩り場へと向けて歩き始める。
狩場の中は、通路になっていて、通路の先は、さっきまで居た階位の間と同じ様な広さの部屋であり、広間へと入る手前の通路の壁には、階位の間を出た時と同じ様なオレンジ色に光る石板があった。
「そんで、どうすればあの化物を出現させられるんだ?」
『そこの石板に階位の間で倒したモンスターの名前が出ているから、それをタップして、出現条件を入力すればそこの広間に現れるわ』
って事で、俺はオレンジ色に光る石板を覗くと、そこにはゴブリンとホワイトウルフと言う文字が現れていた。
「あれ?なんで俺、文字が読めるんだ?」
『そんなの、選択したからに決まってるじゃない』
「………」
色々とツッコミたい気持ちを抑え、石板のホワイトウルフの名前をタップした。
すると、発現条件の設定項目へと画面が移り、【発現数】【リポップ時間】と言う2つの項目が現れた。
発現数と、リポップ時間はプルダウン式になっていて、どうやらそこから数や時間を選ぶ様だった。
取り敢えず、発現数は1、リポップ時間は3分でいいか?
発現条件を選び【OK】をタップすると、広場の中央の地面が光り始め、先ほど倒した軽自動車ほどの大きさの白い犬が現れた。
「マジで出やがったよ……」
『そりゃ出るわよ』
「って言うか、武器を槌に戻したいんだが、どうすれば戻るんだコレ?」
俺は手にしている白いナイフを見ながら夜市へと尋ねた。
『さぁ?戻れって言ったら戻るんじゃないの?知らないけど?』
「………」
夜市が言う様に手にしているナイフを槌に戻れと考えた瞬間、真っ白なナイフは漆黒の柄の長い槌へと姿を変えた。
「……おまえ、本当にカースの事は何も解らないんだな……」
『知る訳ないでしょ?私はあんたが得たカースを発現させる為の媒介なの。それに、あんたが初めてプライベートダンジョンから地上へと出たら、私は媒介としての役目通り、私の意識は眠りに着くから。こうして話していられるのもプライベートダンジョンに居る間だけよ。カースの事は解らないけど、プライベートダンジョンについては教えられるから、吐き出される前に話す時間をちゃんと作ってよね?』
「マジかよ……そんな重要な事は先に言えよ……」
『どうせ、言い残した事は、プライベートダンジョンから出る方法と入る方法だけよ。そんなの、出る時にでも説明すれば良いでしょ?』
「って言うか、どうやったら吐き出されるまでの時間が分かるんだよ?俺が此処に入ってから何時間経ったのかすら分かってねぇんだぞ?」
『残り時間って呟けばその辺に現れるわよ』
「……残り時間?その辺に現れる?」
俺が意味も分からず呟いた瞬間、俺の視線の右上にデジタル表示で ”66:32:12”と言う数字が現れた。
数字はどんどんと減っていっている様で、俺が此処に入った瞬間は72:00:00となっていただろうという予測ができた。
「表示はカウントダウンなんだな……」
『そりゃそうでしょ。あ、それと、今の時間も一緒に表示できるから』
「はぁ?今の時間?」
すると、プライベートダンジョンにいられる時間の下に、現在の時刻が04:10:32と現れた。
「まさかとは思っていたが、もう夜中の4時過ぎてんじゃねぇか……」
『それで、どうするのよアレ?』
夜市の声は、広場の中央に佇む巨大な白い狼を指しており、俺はその声に誘導される様に広場の中央へと視線を移した。
「まぁ、予定通りやれるとこまではやっておくわ」
って事で、俺は漆黒の槌を握りしめ、巨大な犬へと向かって突っ込んで行った。




