〜第7話〜 初めての仲間
いやねー、大晦日。
今年は何をした気にもなれなかったね。コロナ許さん。
前回同様朝早くにリリーの家を出て、ギルドの適当な席に座るが、昨晩あまり眠る事が出来なかったので気力が湧かず、ぼーっとする事しか出来ず今に至る。
依頼を受けようにもダルくて動けない。
何らかのトリガーとなる物が無いと行動する事は不可能と断言出来る程の無気力状態。
そんは何のやる気も湧かない時特有の、面白い物に触れたいという衝動に駆られて辺りを見回す。すぐ後ろに本棚があった事に気付く。
この世界の書物に少し興味があるので確認しに席を立ち、舐めるように本の背表紙を確認すると、今の自分にピッタリの本があったので手に取る。
…“初心者向け・魔術の基礎について”か……。
ステータス表示にさえも魔術を使ったりする事もあったし、この世界だと魔術が使えなきゃ日常的な事すら出来ない気がする。
とりあえず、適当にパラパラめくって少しだけ目を通しておくか。
“体内に蓄積される『マナ』という物質を代価として消費し、エネルギー体を放つ、物質に何らかの力を与える、物質の性質を変化させる、といった事を魔術という。”
”魔術元素を用いて相手を攻撃する魔術を黒魔術と言う。”
“何らかの魔術元素(火、水、雷、風、氷、土、闇、光等)を発する場合、それらの元素に住まう精霊と契約していなければ上手く行かない。”
“黒魔術は、一部の例外を除き、そういった魔術元素を用いて相手を攻撃する場合にのみ定義される。”
“それぞれの元素の精霊との契約方法は本書や魔術の教科書等に記されている。”
“精霊と契約せずに、魔力による攻撃をしたい者は、杖や魔銃を買うべし”
…魔術の意味がこんなにハッキリと書かれている事にどこか違和感を感じる。
なぜだろうか。
…。
分かった、そういう事か。
前の世界では不思議な現象であれば何でも『魔法のような』という比喩を用いて表現出来る程魔法や魔術に対してのイメージが壮大で且つ漠然とした物だったからだ。
恐らく元々あったそのイメージ故の違和感だな。
ところでアビリティは魔術ではないのか? 体が透明になるのも何らかのエネルギー体の影響ではないかと思ってしまうが…。
いや待て、あの自称神は、魂と体の結びつきが云々とか言ってたし別枠だ。違うか。
精霊との契約がどうのこうのに関してはよく分からんが、その点さえこなせばあとは簡単に攻撃魔術もとい黒魔術も使えそうね。
よく分からん魔法陣だとかなんだとかをイメージしないといけないとかだったらめんどくさかっただろうし、これはラッキーだ。
試しにまずは契約してみ___
「影太くんじゃないか、今日も早いね! ほら、ランちゃんも挨拶しなよ」
「おはようございます影太さん…」
魔術に手を出してみようと思った矢先にディエゴとランに声を掛けられる。
………空気を読めブス共が…。
イヤミのつもりでパタッと音を立てて本を閉じ、二人の方に目を向け「おはよう」と返し、本棚に本を戻すと目の前に立ってやる。
「それで、何か用か?」
「あぁ、ゴブリン討伐の依頼を受けようかなと思ってるんだけど、良かったら影太くんもどうかなって。
それに、君とは色んな事を話してみたいんだ」
最後のは蛇足だがまあ良いか。
丁度他のやつの戦いぶりが見たかったんだ。
「分かった、同行しよう」
三人でクエストボードを確認し、その依頼について書かれた募集用紙にカードをかざすとそれぞれの印が浮かび上がる。
そして受付に行き、ディエゴが受付嬢を呼ぶ。
「エリッサさーん!」
今日はジョイじゃないのか。
「はーい、ディエゴくんとランちゃんね」
エリッサと呼ばれた黒髪ボブの色白でややツリ目の受付嬢が笑顔で迎えてくれた。
あ、この人あれか、あの時俺と目が合った後になんかメモってた怖そうな先輩受付嬢だ。
「はい! エリッサさんは今日も綺麗で素敵ですねぇ」
ディエゴがニヤニヤしながらそう言った瞬間、彼女の笑顔が消え、代わりに氷のように冷たい表情が現れる。
その姿はまさに雪の女王。
正直本気で怖い。
エ○サに改名しろ。
無理ならエ○ッサでもいいぞ。
「あ、ごめんなさい、ハハハ、本当は依頼の手続きをして欲しくて…アハハ」
全てを分かっていたかのようなテンポでそう謝罪すると、エリッサは心の底から憎たらしそうな表情を浮かべて聞こえるように「はぁぁぁ…」と重くため息を吐き、暫く虚な表情を浮かべながら余韻に浸ると、
さっきまでと全く同じ笑顔で同じようなハキハキとした口調で「それで、何の依頼を受けるのかしら?」と聞いてくる。
めっちゃ怖いんだけどこの人…。
でも、ディエゴのやつ、それを分かっててやってるだろ。こいつもこいつで中々やるな。
「これです!」
ディエゴは募集用紙をエリッサに見せ、ニヤニヤしている。
募集用紙、持ってきていいんだ。
今度から詳細聞く時は持ってくるようにしよう。
「ふーん、ゴブリン討伐ね。
確かその依頼主の情報によると、ここから近いところにあるナト村ってところの近くにゴブリンの集落が出来ているって話だったかしら?
巣穴じゃないから罠とかそういうのは無いと思うし、まだ小規模な集落らしいから比較的楽だとは思うけど、Iランクの冒険者さん二人だと少し大変だと思うわ。
それでも行くんだったら、その集落の場所を記した地図があるから持って行ってね」
ディエゴはエリッサから地図を受け取ると、どこか得意げな様子で「今回はもう一人いるんですよ」と胸を張って俺を手で指す。
「あら、そうなの?」
エリッサがディエゴとランの後ろにいた俺の顔をじっと見つめてくる。
え、何言われるんだろう。
何言われてもいつものペース崩さないようにしなきゃダメだな。
「貴方なんて名前だっけ…確か初めて話すわよね」
「ああ、初対面だ。ニイロ・エイタって名前で登録していたと思うが」
「あぁ〜、そんな名前だったわね」
「…顔は覚えていたのか?」
「えぇ、貴方が登録した日に横で見てたわよ。ていうか貴方が例の影太くんだったのね」
待て、例のだと? どういう形で名前を知られていたんだ? メモられていたのも関係してるのか?
自分の名前が知れ渡る事なんてネット上でしか無かったので正直気になる。
あ、炎上して晒されたとかじゃないからな。炎上させる側として広まっただけだからな。
それは置いといて。
「例のってどういう意味だ?」
「あー、地味に有名人って事よ」
「…は?」
横でディエゴとランが苦笑いをしてる事には触れぬまま話を続ける。
「…なぜ俺が有名人なんだ?」
「SSランクの有名な冒険者に運ばれても無愛想な態度取ったり、その後やたらちっちゃい女の子にお説教されて腕引っ張られながら帰ったりしたからよ」
タデウスとカイラ、アイツらSSランクだったんだ…。
道理であんなヤバそうなやつに攻撃出来たのか。
だがしかし、まさかあの日起きた一件だけで有名になるのか…って言っても初日だったしな。
いきなりあれだけ目立てば有名にもなるわな。
もう少し慎ましくと意識するべきだったか…失敗だ。
目元を手で覆ってため息を吐く。
それと同時に何かが抜けた気がした。
喋る気力が戻ってきたタイミングでエリッサに問う。
「……誰が広めた?」
「んー、その時周りに居た人とかかしらねぇ…。
あ、でも、そういう話だけが広まってるって訳じゃないのよ?」
フォローされるが、その理由にはもう興味が湧かない。
結局、変な噂など気にしたところでどうしようもないという真理を悟り、満面の笑顔を浮かべて「行こうか」とボソリと呟く。
「あ、うん、分かった、じゃあ行こうかな」
「い、行ってらっしゃい…気を付けてね…」
ん? 何故か満面の作り笑いを浮かべただけで、めちゃくちゃよそよそしい反応をされたそ。
っかしーな。
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ディエゴを先頭にギルドを出て、街の門付近にある駅馬車乗り場でナト村行きの馬車を待つ。
その間ディエゴとランの会話に参加するのが面倒なので、寝たフリをしながら思考の世界に籠る。
魔法の乗り物ではなく馬車ってなんか残念だなぁとか考えてる内に馬車が来たようだ。
4頭の馬が木製で幌が取り付けられている車体を引いている。
イメージ通りの外見ではあるが、意外と大きい。
「おっ、来たね、乗ろうか」
ディエゴが御者に「三人分です」と18枚の銀貨を手渡すと、それぞれ馬車に乗り、車内の適当な席に座る。
客は俺達だけか。
んで、こいつが金出してくれるのか、ラッキーだ。
…ん?
いや待て、女がいるからってカッコつけてるだけのか? だが、別に良い女でも無いし、むしろブスな類だし、こんなだらしない体型の芋女風情にそんな風に接するする必要はない筈。
ブス同士釣り合っててお似合いだとは思うけども。
それとも純粋な気遣いか? 別に何でも良いんだが。
また自分の世界に籠ろうとすると、何を思ったのかディエゴが無理矢理話題を出してきた。
「ところでさ、みんなが初対面の時に、それぞれに思った事を言ってみない?」
「あ、いいね! それ!」
おい俺まで巻き込む気か、正直めんどくさい。
コイツらと初対面の時は、あまり良い印象を受けなかったから正直に言い過ぎると問題な気もするし、配慮が必要という意味でもめんどくさい。
「確実に空気が悪くなる気がするが」
「ま…まあ話題が無いよりはいいじゃん」
「そうかな」
無関心に呟き、目線を逸らす。
ランが怪訝な顔でこちらを見つめているのに気が付いた。
不快な仏頂面だ。ブスだから尚更不快だ。
その気まずい空気に何を思ったか、ディエゴは慌てて「じゃ、じゃあまずは僕から!」と言い出した。
「まずランちゃんに対して最初に思った事だね、『絶対転移者だ!』って事かな」
「え、そう見えたの?」
「服装がさ、転移者っぽくてさ…」
「あ、確かその時はそうだったかも…」
普通過ぎてつまんねー…帰りたーい…。
こいつ人と話すの慣れてねえだろ…もう無理しなくていいよ陰キャ…。教室の端で寝てろよもう。
ん? いや、それ俺じゃん。
適当に伸びをしてると、向こうの目線がこちらに向いていたので合わせる。
「次は影太くんに対して思った事。『かっこいい』だね」
今更?
いや、今更な事を言い合う会か。
「…そうか」
「反応薄っ!」
「いや、普通の事なのでな」
「え、待って、かっこいいと言われて普通の事で済ませられるの?」
「当たり前だ。それ相応の努力はしたつもりだしな」
伸びの余韻で足を伸ばしていると、ディエゴは負けたと言わんばかりの表情を見せ、「元々の顔立ちもあるのでは…」と漏らすが、面倒なので聞かないでいると、しょんぼりした表情を浮かべた。
確かに元々の顔にも恵まれてはいるが、トレンドの服とか自分に合う色とか色々研究したんだぞ。
ナメんじゃないわよ。
「つ、次は私だね」
ランが気を遣ってか、普段中々自分から発言しないにも関わらず口を開いた。
「じゃあディエゴくんに思った事言うね…私なんかに声掛けてくれる辺り、凄く優しいのかなって思ったよ」
「そ、そう? 同じ召喚者だからだったし丁度1人だったから声掛けたんだけどね…」
「でも、その時の私からしたら救い以外の何者でも無かったよ、
あの時の私は誰にも声掛ける事が出来なかったし、逆に声を掛けられる事も無くて路頭に迷ってて…だから今、改めてありがとうって言わせて欲しい…」
…俺は一体何を聞かされてるんだ? …ブスの惚気程聞いててつまらん物は無いとは思うが、ここまで来ると不愉快だな…。
「そもそも私あの時さ、召喚者がかなり酷かった話は前にしたと思うんだけど、そこを何とか抜け出して来たばっかだったからね」
「そうなの?」
「うん、だからさ___
…聞く価値も無い。
…。
5分ほど経ち、二人の会話が終わったのを悟った俺は、再び意識を会話の方に向ける。
「じゃあ、次、影太くんについてだね」
「あぁ」
「絶対にせっかちなんだろうなって思った」
「ブフッ」
思わず噴笑す。
この流れで当たり障りの無い感じの事を言われる辺りまでは読んでいたが、微妙に外れた。
当たり障りが無いかは微妙なラインで且つ的を射ている。
それが妙に面白くて笑ってしまった。
ああ、クソ。正直自分の笑いのツボがおかしいのは自覚していたつもりだが、まさかこんなしょうもないことで…。
「「わ、笑った…珍しい…」」
二人揃って仰天している。
少しムカつく。
「だからと言って同じ事を言うな。そしてハモるな」
「いや、だってさ、君が笑ってるとこ見た事無くてさ…しかもこんな事で笑うなんて…」
確かにこの世界に来て、素で笑った事があったかは分からない。
笑うと言う行動が、俺の行動パターンの中では非常に珍しい物であるという事に間違いはないと納得した。
だがな、先ほどまで不愉快なフィールドを展開してきた奴らがまた上手い具合に連携を取っているのがどこか腹が立つ。
次、俺の番だよな。さっさとこいつらぶちのめして寝よ。
「で、次は俺の番か?」
「あ、うん、お手柔らかにね…」
どういうニュアンスの事を言ってくるのか大体想像出来てるのか、ランが軽く一言添えてくるが、知ったこっちゃない。
「初対面で思った事は特に無かったので別のに変える。
お前ら二人とも声と顔が合ってない。
揃いも揃って見た目に対して声が若過ぎるというのはどういう事だ。
ランに限っては見た目とは全く合わない子供のような声してるせいで、俺の処理能力がバグりそうになる」
攻撃的な意思はあるが、そこまで直接的な攻撃では無いし、セーフセーフ。
そう思っていたら、2人とも圧倒されたかのような様子で硬直している。
あれ? またオレなんかやっちゃいました?
数秒の沈黙の後、ディエゴが恐る恐る俺に質問を投げ掛けてきた。
「え、影太くん? 君? 一体僕の事何歳だと思ってたんだ?」
「30」
「…まだ18なんだけど…」
「………??」
意味が分からない。
ディエゴを二度見するが、自分より二つ上だとはとても思えなくて困惑。
ムダ毛のせいか? それとも容姿? デブだから老けて見えたのか?
「一応私も聞くけど何歳に見えたの…?」
「……28ぐらい…」
「まだ17歳…」
「……………???????」
理解に苦しむ。
こいつらマジで声と見た目が合わねえ…。
外見老け込み過ぎなんだよ。
単にブスなだけかも知れないけどさ。
いや待て……。
もしかしたら転移者は老け込むという法則があったりするとか無いよな!? もしもあったら俺もそのうちこうなるのか…!?
そういえばターロンが『転移者は早死にする』とか言ってたような……まさかそういう事だったのか…!?
てっきり『転移者はすぐ調子に乗って、野良オク○ンの如く、敵の群れに凸ってすぐ死ぬ』という意味かと…。
急に震えが止まらなくなってきた。
俺が言葉を紡ぐ事も出来なくなったせいで気まずい雰囲気に包まれる。
馬車の馬でさえもその空気の変化に気付き、やや遠慮気味の走りになる。
暫く経つと、何とか気のせいだと暗示をかける事に成功し、正気を取り戻せた。
前から気になっていた事を聞くべく口を開く。
「おいディエゴ、そういえばずっと気になってた事があった」
「な、なんだい?」
「お前、なんで転移者の筈なのにディエゴって名乗ってるんだ?
確か最初に会った時、ああ言う風に絡んできたって事は元々はカタカナの名前では無いと思うんだが…」
ディエゴの表情が固まった。
まさか地雷踏んだか?
「…聞かない方が良かったか?」
「いや、いいんだ…むしろどんどん聞いてくれ……」
「………?」
「やっと影太くんが僕に関する質問してくれた…!!!」
無駄に眩しい笑顔を浮かべ、メガネの位置がズレるほど勢い良く立ち上がるディエゴだが、こちらとしては『そういうのいいから』の一言に尽きる。
「そういうのいいから」
そう冷たく言い放つと、我に返ったディエゴは、メガネのズレを直してこう語る。
「僕の本名は林 大吾って言うんだけれど、こっちに来て『異世界転移だー!』ってテンション上がって色んなところでディエゴって名乗っちゃってさ…。
それで、ギルドに籍入れた時に本名バレちゃったんだけど、ディエゴの方が呼び易いって言われて今に至るわけだ…」
「…なんでテンション上がってディエゴと名乗るのかがよく分からないんだが」
「いやー、ダジャレ好きだからさ」
「…なるほどな」
しょうもな…。何か理由があると思ったらただ単に、勢いで名乗ったハンドルネーム的なのが馴染み過ぎてしまったってだけかよ…。
揺れる馬車の中で立ち上がったからか、ヨロヨロとしながら座り、笑って見せるディエゴの表情を見てウンザリする。
「そういえば、昨日あまり寝れなかったから少し寝させてくれ」
無駄話に付き合うのに疲れた。
そう言うと、ディエゴは上機嫌なまま、「分かった」とそれを快諾した。
二時間程経つと、
「おい、着いたぞ! ナト村だ!」
と御者のおっさんに声を掛けられ、順々に降りていく。
思っていたよりもこの世界は交通整備がされているのか、こんな村でも駅馬車乗り場がいくつかある。
念の為俺が降りた場所に目印になる物があるか確認するか。恐らく帰りも乗るだろうしな。
…あっ、思いっきり駅馬車乗り場の席に《フレディリア行き》って書いてる札が掛けられてるし、別に覚えなくて良いか。
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少し歩き、村のゲートをくぐると腹の虫が空腹を訴えているのを感じた影太。
それは他の二人も同じだった。
「一回食事にしない? 折角だし奢るよ」
ディエゴの一言でランチタイム決定。
三人は村の食事処に行き、ゴブリン討伐に備えて昼食を摂る事にした。
しかし、まだ誰も既に死と隣り合わせの環境に生きている事に対する自覚を持っていなかったのであった。
次回はちょっと時間かかりそうですが、予告だけしておきます。
息抜きっつーかなんつーか、なんとも言えん回だけどフラグ立ちまくります。
そんじゃ。