〜第4話〜 神職の者すら嘘を吐く世界
前回の後書きに書いてある通り、長いです。
時間がある時にね。
間違っても晩ご飯の前に読まないでね。
冷めちゃうわよ。
因みにこれ、晩ご飯の前に書いたんすよ。
その日の晩ご飯はカレーだったので特に問題はありませんでしたが、変な時間に食べる事にはなりましたね。
「んぇ? えぇっと、もう一度お願いします!」
「…名前を登録したいんだが」
周りが騒がしいせいで俺の声が掻き消されたらしい。
仕方なしにもう一度同じ調子で同じ言葉を繰り返す。
「登録手続きですね! お名前の方は___
「ユーツだ」
…やかましい環境は苦手だ、不愉快。
さっさと済ませよう。
何かマニュアルのような物を読み始めた受付嬢の背後を見ていると、先程まで資料を拾っていた先輩受付嬢と目が合った。
慌てて先程まで会話していた方の受付嬢の方に視線を戻す。
すると、拾い物をしていた方の受付嬢が何かをメモし、別の受付に構えながら作業を始めた。
…ん? 何をメモされたんだ? え? 不安になるやん、やめてや。
俺、何かまずい事やっちゃってました? いや違うよな落ち着け落ち着け。
「ユーツさんですね! では、ユーツさん、こちらの機械の方に手をかざしてください!」
受付嬢が手で指し示した先に、小さな平石のような物体がある。
どう見ても河原に落ちている石にしか見えないような外見だ。
これが機械とは。
思うところはあるが、それより、この世界にもコンパクトで且つ機械と呼ばれる物がある事に違和感。
いや待て、電力ではなく魔力で動く機械なら何の違和感も無いな、それなら納得出来る。
だが、だとするならだぞ、だとするなら魔道具で良くないか? いや、“魔道具に手をかざしてください”じゃなくて、“機械に手をかざしてください”の方が違和感ないように聞こえるしいいか。
などと細かな事を考えながら、言われた通りにカウンターに備え付けられてある小さな機械に手をかざす。
すると、ゆったりと回転しながら機械の蓋の部分が開き、そこから出る蛍光色の光がその手を包む。
指紋でも取られてるのか? それとも手相?
手相、あれ意外と当たるんだよな。
揚げ足取りだけを目的に、ネットの手相鑑定士に手を見せたら性格がバレたって事があってだな…。
すると、機械の上に、黒色のボードのような物が現れ、そこに白色の文字で俺の名前や性別、身長、体重等の情報が記された。
いや、困る。個人情報。
でもそういうものか、諦めよう。
開き直り、身長や体重に関して確認した。
174cm…58kg…。
相変わらずのヒョロガリだが、驚く事に、こちらの世界と全く同じ単位で書かれているではないか。
しかしそれよりも奇妙なのが、この機械の上に表示されたボード。
触れても感触もないし、消えたりもしない。
恐らく魔法か何かなのは大方察しがつくが、一応「ホログラムか?」と問う。
しかし反応がない。
受付嬢の方を確認すると、彼女の挙動不審な動作で茶色いポニーテールが揺れている。
「あ、あれ? い、言われた通りの名前と違う…こういう時どう対応すれば…。
『何が目的だ!』とか聞かないとダメなのかな…」
ガタガタ震えながら、マニュアルみたいな資料をパラパラめくってはこちらを見、の動作を繰り返している。
まずったな…偽名じゃダメなのか。
慌てて釈明をしようとするが、
「おいおい、もしかして君、転移者かい?」
どこか得意げな様子で、隣に居た大柄で太った眼鏡の男がこちらを指を指し、話しかけてきた。
顔の部位がそれぞれ小さく見えるが、単に顔が大きいだけであり、そんな不細工な顔に対して似合わないくりくりのパーマ。
さっきカウンターで受付嬢と談笑していた男だ。まだいたのか。
こんなに存在感剥き出しの奴に気付かなかったとは…と、ため息をつく。
「転移者の内の三割はカタカナの偽名を名乗るって話があってさ…それで、君もそうなのかい?」
男は問う。
だが、めんどくさいので表情を変えず、
「だとしたらどうなる」
と、無愛想に答える。
この手の皮肉屋と関わったところで何も良い事はないと肌で知っている為だ。
刹那、男はこちらが怯む程の大きな声で叫ぶ。
「僕と仲間だという事になる!」
「……は?」
え、いきなりなにコイツ。
「僕も君と同じ転移者でさ、ここに登録する時、君みたいに異世界らしい名前を名乗ったんだ」
本名ではない別の名前を名乗ったやつ同士ですかい。はーはーなるほど。
つまり先輩ですか。
色々と聞きたい事が出来た。
「もーーっ! ディエゴさん!! 今はお仕事中なんですから邪魔しないでくださいよー!」
受付嬢が、マニュアルを受付に叩きつけ、ディエゴと呼ばれた眼鏡野郎を威嚇した。
ん? ディエゴ…? それ、本名なのか? とてもディエゴって感じの顔には見えないが…むしろ日本人のような顔だが…。
え、それが名乗った偽名? 分からん…。
受付嬢が「む〜っ」と頬を膨らませていると、ディエゴは、癖っ毛をわしゃわしゃいじりながら、ヘラヘラと「ごめんってば〜」と言葉だけの謝罪する。
「も〜…とりあえず、こほん、大変失礼しました。
お名前の方はエイタ・ニイロさんでよろしいですね?」
「ああ」
「分かりました、では、こちらで書類の方纏めさせて頂きますね! それから…転移者さんなんですか?」
「ああ」
「なるほど…トラン神殿にはもう行かれましたか?」
「トラン神殿?」
神殿と言われ、ビクッとする。
自分を召喚した神官のような少女を放置少○にしてきた事を今になって思い出した。
もし、また会話する事になったら面倒くさそうだ。
だけど多分行く意味があるんだろ、そのトラン神殿に。
けどなぁ、召喚されたあそこがトラン神殿だったら困る。
あ、その行く意味とは何かを聞いておこう。
ただ観光名所を伝えたいだけだったら怒るぞ。
「…トラン神殿に何かあるのか?」
「はい! トラン神殿に行けば、アビリティっていう冒険や生活の助けになる能力があるんですけれど、それを授かる事が出来るんですよ!
確かそこの司祭様が、神殿で祀られてる神様の力を借りて____
「…どこにある?」
「え? あ、えっと、こちらの地図をどうぞ!」
重要な箇所は聞けたので、特に意味も無さそうな無駄話を遮り、場所を聞くと、都合良く地図を差し出された。
街の地図か、どれどれ。ふむふむ。
幾つかの区画に分割されている…。そういう作りになっているのか…。
今更だがこの街はフレディリアっていうんだな。
冒険者ギルドと書かれた場所を確認すると、次の目的地であるトラン神殿の場所を探す。
トラン神殿…どこだ…?
いや待って、神殿多すぎないか? もう神殿の名を持つ場所を四個も見つけたぞ。なんだこの街は…。
あまりにも神殿が多過ぎるせいで自分で探す気が失せたので受付嬢に助けを乞う。
「なあ、トラン神殿ってどこにあるんだ?」
渡された地図を差し出す。
「あ、はい、ここから北西の方です! こちらで目印付けておきますねー!」
赤色のペンでトラン神殿を示す場所に丸印を付けられた地図を受け取り、確認する。意外と近い。
これで良しとギルドを後にしようとするが、心残りに気付いた。
…この事を放置してると後々モヤモヤする気がするし、聞いてみるか。
「なあ、なんでこの街はこんなに神殿が多いんだ?」
受付嬢に聞いたつもりが、いきなり横からディエゴが割って入ってきた。
「なあ影太くん、ここの街の人達を見たかい?色んな種族が居ただろう? 人間、エルフ、獣人…このギルドにだって沢山____
「なるほど、種族の数だけ神がいるという事だな」
はぁ。
思えば聞かずとも分かるような事だった。
「…あ……そゆこと…お見事です……」
残念そうな様子でディエゴが俯く。
ドヤりたかったのか…?
何にせよ、リリーがいる神殿とは別の神殿だったらいいが。
「あ………そ…そういう理由だったんですねー! 知らなかったですー! 2人ともすごいですねー!」
受付嬢が見え見えの嘘を吐き、ディエゴをフォローし始めた。
なんか色々と哀れなんだがどうすりゃいいの。
珍回答でもすりゃ良かったのかな。
「だ、だろ!?___
ディエゴは嬉しそうに、何かを言いかけるが、時間の無駄なので間髪入れず、確認を入れる。
「とりあえず、トラン神殿に行ってる間にそちらは書類等を揃える…という事になってるんだな?」
「は、はい! そうなります!」
どこか高圧的な言い方になってしまったせいか、少し動揺を隠せない様子の受付嬢。
まあ別にそう捉えられても良いんだけど。
ぶっちゃけ言って、ワテクシのハートは次のステップ踏みたくてウズウズしちゃってますし、気遣いとかそういうのはどうでもいいですの。
もっと優先するべき事がありますの。
返事を聞いた途端に後ろを向き、「なるほど、じゃあ行ってくるよ」とだけ言い残し、足速に立ち去る。
「は、ひゃい! お…お待ちしてまふ! ます!」
あまりの急展開で噛んでしまっているが、気にも留めずにギルドを出る。
けどちょっと可愛かったな、今の。へへ。
▲△▲
「なんか嫌な奴だなぁ…頭はいいんだろうけどさ」
ディエゴがやや苛立った様子で漏らすが、話しかけた筈の人物からの返事はない。
「ジョイさ〜ん?」
受付嬢の安否を確認するべく、茶髪の受付嬢の名をネットリと呼ぶ。
が、返事が返ってこないので目をやると、奥の方で黒髪でショートボブの受付嬢に怒られていた。
客に聞こえないよう配慮して奥に行ったようだが、彼女の通る声のせいで、外部にいるディエゴにも思いきり聞こえてしまっている。
「あんたねぇ、初めましての冒険者さんが来た時ぐらいは『冒険者ギルドへようこそ!』とか『どのような御用件でしょうか』ぐらい言いなさいよ。
あの人めっちゃ不機嫌になってたじゃん! あの目見た? 殺し屋みたいな目してたし!
しかも貴方ったら所々言葉遣いもなってないし…」
厳しくも母親のような口調で叱責する黒髪の受付嬢。
メモをジョイに押し付けるように渡す。
内容は、今の接待での良い点と悪い点。
それに対し、謝り倒しの彼女はしわくちゃで泣きそうな顔になっている。
「でも、アビリティの事教えてあげるのは良かった。ちゃんとステータスまで確認してあげてるんだね」
どうやら今度は褒められているようだ。
ジョイの顔に喜色が浮かぶ様子を見て、微笑みながらもため息をつくディエゴだが、すぐ側に芋っぽい雰囲気の女が佇んでいる事に今更気付く。
「あれ、ランちゃんいたの!?」
ランと呼ばれた女は、見た目に似つかわしくない子供のような声で、「ずっといたよ」と返す。
ディエゴは申し訳無さそうに苦笑いすると、
「さっきの彼、誘ってみる? 他の初心者パーティに取られる前にさ」
と、ランの反応を伺う。
「いいと思うよ、変な人っぽいけど仲良くなれたらいい事あるかも。パーティに入って貰ったらモンスター退治も安全にこなせるぐらいの人数にはなるだろうし」
「分かった、待ってみよっか」
どうやら決まりらしい。
二人は影太を待つ事にしたようだ。
場所を移し、出入り口のドアの付近の椅子に、影太を待ち構えるかのように座ろうとする。
その瞬間ドアが『バタン!』と乱暴に開かれる。
ドアに取り付けられていた鈴も断末魔をあげる。
ビクッと驚くランと、腰を抜かすディエゴには一切目も暮れず、小さな人影がドシドシとカウンターに向かっていく。
カウンターの前に立ち、受付嬢に向かい、物凄い剣幕で、
「ここに色白で目つきが悪くてひょろ長い男の子来ませんでした? ねえ、来ましたよね!?」
と、興奮気味に怒鳴り付ける。甲高い声が建物内を反響する。
その祭服に身を包んだ少女は、ギルド内のありとあらゆる生物の注目の的となっていたのだった。
- - - - - - - - - - - - - - -
▲△▲
【影太視点】
地図を見ながら北西の方向に歩く。
道の雰囲気でなんとなく、トラン神殿が放置少○が務めているであろう神殿とは別の神殿である事を悟って安堵。
この辺りはエルフが沢山住んでいる地域なのか、木造の家や、木と同化した家が多く、すれ違う者も耳が尖っている者が多い。
トラン神殿に祀られている神もエルフ達が崇めている神なのだろうか。
しかし、アビリティと言ったな。
要するにトラン神殿ではポ○モンで言う特性みたいな物を得られる訳か…いや、普通に技的な物だったりするかも。
先の事を考えながら、周囲の景色を楽しんでいる間に目的地に着いた。
リリーが務める神殿と比べるとかなり大きい。
なんだこれは。
神殿全体が木と一体化…いや、生きた木が交わり、形成されている。
しっかりと神殿らしく、複数の塔、そこに尖った屋根のような形状の枝が生えている。
こちらの世界の神殿と、形状は似ていても人間という種族が作り出す物と似通った雰囲気を一切感じさせないような神秘を体現したかのような風貌となっている。
まさに異世界らしい幻想的な建造物である。
少なくとも俺は、このように人工的な形状が生む荘厳さと、植物から醸し出される柔和さが混在する物など写真でも動画でもこの目でも見た事は無い。
その外見に圧倒されながら、神殿の門を開ける。
門の大きさと建物の美しさ故か、重そうだと感じたが、意外と軽い。
中を見渡すと、水や木々が自然を生み出している、まるで森のような茫漠とした空間が広がっていた。
外の世界とは完全に違う景色。まさに異世界である。
異世界に行って更にまた異世界を感じさせられるとはと、目的を忘れて感嘆の唸り声を漏らしてしまう。
すると、中にいたシスターの一人が話しかけてくる。
「何か御用ですか?」
シスターの耳を見ると、丸い耳をしている。予想と反し、エルフでは無く人間か。
しかしよく見ればどこかやつれた様子を感じさせられる。
過労気味なのか?
「アビリティを授かりに来たんだが」
「…年齢はおいくつですか?」
「16だ」
「…転移者さんじゃないですよね?」
なぜか不安げな様子で転移者であるか否かを聞かれる。
ここは正直に答えるべきかで悩んだが、隠しても先程のギルドの件と同じような事になってしまうと良い事は無いだろうし、下手したら余計な事案が発生しかねない。
「転移者だが」
「すみません、転移者さんの場合だと、召喚者さん同伴で、そこそこの額のお布施を頂かないと、アビリティを授ける事が出来ないんですよ…」
はいぃ?
…………。
なんてこった、突っぱねられてしまった。
まるで理解が出来ず、「何故だ?」とシスターに問うが、「規約ですので」と無愛想に告げられる。
それを聞くと、今までの予定が崩壊した気がして何も考えられなくなった。
暫く立ち尽くした後、無言でドアを蹴り、神殿を後にする。
神殿の外見に感動していた自分を忘れたまま階段を降りる。
クソが…。
召喚者同伴はまだ分かるが、転移者からそこそこの金を取る規約ってなんだ。
どの程度取られるのかは知らんが、そりゃ無いだろ。
転移者差別だ。これだから異世ッパリは。こりゃ不買運動待ったなしだ。
Tw○tterでもタグ付けで投稿してやる。
しかし金の話よりもその前に、リリーを呼ぶのがめんどくさい。
二度と会話する予定は無かった、宿に泊まるつもりだったし。
…いっその事アビリティ無しで行くか? それともちゃんとしっかりと金銭に関しても交渉した上で、どうにかリリーを連れてきて…待て、冒険者にならせない気だったな、アイツは。
多分無理だ。
…なら強引に行こう。
そしてついでにアイツを冒険の方に同伴させよう。
無理矢理な。
弾除け程度には使えるだろう。
だがどの道面倒だし大した利益も上がらない。
クソが。あー、クソクソクソ。
心の内でぼやきながら、エルフの住む住宅街を抜け、大通りに出ると、何かに見られてる気配を感じる。
気のせいにしてはどこかおかしい。
明確に不快感を感じる。嫌な気配だ。
しかし、不思議とその気配の主に呼ばれているような気もした。
だが、そういうのは病気の症状。
あり得ない思い込みだと暗示を掛け、気にしないようにしながら道の脇を歩くが、近くの路地裏へ通じるであろう暗い道がヤケに気になった。
そこに嫌な気配の正体が潜んでいる気がする。
そんな漠然とした直感に従うのもおかしな話だが、そのままにしておくのも落ち着かない。
勇気を出して足を踏み入れ、角を曲がると奥に奇妙な影のような何かが立っている。
パッと見は真っ黒な影だが、よく見ると手とも足とも区別の付かない物が沢山体から出ては引っ込み、蠢いては静まる事を何度も繰り返している。
なんだ…? これは…。
不思議に思い、それを遠くから眺めていると、ヌルッと回転し、物凄い速度でこちらに接近。
しかし、向こうから近付かれた筈が、何故か自分がその路地裏の奥にいるではないか。
思わず身構えようとするが、体が痺れたかのように動かない。
金縛りのような状態になってしまっている。
ジタバタさせようとしながらも、無駄足と悟る。
諦めて死を待つのは癪なので少しでも相手の姿を確認してやる。
そう思ってそれを観察してみると、顔と思しき部位のような物がある事に気付く。
が、翁のお面のような物が付いているだけで、そこが顔とは言い切れない。
だが、その部分がこちらを向いているので、そこに顔があるのだろうか?
分からん…。
けれどもこれ以上冷静に分析出来るほどの精神的余裕は無かった。
どうすりゃいい…?
こんなところでヤバそうなやつとエンカウントするとは…。
もうダメだ、虚勢を張る気力も湧かない。
「小僧…待っていたぞ…我こそがこの世界の神たる存在ぞ…」
喋った。
男女問わず、成年、子供、老人、あらゆる者の声が混ざったような不思議な声で喋った。
声量も声量で、思わず身がすくんだ。
「お前は転移者か?」
「そ、そうだ……」
どうやら自分の顔や、声帯は動かせるらしい。
けど若干苦しい。
「先程、お前がトラン神殿の門を蹴っているのを目にしたが、何があった?」
なぜここでそんな事を聞かれないといけないんだ…?
「あぁ…転移者は金を積まなきゃアビリティを与えられないと言われてな…」
待て。そうか。そういう事か。
ここで自身の身が滅ぶ事を直感した。
自分は油断していた、完全に異世界をナメていた。
これを聞かれる意味とはつまり、そういう事か。
この世界の神は、このような形で体を成し、神に仇なす存在を罰する物なのだろう。
しかし、それは誤りだとすぐに分かる。
「かーーーーっ、あいつらまだそんな事言ってんのかぁ」
「!?」
「まぁぁじあいつらねえわ〜、ほんと昔からがめつい神と信徒だなぁオイ…」
「…?????」
何事?
それのどこか古めかしくも禍々しい見た目と全く似合わない現代語だ。
その現代語を聞いていると、安心感こそ感じられないが、少なくとも自分の身の心配をする必要は無い気がしてきた。
「ここだけの話だけどなぁ、あいつらアレだかんな?
大した理由も無しに、金が欲しいってだけで、お前にそんなヘンテコなルール押しつけてるんだぞ? おぉん?
しかもな? その気になりゃ神殿じゃなくとも全然いつでもどこでも誰にでもアビリティ授けれんのよ? マジ余裕だかんな?
そもそもアビリティなんてなぁ、神とか高位の霊体なら誰相手でも与えられるしぃ?
マジあいつらないんだけどぉ。何がアビリティを司る神だよぉ。
ああやって情報操作までして信者集めと金稼ぎするなんてさぁ」
…何が起きたかイマイチよく分からんが、こいつよく喋るな。
それも外見と似つかわしくない口調で。
…ここがおかしな情報操作が敷かれている可能性のある世界なのは分かったが、それにしてもその口調はどうにかならないのか? あまり話が入ってこない。
ネチネチと愚痴ってるその口調がどこか一昔前のギャル男みたいな喋り方で違和感がある。
…それより、受付嬢が神殿の神様の力を借りるだのなんだのと言っていたが、そこは本当なのか。
神の存在自体を疑っていたが、この世界にはしっかりいるんだな。
って待て待て、そう確信するのはまだ早いのでは?
…念の為今話してる相手の正体をハッキリさせる事にしよう。
「なあ、改めて聞くが、お前は何者なんだ…? あとこの金縛り? みたいなやつ、これどうにかしてくれないか?」
「あー? あー…悪い、癖でな…」
体が楽になってくる。
硬直してる間にムズムズしていた肘の関節を鳴らすと、それは語り出す。
「さっきも言ったが一応あたしも神でな〜、こっちに転移させられる前はヤバかったんだぞぉ? マジヤバかったかんな?
こっちでもヤバい事割と色々やったけどさぁ?」
転移…? どこから…? 神にも転移ってあるんだ…。
だとしてもだ、なぜコイツはこんなに喋り方がコロコロ変わるんだ?
恐ろしげな外見と声に合わない口調で思わず噴笑しそうになるが、何とか堪え、当初の目的を果たす為に、言葉を絞り出す。
「神なら俺にアビリティを与えられるか?」
「当然だ。さっき言っただろうがたわけ」
急にキリッとした口調と声色でそう答えられ、笑い出してしまう俺を無言で凍てついたように変わらぬ表情で見つめていたそれは、突然俺に覆い被さった。
つまり体の中に取り込まれたって事だ。
うん、まずい、油断し過ぎた。
体が動かないどころか呼吸も出来ない。
今度こそ殺される…! まだセーブしてないのに!
そう思った頃には解放されていた。
「ふぃ〜、終わったぞ。
アビリティ使える状態にしといたからな〜…。
説明しとくとアビリティってのは、魂と体の結び付きが強められると付く能力だ〜。
魔術とは違うスピリチュアルな分野の事だからこそ、我々神様みたいなぁ〜、高位の霊体なら誰でも干渉出来る訳ぇ〜」
ご機嫌な口調で語るそれに対し、むせながらも「そうなのか」と適当に相槌を打つ。
「俺のアビリティはどんな物だ?」
一番気になる事を聞いてみる。
もし、チート系の物なら今後の人生が楽な物になる。
「透明化だ。現状はお前が期待してる程有用な物でも無いけどな」
淡々とした口調でそう言われる。
だけど、透明化が有用では無いという言葉が信用出来ない。
だって透明になれたらモンスターも人も殺し放題じゃないか。女湯も覗き放題。ラブホにも侵入し放題。
…試してみたくなってきた。
「どうやって使うんだ?」
「使うという意思があれば使えるが、マナを消費する」
「…」
マナについての知識は一切ないが、試しに透明化を使ってみようと意識してみる。
すると、自分の手が見えなくなる。籠手も同時に消えたので、毎回透明になる度に脱ぐ必要はなさそう。
得意げな顔で目を向けてみるが、それの表情は変わらないというのに、何故か薄ら笑いを浮かべられている気がしてきた。
やめてよそのポーカーフェイス。
「今のお主だと2秒しか使えとらんぞ」
「え?」
そう言われ、自分の手を見て確認する。
本当に透明じゃなくなっている。
ショックで倒れそうになる。
チートのようなアビリティを手に入れたと思ったのに。
これだけしか使えないとは。
覗きの野望も見事に潰えた。
鬱になりそう…。
「しかもねー、それを使い終わってから5秒経つまでは連続で使えないよー?」
「…」
ショックだ。
幼児のような喋り方で言われた事により更に精神的に来た。わざとかよ。わざとだろこいつ。
ああ、透明化と聞いて期待したのに。
この能力、まさかここまで弱いとは。
最早それの不安定な喋り方など瑣末な事としか見れなくなってきた。
すると、それの体の一部が本体から爛れ落ち、俺の頭を撫で回す。
「………じゃあ儂の体の一部をくれてやろう。
じゃがな、使い所は考えろよ?」
さすられている感触を不気味に思っていると、唐突に突拍子も無く意味不明な事を言い出された。
気付いた頃には俺の周りを黒い煙のような物が舞い囲んでいる。
煙に見える何かを目を凝らしてよく見ると、文字のようだ。
「『穢』の神である儂の身の一部だ。
よく考え、吟味したのち使うよう心得よ。
これはマナではなく己の身体に宿る気力を以て放つ故、この世界に存在しない類の技であり、そして唯一無二の秘術でもあるのだ」
その文字の群れ、もとい、それの一部が俺の右手を覆い、その中にスッと入っていった。
そこに何かが宿るのを感じた。
『穢』とか呼ばれている物が体に入ってきている割には不思議と不快感を感じない。
全身にその宿った物が巡っていくのも体に走る感覚で悟った。
「…なぜそんなヤバそうな物を俺に?」
「不服か?」
「…いやいや、とんでもない。で、どうやって使うんだ?」
「最初にそれを使う時だけ心の中で『穢よ舞え』と唱えろ。それ以降は使う意思さえありゃ使える。
概ね魔法みたいなもんだがなぁ、中身は魔法とは違う。
もっかい言うが、使い過ぎるとマナではなく気力が抜けるって事を考えて使えよ?」
折角口調が安定していたのにまた崩れた。
今度は強面男風の喋り方になった。
しかしな…冷静に考えてみろ。
なぜこんな物を俺に?
「なあ、あんたこそ考えた上で能力を与えるべきだと思うんだが」
どこの馬の骨かも知れないような輩に普通そんな能力を与える筈も無いと思い、探りを入れる。
「…? …お前、あの神殿の神やら祭司共のようながめついヤツ、嫌いだろう?」
「まあ、そうだが」
確かに己の権力のままに社会的不正を働く者や、支配者のような存在はいただけないという思想を持ち合わせてはいる事は否定しない。
ただ、それだけであって、日頃の行動や発言に出たりして、滑稽になる程激しく嫌っている訳ではないが、一応そう返事する。
「なら良いじゃあ無いか、互いに得出来るだろう」
何も良くない。
使える道具を得れた事は良い事だが、それ以上に精神にかかる負担が重過ぎる。
はぁ…不安だ。
しかも質問にも答えてくれないせいで会話も思い通りの形に成立しない。
「なあいい加減に真意を___
ハッキリとした答えを求めようとしたその時だ。
「うおりゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
突然裏路地の上空から巨大な戦鎚を持った赤髪の少女が乱入し、それを地面の敷石ごと叩き潰す。
その瞬間男の物とも女の物とも取れない号哭が裏路地内にこだまし、黒い影が一瞬で空に飛んで行く。
「よっしゃーー!!!!!!」
状況の変化について行けない俺の前で、マントをなびかせながらガッツポーズする。
その少女は真っ赤なビキニのような鎧を纏っているが、あまりにも露出が多く、奇跡のような豊満な体をしているせいで、目のやり場に困り、反射的に下を向いてしまった。
だってハミ出そうですもん。
色々と。
何も出来ぬまま呆然としていると、路地裏の外の方からコツコツと靴の音が聞こえてきた。
「あのなぁ、全く…今回はやれたから良いけどさ、嫌ーな感じの亡霊の気配がするからって先走るなよ…。
正体もろくに分析しないでさ…。
しかも今回は俺達二人しか居なかったんだぞ…?」
亡霊? いや、あれ神じゃないのか? え?
薄緑に染まったロン毛を弄りながら、魔導士のような服装の青年がグチグチと文句を言いながら現れる。
「君、危なかったねぇ〜、取り込まれかけてたんじゃないの〜? 大丈夫〜?
さっきのお化けに何もされてないよね? 平気? ちゃんとお家帰れる〜?」
赤髪の少女はニコニコしながら俺に近寄り、顔を覗き込み、顔を見るや否や質問責めしてくるが、あまりにも急展開過ぎて順応力が麻痺してしまった俺は、揺れる乳を見ながら笑う事しか出来なかった。
「おい!! この真っ赤っカイラ! カイラおいテメェ! 無視すんじゃねえぞゴラァ!!!」
ロン毛の男が荒々しい口調でカイラと呼ばれた少女の頭を思いっきり叩く。
そのまま無理矢理頭を下げさせ、「いやぁ〜、すみませんねぇ〜、うちの馬鹿が驚かしちゃったみたいで…」と、引きつった作り笑いで謝ってくるも、カイラが、
「んぅ〜! 痛い! ううぅ〜、驚かしたんじゃなくて助けたんだよ!」
と抗議する。
しかし、あれ、やれてないのでは?
ハンマーで叩き潰したようにも見えたけど、空飛んで行ってたじゃん、アイツ。
「多分、仕留められてないぞ」
「何だと?」
急に緑髪の男が声色を変え、俺を睨むが、カイラが「そうかも!」と相槌を打つ。
え、てか今ので俺を睨むって何。どゆこと。
「だってさだってさ、叫び声は聞こえたけど手応え無かったんだもん!!
あとタデウス、その子睨むのやめたげてよ!」
軽く跳ね、胸をプルンプルンさせながらそう訴えると、タデウスは舌打ちしながら俺から距離を置き、こう答える。
「そりゃ幽霊みたいなやつぶっ叩いたんだったら手応えなんて無いもんなんじゃねえのか?」
ぶっきらぼうにそう言うが、カイラは納得出来ない様子だ。
「貴方は魔術職だから、ゴースト叩いたり斬ったりした事ないから知らないんだろうけど、
ゴーストをやった時はゴーストをやった時の手応えがあるの! けど今回のはそれが無かったの!」
「んじゃあ、なんで、テメェは、最初に、それを、言わなかったんだぁ??」
タデウスが強めの口調で声を震わせながら、カイラをじっと見つめる。
「も〜、この子に言われてから気付いたの!」
頬をぷくっと膨らませながら逆ギレし、続けて、
「ねえ、なんで君はやれてないって思ったの?」
と問いかけてきた。
なんか…こいつらのノリに疲れてきたんですけど…。
「空に飛んで行ったのが見えた。一瞬で消えたが」
と答えると、目をキラキラと光らせながら俺の両肩を掴み、「ふおおおお」とか言いながら揺さぶってきた。
あの、ただでさえ気分悪いんでやめてもらえないすか。
あとさ、俺を揺する度にアンタの乳も揺れてるけど、その乳の為にも一回止めようぜ、男の前でそれやっちゃダメだろ。
なあ。
揉むぞ?
揉んでいいか?
いいよな?
いいよな?
「君すごいね! 私でも見逃しちゃったのに!
ねえ、君、うちのクランに来ない? 君みたいに良い観察眼持ってる人、欲しいんだよね〜」
「やめとけ、そんなチャチな革鎧なんか着てるようなルーキーが役に立つ訳ないだろ。
今回のはたまたまだ」
タデウスが嫌味を言い放つ。
言い方のせいで少し不快感を感じ、文句を返そうとするが、何故か声が出ない。
視界が霞む感じもする。
「あれ? ――ど、どったの?」
目を擦ったりしていると、俺の異変を察知したのか、カイラが心配そうにこちらを伺うが、俺は無意識のまま、無理矢理路地裏から出ようと無言のままヨロヨロ歩き出してしまった。
自分で言うのも変な話だが、しっかり無意識。体が勝手に動いてるような感覚。すっげぇ気持ち悪い。
「おい待てルーキー! 無理すんな! そんなフラフラで帰れる訳ねえだろ!」
「ちょ、君! 肩貸すから! 一回歩くのをやめて!」
二人が必死に介抱しようとするも、無視して歩き続ける。足を止めたいが、止まらない。
だが、結局パタリと倒れてしまったようだ。
記憶にあるのはここまでだ。
▲△▲
二人は言い合いをしながら影太を持ち上げるが、最終的にタデウスが影太を背負い、その暗い路地裏を抜け出した。
いつの間にか夕方になっている。
夕日に照らされた月がうっすらと真っ赤に染まっていた。
しかし、どこか禍々しくも見える。
誰かの悪意を湛えるようなその月は、影太に優しく微笑みかけるのであった。
次回も多分長めになると思います。