〜第9話〜 身支度
投稿するのを忘れたまま二話先の話を書こうとしてました。
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ギルドの案内板を凝視している冒険者達の一党が、自分達のグループの新メンバー勧誘の為に、誰が自分達と同ランクに達したかを確認している。
大柄なフルプレートアーマーの剣士、橙の装束に身を包んだ魔術師の男、露出の激しい道着を纏った女武闘家。
いかにもな陣容である。
「エイタ・ニイロ…IランクからGランクに昇進…」
「えぇ、それは無いでしょう。そりゃFランクまでは条件も緩く、上がりやすいとは言えども…さては同情で飛び級しましたね…?」
胡散臭い喋り方の魔術師が、潰した小虫でも見るかのような、どこか不愉快そうな目で新参者の躍進の訝しむ。
が、フルプレートの剣士がそれを正すべく口を割る。
「いや、あいつ初めての依頼で単独でゴブリン3体もやったらしいぞ。
その時点でHランクの条件はクリアだ」
「…中々ですね…ですがそれだけだと___
「味方を失った時の冒険でたくさんゴブリンを仕留めた上で、しっかりゴブリンの集落も占拠したらしいの」
武闘家の女が口を挟み、魔術師の男を正す。
「…はぁ? 何かの間違いでしょう…? 亡くなった味方がやっただけで、そのおこぼれをもらったのかもしれませんし。――そもそも、それってどこから得た情報なんですか?」
魔術師の男としては、この二人は信憑性も何も無いような馬鹿らしい話に騙されているようにしか見えていない。
元来彼は、虚名に塗れた輩に騙された事もある為、余計に強く疑っているのだ。
「元々広まってた話もそうなんだけど、ジョイさんが、エイタさん? の資料を見ながら独り言を言ってたのを聞いた子がいて、その子から教えてもらったのだけれど…。
彼のステータス。妙に賢さが高くて運動能力が並かそれよりちょっとあるってだけらしいからそこんとこは微妙だけど…」
武闘家が影太のソースを伝えると、魔術師は「う〜ん…」と呻きながら、腕を組んで考え込む。
「やるじゃねえかあいつ!! 味方が全員やられたってのにな! 中々のガッツだ! 賢いってのもいいじゃねえか!
そうだ、今度あいつ見つけたらうちのチームに誘おうぜぇ! リーダーも喜ぶだろうしな!」
改めて影太の活躍を知り、フルプレートの剣士が興奮気味に騒ぐ。
しかし、その背中を後ろから軽く叩く金髪の少年がいた。
小柄だがどこか爽やかな印象を与えるその少年を見るや否や、フルプレートの男はその兜の下で、ギョッとしたかのような動作を浮かべる。
「やめときなって。彼、この間チラッと現れたと思ったら報酬だけ受け取ってそれっきりずっとギルドに来てないじゃん」
「そ、それがどうしたってんだ! そのうち戻ってくるだろうが! またそん時に___
「だーかーらー! なんで分かってくれないんだよアレック…。
彼は傷付いてるんだってば、戻ってきたとしても暫くはそっとしといてやってよ!」
その言葉に共感したようだ。
仕草も穏やかな物になり、
「んむぅ…確かにな、そいつは考え及ばなかった! すまねえゴルト!」
「分かればいいんだ。あと、彼を狙ってるのは君達だけじゃないからね!」
ゴルトがニッと笑うと、アレックはその意図を悟り、鎧をガチャガチャ鳴らしながらゴルトを指差し、睨みつける。
「おい待て! テメェも狙ってんのか? あぁん?」
「当たり前だろ? かなり強いみたいだし、それにあと一人前衛を任せられるような人材が欲しいしパーティの申請もしたいし?」
「…なら競争だな!」
「きょうそ…あ、うん、だけど焦り過ぎて彼を傷付けるような事をしちゃうと互いに間に不利益が生じるから、軽率な行動は控えるようにね」
「お前こそな!! さぁて、よぉぉぉしテメェら! 今日は飲むぞ!」
「「まだ朝だしテメェは飲めねえ年だろうが!!」」
「おぉっとそうだったぁ!! ガハハハハハ!!!」
アレックは豪快に笑いながら仲間を連れ、近くの席を座って併設された酒場の店員を呼び、朝食を注文をし始めた。
「やれやれ、あんなに厳ついのに同い年って信じらんないなぁ…厳ついって言っても鎧と図体だけだけど。
下は小さい頃の記憶通りなら、普通にかっこいいんだけどね」
アレック達を見ながら独り言を呟き、仲間達の元へ。
(エイタくん…か。
随分と変わった転移者らしいし、是非とも僕らのグループに加わってほしいもんだなぁ…。
しっかしな〜、彼はいつになったらギルドに来るのか……最後に見てからもう四日か…)
自分の仲間達が待っていた席に着き、涼しげに一息つく。
皆の視線は暖かい。
ゴルトの決意に協力する意を示しているのだろうか。
「じゃ、予定通り、影太くん探しに行こっか!」
「それより今日は防具の新調に行くんじゃないの?」
「あ…」
締まらない空気のまま、全員で苦笑しながらその場を後にした。
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【影太視点】
「…っっっ! くしゅい!!!!! …あークソ…」
さっきからくしゃみが酷い。
図書館だから周りに見られるだろうが……どうにかならないのか?
それとも誰かに噂でもされてるのか?
ギルドに行くのが煩わしく感じた俺は、暫くの間、ずっと図書館に篭っていた。
こちらの世界の知識が無いという事即ち、前の世界で言う交通ルール等といった社会の仕組みを知らない事と同じだという考えで、勉強をしに来たのだ。
まあ、読んでる本のジャンルは社会の仕組みとかそういうのとは少し逸れているが。
何はともあれこの世界にも公共図書館があったお陰で色々と助かる。
こういった施設の存在を知った以上は必要最低限の知識すら無い状態でそこらを歩くなんて迂闊な真似はこれ以上やりたくないな。
それに、いい暇潰しになる。
今は絶対にギルドに行きたくないし、丁度良い…。
… … …
【四日前】
ゴブリンとディエゴ達を殺した翌日、嫌々ギルドに顔を出す俺を囲んだのは夥しい数の視線。
そこで噂になってしまっているのは間違いないと確信する。
はあ、うぜぇ…案の定こうなるよな……。
ジョイが俺との会話中に泣いたり吐いたりして目立ったせいだ、クソ…。
カウンターに行き、受付嬢を呼ぶ為に呼び鈴を鳴らす。
「あら、影太くん。
話は聞いてるわ、これ報酬ね」
エリッサが奥の部屋から待っていたかのように現れ、カウンターの下からサッと報酬金が入った袋を取り出す。
…なるほど、現場調査がどうこう言ってたが、それが原因で殺人がバレたって事は無いようだ。
つか、普通に考えりゃ、そういう前提で見に行った訳でも無いだろうしそりゃバレないか。
「どうも」
適当に返事をして足早に去ろうとすると、エリッサに「ちょっと待って」と呼び止められる。
「さっきから色んな冒険者が影太くんの事を見てるでしょ?
あれはね、貴方を誘おうとしてくれてたり、似たような経験をしてるからって同情してくれてたりしてるだけで、悪い物じゃないからそんなに気にしなくていいのよ?」
どうやら自分の心を見透かされていたらしい。
流石ベテラン。
うーん、だがそうか、今まで人と対面して接する事があまり無かったせいで、表情や仕草を隠すのは苦手になってしまっていたんだったな。
そりゃ見抜かれるか、改めてその事について自覚するべきだ。
しかし待てよ、冷静に考えろ。
もしかしたらエリッサは冒険者達の間で行われている会話を詳しく知った上でそれを言ってるわけではないのでは?
…実際の会話の内容が違ったとして、その話題がマイナスな物であるという前提で、今後ギルドでのうのうと過ごしたとすると、あまりの無神経に周囲から疎んじられるという可能性に気付いてしまった。
エリッサは冒険中の出来事の事しか触れず、肝心の嘔吐魔のジョイの話については全く触れていないしな。
その事がエリッサの持つ情報網の及ぶ範囲外にあったとすると、その可能性が現実になる事もあり得る。
念の為だが少し探りを入れてみるか。
「…昨日のジョイの件については知ってるか?」
「えぇ、体調を崩したんだってね」
「ゲロった件もか?」
「えぇ、あの後本人から聞いたわ」
…この際ストレートに聞いてしまうか。
「他の冒険者達には俺のせいって言われてなかったか?」
「いいえ全然? ジョイは新人だから、よく喋ってた冒険者さんが亡くなるなんて初めてでショックだっただったからああいう風になっちゃったのよ。
どちらかと言えば、貴方の方が心配されてたわよ、他の冒険者の子達にもジョイにも」
唖然としながらも一度周囲を見回す。
エリッサの話の通りなのだろうか、こちらへの視線からはあまり嫌な感じはしない。
が、どこか行き過ぎた同情を感じるせいか気持ちが悪い。
…確かエリッサは『誘おうとしてくれてたり』と言っていたな。
仮に本当にそういう者もいたとするなら流石に同情のし過ぎにも程があるのではないか。
「なるほど、じゃあ今日は一旦帰るよ」
全面的に俺が思っていた事は杞憂だったか…だがこれはこれで鬱陶しい。面倒な事には変わりない。
「はいはーい、またね」
袋の中身を確認せずに出口に向かうが、他の冒険者達のコソコソ話が聞こえ、自然と足が止まった。
「可哀想に…」
「あの子初のグループ結成だったんだよね…」
あ、ガチだ。
口々に同情の言葉を囁いている。他人の意識が自分に向いているのがどうも気持ちが悪く、早足でドアを開けてさっさと家に帰ってしまった。
… … …
そして、リリーにこの世界について勉強出来る場所があるか聞いて、学校やら図書館の存在を知って今に至る訳だが…。
意外と綺麗に整備されているどころか、まさか親切に転移者向けの本がまとめられているとはな…。
しかも、前から思っていたが、文字が読める…読めるぞ!
日本語では無いのに、何故か知らないが読める。
8000年前に絶滅した青狸…いや、青瓢箪のお陰か。
てなわけで、ずっと図書館に篭ってこの世界の基本的な情報についてを学び得てきた俺は、今まで得た情報の最終整理の段階に至っていた。
一旦今まで読んできた本について振り返ろうか。
・魔術基礎知識
魔術の理屈何かしらの魔術を行使する際は、マナの流れ等にも気を付ける必要があるという部分だけ抽出した。
この本の本質的な内容、マナというのがどこから来るのかだとか、訳の分からない理論については捨てた。
人々の集合意識だとか、この世界のあらゆるエネルギーの根源からだとか、訳がわからん。
覚えたところで教養程度にしかならない。
・魔術の覚え
黒魔術以外にも、変異魔術、強化魔術、幻惑魔術、治癒魔術、道具への魔術付与など色んな物があると書かれていたが、魔術にもたくさん種類があるという事を学べただけで、やはり理論についてはサッパリ分からず投げた。
まあ投げても何とかなるようだから投げたわけだが。
・ファッションに使える魔法集
魔術の覚えに書かれていない魔術、ファッション魔術という、服の色を変えたり、髪の色を変えたりする魔術について書かれていた。
だが、使ったところで確実にマナが足りなくなるので覚える意味は無い。
そうそう、転移者がこっちに転移した途端、その転移者のなりたい髪色に変わっていたというケースがあるという話も載っていた。
これに書かれているファッション魔術と同じ理屈で起きているらしいが、いかんせん理解が追いつかず、途中で投げた。
なんだよ『初めてマナを体に宿した途端、自分の魂そのものの色と同じ色になる』って。
・転移者図鑑
図鑑というより、皮肉混じりに転移者について書かれた本。
なぜか敵に特攻して死んだ転移者、自分はモテると勘違いしてか、その辺の女を口説き出す転移者、やたら正義の味方ぶって失敗する転移者、転移のショックでパニックを起こして廃人になった転移者などについて、面白おかしく記述されていたので当初は馬鹿にされているのかと思ったが、作者は転移者の息子らしく、後書きに“こうした事態を防ぐ為に、転移者の召喚についての法規制をもう少し整えるべきだ”と書かれていて印象的だった。
恐らくわざと炎上を狙ってこういう書き方をしたのだろう。
・転移者の習性
読んでいて虫唾が走った。
転移者を動物だと思っているのか知らないが、やたらと前の世界のペット本みたいな書き方で癪に障った。
が、逆にこれを読んでいないやつが転移者を召喚した場合だと、召喚者と転移者同士の文化の違いで諍いが起こるなとも思った。
内容は転移者図鑑に、召喚者側が取るべき対処法が書かれてるような感じ。
・異界の技術者によって現在進行形で起きている科学と魔術の技術革新
転移者は基本、12歳〜26歳までの若い人間しかいないが、何故か妙に技術の革新へのインスピレーションを与えてくれる的な事が書かれていてニヤけた。
こちらの世界の知識が通用するという事の証だ。
・子供でも分かるギルドとは何か
元々ギルドというのは、○○組合みたいな風に認識していたが、その通りだった。
その点については読む意味が無かった。
しかし、冒険者ギルド以外にもギルドの種類がある事が分かったのは大きい。
元々あるとは思ってたけどな。
・コルルコドル王国の歴史
この国の歴史だ。変な名前の国だな。
内容は神話に近かった。
とりあえず王家がめちゃくちゃ強い英雄の末裔で、1000年程前から代々この一帯に君臨している大国であるという事だけは分かった。
それ以外は馬鹿馬鹿しくて忘れた。
何だよ、神の授けた黄金の槍を継承してるとかそういうお話。
訳が分からん。
・転移者達の世界の不思議アイテム
布団や水道の蛇口、エスカレーター、エレベーターみたいなおおよそファンタジー世界に似つかわしくない物や、電池や銃、車などをこちらの世界風に改変した道具についてを纏められた図鑑だった。
どうやら、前の世界で言う電子機器関係は、転移者による魔力の応用により、著しく発展したとか。
正直銃以外にはあまり興味が無かったので、魔銃と呼ばれるその道具についての記述だけを読み漁ったが。
まあ、その魔銃も『筒に自分のマナで作った弾丸を込めて放つというアイデア自体は画期的だが、威力は当人の魔力の強さに依存する事は黒魔術と変わらないので普通に黒魔術で良いだろう』だとか、
『銃その物が当人の魔力を強化し、消費するマナを上手く減らす杖の代わりになれるから物による』だとか、『そもそも杖と同じで使い手との相性がある』だとか、様々な肯定的、否定的意見が書かれていて、積極的に使う気は起きなかったのだが。
とか言いつつも使い方は覚えた。
持ち運びが利くのであれば、持っていて損は無いだろうと思ったからだ。
もー、俺ちゃんったらツンデレ。
とまあ、それぞれこの世界で必要な知識が書かれていて役に立った。
ん? 交通ルールだとか社会の仕組みという喩えを使ったぐらいなら何かそういったルールだとか法律について学べよ…だと? いやいや、バレなきゃ犯罪じゃない理論が通るこの世界のルールなんて無意味だろ。
しかし、一番面白かったのは転移者についての情報だ。まさか髷を結っている転移者が召喚されたりする事もあるとはな。
こちらの元いた世界の古い時代の人間と会話する事が出来るとなると、どこか感慨深いものがある。しかし変なところでこちらの時代と並行しているのか、2020年より先の時代の人間は転移していないらしい。
どちらかと言えば未来について知りたかったもんだが…。
万一戻った場合は株投資やFXで儲けられたしな……貯めてたお年玉と小遣いが30万程あったから、それを元手に……。
今となってはどうでもいいが。
それに元の世界に戻ったのなら記憶も消えるのだろう。無意味じゃないか。
さて、不備はあるだろうが一通り満足行く程の知識は得られたしそろそろギルドに戻るべきなのだろうか。
絶対に行きたくは無いという気持ちは変わらんが、いつまでも怠けてはいられない。
そうだ、そろそろ何か新しい装備が欲しい。
盾とか着込み防具とか投擲物とかな。
装備さえ整えてしまえばギルドに出向くモチベーションを上がるし、丁度いい。
装備を買うには職人ギルド管轄の市場に行けばいいんだっけか。
自分の今の装備の状態は悪くないが、物足りない点が幾つも見受けられる。
なので早速冒険者ギルド以外のギルドの内の一つである、職人ギルドの市場に向かった。
今更だが、前の世界ではギルドと言えば、商人や職人の物が普通だったらしいが、なぜ俺を含めた転移者は皆、ギルドという言葉を聞いたら真っ先に冒険者ギルドを思い浮かべ、突っ走ってしまうのだろうか…。
それも大した理由も無しに。勢いのまま。
転移者の習性の本にも書かれていたが、我ながら情けない…。
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ここが職人ギルドの市場とは……信じられん…。
ギルドで渡された地図に、職人ギルドと記されていた場所があったので、行ってみると、想像とは全く違う景色が広がっていた。
屋外でバザーのような感じで屋台が幾つか点在している物かと思っていたが、その実、前の世界で言うデパートのような巨大な建築物であった。
ギルドの近くにあったので、建物自体は度々目にはしていた。
だがここが武器や防具などの装備品を取り扱う施設だとは夢にも思わなかった。
色々と不安になってきたので気を紛らわす為に、一旦自分の所持金を確認する。
ゴブリン討伐の件で得た金貨10枚を加えると、金貨が22枚と銀貨が25枚。
《銅貨5枚=銀貨1枚》
《銀貨20枚=金貨1枚》
《パン一つの相場が大体銅貨3枚》
である事を考えた上で、パン一つが約90円であると仮定すると、70,000円程持っているという事になる。
他の物の相場が全く皆目つかないこの現状では全くアテにならない基準だが、何も意識しないよりはマシだ。
しかしそう考えると金貨1枚=3000円という事になるが…この世界では金が豊富に採れるのだろうか…?
まあそれはいい、一旦何が必要か整理しよう。
マトモな着込み装備と盾。それから投擲物。
落ちている剣を投げたりするのも良いが、拾うのが面倒だし武器を持ってない獣か何かと戦う時だと飛び道具が得られず困るし、投擲物は大事だ。
だが最優先は着込み防具だが。
革鎧の下が前の世界から共に旅する服なのは流石に頂けないしな。
最悪上に着る物でもかっこよければそれでいいが。
ある程度買う物を決め、職人ギルドに入った。
真っ白な床に壁。
大理石で出来ているのだろうか。
どちらかと言えば、大衆的なデパートではなく、銀座にありそうな感じだなー…。
内装については特にそれ以上の興味も湧かなかったので、真っ先に階段に向かい、その傍に立てられている案内板を確認した。
案内板によると、武器を取り扱っている階、防具を取り扱っている階と言ったように、売られている物の種類によって階を分けられているらしい。
まずは一番近くの武器を取り扱う階、三階に移動するべく階段で登る。
二階に着いた瞬間、鈴のような通る音が聞こえた。
途端に壁の扉から現れる雑踏。
すぐ近くにエレベーターらしき物が存在する事に気付かされ、若干のショックを受ける。
気付かなかった。
そういえば、転移者による技術革新がどーたらみたいな本にエレベーターについて書いてたな…。
ちゃんと存在するのか。
というか、学んだ事を意識しないでどうする。
めげずにそのまま三階に登る。
辺りを確認してみると、その階の中でも剣を並べている区域、槍を並べている区域といった形で武器の種類ごとに区分分けされているようだがしかし、目的の投擲物が並べられている区域が見当たらない。
投げ爆弾とか投げナイフとかチャクラムとか手裏剣ばかり置いてる棚があってもいいだろうに。
なんで無いんだ?
暫く探索していると、カウンターの近くの方に、幾つかカゴが置かれているのが目につく。
中を見ると、投擲に使えるような武器がたくさん置かれている。
手頃な大きさのナイフ、ヤケにカラフルな用途不明のボール、投げ易そうに加工されている斧。
だが、随分と雑な置き方だ。
鞘やカバーに納められているからまだ良いが、それにしても雑だ。適当にカゴの中にぶち込まれているだけだなんて。
あまりにも細かい事であるのは承知しているが、気になったので店員に聞いてみる事にした。
「なあ、聞きたい事があるんだが」
「はい! なんでしょうか! 何でも聞いてください!!!」
やたらと元気だなこの店員。
茶髪でショートヘア、青色の目をした女の店員がハキハキとした声で接待してくれる。
「なんであそこの投擲物はあんなに雑に置かれてるんだ?」
「やっぱ雑ですよね!? 酷いですよね!! あの子達だって生きてるんですよ!? なんであんな残酷な事を…うぐぅうぅううう、上層部のクソ共許すまじぃぃい!!!」
目をうるうるさせ、背中に爆弾でも付けられてるかのような激しいジェスチャーをしながら上層部に対する憎悪を訴えかけてくる。
つか、何? え? 武器は生きてないでしょ??? え? 何言ってんの? しかもなんで涙ぐんでるの? 怖いんだけど…。
「えーっと…話を戻してもいいか…?」
「し、し、し、失礼しました!!! えぇっと、何の話でしたっけ…」
それ忘れるなよ…。
自分の主張をするだけして相手の質問忘れるとか店員としてどうなんだよ…。
「…なんであそこの投擲物は雑に扱われてるんだ?」
「それなんですけど実は、生粋の武器愛好家としてはとても度し難く、とても受け入れ難い悲しい理由があってですね、
大抵のお客さんは、飛び道具が欲しいとなると、あそこのカゴの子達には目も暮れず、弓や魔法武器などの棚を見に行っちゃうんですよね…。
みんなそっちの方が優れてるからって口を揃えて言って」
「そういう事か。要するに、時代に合わない道具として扱われているんだな」
…相手の武器を拾って投げてばかりいたせいで、消耗品にばかりこだわってしまってた自分が恥ずかしいな。
じゃあ金貯めて魔法武器買うか…。
「そうなんですよ…あんまりです! 確かにそっちの方が優れているかもしれないけどあの子達にだってあの子達にしか無い魅力があるじゃないですか!」
何故か共感を煽られ、返答に困った俺は、
「まあ、安く買えるだろうしな」
「…」
「…んぇ?」
場に静寂が訪れる。どうやら地雷を踏んでしまったようだ。
店員の手が震えている。
「お客さん…私は値段設定の話をしてるんじゃなくて、武器その物の魅力の話をしてるわけで___
「そ、それも立派な魅力じゃないのか?」
そう言うと、店員が血眼になってナイフを手に取り、こちらに向かって横に突き出してくる。
「こおおぉんの洗練された無駄の無いフォルムが目に入らないんですかあぁ??」
先程までとは打って変わった鬼のような形相に、それ相応のドスの利いた口調でそう問い質してくる。
こんなお約束のような急な切り替わりを展開してくるような者の相手なんてした経験なんて当然無く、それが俺とっては恐怖でしかない事は言う間でもない。
「俺が悪かった、あ、あー、この両刃のラインなんて綺麗だと思う………あと、買うから許して欲し…許してください…」
「…いいでしょう。何本ですか?」
「え?」
「何本買うんですか?」
「…5本だ」
「分かりました、1ゴールドと5シルバーになります」
初めて買い物したけど、金貨○枚と銀貨○枚って言われるか、○ゴールドと○シルバーって言われるかで迷ってたが、後者なんだな。
いや今はそれはいい、とっととこの頭おかしい女からズラかろう。
ほんとに怖い。
なんなんだあいつは。
漫画に出てくるような裏表の激し過ぎる性格のやつなんて初めて見たぞ。
財布から言われた通りの額を出し、ナイフを受け取り、店員に笑顔で見送られながらさっさとその階から移動してしまった。
途中、レジのようなカウンターがある事にも気付いたが、まあ今回はいい。
とにかく逃げよう。
何を売ってる階か知らずに四階に上がってしまい、半ば後悔しながら案内板を眺めているが、どうも先程受けた洗礼により、身体と脳の機能がズタボロになってしまっているせいで、全く文字が読めなくなってしまった。
書いてる内容は分かるが全く頭に入って来ない。
すると突然、背後から大きな声で名前を呼ばれる。
「お、影太く〜ん、久しぶり〜!」
会った事もない金髪の少年に、随分と親しげに声を掛けられた。
その後ろには冒険者と見受けられる人物が三人控えている。
服装的に魔術師、弓士、治癒術師といったところだろうか。
が、俺は先程の異常者紛いの店員の相手をしていたせいで、精神的に疲弊していた。
「はぁ…。んぁ? えーと、どちらさぁん?」
普段のマトモな思考が働く状態であるとするならば、リンチや何かに遭う可能性を考慮した上で、相応の行動を取っていただろう。
しかし、最早愚直で且つ脳死した返答しか出来ないのであった…。
次回多分遅れます。色々と忙し過ぎる。