三話
次に向かったのはテニスコート。
「タクト」
「わかってますって。テニス部にも被害にあわれた方が一人いて、名前は小坂ナオミ。三年生なので鹿沼先輩は知ってるんじゃないですか?」
テニス部は活動の最中であったが、グラウンドほど広くはないので見つけやすいと思う。俺は顔を知らないので今回は最初から鹿沼先輩が話を聞きに行く。俺が頼んだわけではなく鹿沼先輩自らテニスコートに入っていった。行く前にチラッと俺の方を見てため息をついた鹿沼先輩からは「使えない後輩を持つと苦労するわね」という心の声がだだ洩れだ。あー…早く帰って昨日録画した深夜アニメでも観たいな…。
コートに入った鹿沼先輩はすぐに一人の生徒に話しかけていた。おそらくあの人が小坂さんだろう。数分話してからこちらの方に戻ってきた。その際も「キャー」「鹿沼さーん」という黄色い声援が聞こえた。女子テニス部なんですけどね…。
「どうでした?聞けました?」
「行くよ」
今の会話になってましたか?
どこに行くかもわからないまま鹿沼先輩に連れられていくと、着いたのは中庭のベンチだった。腰を掛けた鹿沼先輩の隣に座ろうとすると、「タクト」とそれを止められる。
「えっと…ああ、さっきのことですね。お手を煩わせてすみませんでした…」
「…タクト」
トーンが落ちた二回目のタクト頂きましたー…。
「情報の整理…ですか?」
「…喉」
違ったぁぁぁ!てかそんなのわかんねーよぉぉぉ!
「了解しました!すぐに買って参ります!」
瞬時にマップを頭に浮かべて一直線に近くの自販機に走り出す。最速最短のルートを通ってすぐに戻ってくる。当たり前のことだが鹿沼先輩の好みは熟知している。俺が買ってきたのはレモンティー。鹿沼先輩は基本好き嫌いはないが好んで飲んでいるのはこのレモンティーだ。部室でも飲んでいるところをよく見かける。
差し出したペットボトルをすぐに受け取ってもらえたので正解だったのだろう。それでも理解が遅れたことでお叱りを受けると覚悟した。「座りな」と言われたので恐る恐る横に座って目を瞑る。
さあ、何でも来い!……え?
数秒後に訪れたのはポンポンと頭に手が置かれている感覚。てっきりぶたれると思って力を込めて待機していた俺にとっては想定外の行動だった。触れる手は目を瞑っていてもわかるくらい細く、しなやかで、そんな手で撫でられるのは気持ちがいい。
おもむろに目を開けると、その手が予想通り鹿沼先輩のであることが証明された。
「何びびってるの?」
「怒ってないんですか?」
「タクトは私をなんだと思ってるの?」
自由奔放冷徹無慈悲なドS女王様ですけど、何か?
「飲み物ありがとうってこと」
「鹿沼先輩……」
だったらいつもそうしてもらえませんか?
皆様が騙されないように説明させて頂きますが、鹿沼先輩が今回のように俺に飴を与えるのは十回に一回くらいだ。それ以外の九回は鞭が飛んでくる。これが鹿沼式飴と鞭の概要である。
こんな不当な割合で飴をもらって嬉しいと思うか?……嬉しいんだよこれが。
自分でも馬鹿だと思うがこの一回があるだけで、悪くないと思ってしまう。鹿沼先輩の配分が上手いのか、俺が弱いのか、嫌だ嫌だと思いつつ体が動いてしまう。
そんな自分が…悔しい…悔しい…悔しい…悔しい…悔しい…悔しい…だが、これで―――
「よくない!」
「…何?」
「…何でもないです」
鹿沼先輩の休憩を妨げないようにそれ以降はおとなしくしていた。鹿沼先輩も黙ったままで、聞こえるのは風で木々が揺れる音だけだった。心地よい気温と安らぎを与えてくれる音によって環境は悪くないのだが、如何せん隣にいるのは鹿沼先輩。休まるはずもなく、気を張りながら姿勢を正して待った。
鹿沼先輩はレモンティーを三回程口にしたかと思えばいきなり立ち上がった。
「疲れた。帰る」
俺の返答を待たずして、すでに歩き出している。このパターンもいつものことなので驚きはしない。
振り返ることなく遠ざかる後ろ姿。揺れるさらさらとした長い髪、全身を見ればわかるスタイルの良さ、悔しいけれど外見だけは本当に美しい。
見惚れながらもその背中を追って俺も歩き出す。
鹿沼先輩は気分で行動しているが俺は勝手に帰るわけではない。休憩中にテルユキから〈残りの被害者から聞き込みが終わった〉という連絡と、部長から〈俺の方も人はいらない〉という連絡があったので今日は切り上げることに。明日の放課後に各自情報を持ち寄って、整理した後、作戦を立てることとなる。
今日の一日の感想としては「面倒くさい」で締めさせてもらおう。どうせ部長は無茶言うんだろうな……。
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