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雑木林の宮さん  作者: 佐奈田
1/2

雑木林の宮さん・1

「根掘りし始めた頃からだから、先月末からかな? そっから事故が七件も起きて未だに基礎工事が終わらねえ。おまけに軟弱な奴が辞めたいだの他の現場に回せだの言って来て人手も足りない、商売上がったりだ!」

「はあ……、そうですか」

「高い金取るんだから今日中にどうにか出来るんだろうね。こっちはさっさと遅れを取り戻さないと。工期が遅れるとどうなるか、君も現場にいたなら判るだろ!」

「ええ、まあ……」

「そうだ君、良かったら明日からバイトしないか。ウチはちゃんと保険も入るし弁当も出るし、日当だってソコソコ良いとこ行って……!」

「止めとけ止めとけ。お前がこういうトコ来るとどうせ変なモンに当てられて具合悪くするから」

「……と、上司が申しておりますのでご期待には添えませんねー」

「へっ! だったら早く原因突き止めて出て行きな!」


 今日の現場は中々面倒な人が立会人だった。

 依頼を寄越したのは彼等の会社ではなくクライエント本人なのだが、工事を請け負った現場の担当者が『人の不幸に漬け込んで大金をせしめる輩なんか信用ならない』と言い張って立ち会いを切望し、車の中で待てば良いのにわざわざ炎天下で石井と樹が到着するのをジッと待っていたらしい。そしてそういう時に限って普段から私生活が乱れている石井の寝坊と渋滞が重なり、時間通りに到着しなかった事をまず詰られた。

 遅刻についてはこちらが悪いので仕方が無い。着ている作業服の社名の下に大島という刺繍が入った社員に、遅刻の件を丁寧に侘びたつもりであったが、謝っても謝っても一向にグチグチ言われるだけで依頼内容を確認するつもりも無さそうなので、『普段からグチグチ言いたい人なんだな』と思って話を流し、二日酔いの石井を何とか車から降ろして現場に立たせたまでが今に至る流れである。


 分譲地を購入して家を建てようとしたら、現場で何故か事故が続いて一向に工程が進まないので何とかして欲しい。というのが今回の依頼だ。事故といっても幸い大怪我に至るような事故は無く、皆打撲などの軽症で済んでいるので今の所は現場の人間も無事ではあるようだ。

 ただ、いくら炎天下が続いて疲れやすい環境とはいえ、あまりに事故が続いて不安になったクライエントは、着工からこれでは住み始めてからも何か良くない事が起こるのでは無いかと心配して方々を駆け回り、石井の事務所を探し当てたという話である。


「石井さん、何か見えますか。見た感じただの分譲地ですけど」

「古い井戸はあるが……」

「失礼な! その井戸はちゃんと手順通りに埋めたし、お寺さんを呼んでお生抜きだってやってもらったぞ!」


 周辺を見渡した石井が言い掛けた所で、立ち会いの大島が大声で吠え始める。それに顔を顰めて「いちいちうるせえんだよ、人の話は最後まで聞け」とボヤいた石井は敷地内をぐるりと一周した後でその奥に生えた雑木林を指し、「多分そっちから来てる」と言ってポケットに仕舞っていた煙草を手に取った。


「古い井戸は関係無いし今は何もいない。が、多分そのせいで向こうからの障りが出ている」

「向こう? 大島さん、あの向こうって何があるんですか?」

「……古い祠みたいなのはあるが、それが何だって言うんだ」

「フン、祠ねえ」


 ポケットの中でくしゃくしゃになっていた煙草を咥えた石井がそれに火を付け、思い切り吸い込んだ煙を気持ち良さそうに吐き出してまたボヤく。その石井に返答した大島は眉根を止せて目を細め、チンタラした動きで一服を味わう彼を忌々しそうに眺めていた。

 その動作をヤニ切れで苛ついているように感じた樹が「お吸いになるならどうぞ」と大島にも喫煙を促すが、彼は「勤務中は吸わない」と言ってガッチリ腕組みをして明後日の方を向いてしまう。それを見た石井が「殊勝な事だ」と笑うので、「誰かさんに爪の垢でも戴きたい位ですね」と返した所で石井は鼻でせせら笑っただけに留まり、そのまま火も消さずに歩き出した彼に付いて雑木林に向かった。


 現場から雑木林へは数百メートルしか離れておらず、大島の言った祠は舗装された道から覗く事ですぐに形を捉える事が出来た。雑木林に囲まれたそこは祠というよりも小振りな神社を彷彿とさせる規模の造りをしており、しかし肝心の社が真っ黒に焼けて無残な姿になっているのが見える。加えて黒く朽ちた社に続く道には同じく焦げた何かの残骸が残っており、その下からも苔や雑草が生い茂って結構悲惨な事になっている。

「これ、祠っていうか神社ですよね」と樹が言うと、頷いた石井が周囲を見て「鳥居も無えけどな」と口にしながら吸っていた煙草の火を携帯灰皿に押し付けて消していた。


「おいチビ、こいつは放火か? 犯人エライ目に遭ったろう」

「誰がチビだ!」


 まあ……、確かに大島さんは石井さんに比べたら背え低いと思うけど。ごく一般的な背丈の人だと思うなあ。


「何年か前にここらの高校生が花火でボヤをやらかして、関わった奴は全員成人前に死んでるよ」

「……、途中で引っ越した奴がいたか? 今の井戸の土地、ひょっとしてそいつの家じゃねえのか」

「…………、確かに、そうだが……」

「井戸があの一帯を守ってたのかもなあ。埋められて力が弱まったから、これ幸いと復讐を再開したのかも知れん」

「し、しかし……、引っ越したその子も結局は向こうで亡くなって……」

「その件にはここのカミサマは関与してなかったのかもな。この分だとここの力も相当弱まっているだろうし、憎き仇が死んだ事にも気付いていない可能性がある」

「そ、そんな……。じゃあ俺達、あそこの土地に関わる限り呪いを受け続ける事になるのか……」

「何とか気が逸らせれば良いんだが。積年の恨みを前に聞く耳持ってるかどうか」


 さっきまでの勢いは何処へ行ったのか。真っ青になって気弱な反応をする大島は、どうした事か石井や樹の後ろに少し離れて立っている。その様子を見た樹が疑問に思うより早く石井が「あー、ダメだ。煙ばっかりで何の神社だったか全然判んねえな」と目を細め、後ろに立っている大島に「ここで祀ってたのは何だ」とぶっきらぼうに尋ねた。


「さあ……俺もそこまでは」

「チッ、つっかえねえ立会人だな」

「しょ、しょーがねえだろ! 俺はそのボヤ騒ぎの後で越して来た人間だから、こっちの事にはそんなに詳しく無いんだよ!」

「はあ? その癖あんな偉そうに講釈語ってやがったのか。頭ン中どうなってんだこの野郎」

「ちょっと二人共、神様の前で喧嘩は止めて下さい。石井さん、気になるなら俺行って見てきますよ」

「おう行って来い」

「えっ、」

「えっ?」


 雇い主の許可が出ると同時にざり、と雑草を踏み分けた樹の後ろで大島が声を上げ、その声に軽く驚いた樹が思わず振り返る。樹の行動が余程予想外だったのか、彼は慌てて「あっ、いや、あの……。ここはボヤ騒ぎの後からあんまり良い話聞かないし、下手に近付くのは止めた方が」とワタワタ落ち着かない動作をして言う。その様子の大島に石井が「何だお前。俺達には散々威張り散らした癖に、こんな寂れた神社が怖ぇのかよ」と言うと、彼は怒ったように「実際死人が出てるんだ、仕方ないだろ!」と吠え、既に参道に入っている樹に「戻った方が良い」と真剣な顔をした。


「その後も肝試しで立ち入った若者が怪我したり、ゴミ捨てた奴が車で事故ったり……。兎に角、この辺には皆気味悪がって近寄らないんだよ」

「はあ、そうですか」

「そうですかって君ねえ、下手に『宮さん』を刺激すると祟られるって言ってるんだよ! 悪い事は言わないから早く出なさい!」

「で。実際どうなんだ、入ってみて気味悪い感じはするのか」

「いやあ……、特にそういう感じはしないですけど」


 聞かれたので周囲を見渡してみるが、これといって変わった所はない。今回は怪しい所へ入った時の悪寒や倦怠感、身の毛のよだつ感覚が襲って来る様子が無いし、草木に日光が遮られている分温度が下がっているように感じられてちょっと快適である。それを石井に言うと「まあ、お前はこういうトコは大丈夫だろう」と返され、尚も心配そうな表情の大島にも断って社の方に足を進めた。


 中の雰囲気は、昔祖父と一緒に行った神社に近い気がする。こじんまりしていて、でも地域の人々の生活には欠かせない存在で、人足とか育成会で定期的にカミサマを祀る行事が行われているような、そういう感じ。


 鬱蒼とした木々は元々は社寺林で、聖域と人々の生活を分かつ大切な役割を担っていたんじゃないだろうか。荒れてしまった林と焼け焦げた社をあちこち見ながら、元の社の姿を見られない事を少し残念に思う。踏み入った場所は冷えるというよりはピンと澄んだ空気に満ちていて、それを思い切り吸い込むと体全体が軽くなったように感じられる。鳥居が壊れていても境内には悪いモノの気配は無く、この涼やかな空間に祀られていたモノの力がまだ尽きていない事を窺い知る事が出来た。


 こぢんまりしてても古くても、立派な神社だったろうな。


 樹が幼い頃に連れられて行った神社のように、この神社にも地域の人が訪れて願い事をしたり、願い事のお礼を言ったりしたのだろう。ここにいたカミサマも当たり前に町の片隅に存在し、当たり前に誰かの生活や成長を見守り、去り行く人も移ろう時も、この場所からずっと見守って来たのだろうに。それがこんな結果になってしまうなんて、カミサマにだってきっと想像も出来なかっただろう。

 父の故郷で見た、地域の人々の生活と結びついた神社を知っているだけに、樹にはこの社が朽ちて廃墟となり果ててしまっている事が悲しかった。


 キャンッ。


 と。不意に何処かからそんな音がした。おや? と思って音のした方を見ても何がある訳も無く、ただ焼け焦げた黒い社があるだけである。聞き間違いかと周囲を見渡す樹の耳に、もう一度何処かからキャンッと声が聞こえる。何かの鳴き声だと判ったのはその時で、それを聞いて周りを見渡すと、視界の隅に白い……といっても、少し煤けた様子の尻尾を捉える事が出来た。


「何かいたのか」と、樹の動きを見た石井が外から声を掛けて来る。流石に神社の前だから控えているのか、暇そうにしている割には煙草も吸わずにこちらの様子を窺っていた彼を見て「ここら辺、悪いモノはいないみたいです」と答える。それに意外そうな顔をした彼は「ほー、じゃ何が見えた」と言いながら小さく樹を手招いて見せた。


「鳴き声がして、白い尻尾が見えました。ちょっと煤けてましたけど」

「白狐か。っつー事は祀られてたのは稲荷神か」

「多分。ここ、すっごく気持ちが良い所ですね。焼けたままになっているの、勿体ないなあ」

「ここが、気持ち良い場所……?」

「ああ、気にすんな。コイツはちょっと特殊なんだ」


 樹の言葉に驚く大島には構わず、石井は戻って来た樹の肩に手を置いて数度瞬きをする。そうしてから奥の社に目を向けた彼は、「カミサマはどうだか知らんが、稲荷神の眷属はまだここを守ってるんだな」と口にして目を細めた。

 彼の言葉に納得行かない様子だったのは大島の方で、「何処が守ってるんだ。住人に怪我させてばかり!」と地団駄を踏む勢いでお怒りだ。大島のそんな様子にはやはり興味が無さそうな石井は、笑い混じりに「そりゃお仕置きの加減がわからんのだ、ほら、相手は何せお狐様だから」と両手を広げて彼を振り返った。


「おいお前、暇ならその辺でいなり寿司でも買って来い。金はやる」

「な……っ、まさか、アンタその神社にお供えでもする気なのか!」

「察しが良くて助かる。狐がコイツにちょっかい掛けて来たって事は、気を逸らす事も出来るかも知れん」

「冗談じゃない、こんな疫病神みたいな事するカミサマに、くれてやるモンなんかあるか!」

「カミサマじゃなくて眷属な。そういう事言うと余計拗ねるだろうがよ。お前らがそうやって腫れ物扱いするから意固地になってやってる所もあるんじゃねえのか」

「向こうの理屈なんか知った事か! 第一、お供えでどうにもならなかったらどうする気なんだ!」

「どうにもならんかったら俺の手に余る案件って事だから、後はここいらで一番デカい稲荷神社の神主に相談しろ」

「そんな無責任な!」

「良いから、兎に角行って来い。ああ、その辺のスーパーの安いヤツで良いぞ、釣りは足代に取っとけ」

「…………」


 釈然としない表情の大島はまだ何か言いたそうにしていたが、石井が財布からスッと万札を取り出して押し付けると苦虫を噛み潰したような表情になってグッと言葉を飲み込んでいる。それからさっさとその場を後にした彼を見送った石井が「じゃあ俺達は車で待ってるか」と面倒くさそうな顔をして生い茂った草を眺めたので、樹は咄嗟の思い付きで「じゃあ俺、待ってる間暇だしご近所で草刈機でも借りて来ます」と言って近くの家屋を指した。


「はあ? お前この暑いのに草刈りなんかする気かよ」

「いや、だってスーパー結構先でしたよ。ここもこのままじゃあんまりだし」

「まあ、良いけどよ。タオルと飲み物位は積んであるから持って行けよ。いくら木陰だって言ったって今日も相当暑いぞ」

「はい、そうします」


 樹の主張に一瞬目を剥いた石井も、言っても聞かない事を察してすぐに毒気を抜かれたように来た道を戻り始める。大島を待っている間は本当にやる事が無いので、その彼に言われた通りタオルと飲み物を取った樹はまた社の方に取って返した。


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