第6話 再構成、変質
食事の後片付けを済ませた僕は、自室に戻るとベッドに横たわった。窓から入ってくる陽光が眩しいのでカーテンもしっかりと閉める。
改めてサイドテーブルに安置されている"ソレ"を手に取る。"ソレ"とはもちろんVR機のことだ。
名前を【Role Giver】といい、首元まで頭部を覆い隠すヘッドギアのような形状をしていて、近代人類十大発明に数えられるとされているらしい。重さは2.5キロ程でずしりと重たいが、VRゲーム機以外にも沢山の機能を備えているのだから仕方がないだろう。主な機能としては、一つはやはりVR空間への接続・操作。二つ目は、機器を使用していても利用出来る各種携帯電話会社と提携された通話機能。最後に仮想デスクトップPCとしての機能だ。VR技術の応用で、コンピューターと繋げていれば文書の編集はもちろん、映像や作曲などの作業も現実の指一本動かすことなく行うことができる。かつてはゴチャゴチャとしたUI上から必要な動作を指定し、これまた複雑な操作が必要であったが、直感的な操作でそれらの作業を実行することができるというのだからその手の業界からの注目も高い。実際職場に導入を始めた大企業も複数あるようだった。ちなみに肝心の《Code:Aracdia》自体の開発も、中期以降はこの機能を用いて作成された箇所が多くなっているそうだ。
----------話が脱線してしまったが---------
役割を与える者の名前を冠する一見拘束具にも思える機体を頭に装着する。僕の場合は身体の変化に伴ってサイズ調整が必要なのでピッタリになるように大きさを調整する。ここまで済ませて時刻は12時25分。少し早いが起動してしまって差し支えないだろう。目を閉じて指先の感覚で右耳やや前にある電源ボタンを押し込む。やや耳障りなモーター音を認識すると、意識は闇の中に溶けていった。
◆
真っ暗な視界の中で白いフォントで描かれた文字列だけが目に入る。
---安定した姿勢を確認中---
---完了---
---心拍・脳波を測定中---
---異常なし---
---利用者情報照合中---
---不一致---
あ、引っかかった。
当然だが、この機体には大量の安全装置などが搭載されている。現実の肉体の感覚を可能な限り遮断するという特性上、国によってかなりの制限が掛けられ、安全性確保の為に常に心拍や脳波の測定が義務付けられているのだ。幸いにも未遂に終わったが、プレイヤーをゲーム内に閉じ込めて殺し合いをさせるという危険な思想を持った人物の存在が影響しているらしい。今回僕が引っかかったのはそんな大仰なものではなく、単純に個人情報を保守するための機能だ。初期セットアップ時に測定された体格と一致しなかった為、別人として認識されたのであろう。
---利用者が本人であることを証明するためには、パスワードの入力が必要です---
当然僕自身のアカウントなので、パスワードも把握している。目の前に浮かぶホロキーボードで手早くパスワードを入力する。
---利用者が本人であることを確認しました。前回の設定値を破棄し、再び測定を開始します---
やむなく前回測定したデータをリセットし、再計測をする。計測は十数秒経過したところで終了した。改めて初期設定を済ませてゲームを起動すると丁度時間通りになっていた。ゲームを起動すると同時に現実の体の感覚が薄れていき、微かに聞こえていたモータの駆動音も完全に聞こえなくなった。
真っ暗な画面に《Code:Aracdia》とだけ表示され、落ち着いた雰囲気の音楽が流れ始める。視界が戻ったので、周囲を見回すとほのかに発光する青色の大理石が一面に広がる空間に立っていた。そして身体は薄い青色をしていて、向こう側が微かに透けて見える。空を見上げると満天の星空が果てまで映し出されている。これ程に晴れ渡った夜空は見たことが無かったので思わず見とれてしまう。空を見上げてぼっーとしていると、唐突に女性の声が響いてきた。こいつ直接脳内に...!
『理想郷へようこそ。
ここはあらゆる種族が共存する幻想の大陸であり、同時に生存競争を競う場でもあります。
この世界に目標などはありません。戦いに身を投じるも良し。のんびりと生活するのも良し。世界の果てを目指すのも良いでしょう。』
俗に言うグランド・クエストというものは存在しないようで、あくまでも目的に囚われずに自由な冒険を推奨しているようだ。
『この世界に置ける貴方の姿。分身体を作成してください。』
ここでキャラクタークリエイトに誘導された。
目の前に突然ウィンドウが飛び出してきて、注意事項が映し出された。
『
・作成できるキャラクターは現実と同性のみとなります。
・現実の身体との誤差は各部位5cmまで許容されていますが、できる限り誤差が少ない方が円滑な操作に繋がります。
・体格の変更には制限がありますが、操作に影響が無い部分に関しては制限はありません。
・キャラクターの体格によってはステータスの伸び等戦闘に影響が出る場合があります。
【重要】体格の過剰な変更によって発生した不都合は現実・ゲーム内共に運営は保証しかねますのでご了承ください。
基本データの取り込みを開始します。 』
ざっと目を通し終えると、自動的にウィンドウが収納されて消えていった。どのようにして読み終わったことを判定したのかは謎だが、とりあえずは気にせずにキャラクタークリエイトに入ろうとして、先程目を通した部分の重大な問題に気がついた。『現実の身体を基に作成する』という部分である。おそらくセットアップ時に測定されたデータが利用されるのであろうが、それは不味い。僕は初期セットアップ時に測定したデータを破棄して再度測定をしてしまっている。僕の今の現実の姿は元々とは似ても似つかない少女だ。キャラクターの素として選ばれるのは間違いない。アカウントを作った際のものが残っていてそちらを使えるというのは正に希望的観測というやつだろう。
『基本データの取り込みが完了しました。キャラクタークリエイトを開始します。』
そんなことを考えているうちに取り込みが終わったようだ。目の前に展開されたモデルを見る。うん、知ってた。目の前に移しだされたキャラモデルは雪のように白い髪を肩より少し下まで伸ばした少女であった。今はVR空間にログインしているため全方位から俯瞰することができる。インナーだろうか?キャラメイクの邪魔にならない為の配慮か、シンプルな物を身につけていた。現実と殆ど違いが分からないほどに再現された少女型キャラクターに正面から見つめ合うとなんだか少し照れくさい。不満を言っていても始まらないのでキャラメイクを始める。僕はこの系統のゲームではいつもかなりキャラメイクにこだわっている。その際に作るのは大半が美少女型の女性キャラで、気が向いたら美形の男性キャラを作成していた。そのため、本来とは異なる素体であったとしてもそれはそれで楽しめるだろう。高精度で尚且つマシンもかなりの高性能なので、思う存分弄り倒してくれるわ!そんな風に考えてコントロールパネルに手を伸ばした。
間に合えばさらに更新予定です。