第2話 再始動、混乱
もう暫く現実と同期させます。
唐突に意識が覚醒する。
ガバッと体を起こす。どうやらここは自宅のベッドの上のようである。意識を失う前の最後の記憶からして死をも覚悟したが自宅のベッドにいるということは、きっと夢だったのだろう。そう結論づけてさっさと着替えることにする。が、足が何かに引っかかってこけた。そのままベッドから転落し、地面に顔面を強打し床で蛙が潰れたような声がもれた。
「ぐぇ...!」
?
一体なにに足を引っ掛けたのだろうか?記憶が正しければそのようなものは置いてなかったハズだ。違和感を感じて立ち上がろうとする。しかし、上手く立ち上がることが出来ずに再び転んだ。流石にこれはおかしい。そう思い足元を確認すると、かなり裾の余った制服のズボンが
目に映った。
いや、おかしいだろう!?確かに制服は成長期で身長が伸びても大丈夫なように、多少大きめなサイズで買ってあるが手足が完全に埋もれるようなものではない。そもそも今日までこの制服を着て学校に通っていたのだ。大きすぎるなんてことは無かった筈だ。あまりに急な状況に頭が混乱してついていくことができない。
「え...?なんで...?」
と、思わず漏れてしまった声は透明感のある子供の、それも女の子の声だった。
自分で出してしまった声に思わず口を押さえる。Yシャツも袖がダボダボになってしまっていて不格好極まりない。僕は半ば混乱した頭で立ち上がると身体を確認するため洗面所へと向かった。
身体が縮んでしまっている影響でズボンがずり落ちてしまうが、気にしている余裕はない。
洗面所に到着すると、もう暫く利用していなかった踏み台を引っ張り出して(身長が低すぎて鏡が見れないのだ)鏡を覗き込んだ。
身長130cm後半で小学校低学年〜中学年といったくらいだろうか?肌は病的なまでに白く、人形のように端正に整った顔は見とれてしまいそうになる。瞳の色は綺麗な碧色で、何よりも目を引くのは背中の半ばほどまでに伸ばされた白い髪である。
一言で纏めよう。美少女であると。
◆
とりあえず、落ち着いてみることにした。
落ち着くにあたって、軽く着替えを済ませている。大きめなYシャツのみを身につけた小学校中学年くらいに見える少女とか犯罪臭しかしなかったし、袖や裾を余られまくった服では動きにくいと実感したためだ。今の服装は苦渋の決断の末に小学校の頃にきていた体操着だ。高校のジャージを着ようとも思ったのだが、袖を4回・5回折り返してもなお長いので諦めた。この家のどこかには姉の子供時代の服も保存されている筈なのだが、生憎と僕はその場所を知らないし、そもそも女性ものの服を着ることに抵抗がある上に姉の女児時代の服を着る弟とか嫌すぎる。
話を戻そう。まずこの手の『目が覚めたら女の子に』といったものには何かしらの原因があるはずだ。このジャンルは数十年前から一部の層から安定した人気を誇っている。最も現実にそれが起こったという話は一度も聞いたことがないが。スマートフォンのブラウザを利用して調べてみることにする。手が縮んだ影響でやや大きめな僕の端末は片手で操作することができなかった。実に不便だ。いつもの癖で指紋認証を利用しようとするものの、帰ってきた返答は『検出された指紋と一致しません』とのことだ。本人であることを否定されたようで少し悲しい。仕方がないので両手を使って9桁のパスワードを入力していく。端末のロックを解除すると、検索エンジンを起動して『TS 目が覚めると女の子に』など検索ワードを入力して、ヒットした小節の冒頭部分に目を通していく。その結果ありそうなものが『入れ替わり』ついでに『変身』さらにおまけに『転生』という結論に至った。前の二つに関しては魔法やら薬やらでのケースが多く、最後の一つに関しては最後の記憶から推理してのことだ。
一つずつ可能性を考慮していくと『入れ替わり』となるとこの身体の元の持ち主がいるはずなのだが、これほど目立つ外見なら一度見れば忘れないし、僕がこの姿で目覚めた時は制服を身につけたままだったのでこの線は否定できる。二つ目の『変身』に関しては心当たりが無いため保留。三つ目の『転生』というのは、文字通り僕はあのトラックに撥ねられ無事死亡。『転生したら美少女だった件』ということだ。いくつか推理の荒い部分があるのはご愛嬌とさせて欲しい。原因の究明を急ぎたいところだが、その前に確認をしなければならないことがあることに気がついた。
「もしもあれが夢じゃないなら、事故現場に行けばなにか分かるかもしれない」
あれというのは勿論トラックとの接触事故の件である。幸いにも事故現場はこの自宅からそう遠くはない。問題があるといえばこの見た目だ。真っ白な髪の毛を持つ少女なんて生まれてこのかた見たことがないし、小学校低学年にも見える少女が一人で歩いているとか誘拐してくれと言っているようなものだ。どうにかしてこの目立つ風貌を隠す方法はないかと考えること5分。少し暑いが、水色のキッズパーカーを着てフードを被ることで顔と髪を隠すという作戦になった。靴は例によって黒い運動靴を選択した。これなら少しは男だと勘違いさせることも可能であろう。
対策を講じた上で、慎重に周囲を見回して家をでる。家から出るところをご近所さんに見られたら一発でアウトだ。僕が見知らぬ子を家に連れ込んでいるということになってしまう。そうなれば両親に連絡されてしまうことは必至だろう。なにが悲しくて自宅から出るのにコソコソする必要があるのか。周囲に人通りが無いのを確認して目的地方面へと足を向ける。
すっかりと低くなってしまった視線で見る住宅街はまるで見慣れない街のようで、新鮮に感じた。目的地まではほんの10分程度の距離だ。しかし、身長が縮むということは当然歩幅も短くなるわけで到着に15分程の時間を要した。
事故現場に近づくと、パトカーが停車しているのが見え、そのすぐ近くに人だかりができていていた。背が低くなってしまった僕には奥の様子が分からない。大人たちの足元をかき分けて前進し、どうにか最前列まで来ることができた。最前列までくると、警察官と男性が口論していた。
「確かにここで男子学生と事故を起こしたトラックを目撃したんだ!」
「ひき逃げのほうは分かるけど事故にあった被害者が逃げる理由なんてないと思うんですが...」
「何度も言うが確かに地面に倒れているのを見たんだ!」
どうやら警察官と善意で通報をした目撃者のようだった。男性の話ではトラックは事故の直後に逃亡し、地面に倒れていた筈の男子学生はいつの間にか姿を消していたらしい。その男子学生というのは恐らく僕のことだろう。本来なら被害者である僕が名乗り出るべきなのだろうが、今の外見では余計に混乱させてしまうだけだろうと判断し何もできないままでいた。
男性は暫くの間必死に説明をしていたが、結局警察の方で該当するトラックを捜索して運転者から事情聴取するという形で決着した。警察が現場を離れると自然と野次馬も解散していった。事故現場に一人残った僕は辺りを探索することにした。先程まで警察官と男性のいた場所には半ばガラクタと化した愛車が放置されていた。前輪は完全に歪んでしまっていて事故の衝撃を物語っている。しかし、いくら探しても血痕などは見当たらなかった。事故が実際に起こったということの確認はとれたものの、疑問が浮かんできた。言い方は変だが『僕が死亡していない』と転生という線は使えないのだ。
「…とりあえず、帰るか」
目的が済んだ以上もうここにいる理由はない。自転車の前カゴに入ったままだった味噌を回収して帰宅する。行きと同じだけの距離を歩く。ただし、その足取りは鉛のように重かった。結局行きの倍近い時間を要して自宅に到着する。部屋に入るや否やパーカーを脱ぎ捨て、手に持っていた袋は適当に放り投げた。そのままベットに横たわり脱力する。自分の身体に起きた不可解な現象の手がかりを完全に失ったのだ、当然だろう。
今日でめでたく夏休みを迎え、明日からゲーム三昧で過ごすはずだったのになんだこの仕打ちは。買い物に出かけたら事故に遭って目が覚めたら美少女になっていた。だって?ふざけてるだろ!
「どうして...こんなことに...!」
口からそんな言葉が出ていた。それが引き金になったかのように、あとから涙がボロボロと溢れてくる。今まではずっと混乱していたからか涙は出ていなかった。しかし、完全に手がかりを失った今は心細くて、怖くて、不安でたまらない。部屋に少女の嗚咽だけが響いた。
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