プロローグ
夕日の差し込む自室で、雪のように真っ白な髪の毛を垂らした彼女はこう呟いた。
「どうして...こんなことに...!」
◆
西暦2040年頃人類の科学は目覚しい進化を遂げ、多くの分野で長らく未知とされていた事象が解き明かされた。これ自体は良い事なのだろう。しかし、その先が無かったのだ。医学においても、数学においても『これ以上の研究には意味が無い・できない』とされると研究者達は揃って無気力状態となり、新しい技術の開発など望むべくも無かった。
人々は飽いていた。
代わり映えしない日常に。発見のない世界に。
好奇心は猫を殺すという言葉があるが、退屈もまた人を殺すのだ。
その退屈な日常を彩るために仮想現実の開発を始めた。
発想自体は決して新しいものではない。
この考え自体はおよそ半世紀も前からあるのだから。
しかしそれらが実現に至ったことはなかった。なぜならデータで形作られたもうひとつの現実の制作は難解を極めていたからだ。技術は20年程前から確立されつつあり、発表された当初こそいくつもの大企業が開発に向けて動き出した。あまりの開発難易度に殆どの企業が断念・あるいは撤退をして、どうにか完成に漕ぎ着けた2・3社も完成したのはお世辞にもゲームとは言えないほどの出来栄えだった。
そのような完成度では期待に胸を膨らませてログインしたプレイヤーが満足出来るはずもなく、VRMMOはあっさりとジャンルとしての終焉を迎えた。
それからが本当の始まりであった。最終的に残った2・3社の開発部は圧倒的な難易度にぶつかりつつも形だけとはいえ完成させたのだ。
その情熱は生半可なものではなかったはずだ。
彼らは頓挫した全ての会社からもまだ夢を諦めきれない情熱をもった人材をかき集め、ひとつの会社を立ち上げた。〘Dregm Arts Tech〙(ドリーム・アーツ・テック)社。それがその企業の名前だ。まさに夢を作りあげる会社に相応しい名前だろう。
その会社はあらゆる業界から必要な人材を引き抜いていき、瞬く間に世界でも有数の技術を誇る大企業へ成長を遂げた。20年前とは技術力も向上しているし、役者も全て揃った。ここまでくれば残る問題は開発資金のみとなった。が、その問題もすぐに解決することとなった。かつてないほど巨大な組織が全力をもって開発に着手するのだ。失敗などありえない・想像するだけ無駄というものだ。銀行や物好きな資産家によって莫大な開発費を援助され、開発は秘密裏に決して止まることなく進んだ。
そしてその情報が一般に公開される。
ゲームショーの中央の巨大なディスプレイに突如《Code:Aracdia》と、妙に凝ったフォントでタイトルが表示される。事前のスケジュールには無いゲームタイトルに会場は時が止まったかのように静かになる。その直後に会場中全ての灯りが一斉に消え来場者の視線は自然と唯一の光源である巨大モニターに吸い寄せられている。数秒間を置いてPVが流れ始めた。美麗なグラフィックは既存のゲーム機では到底生み出せるレベルのものではなく、幻想的な蒼穹に浮かぶ浮遊大陸群が映し出された。ド派手なエフェクトで巨大な龍と戦闘しているシーンが映し出されたときには歓声を上げる人まで居たほどだ。
あの世界で冒険をしたい!
これこそが待ち望んでいたゲームだ!
乗るしかない、このビッグウェーブに!
などと見るもの全てを魅了していった。
最後に開発ハードがVRであることが明かされると、会場は歴代最高の熱気と歓声に包まれた。
間もなくして公式ホームページより、クローズβテストのプレイヤー募集が始まり、上限5000人の応募枠は10秒と経たずに全て埋まった。そこからも応募者は増え続け、あまりの人数に応募は1週間で打ち切られることとなった。最終的に応募者は30万人にも及び、抽選によって選ばれた幸運な一部のプレイヤー達はサーバーオープンとともにログインし、大部分のプレイヤーはβテストとして設けられた2週間のうち実に8割近くをゲーム内で過ごしたという統計も出された。
公式より情報の公開が許可されると、
あまりに綺麗な風景に気がついたら泣いていた。
戦闘の臨場感は今まで体験したことの無いものだった。
という感想を残した。
βテスト終了後、細かな不具合が修正され無事に完成が報告された。
ゲーム開始は世間が夏休みに突入する7月半ばの午後1時と設定され、その2週間前にゲームパッケージと専用機材の販売が始まった。
一般的な家庭用ゲーム機の10倍程もする巫山戯た値段設定だったが、その程度の障害で諦めるものは極小数だった。全国のゲームショップで均等に均された予約分を含む初回生産分は全てが当日のうちに完売したらしい。