拳
悔しかったあの日。
私は拳を握った。
どうしようもなく嘆いたあの日。
私は拳を地面に叩きつけた。
友を励ましたかったあの日。
私は拳で友の胸を叩いた。
理不尽な命令を受けたあの日。
私は上司を拳で打ちのめした。
拳は今、封印されている。
誰も殴れぬ、拳など。
己も殴れぬ、拳など。
私に、拳など必要ない。
握り締めた、拳を、そっと解放する。
握った拳を、ゆっくり開いた私は、思いのほか、柔軟な手のひらに、驚きを隠せない。
私の思いを、拳にこめて、ぎゅっと握っていた、あの日の、自分。
あの日の自分の手のひらも、実はこんなにも、柔軟であったのだ。
自分の手のひらの、柔らかさに気がついた私は、そっと鉛筆を持って、文字を書くようになった。
握り締めなくても、私の思いは、文字になる。
叩き付けなくても、誰かに伝わる、私の思い。
…と、思っておりました。
キーボードを勢い任せに叩きつけながら、今日も私は、物語を打ち込む。
鉛筆は、漢字自動変換はしてくれないからさ。
いやあ、マジでパソコンで物語書くのたのしーわ!!
キーボードの音が、非常に心地いいね!!
カチャカチャ鳴り響く音がさ、作業してる充実感をめっちゃ煽って来るって言うかさ!
年をとってからのパソコン入門とか、結構躊躇したんだけどさ、これいいわ!
早期退職した私の元に、やりがいが突如、降って来た。
理不尽に妻に怒鳴り散らした日々は、もう来ない。
思うまま壁に穴を開けた日々も、もう来ない。
嫌われものの、乱暴なじじいは、ようやく穏やかさを身につけた。