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ルーツ  作者: てんの翔
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       匿名の告白②


 わたしは、たくさんの相手と性交を結びました。多くの仲間を得たのです。もちろん、一度寝たぐらいでは感染しないこともあるでしょう。ですけど、あれだけの人数をかせげば、何人かは確実にうつっている。

 それで充分です。

 その仲間が、さらに感染を広げていく。

 HIVは検査で陽性が出るのに、二ヵ月ほどかかるといわれています。その間に、仲間たちが性交を繰り返せば、それだけ感染が拡大する。

 いえ、二ヵ月経ったとしても、その人が検査をうけるとはかぎりません。自覚症状がでなければ、もっと長期間、病気を広めてくれるでしょう。

 わたしのことを狂っていると思いますか?

 ……でも、そのわたしよりも狂気をやどしている人に、わたしは出会ったのです──。




       15 水曜日午後九時


「さきにお風呂入っちゃいましたよ」

 あんな気まずい雰囲気になったというのに、部屋についてみれば、ごく自然に接していた。

 結局、今夜も風花は泊まっていくようだ。

 起源は、あえてそのことを話題にするつもりはなかったし、彼女のほうも気にした様子はない。まるで自分の部屋のようにくつろいでいる。

 今夜は、川越さちと江藤愛莉の二人はいなかった。愛莉とは、風花以上に険悪となってしまったし、さちのほうは、いっしょにいた男子生徒とデートに行ってしまった。

「ねえ、桐谷って男子が、HIVに感染してるんでしょ?」

 風花が、髪をふきながらたずねてきた。

「……」

 起源は答えなかった。

「だから、あのTシャツ男が偵察してたんでしょ?」

「……」

「なんか言ってよ」

「究極の個人情報だ。答えられるわけがないだろう」

「でもさ、こっちにも守る権利があるよね?」

「守る権利?」

「そうだよ。だって、それを知らないで桐谷って子とエッチしちゃったら、感染するかもしれないんでしょ?」

 感染症──伝染する病気の難しいところが、それだ。

 感染症にかかったからといって、その人を非難することはできない。むしろ、差別や偏見から守ってあげなくてはならない。

 だが一方で、感染のリスクを周囲に知らせることも必要だ。

 性感染であるならば、感染者自身の自覚と、安全な性交の知識を周知させる。しかしこれが、たとえば空気感染するようなものだったとしたら、感染者の強制隔離が必要になる。偏見や差別はいけないことだが、ある意味、そこで矛盾が出てくる。

 感染を防ぐためには、感染者の人権を侵害することになるのだ。

 風花の主張は、感染を防衛するということにおいては正統なものだ。

「キミに話したとして、それが原因で、感染者が迫害されたとしたら、どうするつもりだ?」

 その質問は、彼女を試すつもりもあった。

「それとこれとは、べつの問題でしょ」

 身も蓋もない返答だった。

「それに……興味本位だけで訊いてるわけじゃない」

「?」

「わたしも、あなたに協力したい」

「高校生が首を突っこむことじゃない」

 ピシッと起源は宣告した。

「ケチ!」

 あろうことか、子供じみた悪口が襲いかかってきた。

 さすがの起源もあきれた。

 そうなのだ。なんだかんだいっても、まだ高校生なのだ。

 彼女は会話を打ち切って、携帯をいじり出した。起源のほうもそれ以上、言葉を続けようとは思わなかった。

「……」

 さきほど考えたこと……。

 感染者本人の自覚。

 もし、それがない人間がいた場合……もっといえば、故意に他人を感染させようとする人間が現れたとしたら……。

 二年前は、その疑いをもって調査をした。

 はたして、いまのこれも人の悪意が絡んでいるのかどうか……。



 結局、朝別れるまで、彼女とは口をきかなかった。

 感染源究明室へ向かう途中に、彼女の父親から連絡があった。

『ちょっといいかな』

 どこか、いつもとはちがった。いつもなら、昨夜の娘とのことを茶化してくるはずだ。もちろん、なにもなかったが。

「どうしたんですか?」

『予想よりも、事がはやく進みそうだ』

「どういうことですか?」

『それだけじゃない。イヤな予感がするんだ』

 上原は、一方的にしゃべりかけてくる。

『あの子を頼む』

「なにがあるんですか?」

 上原がこうまで危惧することは一つしかないことに、起源も気づいていた。

「如月美幸さんですか?」

『報道が出たら、あの子との関係もすぐ表に出る』

「おれに、どうしろと?」

『あの子を守れ』

 守ってくれ──ではなく、守れ、と命令形だった。

 起源は、少しオーバーだと率直に感じていた。如月美幸が有名人だからなのは理解できるが、未成年の風花にまでその影響が出るとは考えられない。マスコミだって、そのことはわきまえているだろう。

 それとも上原には、事が大きくなる根拠でもあるのだろうか?

「なににおびえてるんですか?」

『二年前、君は真相にたどりつけなかった』

 突然、話が飛んだような気がしたが、そうではなかった。

『そのときから感じている不安だ。君も、うすうすは考えていることだろう?』

「まさか……」

『そのまさかだ』

「あなたは、なにを知ってるんですか?」

『わからない……わからないから不安なんだ』

「……」

『いいか、これからなにがおこるか予測不能だ。頼れるのは、君しかいない』

「あなたは?」

『おれはだめだ。身動きがとれない』

「どうしてですか?」

『いいか、頼んだぞ!』

 そう言って、通話は一方的に切られた。

 あきらかに上原は、なにかを隠していた。


     * * *


「上原さん、あとで職員室に来てちょうだい。お昼休みでもいいから」

 朝のホームルーム終わりに、担任の細井に言われた。

「なにかな?」

 さちが、好奇心に満ち満ちた顔をしていた。

「やっぱ、同棲のことかな?」

「やめて、誤解をよぶような言い方」

「完全にバレてんだよ。昨日だって泊まったんでしょ?」

 すると、さちの表情がさらに輝いた。

「そういえば、二人きりだったんだよね?」

 あきらかに下世話なことを考えている顔だ。

「二人っきりの……初めての夜、だよね?」

「なにそれ」

「いいって、いいって。そういうのを恥じらうとこが、あんたのいいとこなんから」

 わけのわからないことを……。

 意識したわけではなく、自然に視線が教室内をさまよった。

 江藤愛莉が、敵意むき出しの瞳で睨んでいた。さちの声が聞こえていたようだ。

「なんなの?」

 風花は、小さくつぶやいた。なんだか、周囲が敵だらけに思えたのだ。

 授業がはじまり、お昼休みまでは、あっというまだった。

 食事を手早くすませると、職員室へ行った。

「先生」

 細井に呼びかけたが、予想どおりの険しい眼光が襲いかかってきた。

「あなた、よけいなことしてるでしょ」

 やはり、起源の部屋に泊まっていることだろうか……。

 まだ確定的ではないので、少し泳がせることにした。

「……」

「わかってるのよ。あんな噂に踊らされて……もう高校生なんですから、それにふさわしい行動をしてください」

「ん?」

 同棲疑惑だとしたら、話が噛み合わない。

「わかってるの?」

「あのぉ……なんのことでしょう?」

 恐る恐る、風花は質問した。

「秀明高校に行ったわね?」

「え?」

「苦情が来てるのよ」

「だれからですか?」

「むこうの学校からよ」

「え?」

 にわかには信じられなかった。

「これは、デリケートな問題なの。興味本位で首を突っこんでいいことではないわ」

「本当なんですか?」

 風花は念を押した。

「ええ」

 もし本当だとしたら、桐谷というあの生徒が教師に話したということになる。その教員から、ここへ抗議が来た。

 ありえる話だが、自分がもし感染者だとしたら、事を大きくはしたくないと思うだろう。

 それともあの噂は、ただのガセで、だからこそ教師に相談したのだろうか?

 それならそれで、ほうっておくのではないか……。

 もう一つ考えられることは、学校側も桐谷の感染を知っていて、教員自体がナーバスになっている。

 風花は、昨夜の起源との言い合いを、そのまま細井にぶつけようか迷った。

「誤解です、先生。わたしは、さち──川越さんのカレに会わせてもらっただけです」

 この教師は、どこか苦手だ。

 濃密な議論をするほど、信用もできない。

 細井の嘘かもしれないからだ。

「……そう。わかった。いまはそういうことにしておいてあげる」

 風花は、職員室を出た。

 細井が嘘をついているとしたら、どういうことになるだろう?

 いや、それはないか……。

 風花は、さすがにその考えを打ち消した。


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