序章
剥き出しの、尋常ならぬ敵意と圧倒的な魔力を前にして、しかし俺は引くことはできなかった。
守るべき存在がそこにいるからだ。
対峙するは、竜。
俺が元いた世界では、むしろ使役する対象ですらあった。
それが、今はどうだ。
眼の前のこの強敵を超える以外に、俺たちに帰る術はない。
ごう、と、空気が震える。
竜のあばらの内側に、エメラルド色の魔力が目に見えて充填されていく。
――まさか、放てるのか。
終わりの近付きを静かに悟る。
黄竜には腹腔器官がなく、練り上げた魔力を一定量以上蓄えることができないはずだった。
そのはずが、『劫撃』の兆候を見せている。
その首は俺たちに向けられる。
まずい。
抱きかかえていた彼女を多少乱暴になりながらも下ろす。
そして即座に、五種五枚の結界を張る。
緩和、解析、分解、減退、反射。
普通の魔法攻撃であれば一切通すことがないこの構えが、ひどく薄く心許ないものとして目に映る。
追加の防御措置を施す間はなく、それは竜の口から放たれた――
◆
少し、昔を思い出していた。
懐かしい話だ。
俺には、この世に定められている、歩むべき道が見える。
俺たちはそれぞれの瞬間で、定められた道を選択することで運命を決めている。
道は、大きなものもあれば、小さなものもある。
七十二時間。
たった、七十二時間だ。
俺が縁もゆかりもなかった世界の姫君を勇者よろしく守ることになるまでの、
七十二時間ほどの短いお話を、これからしよう。